第220話 第三回サキュドル魅了

 世界規模の魅了に備えて準備を始めてから二週間の時間が経過していた。


 どのような魅了にしようかと考えた時、結局行く着くのがアイドルとなった。


 複数人と踊って歌って魅了する。


 「で、俺だけ練習するのか」


 資金も潤沢に用意し、有名な作曲家などの力を借りてその辺の準備を始めた。


 スライムはイメージした通りに身体を動かせるらしく、練習の必要は無いらしい。


 なので俺だけが厳しい先生の元、必死にダンスや歌の練習をしている。


 「こうやってやっていると、探索者から遠ざかっている気がする」


 『気にしちゃ負けよ』


 気にするなと言われても気になってしまう。


 そしてさらに時間は経過して、きっと最後の魅了になるだろう時がやって来た。


 練習はした。後はそれを発揮するだけだ。


 会場に集まったのはサキュ兄のファン以外にも、メディアで活躍したスライム達のファンもいるのだろう。


 その全てを取り込み魅了する。


 勇者としての定義を俺に付けて進化を促す。


 「うっし、行くか」


 俺がステージに立つと世界中に広めていたスライム達からホログラム映像が出て来る。


 刑務所や秘境、至る所に設置してある。


 老若男女の人々に見てもらうのだ。


 ◆


 サキュ兄のアイドル魅了、第三回のサキュドル魅了が始まった。


 今回の衣装はダンサーのような身体にフィットするモノだった。


 フワフワキラキラのアイドルよりもダンサー寄りにした。


 ボディが露出した形で手首や足首辺りにはフリルが着いている。


 会場はサキュ兄の登場から大きな歓声が湧き上がり強い熱気に包まれる。


 今は冬の初期。寒い時期が始まろうとしているにもかかわらず会場は半袖で問題無い状態。


 会場を沸騰させるべくコンロに火をつけるように、サキュ兄が最初の一声を放つ。


 「みんにゃっ⋯⋯」


 今までにない広い会場、しかもダンジョンでは無く地上。


 それ故に強い緊張感を持っていたのだろう。


 初っ端から言葉を噛んでしまい、今すぐにでも穴に入って埋められたいと考えてしまう。


 マイクをギュッと握って少しでも恥ずかしさを紛らわせる。


 ただなんとも言えない空気が⋯⋯流れる事は無かった。


 観客からの大きな笑い声や「可愛い」などの声援が寄せられたのだ。


 それによって自信の付いたサキュ兄は視線を前に向けて最初の挨拶を始めた。


 最初から失敗すればもう何も怖くない。サキュ兄はある種の無敵状態に入った。


 実はこの会場にはアリス、ナナミ、ユリなどのいつものメンバーが直接来ている。


 しかし、サキュ兄に必要以上の緊張感を与えないようにバレないようにしている。


 当然のようにそのメンバーにはレイも入っている。


 挨拶が終わり、コラボ相手の紹介に入る。


 どこの所属でどのように活躍しているのか、それを説明しているのである。


 長い自己紹介が終わると、誰しもが待ち望んでいたサキュドル魅了の開始である。


 最初の曲は冷たく暗い曲だった。


 仲間のために身を粉にする。その努力は誰にも知られない。


 そんな寂しくも悲しい歌。


 しかし、綺麗な透き通る声や会場の熱気が暗い雰囲気と調和している。


 サキュ兄の真剣な表情、ダンスによりカッコイイ曲だと認識される。


 これを見ているのは世界の人々、さらにダンジョンにも勝手に配置されているのでモンスターも同じである。


 誰がどの人に僅かでも魅力を感じれば即座に魅了される。


 トレンド入りすればネットが世界の人の目にも止まる。


 アンチをする人もいるだろう。しかし、一度歌を聞いて姿を見ればファンに早変わりだ。


 そしてライブ配信中のサキュ兄のチャンネルに飛んで登録ボタンと高評価を無意識に押しているだろう。


 ネットに触れない人、触れられない人も目の前にはスライムによって映し出されるホログラム映像できちんと見る事ができる。


 サビに入ればダンスも激しめになり、サキュ兄の運動能力を持ってしても集中しないといけない。


 さらに、歌にも神経を注がないといけないので大変である。


 同じ身体を二人で操る事はできないため、ツキリもこれに関しては応援するしかない。


 サキュ兄は練習していた時期を思い浮かべる。


 きっと行ける。問題無い。


 何回も心の中で呟く。


 炎の龍、雷の龍との戦い。その時と比べたらイージーだと。


 一曲目が決めポーズと共に終わりを告げ、瞬時に会場は歓声に包まれた。


 サキュ兄を見ている人の半分近くも会場の歓声に釣られて声をあげている事だろう。


 今、この瞬間、世界がサキュ兄と繋がっている。


 新幹線、飛行機に乗っていようが、その運転手だろうが。


 観て良い状況じゃなくても聞く事により魅了している。


 サキュ兄の声は魅惑の声。対象を誘惑するために自在に操れる美声なのだ。


 聞くだけでも魅力を感じさせる事はできる。


 「ふぅ。続けて二曲目行ってみよう!」


 一緒にサキュドルをやるためには振り付けを合わせる必要がある。その練習はライムと一緒にやった。


 だから問題なく連携もこなせる。


 スライムは全にして個、個にして全なのである。


 一人の力が全員の力となる。


 次の曲は少し明るくなった。


 自分がやって来た事を家族や友達に知られ、受け入れ支えられる歌。


 勇気づけられるような歌だった。


 努力は報われるとは限らない。しかし、その努力を知って支えてくれる人はいる。


 そんな励ますような歌。


 衣装も少し変わる。


 執事のようなタキシード姿になったのだ。


 髪型も合わせてポニーテールにして、前髪を伸ばして右目を隠す。


 ミステリアスでイケメンな容姿。


 『さーて、アーシも頑張っちゃうわよ!』


 ツキリが魔法によって会場に光を出す。


 魔法制御を鍛えた彼女によって【月光ムーンライト】でサキュ兄の形を作って会場に広げる。


 様々な衣装に身を包んだ光サキュ兄なのだが、中にはスカート姿のも。


 真下にいる人が見上げてもそれはただの光。ただの光なのだ。


 だが、ツキリのサプライズで内側の光だけは多少弱くしてある。


 それが意味するところは簡単だ。人間の想像力に依存するが、最高のファンサだろう。


 サキュ兄は知らない事だが、スカートサキュ兄の真下にいる人達はトイレに駆け込みたくなる衝動に襲われてしまう。


 ⋯⋯だが、音楽が流れ、サキュ兄が歌い、ダンスが始まるとその興奮も収まる。


 光を見上げる事はせず、真っ直ぐとサキュ兄の方を見るのだ。


 政府関係者、頭の硬い人達も義務のようにサキュ兄のライブを観ている。


 最初はただのサキュバス。しかし、徐々に目が離せなくなってしまう。


 まるで女神が降臨したかのような、硬直してただ呆然と観る事しかできない。


 電源を落として見ないようにしても、映像スライムが潜んでいるので不可能に近い。


 世界は絶対にサキュ兄を観るのだ。そして堕ちる。


 (感じる。魂の奥底から湧き上がる鼓動が)


 アイドルとしての扉を開きかけた結果とかではなく、魅了によりサキュ兄を神格化して見た人達による信仰が集まった結果である。


 段々と世界にサキュ兄が勇者であると認められ、定義される段階になっている。


 (楽しい!)


 普段の魅了とは違う。恥じらいを求めている人は少ない。最初で噛んで恥じらったのは棚上げしよう。


 今は純粋にサキュ兄の成長、アイドルとしての熱意溢れる魅了を楽しんでいる。


 普段サキュ兄は自ら魅了に参加しない。それが好かれる理由なのだが。


 長い間やっていても未だに否定的な自分の配信者としてオリジナリティ。


 だが、サキュドル魅了の時だけは、この時だけは、サキュ兄は自ら魅了のために動く。


 古参も新規も楽しめるサキュドル魅了はもはや神。


 二曲目が終わり最後の曲。


 楽しく明るい曲。


 世界に認められ前を堂々と歩き、護るために戦う英雄を讃える歌。


 聞けば誰もがその世界に入り込み、自らも英雄として感じ取ってしまうような。


 ただ、その先頭にはサキュ兄がいる。


 どんなに怖い事があっても、どれだけ恐ろしくても、前を向いて歩いて戦える勇気が湧き上がる。そんな情熱溢れる曲だった。


 サキュ兄の衣装は今までの傾向⋯⋯とは全く関係なくフリルの多いアイドル衣装になった。


 少し、いやかなり気になったが踊りと歌に集中する事にした。


 魅了も佳境。失敗は落胆に繋がる。ミスはできないのだ。


 フリルの多いアイドル衣装は太ももが半分近く見えるスカートに、肩と脇がしっかり見えるくらいには露出している。


 さらに、胴体も見えるようになっている。


 ボディラインが見える衣装は少しのエロと多大な可愛さを秘めている。


 曲も中盤にさしかかれば少しあった疑念も晴れた。


 最後は満面の笑みと共に拳を突き上げてフィニッシュ。


 これ以上無いだろう魅了を終えた。


 「ありがとうございました!」


 この後、諸々の作業が残っているだろう。


 しかし、今はそんな事考える余地は無い。


 ただこの空気に溶け込み、楽しむのだ。


 アリス達との振り返り鑑賞会も待っているが、今の彼には知る由もない。




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

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