第221話 軽めの試運転
家に帰り種族を解放する。
勇者としての力はちゃんと覚醒しているのか、その確認のためである。
どれだけの数を魅了できたは分からない。魅了した感覚も終始得られて具体的な数が分からないのだ。
チャンネル登録を促した訳では無いので、全員が登録者になった訳では無い。
しかし、それでも劇的に数が増したのは言うまでもないだろう。
種族になり、変化を確かめようと身体を捻って翼を確認する。
「うむ。外見的変化は無いな」
翼の枚数は四枚と変化は無かった。
だが、内に流れる魔力は三倍程に膨れ上がっているように感じる。
制御が効かずに外にダダ漏れ状態だ。
勇者としての力が上昇したから、『
魔族系の種族にとって魔力は生命力にも等しい物質。
総合的な能力も上昇している事だろう。
「まずは魔力を完全に制御できるようにならないとな」
これでようやく、レイの四分の三程度の力は手に入れた事になるだろうか?
まだまだ怪しいところだ。
魔王の力の鱗片を手に入れて数億の時を駆けた月の魔王にどれだけ通じるか分からない。
「さて、練習するか」
何を言っいても意味は無い。
まずは力を操れるように練習しなくては。
「キリヤ入ったよ〜」
「事後報告しながらドアを開けるな。ノックはしろ」
「はいはい」
開けた状態でドアを三回ノックするのは幼馴染のアリスである。
意味の無いドアノックを受けてから、俺は要件を聞く事にした。
「今から第三回のサキュドル魅了の鑑賞会しようと思って。誘いに来たよ」
「⋯⋯え、嫌だが?」
「せっかくその姿になっているんだし、良いじゃんか」
「何がせっかくなの?」
俺が嫌だと言っているのに彼女は聞く事はせず、俺の腕を引っ張ってリビングに向かう。
抵抗すれば簡単に引き剥がす事はできただろう。
しかし、俺はそれをしなかった。
「連れて来たよ〜」
「兄さん、サキュ兄姿なんだ」
「ちょっと確認を⋯⋯戻ろうか?」
「ううん。そのままが良い」
マナが俺にしがみつき、ソファーへと運んで座らせた。
俺の膝の上にマナが座り、横にはアリスとナナミが座る。
ナナミも来ていたらしい。
「それじゃ、もう一回見直しつつ感想でも述べて行きますか」
「ねぇ、それ俺にとってすごく地獄じゃないかな?」
「そんな事無いよ⋯⋯可愛いかったよ?」
アリスが笑いを堪えながら嬉しくない事を言ってくれる。
何が悲しくて俺はこんな羞恥攻めを受けねばならんのだ。
地獄の時間は始まりを迎え、時間は流れた。
終わりを迎えた時には灰となった。ナナミが俺を持ち上げる。
「それじゃ、月で訓練してくるね。アリス、マナ、また」
「じゃあね〜また明日」
「お疲れ様でした」
種族となって雷の速度で空を宇宙を駆けて月へと着陸する。
速度が前よりも上がっている事実に薄ら気づきつつ、鑑賞会で抉られた心の傷を癒している。
「いつまで凹んでるの?」
「だってさぁ。あんな格好で歌ったり踊ったり、笑顔作ったり投げキッスしたりとか自分で見たくなかったんだよ。しかもなんで感想言うんだよ。意味わかんねぇ」
「皆本音だよ。良かったよ」
「ナナミはどんな心境で観てるの? 中身男が種族になってアイドル衣装着てアイドルのモノマネしている現実に、どんな心境で観てるの!」
「え、普通にサキュ兄はアイドルだから、可愛いし綺麗だなって⋯⋯それだけだよ?」
ぬあああああ!
もう叫びたい。ただ叫い。叫んで無駄に時間を浪費して現実から目を背けたい。
どうして皆して普通にサキュ兄を楽してるの? 最近不思議に感じてるよ。
サキュ兄の中身男だって知っているよね? 忘れてないよね?
「それより訓練しよ。さっきから魔力漏れてるし、操れてないでしょ?」
「俺は元々魔力を操るのは苦手なんだよ。人間時代の基礎訓練で基本を伸ばしたから、新たな基本を取り入れるのは時間がかかるの」
「そして今はもう一人の自分に任せているから魔力制御はからっきしと」
「うん!」
「キッパリ言うね」
事実だからね。
俺だけだと器用に魔法と剣技を組み合わせる事はできない。
ツキリが鑑賞会を楽しむついでに魔力を抑えるのに尽力してくれたが、それでもまだ過半数が漏れている。
魔力の漏れはただ無駄にエネルギーを消費しているに過ぎない。
内に抑えて自分の力にする必要がある。
「私とユリ、同時に相手しよう」
「それって俺に勝ち目あるの?」
「チャンネル登録者増えたし新しい魔法も覚えたでしょ? 使ってみてよ」
「⋯⋯いや、前からある魔法で十分⋯⋯と言うかそれが基本だから後は応用次第」
そしてツキリ次第とも言える。
実践訓練が一番成長に繋がる。
ユリを呼び出し、レイの審判の元、模擬戦を開始する。
ユリの力があれば俺は光の速度で移動できるが、進化した今ならどうだろうか?
自分を魔法の一部として飛行する事で光の速度に届くのだろうか?
全力の飛行を持ってナナミに接近し、剣を振り抜く。
「残念」
「自力じゃまだそっち側には行けないか」
ナナミとユリは自分の身体を魔法のように物質へ変化して移動できる。
ナナミは電気、ユリは炎である。
その状態では物理攻撃を普通なら無効にできる。
だが、勇者の能力を持ってすれば耐久力が低下した状態に過ぎない。
後は剣を当てれば良いのだ。
二刀流になり、剣に月光を纏わせる。
それを放つように強く振るって斬撃を飛ばす。
回避すべく動く場所には限りがある。
『いっくよー!』
ツキリのレーザーの魔法が複数個展開され同時に回避場所に向かって行く。
当たれば絶対に特攻となる危険な魔法。しかも、魔法物質体には魔力の攻撃は致命的になる。
ナナミは素早く元の身体に戻って魔法を切断するべく刃を向ける。
ユリはナナミの背後に移動して炎をエンチャント、支援に回るらしい。
「⋯⋯はっ!」
鞘は無いが、抜刀術のように刀を動かしレーザーを切断。
次の瞬間には力強く踏み込んで身体に捻りを加える。
突きの構えである。
「ひゅっ」
息を止めるような呼吸音が鼓膜を揺らす。
ナナミはここでの修行の中で自在に極限の集中状態に入れるようになっている。
ユリとの模擬戦で会得していたらしい。
どんな些細な動きも見逃さない。
それは視野が狭いようで実は広い。
必要な情報だけを得ている状態だからだ。
⋯⋯しかし、視界に収まらない攻撃には対処は難しいだろう。
「ッ!」
神速の突きが繰り出される前に地面から光の刃がナナミを襲う。
地に足を着けている相手に有効な不意打ちだ。
視界には入ってなかったが、本能ゆえか高速のステップで回避される。
「刃を出す魔法?」
「元々剣に光を宿す魔法。それを足裏から出しただけだよ」
【
本来は剣に光を纏わせて火力を上げる魔法だが、その纏わす光を圧縮する事で光の塊の剣を作ったのだ。
ナナミの刺突は今の俺じゃ正面から対処は難しい。それだけ次元の高い攻撃なのだ。
「ツキリ!」
『他人任せね!』
剣山刀樹のように光の剣をあちこちから出現させて足場を制限させる。
そうすると分かりやすいユリは上空から攻めて来る。
「【炎龍の息吹】」
ブレス攻撃は⋯⋯斬れる。
真正面からユリの魔法を突き破って肉薄する。
すぐに刀での攻撃に切り替える。
「そう来ると思った」
俺は自分の剣を逆手持ちに切り替え、ユリの手を撃ち抜いた。
「くっ」
ユリの手から武器を離させる。
拳でも戦えるユリだが、その前にケリをつける。
これはあくまで模擬戦、傷をつける必要は無い。
ユリの首元に刃を突き立て勝利のアピール。彼女は両手を上げて降参。
「さすがです主君」
「長い間一緒に戦って来たんだ。癖は見抜いてる。だから簡単に予測できた事だよ」
攻撃の角度が分かれば狙う箇所を正確に定める事ができる。
少しでも狙いがズレたら武器を飛ばす事は不可能だった。
「中々に嬉しい言葉ですね」
「俺はユリを見てる、言ったろ?」
「主君、好感度のパラメータが限界突破している相手を口説いても意味無いですよ」
え、口説いてるの?
その後ナナミとの空中戦に入ったが、空気を蹴って高速移動するため完全な飛行能力の俺とは少し相性が悪かった。
速度は追いつけなかったが、動く時の癖を見抜いて対処したら降参してくれた。
次やる時は短期決戦と息巻いていた。
「勇者の力は偉大だなぁ」
進化してからも成長を続けた二人に初見殺しを使いながらも勝利できたのは間違いなく勇者の力のおかげだ。
総合的能力の強化が無ければナナミのスピードを対処できなかった。
まぁ、悲しい現実を突きつけるなら、まだ二人とも本気じゃない事か。
ユリは【龍鬼化】、ナナミは【雷獣化】を使ってない。
まだ完全に力を使えないから、勝手に縛りでもつけていたのだろう。
本気で相手され短期決戦だったら、今の俺では勝てないだろう。
「強くならんとな。頑張ろうツキリ」
『そうね。貴方は強化された身体能力を百パーセント発揮できるように、アーシは魔力を完全に制御できるように。やるってやるわ!』
◆あとがき◆
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