第209話 雷獣の本気(真)

 【英雄覇気】を使って全力を解放した寅の英雄が突進する。


 「【虎視眈々】」


 思考能力と動体視力を強化する魔法を使用してナナミの刺突を完璧に見切る。


 十八番の突つを躱され懐に入られた。


 ナナミの不得意とする超至近距離の戦い。


 刺突を最大限強くするには伸ばす力が必要だ。肉薄した状態だとそれが難しい。


 刺突を最大限に活かせず、力で負けているナナミの不利な領域。


 英雄は知ってか知らずか、自分の攻撃圏内よりも詰めた。


 リーチではナナミが勝っていたので、攻撃圏内ギリギリで戦うのも英雄が有利と言う訳ではなかった。


 「くっ」


 二本の剣による攻撃を防御するが、腕が軋む程に痛む強い一撃だった。


 「シィ」


 少しでもダメージを軽減させるために自ら後方に跳んだ。


 相手の力も合わせて跳んだので、加減ができず地面をゴロゴロと転がる。


 立ち上がった瞬間には既に目と鼻の先に英雄の姿がある。


 「【白虎天落】」


 「あぶっ」


 魔法と合わせた突き落とす斬撃の攻撃を横にステップして回避する。


 プシュ、太ももが削られたらしく血が飛び出て流れる。


 回避する時先に胴体が動く。脚を引くのが遅かったようだ。


 「おっ?」


 ガクン、と力が抜けたのかナナミは膝を折った。


 尻尾も力なく折れて身体の不調を表していた。


 「ごほっ」


 吐血。大量の血を口から吐き出した。


 「毒⋯⋯か? 正々堂々と言う戦いの精神が無いようだね」


 「負けた時の言い訳ね。貴様の運命は既に決まっている。死、あるのみだ」


 「死ぬのは、嫌だなぁ」


 乾いた笑みを浮かべたナナミに英雄は油断せずに一撃で決めるべく加速する。


 「⋯⋯覚悟ならあるんだよねぇ。【放電】【帯電】!」


 「なんだ?!」


 電気を放出してそれを体内に集める。集めた電気は器に収まらずに爆ぜる。


 「ごほっ。ごほっ」


 「自爆か?」


 「違う。ただ毒性を破壊しただけだよ。自分の魔法で自分が傷つく訳無いじゃんか」


 それでも中身がボロボロに成りながらも笑みを崩さず切っ先を敵に向ける。


 それはまだ戦えると言う強い意志を感じさせた。


 命を取り合う戦いに楽しさを求めては無いし感じてもいない。


 ただ、強い相手と戦えている状況が楽しいのだ。


 「それじゃ。行くよ。【雷獣の咆哮】」


 口から吐き出す衝撃波と雷が英雄を包み込む。


 大地を穿つ一撃を全身を浴びる英雄。


 だが、砂煙から現れた英雄は無傷で立っていた。


 「今、何かしたか?」


 「【雷獣の咆哮】って言うユリの使う魔法が少し羨ましくて頑張って覚えた魔法だよ」


 「⋯⋯そう」


 喜々として語るナナミに英雄は言葉を詰まらせたが、我に返り再び構え直す。


 ナナミにイキリを含んだ挑発は通じないと気づいた瞬間だ。質問は喜ばせるだけ。


 「【天雷】【雷柱】」


 「数が増えても当たらない! さすがはわらわ」


 「速いっ」


 ナナミの額に冷や汗が浮かび上がる。対応できていたスピードが追えなくなったのだ。


 焦りを見せたナナミの隙を見逃す英雄では当然無く、無情な刃がナナミを襲う。


 「ぐっ」


 必死に防ぐために行動したが、英雄の猛攻を抑えられない。


 力で負けていた英雄にスピードでも負け始めたのだ。


 「【雷獣の咆哮】」


 「遅い!」


 「フッ」


 正面に魔法を放てば後ろに回って来るだろうとナナミは予測していた。


 タイミングを合わせて脇の間を通して刺突を飛ばした。


 しかし、それも英雄のスピードを捉えるには至らなかった。


 「これでは全力を出すまでも無いようだな。やはり貴様の限界か?」


 最低限の動きで刺突を回避されて背中にクロス斬撃を浴びる。


 これでも英雄は力を解放した状態の手加減らしい。


 「ぐっ」


 「このまま終わらせてやろう!」


 「痛いなぁ」


 ナナミは集中力を高めて相手の動きを見切り、剣を弾く。


 受け流しからの弾く、ユリのようなやり方で攻撃を捌いた。


 「ふんっ!」


 「カヒュッ」


 剣では届かないと瞬時に判断して回し蹴りを放った。そこまでは対応しきれなかったナナミは吹き飛ぶ。


 最悪骨の数本は折れた可能性がある。


 「ゲホッ」


 「良く粘るな。もう楽になれ」


 「⋯⋯はは。情けない。恥ずかしいから、ね。観察は終わりだ。【雷獣化】」


 宇宙だと言うのに黒い雲が天を覆う。


 結界内の重量に従って雨が降る。勢いが増して勢い豪雨となって雷も雨のように降り出す。


 一つの落雷がナナミに直撃する。


 全身が毛で覆われ、顔は猫に近い形となる。


 全身から放出される電気は十万ボルトに届くだろう。


 「なんだ、その姿は?」


 「八割【雷獣化】。私にとってこれが最適」


 「何?」


 「完璧にしちゃうと四足歩行に適した身体になって刀が握れないから。⋯⋯それでは、最終決戦と行こうか」


 「こ⋯⋯」


 英雄が全てを良い終わる前にナナミが顔面に膝を当てる。


 「ぐはっ。き、貴様⋯⋯」


 「本気で行くからね」


 それは蝶のような優雅に舞い踊る斬撃、なのでは無い。


 ありとあらゆる方向から獲物を襲うカマキリのような斬撃の嵐だ。


 「何たる速度⋯⋯」


 しかし、今のナナミはそれだけじゃない。


 斬撃の嵐の中に蜂のように突き刺す刺突を追加した。


 薙ぎと突きを同時に出しているように見える攻撃を可能にしたのは落雷の如きスピードを得たからだ。


 そして狙い。


 手数の暴力を優先したら狙いを考えずに速度重視の攻撃になっていても仕方がない。


 だがナナミは相手の不得意な箇所、防御の隙間を縫って攻撃を与えて行く。


 「なんなんだ、貴様は。なんだと言うのだ」


 防御に徹しても間に合わない。英雄は既に全力。


 二刀流に対して相手は刀一本だ。それが強化された身体能力と能力の相乗効果だけでこれ程までの化け物になった。


 「確たる上は⋯⋯【タイガーインパクト】」


 魔法を展開する。広範囲の攻撃魔法⋯⋯しかしそれはナナミを通り抜けて終わった。


 「は?」


 一切命中しなかった事実に思考停止。油断した隙に大量の斬撃と刺突を浴びて吹き飛んだ。


 痛みに苦悶する様子は無く、ただ混乱していた。


 「どうなっている?」


 「見た事ある魔法だからね。範囲外に出て、終わった瞬間に戻った。それだけ」


 「⋯⋯戯言を言うでは無い。あの距離であそこまでの攻撃。そんな事を咄嗟にできる筈がない!」


 「君の尺度で私を測るんじゃない。勝手に限界を決めつけ慢心しただけだろう」


 「クソっ」


 今のナナミは本気、超集中状態になっているのだ。


 無我の境地、敵以外には何も見えず感じない状態。


 相手の微かな動きも見逃さない。だからこそ対応できた。


 当然それを相手が知る由も無く、【雷獣化】して強くなったとしか感じていなかった。


 【英雄覇気】は勇者の力を覚醒させて力を大幅に上げる。だが勇者と同等の力を出せる訳では無い。


 【雷獣化】は龍と獣の力を合わせて雷によって覚醒させる能力。


 僅かな勇者の力の欠片と龍の力とでは比べるまでも無いだろう。


 「それでもわらわは戦う。どれだけ無謀な戦いだとしても」


 「カッコイイね。どうしてそこまで戦うのか聞いて良いかな?」


 「わらわは第二世代の英雄」


 (ダメだ。もう分からない単語を出された)


 最初は初代魔王を倒すべく人類の過半数を英雄に変えた。これが第一世代。


 世界侵略に合わせて用意した英雄が第二世代である。


 「愛する人、愛してくれた人、家族達全員が自我を失い道具となった⋯⋯世界が滅亡するからわらわ達の力が必要だと言われた」


 「⋯⋯辛いね」


 「ああ辛い。話しかけても何も返してくれない。命令にしか反応を示さない。わらわは世界なんてどうでも良い。ただ皆と暮らしたかっただけなんだ。だから、龍を憎んでいる」


 「ならどうして私達と剣を交える?」


 「世界を得れば龍が勇者の血を封印してくれる。さすれば人間に戻る。元の生活に戻れるんだ。だから、戦う」


 相手にも戦う理由や意思がある。


 それが大切な人達と暮らすためらしい。


 ナナミも大切な人達を護るために戦っている。


 「その家族は今回の英雄の中にはいるの?」


 「いるぞ。わらわの指揮下にあるからな」


 「そう。分かった」


 ナナミはそれ以上何も言わずにゆっくりと歩き出す。


 警戒しながらも、英雄は全てを出し切り攻撃を繰り出す。


 全身全霊、魂を砕く勢いを乗せて二本の剣を掲げる。


 ⋯⋯だが、刹那の瞬間にナナミは視界から消えた。


 同時に、視界が真っ赤に染まる。


 「なんっ⋯⋯」


 それ以上何も言えずに地面に倒れる。


 脳天を一撃で貫いた。痛みも苦しみも与えずに倒した。


 「私は甘くないよ。戦うと決めた時から覚悟は決めている⋯⋯それがアナタのような『人間』であっても」


 言葉に詰まる事も無く、はっきりと言葉を掛けた。


 「祈ろう。次の生で愛する人達に囲まれると」


 目を開けたまま倒れている英雄の手を優しく閉ざし、地面に寝転がらせるのは良くないと持ち上げる。





◆あとがき◆

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