第208話 雷獣の本気(誤)
「さて、私の相手は君な訳だけど、一応名前を教えて」
「わらわは寅の英雄である。貴様は臭いな。龍と獣を混ぜた異臭よぞ」
「私は名前を聞いたのに⋯⋯って、え?」
ナナミは腕を上げて自分の脇に鼻を近づける。
くんかくんかと大きく鼻で息を吸って臭いを感じ取る。
「⋯⋯私は鈍感だから、自分の体臭が分からない」
深い絶望、寅の英雄は先制して精神的攻撃を与える事に成功した。
さすがは英雄、些細な事で相手の心を掻き乱す。
「分かったぞ。貴様はバカだな」
「良く言われる」
ナナミはその発言で冷静になれた。
探索者バカ、良く言われた言葉だろう。
罵倒に対して納得の姿勢を見せた事で英雄が混乱し始める。
「ふん。まぁ良い。わらわにその獣臭と龍臭を付けられたはたまらん。あやつらの指示通り動くのは癪だが、お相手してやろうぞ」
寅の英雄は女であり、虎柄の衣を纏っている。
気品溢れるその姿にナナミが最初に抱いた感想は、『マダム』だった。
「ねぇ、私って臭いの? 本当に臭いの? ショックなんだけど」
「その考えもすぐに無くなるわよ」
寅の英雄が双剣を抜いて地を蹴ってナナミに接近する。
ナナミはキリヤに託されたペアスライムの日本刀を握る。普通の日本刀ではこの戦いについていけない。
「さぁ、貴様の臓腑を見せなさい!」
「え、嫌」
英雄の鋭い刺突を冷静に回避し、続く反対の手の攻撃も弾く。
それだけで英雄は中々に強い人だと認識した。
「猫をにゃめるにゃよぉ?」
「は?」
ナナミがいきなり似合わない発言をした事で動揺し、その隙をついて雷の如きスピードで蹴りを放った。
電気が迸る脚から放たれる蹴りはトラックに激突された様なモノだ。
しかし、それに耐え抜き吹き飛ばされながらも体勢を正す。
ナナミのスピードは目を見張るものがある。しかし、パワーの面で見れば驚異では無い。
しかし、魔法による強化も行われてない現状だと判断は難しい。
英雄は密かに思考を巡らせてナナミの攻略方法を模索していた。
「レイ直伝猫撫で声ってのは効果ありなんだな。いつかキリヤにも試そう」
「⋯⋯嫌な臭いだ」
「ん?」
「恋を楽しむ、嫌な臭いだなぁ!」
「恥ずかしい事を言う」
「わらわは恋愛どころじゃないねん!」
全く恥ずかしがっている人の表情では無いが、その発言が英雄の心の栓を抜いた。
超加速から繰り出される連撃。
「速いなぁ」
「ほほう。思いのほか粘るのぉ。わらわの怒りの舞を受けても眉一つ動かさないとは。賞賛に値する」
「上から目線⋯⋯」
鋭い一太刀一太刀命を刈り取る斬撃の嵐を無駄を省いて防ぐのに徹した。
押してはいるが攻めきれない状況。
「⋯⋯ここね」
「おっと」
ただ刃に刃を合わせる防御なら力で押し負けていただろう。
しかし、受けるタイミングで少し後ろに下げる事で勢いを殺し防いでいた。これにより力のゴリ押しを不可能にしていた。
その事に気づいた英雄は直ちに対策を立てた。
引かれるのに合わせて重心を前に移動して身体を倒した。
身体ごと攻められては力押しされる可能性もあり、ナナミはバックステップを踏んだ。
「寅は獲物を逃がさない」
懐に飛び込んだ英雄。
空中に足があろうとも跳躍を可能にするナナミは半歩引いて来る攻撃を回避。
追撃の手が来る前に銀閃を走らせて攻撃した。
「ぐっ。なんて速さだ」
追撃するはずだった手首には斬られた傷が浮かび上がり、血が飛び出て来る。
すぐに離れて再生させる。
「再生が遅い」
「ビリビリしない?」
「⋯⋯するな。龍臭がする。臭い臭い臭すぎる」
子供のように騒ぎ散らかす英雄。
「体臭じゃなくて魔力の臭いか。良かった。私は臭くない⋯⋯いや、臭いのか?」
その態度に安堵を示したナナミ。
戦い中だと言うのに全く危機的雰囲気が無いのは余裕があるからなのだろうか。
毅然とした態度を取り戻したナナミに英雄は顔を顰めた。
こいつはどうして落ち着いているのか、と。
今までの会話を思い出して言葉を繰り出す。
「⋯⋯いや、普通に臭いぞ」
「ガーン」
唖然、それ以上の言葉は必要無い。
立ち尽くすナナミに接近する。
「【白虎】」
英雄の髪色が白色に変わ速力と腕力が上昇した。
「【爪虎】」
一つ振るわれる刃は四つの刃を生み出している。
「細切れになれ!」
「まだ大丈夫かな?」
ナナミがギアを上げて全ての斬撃を一本の刀で防いで行く。
それには英雄も驚きを隠せないでいる。
数々の斬撃を魔法も使わずに手数を増やさないで、ただの素の力と技術で防いだのだ。
「これで終わり?」
「愚弄するか?」
「しないよ。【電光石火】」
「ぐはっ」
ナナミの膝が英雄の腹に食い込む。
「なんだ。そのスピード⋯⋯」
腹を抑えた英雄に追撃の蹴りが顔面に飛ぶ。
回避すれば踵が頭を砕かんと突き落とされる。
「ぐっ」
「純粋な防御が私にとっては面倒なんだよね」
「力は弱いんだな」
「私は非力だから。【紫電】【放電】」
「ぐあああああ!」
紫色の稲妻が英雄を包み込む。
電気が収まると、英雄は膝を追って咳き込む。
「貴様は、何者だ。どうしてその力を自在に操れる」
「練習したから」
「アホか。練習程度で世界の意思によって生み出された龍の力を操れるモノか」
「この世界が龍を敵としているから、龍に対抗できる力を欲したのかもね。良く言うじゃない。目に目を歯に歯をって」
ナナミの言葉に未だに納得しきれてない様子の英雄が再び動き出す。
しかし、ナナミも真面目に戦っているために技術の差が現れ始める。
「【雷柱】」
いくつかの雷が地面から天に昇る。
「わらわには当たらん」
野生の勘か戦闘の経験か、ナナミの出す魔法を次々回避して行く。
「【虎穴虎子】」
躱した先にナナミを見据えて懐に飛び込む事に成功した。
力を捨てて速度に全振りした攻撃の同時二連撃である。
双剣の手数を活かした挟み込み。逃がす隙を与えない攻撃。
スピードに振り切ったと言えど、力で見ればこれもナナミを超えるだろう。
さらに、スピードもまた力。
「はっ!」
ナナミは十八番の高速の連続刺突を使った。
狙いは二つの凶刃であり、勢いを殺してからバックステップで回避する。
攻撃から回避の切り替えがスムーズでとても素早い。
「貴様はこれも通じぬと言うのか」
「次はこっちからだね」
強い踏み込みを見せ、電光石火の如く肉薄し、高速の突きを叩き出す。
「なんのこれしき」
ナナミは攻撃、英雄は防御に徹する。
細く繊細な突きは相手の防御を掻い潜り骨を刺しに来る。
必死に食らいついてなんとか防いでいるが、長くは持たないのか徐々に傷が増えて行く。
そして今現在でも対応できない連撃は打つ度に加速する。
人間の頃から得意だと気づき伸ばしたお得意の突きはどんどんと凶悪になる。
これ以上速くなると急所を貫かれてしまう。本能で感じる。
英雄は直ちにこの連鎖を終わらせるべく次の一手を出す。
「【タイガーインパクト】」
周囲を衝撃波で破壊する魔法を展開してナナミを引き剥がした。
「貴様、見た目は子供なのに、どうしてそこまでの力を得ているのだ」
「大切な人達を護るため。⋯⋯ちょっと臭いかな」
「【ビーストソウル】」
「時間稼ぎされちゃった」
身体能力を強化する魔法を使い再びナナミに接近する。
どれだけ強化したところでナナミのスピードには追いつけない。
ナナミの身体から蒼色の電気が迸り、地を踏み込んだ。
「ぐっ」
相手の剣を弾いて袈裟斬りを叩き落とす。
反撃しようと英雄は動くが、その前にナナミのキックが炸裂。
攻撃の手を緩める事無く、刀以外での攻撃も何度も繰り返す。
英雄は傷が増えて行くが、ナナミは無傷である。
「はぁ。はぁ」
「残念ながら私の方が強いみたいだ。自分の世界で引きこもっていると良いよ」
その言葉に英雄は憤慨も悲観もしなかった。ただ、笑ったのだ。
自信ありげに勝ち誇ったかのような笑み。
「貴様は甘いな」
「甘い?」
「最初から全力を出しているならさっさとトドメを刺すべきだった。それが可能だった。しかししなかった。つまり、貴様は人を殺せない!」
「人⋯⋯ね」
ナナミの含みのある言い方に気づかず、英雄は続ける。
「その甘さが命取りだ。わらわの全力を受けてみよ!」
結果論だが、ナナミが最初から全力を出していたら確かに瞬殺していた。
相手の出方を伺って戦うのは基本だが、時には最初から全力でやるべき時もある。
敵を知らないからこそ知るためにナナミは戦っていた。
自分を圧倒したからか、英雄は相手の限界を見誤った。
「【英雄覇気】」
激しく荒々しい重圧を秘めたオーラが放出される。
それに対してのナナミと言えば。
「君の全力を見せて」
喜んでいた。
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます