第211話 力の代償

 「──よ、巻き込んですまんな。子供だと言うのに」


 「エンリ兄ぴょんが謝る事じゃないの。ぴょんは望んでこうなったの。戦う力を得たの」


 これは古く、まだ炎の龍がこの世界にいた頃の思い出だ。


 子供は本来成長してから英雄となる。その方が戦力の足しになるから。


 だが、この子は魔法を扱う才能に長けており走る速度も速かった。呑み込みも早く成長速度が他の追随を許さなかった。


 だから自分が望んだ時、誰も止める事をせずに彼女は英雄となった。


 両親、兄は無垢の英雄となった。


 勇者の力は絶大で子供の身体では耐えるのも難しいが、この子は英雄となっている。


 「本来世界の戦いは世界によって生み出された我ら龍の宿命。世界の住人に背負わせる責務では無い」


 「そんな事ないの。自分達の居場所は自分達で守るの!」


 「守る、か」


 自分を責める様な悲観的な物言い。だが、子供の英雄は気づかない。


 今しようとしているのは世界を護る事でも救う事でも無い。


 新たな世界の略奪だ。


 大きな尻尾を器用に扱い、卯の英雄の頭を撫でる。優しく撫でる。


 「お主は自分の信じる道を進むが良い。責任など大人が背負えば良い。子供が気にする事は無い」


 「ぴょんは適応した英雄なの。この力は皆のために使わないといけないの」


 「純粋だな。お主は強い。炎の龍として誓おう」


 「嬉しいの! ぴょんもエンリ兄ぴょんのようになるの!」


 「それはいかんな」


 「え?」


 炎の龍は目を合わせる。


 強い眼差しは真剣で冗談を言っている様には見えない。


 「我のように迷い戦うような存在になるな。自分を信じ、己が決めた道を迷わず進め」


 「⋯⋯分かったの! でも、憧れはそのままなの」


 「嬉しい事を言ってくれる」


 「えへへ」


 「向こうの世界でも暮らしている人間がいる。何より魔王の逃がした魔族達が暮らしている。相手も命賭けで戦って来る。負けると判断したら逃げるが良い。自我のある英雄は呪いに苦しむ事も無い」


 「逃げないの。ぴょんは魂を捧げたの。一兵士として戦うの!」


 その言葉を聞いて龍は嬉しくもあるが、悲しくもあった。


 子供が背負う運命にしてはあまりにも、残酷で重いのだから。


 「お主は強い。その真っ直ぐな気持ちがあれば、負ける事はなかろう」


 「当たり前なの。ぴょんは負けないの。約束なの」


 「ああ」


 ◆


 そして現在、卯の英雄は【英雄覇気】を使って全力を出した。


 力を解放した瞬間にダイヤの認識の外に消えてしまった。


 どこに行ってしまったのか、探る必要は無かった。


 「見つけたの」


 「なんだと?」


 ダイヤの本体の目の前に小人になった英雄がいたのだ。


 小さな身体からは考えられない強烈な蹴り上げがダイヤの身体を襲う。


 地面の影に隠れていたダイヤは飛び出て、地面に着地する。


 英雄もぴょんっと跳ねて出て来る。身体は小さいままだ。


 蜂の様なサイズに重機のような力強さを持っている。


 極めて厄介な存在なのは間違いない。


 「如何様にして我の存在を見破った」


 「簡単なの。影は絶対に本体に繋がってるの。だったら影の中を奥へ進めば良いの」


 ダイヤの制御下にある影の中に飛び込んでその中を移動した。


 本体に気づかれない様に移動するには丁寧かつ繊細な魔力制御が必要不可欠だ。


 だとしても、危険な行為なのは間違いない。


 一歩間違えれば全身に敵の魔法を浴びる事になるのだから。


 それは死に直結する行動でもある。


 度胸があり、それに似合う強さを持った英雄。


 「相手にとって不足無し」


 「もう諦めるの。お前じゃぴょんには勝てないの」


 「まだ分からぬ事よ」


 「悲しいの【スカイラビット】」


 跳躍せずとも移動する英雄。影を伸ばして攻撃を仕掛けるが当然命中しない。


 肉薄されたダイヤの胴体を強烈な蹴りが襲う。


 吹き飛ばされた先に移動して回転蹴りが入る。


 「【兎月】」


 「なんのこれしきっ!」


 衝撃波を回避するが、攻撃はまだ終わっていなかった。


 「【七色兎レインボーラビット】」


 単色の兎が七匹召喚される。全員合わされば虹ができる事だろう。


 その全てがダイヤに向かって突撃する。


 「影よ!」


 影で防壁を作るが、容易に突き破られてしまう。


 薄いビニールをレイピアで突き刺す様なモノなのだ。


 「ぐああああ!」


 兎大達の突進攻撃がダイヤを襲い、大きなダメージを与える。


 「グッフ。立つ事もできんか」


 受けた攻撃は少ないが、どれもが致命的な攻撃力を誇っていた。


 立つ事ができたダイヤだったが、限界が来たのか倒れてしまう。


 「終わりなの」


 英雄がゆっくりと歩いて来る。


 「そろそろ潮時か。我とて、このまま何もできずにくたばる訳にはいかん。ならば、覚悟を固めよう」


 暴走してしまう可能性。力を制御できない可能性。膨大な力を得た代償に消滅する可能性。


 様々な危険性を加味して後回しにしていた進化を今この瞬間やる事にした。


 ダイヤはキリヤの半分の魔力量を持っている。その力は日本で言う称号を与えられる探索者レベル。


 だが、ダイヤの器ではそれだけの魔力を保有できない。進化の影響で魔石も無い。


 ならばどうしてそれ程の魔力を手に入れているのか?


 それは外部の物を魔石として魂を宿しているからだ。


 膨大なエネルギーの中に漬けた魂を戻した時、肉体がどう変化するか。


 それを今、確かめる。


 「レイ様、お力を」


 ダイヤは月の石を口で挟み、噛み砕いた。


 何度もゴリバリと噛み砕いて飲み込んだ。


 「お前石食ったの」


 「あ、あ、がっ!」


 ダイヤの身体が瞳を焼く程の光で包み込まれる。


 体毛が伸び、爪や牙が鋭く太く伸びる。


 顔立ちはよりいかつく凛々しくなる。黒かった毛色は白に一部金が混ざる。


 体長も三倍程になり、戸建てサイズになった。対して英雄は豆粒だ。


 「でかいの」


 「⋯⋯これが我の新たな姿、新たな力。月喰らう狼マーナガルムとでも言っておこう」


 「す、凄い魔力なの」


 月のエネルギーを手に入れた狼。


 「でも、ぴょんの勝利は揺るがないの」


 英雄が何度目かの接近に対して細長い影が忍び寄る。


 対応できない程に気配の希薄な影に縛られる。


 「な、なんなの?!」


 「お主の脚力と魔法は素晴らしい。だが、それだけだ」


 「そんな事ないの!」


 兎の形をした魔法がダイヤに向かうが、地面から伸びた影が貫いて消滅させる。


 脱出しようともがくが、影の力が強くてそれが難しい。


 「だったら」


 英雄はいきなり元のサイズに戻り拘束を破った。


 再び拘束しても小さくなって逃げられるだろう。


 「行け」


 影が人型の狼となって襲いかかる。


 一体が蹴りで破壊されても他の影が攻撃する。


 英雄の妨害をしている間に大技の準備を終わらせる。


 「【月星の大海】」


 月の形をした星々が影に苦戦している英雄に向かって行く。


 「⋯⋯ぁ」


 消え入る声に成らない声を漏らして、星を浴びる。


 「きゃあああああ!」


 数回地面にバウンドして、倒れた。


 起き上がる様子を見せない英雄にダイヤは近づく。


 「ぴょんは、負けないの。約束したの」


 「度胸、覚悟、決意。どれをとっても英雄だった」


 「足動けの。まだ、戦えるの!」


 ダイヤは優しく英雄を囲む。


 温かみのある優しさ溢れるダイヤの体温に英雄は眠気に襲われる。


 「お主は良くやった。この力を得られなければ負けていた。一か八かの賭け、運がこちらに傾いたのだ。それだけだ。実力はお主の方が上だ」


 「ぴょんは、負けない、の」


 「あぁ負けてない。我の負けだ。お主は強かったぞ」


 「ぴょん⋯⋯は、まけ、ない、の」


 本当は分かっていた。


 これは世界を護る事では無く、自分達の滅びる世界を捨てて新たな住処を奪う事だと。


 産まれて育った場所を捨てて、新しい家を手に入れる。


 その世界で住まう人々の事を考えず、自分達が生きるために戦う。


 それを悪だと切り捨てる事はできないだろう。誰もが死にたいとは考えない。


 この英雄は考えないようにしていた。


 もしもただの略奪戦争だと気づいてしまえば、信念が砕けてしまうから。


 「もう、楽になって良いんだ。良く頑張った」


 「ぴょん、は」


 ダイヤの言葉に和んだ英雄。小さな顔にピキっとヒビが入る。


 勇者の力は未熟な子供に耐えられるモノでは無い。


 今までギリギリの所で堪えていたコップから水が溢れた。


 「みんな、と、いっしょに、あそびたかったの」


 「ああ。そうですな」


 「エンリ兄ぴょん、いっしょに、あそぶの」


 混濁する意識の中で英雄が見たのは、家族ではなく炎の龍だった。


 英雄となった時から長く共にいたのだろう。関係を深めたのだろう。


 その歳月は家族をも凌ぐ程に長かったのだろう。


 パリン⋯⋯ガラスのように砕けた英雄は光の粒子となった。



◆あとがき◆

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