第222話 譲りたくない一番護りたい人
「姫様」
「なんだねアイリス」
「俺はどうやったら進化できると思う?」
訓練場で珍しく一人で訓練していたアイリスからそんな質問をされてしまう。
俺的には前回の英雄戦で進化してもおかしくないと考えていた。
強敵に勝つために力を渇望する。その欲が進化を強く促すのだ。
しかし、アイリスはしなかった。
それは相手も悪かったと考える。
アイリスは何かを護る時は本来以上の力を発揮するタイプだ。
今回は護る相手が傍におらず、しかも相手からの罵倒攻撃もアイリスにしか向けられなかった。
怒りを爆発させる事のできなかったアイリスは前回の戦いで全ての力を出し切れてなかったと俺は考えている。
覚悟と怒り、この二つがアイリスの進化に必要なピースだ。
ぼんやりとしか覚えてないが、前に運命の魔眼がそんな事を言っていた気がする。
それは『鬼化』と『狂化』の事だと思うが、これも進化を促すきっかけだ。
「アイリスの進化か」
前回の英雄が真正面から男気溢れる戦いをしたらアイリスにも良い影響を与えて進化できたのでは無いか。
考えるが、自分の中で否定してしまう。
「アイリスは、進化できる器が無いんだよなぁ」
「はっきり言われると俺も傷つくぜ」
アイリスはゴブリンから鬼人キッズ、鬼人へと二段階の進化をしている。
ゴブリンから考えれば異常で異質な進化なのは言うまでもない。
そこで本来魔力を貯蔵し心臓ともなる魔石を消失している。
進化の影響に耐えられなかったからだ。
魔石が無ければ次なる進化は望めない。
ユリの場合は龍の魔力を取り込むために自分の身体を魔石にした。
ローズは魔王の後継者としての力を得て、崩壊する身体をアイリス譲りの気合いと根性で再生して耐えて進化した身体を手に入れた。
ダイヤは月に魂を帰属させる事で外部魔石のように扱って進化した。
何かしらの進化できる方法が無ければ進化できないのだ。
かと言ってアイリスにローズのような吸血鬼になれとは言えないだろう。
ローズは自分の中にある血を上手く操り、吸血鬼とゾンビの力を融合させた。さらに身体に馴染ませたのだ。
それをアイリスができるとは⋯⋯お世辞にも思えないな。
「何故か心が抉られた」
「エスパーか?」
ユリのような魔石になる⋯⋯って言う方法も難しいだろう。
ユリは魔力を持たず、外部から魔力を受け取る事ができた。
アイリスは既に魔力を持っている。魔石となったところで意味は無いし、外部から魔力を流し込むのは危険がある。
魔力が内部で反発したら最悪爆散する。
「そもそも龍の魔石はナナミが⋯⋯さて、どうやったらアイリスは進化できるんだ?」
「それは俺が聞きたい。ユリの姉御はこの道を行けば進化できるって言ってくれたが。今じゃ疑念だらけだ。ただ習った技を復習するように訓練しても、成長している気がしない」
「あー分かるわ。同じ事を繰り返したら成果って分かりにくいよな。⋯⋯でも、だからって呆然と流れ作業のように訓練しちゃいけないぞ。それこそ無駄だからな」
一つ一つ真剣にやれば、技の練度は上がる。努力は積み重ねて成果になるのだ。
自分が成長すればその変化に気づきにくくなる。
「分かんねぇし。とりあえず模擬戦でもするか」
「なんでそんな流れに。姫様は良いのかよ」
「おう。最近はアイリスとも遊べてないしな」
「舐めてるなぁ」
アイリスは感情の変化で本来以上の力を発揮するし能力にも覚醒する。
ならばそれを引き出してみよう。
アイリスのポテンシャルは高いと思っている。それを引き出せるか。
戦いの中で進化しているメンバーがほとんどだが、アイリスの二段階目の進化は修行によってだ。
だから、今回も修行で進化できるかもしれない。
「それじゃ、来い!」
一定の距離を保ってから模擬戦を開始する。
俺はどのようにしてアイリスのポテンシャルを引き出すかを考える。
進化して勇者の力を手に入れた俺からしたらアイリスは素手でも勝ててしまう相手。
力の差が歴然となった今、ほか事を考えても問題は無い。
ただ、それは真剣に戦っている相手への無礼な態度だ。
剣の道を進む俺から見たら最悪の行為。
だから真剣に取り組みつつ、アイリスの進化を促す。
「軽いな」
「姫様の力が上がったんだよ」
「本気で来い。じゃないと意味が無い」
アイリスは強化系の能力を全て使って俺に迫って来る。
先程よりも強い一撃を防ぐが、やはりまだまだだ。
「アイリス、想像しろ。今のお前の後ろにいるのはローズだ。魔王後継者となったローズじゃない。お前と共闘していた⋯⋯そうだな、まだ吸血鬼の血を取り込んでない時のローズだ。そして俺は敵だ。圧倒的理不尽でローズの命を狙う最悪の敵」
小さいローズ。
その力は今と比べて何倍も低い。
「お前は誰よりもローズを護りたい、そうだろ?」
「いや、俺は姫様や仲間達皆⋯⋯」
「でも一番は? 俺じゃない。ローズだろ」
「そんなっ」
俺は肉薄して突き刺すようなキックボクシングのようなキックを繰り出した。
ギリギリで防御はしたが、かなりの速度で吹き飛んだ。
「確かにお前は俺に魅入られて仲間に入った。最初はローズも仲間の一人、同族だとしか思っていなかっただろうな。だが、共に戦い訓練し過ごしていた中で特別な感情が芽生えてる」
「⋯⋯それはっ」
「俯くな!」
蹴り上げを繰り出して無理やり上を向かせる。
回避か防御ができる程度の速度だったが、油断していたアイリスは顔面にそれを受ける。
「お前は前を向いて突き進む信念がある。それが強さだ」
「⋯⋯」
「何を悩む。何を恐れる。俺は否定しない。むしろ喜ぶぞ。お前は一度魅了されても、本当の自分になったんだから」
「本当の、自分?」
「そう。魅了なんて関係ない。アイリス、君自身の本心から来る感情。もう一度聞こう。お前が一番護りたいと思ってるのは、誰だ」
誰からでも見てわかる二人のイチャつき具合。
そろそろハッキリさせようじゃないか。
じれったいない空気を見守るのも中々に乙なモノだったが、そうは言ってられない。
感情で進化するなら、そっちの感情もされけ出す必要があるかもしれないから。
「俺は⋯⋯俺は!」
「誰だ?」
「俺は、ローズを、護りたい」
「無理だ」
俺はキッパリと言い放つ。驚くアイリス。
そりゃあ言わせた本人が速攻で否定したら唖然とするだろう。
「今のお前じゃ無理だ」
「分かってる、そんなの!」
「ローズは強い。お前の助けを必要としないくらいに強くなった」
「だから⋯⋯」
「お前ではローズは護れない。もしもローズ一人で勝てない相手が来た時、助けられる人がアイリスしかいなかった時、ローズはどうする」
アイリスが拳を握り締めた。俺の言葉でストレスが溜まっているのだろう。
「俺を、逃がす」
「そうだ。自分の命を賭けてお前を逃がす。そうなったら最後、ローズはどうなる」
「⋯⋯ッ!」
言いたくないだろう。俺もそうだ。
「アイリス、想定した光景を見てどう思った」
「嫌だ。認められるか」
「だろうな。実際に起こるかもしれない事だ」
「嫌だ! そんなの、絶対に嫌だ!」
俺はアイリスが叫んでいる間にも攻撃を仕掛ける。
思いの丈をぶちまける。俺を敵として見ろ。
「なぜお前は刃を持つ。なぜ戦う。なぜローズを護りたい!」
「⋯⋯好きだから!」
「だったらその想い全部ぶつけて来い! 護りたい、失いたくない。その気持ちを叫べ! 襲い来る理不尽を薙ぎ払え!」
俺が全力で渾身の一撃を放つ。アイリスの力じゃ防ぎ切れない。
しかし、アイリスは真正面から俺の攻撃を受け止めた。
「俺は、ローズを護りたい。他の誰かじゃない。俺がローズを護る。『鬼王化』!」
金色と黒を混ぜた紋様が浮かび上がり、青白いオーラを放出する。
髪が腰まで伸び、色は紫に変色した。
身体も大きくなって俺を見下ろす程になった。2メートルってところか?
「俺はローズを護りたい。どんな敵だとしても、大切な人だから、護る。この魂賭けて」
ローズへの想い、戦う覚悟、想像した理不尽への怒り。
弱い自分ではいられない現状。甘んじる訳にもいかない。
一つの壁を突破して弱い自分の皮を脱いだ。
ユリはアイリスは自力で進化できていると言っていた。
彼女はこの光景を信じ確信していた。
俺はきっかけを与えただけに過ぎない。⋯⋯過ぎないが。
『なんか思っていた以上に変化したわね』
ほんとそれ。
角は相変わらず頭のてっぺんから真っ直ぐ生えているけど。
今のアイリスならばローズと共に戦えるだろう。逃がされるような、護られるだけの男じゃない。
⋯⋯この展開がもう少し前からあれば、進化していたかもしれないな。
「あ」
「ん?」
俺はアイリスの後ろ側、入口の方に目を向けた。
硬直した俺を不思議に思ってか、つられる様にアイリスは後ろを向いた。
「ローズ?」
そこには訓練しに来たローズとユリの姿があった。
気づいた時にはアイリスの身体から紋様やオーラは消え、髪の毛は短くなった。身長も俺と同じくらい。
ただ肉体は少し大きくなった様に見える。あんまり外見的変化は無いな。
あちゃーって顔のユリと驚きのあまり普段閉じている目を開けているローズ。
その目を左右に動かした後、下に向けて頬を人差し指でポリポリとかいた。
「「「あ」」」
ローズは一瞬で消えた。逃げたようだ。
「なんて言うか、アイリス。ごめん」
「告白するなら、もっとちゃんとした形が、良かった⋯⋯」
今日からアイリス達の関係はしばらく気まづくなるだろうな。
うん。その。
コレは俺が悪いな。ごめんなさい。
◆あとがき◆
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