第210話 子供の英雄と影のおおかみ

 「ぴょんの相手は弱そうなの。即殺終了なの」


 「我とて古くから主に仕えている。簡単には負けぬと知れ」


 ダイヤの相手は白い衣に身を包んだ女の子である。


 陽気でテンションの高めな英雄は見た目と中身が合っている様に感じる。


 寅の英雄が言った第二世代は世界侵略に伴って用意された兵士だ。


 世界侵略が考えられたのがつい最近ならばダイヤの目の前にいる英雄は子供のまま英雄となった可能性がある。


 「犬は群れるの。お前一人なの?」


 「ああ。強者相手にいくら数がいても無意味だからな」


 「ししし。そうかもなの。それでお前の名前はなんて言うの。ぴょんは卯の英雄なの」


 「我はダイヤ。影の狼だ」


 自己紹介は終わり、後は片方の命が尽きるまで戦うのみである。


 ダイヤは自分の影を動かして鞭のように動かす。


 自由自在に動かせる影の攻撃はどこから来るか分からない。


 通常ならば警戒心を上げる状況だが、英雄はニコニコの笑顔を崩さない。


 「面白いの。影を動かせるの?」


 英雄は武器も出さずに影の上をぴょんぴょんと跳ねて動き回る。


 「面白いけどきちんと仕事はするの」


 ダイヤの方に跳躍して接近する。


 ただのジャンプだがそのスピードは高次元。


 予備動作を見てから対応しようにもダイヤのスピードではそれも難しかった。


 胴体に英雄の頭突きを受けてしまったが、牙の攻撃をしかける。


 「口が臭いの」


 「ガブッ」


 軽く顎にアッパーを決めて口を閉ざした。脅威の脚力を活かした蹴飛ばしでダイヤを吹き飛ばす。


 「中々の強者⋯⋯相手に不足なし」


 「お前弱いの。ぴょんの相手は力不足なの。もっと強いのと戦いたいの」


 「戦闘狂か」


 ダイヤの周りには悲しくも戦闘狂が多い。その全てが強い。


 ダイヤとて戦闘を楽しみ強くなる事を目指しているが、棚上げしている。


 短い攻防の中で自分よりも数十段も上の相手だと確定する。


 次は【月光弾】の魔法による攻撃をしかけ、回避する場所を予測して影を地面を滑らせ向かわせる。


 英雄は魔法が飛んで来たのを確認すると、それを蹴り破壊した。


 「なぬ?」


 「弱い魔法は無意味なの」


 さらに、迫って来た影を強く踏み付ける。


 「なんだと?」


 「この影も魔法なの。干渉は可能なの」


 キュッと引っ張ってダイヤから影を引き抜いた。


 制御を失った影は行き場を失い自然の影となる。


 だが、いくら抜かれようとも影はいくらでも生み出せるし自然的に存在する影もまた武器となる。


 英雄がやった事はただ手の内を晒しただけでダイヤにとってはありがたい話。


 そう思いたいが難しいところだろう。


 影に干渉されて操作できなくされるのは自分の武器を失うに等しい。


 牙や爪による自分の肉体を活かした攻撃も通じないし、反撃を受けるだけになる。


 魔法も足によって砕ける。


 「打つ手はないの?」


 「そうかもしれんな」


 自分の弱さに嘲笑を浮かべた。


 だが、それでも、諦めて逃げるようなモンスターでは無い。


 サキュ兄に魅了されて芽生えた知性と思考能力。自分の人格が徐々に形成された。


 喋れるようになり、さらに人格形成は捗った。


 一ヶ月程前にようやく自分の確固たる人格を手に入れた。


 自分と言うのがどんな存在なのか自覚すると共に目標ができた。


 それは主の足となり鼻となる事。主人の一部になる事である。


 守護獣、そのような立場になりたいと考えた。


 自分が誰よりも獣の姿をしているから。誰よりも似合っているポジションなのだ。


 主を護る事を目標としている者が主が護りたいと思うモノを護らずして成れるのか?


 成れない。成れて良い筈がない。


 「我とて何も成長してない訳では無いですぞ」


 「の?」


 ダイヤの魔法も攻撃も英雄には届かない。⋯⋯それはまだキリヤの知っている攻撃しかしていない。


 自分の影を足元から放出し、それを自身に重ねて行く。


 影を纏うのである。


 「それでもぴょんには通じないの」


 「それはやらぬと分からぬ事よ」


 影を纏ったダイヤの大きさは三倍ほどに大きくなっていた。


 邪悪な影の巨大な狼は小さな兎を喰らうために動き出した。


 影と半分一体化したダイヤのスピードは速いと言う次元では無かった。


 もはや瞬間移動。そのレベルのスピード。いや、移動だった。


 「のぉ!」


 英雄もいきなり眼前に現れた事に驚いた。それでもバックステップで回避する。


 影の爪が先程いた場所を通過する。サイズは言うまでもなく巨大。


 小学生レベルの英雄なんて簡単に包み込まれる。


 「ぴょんは肝を冷やしたの。でも、もう驚かないの」


 ダイヤが再び瞬間移動をするが、英雄が目の前の影を強く踏んだ。


 すると、ダイヤはただ突っ立ったままに英雄を睨んでいる。


 第三者から見たら睨み合っている状況。


 「やっぱり。影のところしか移動できないの」


 「素晴らしい観察眼だな」


 「影を動かすのに影移動できないのは変なの。ただの考察なの」


 「それでも素晴らしい事だ。柔軟に対応し敵の弱点を見抜く、戦闘では重要な事」


 「て、敵を褒めるなんて変な奴なの」


 照れくさそうにはにかんだ。


 仕草までまでもが子供の英雄は頭をブンブンっと振って暖かくなった心を急激に冷やす。


 目の前にいるワンコは倒すべき敵である。褒められたからと言って生かす訳にはいかない。


 「そうなの。お前ぴょんの配下になるの。そしたら殺さなくてすむの」


 「それはできんな。我とて矜恃がある」


 「きょうじ?」


 「誇りだ。我は今の主に出逢い仕える事を心の底から喜び誇らしく思っている」


 英雄は悲しそうな表情を浮かべた。


 「ぴょんじゃダメ?」


 「そうだな」


 「お前良い奴なの。ぴょんを褒めてくれる人、向こうじゃいなかったの。⋯⋯でも、敵は倒さないといけないの。だからお前を殺すの。文句は無いの?」


 「あるまい。我とて命を喰らう決意よ」


 互いに臨戦態勢、ダイヤは地を歩いて迫る。


 英雄は脚に力を入れて加速する。


 「【兎月】」


 円形の衝撃波を放つ魔法で狼の中心を貫通させた。


 ダイヤ本体に夢中させる角度だったが空振りに終わる。


 「影を操る奴は影に触れてないとダメなの⋯⋯これはダミーなの」


 答え合わせをするように地面からにゅるりと同サイズの狼が数体現れる。


 「悲しいの。良い奴を殺さないといけないの」


 「我だけでは無い。きっとお主の事を褒めてくれる人はここに沢山いる。ユリ殿、ライム殿、アイリス殿、何より主が」


 「それは⋯⋯幸せな空間なの。でも殺すの。その人達全員。今出て来た名前は全員討伐対象なの。ぴょんの人々救うための敵なの」


 「そうかもな」


 ダイヤは一切の手加減無く、影の狼を突き動かす。


 「ぴょんは本当は戦いたくないの。でも、大いなる力には責任がともなうなの。責任を果たすのが大人なの。【兎波】」


 回転蹴りに乗せた魔法で影を吹き飛ばす。しかし、本体はその中にいなかった。


 攻撃直後の隙だらけな英雄を狙うべく、顔だけの巨大な狼が地面から伸びる。


 反応が遅れたのか、ガブリと食われてしまう。


 「【兎光】【拡散】【兎波】」


 ウルフの中が輝いて影を粉々に粉砕する。


 「ノブレス・オブリージュの精神。見事ですぞ」


 「もう褒めるななの。殺すのが辛くなるの」


 「子供には大き過ぎる責任だな」


 「それよりもどこにいるの。正々堂々戦うの」


 「そしたら我は負ける。これが我の戦い方ですぞ」


 再び影の狼を作り出す。


 このままでは体力を削られるだけである。


 影の狼は大きいだけで英雄の相手では無い。


 「影を操るには繋がってなくてはならないの。干渉力が失われるからなの⋯⋯影は一つ、全て本体に繋がってるの」


 英雄は月面に触れる。


 「暖かく、美しい星。ぴょんには力を貸してくれないの」


 屈んだ英雄に牙を剥き出しにして迫る狼達。


 「でも良いの。ぴょんは一人で戦うの。気高く、高貴に、信念を強く持ち、エンリ兄ぴょんの様に。【英雄覇気】」


 白銀のオーラが英雄から放出され、瞳孔が赤色に変色した。




◆あとがき◆

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