第207話 龍の力と龍に憧れた力

 「【龍拳:青】」


 魔力の塊が青色の龍となり拳から放たれる。


 それは喰らう全てを圧縮し潰して圧殺する攻撃である。


 分解して破壊する赤色の龍とは違う攻撃。


 「先程の受け流し、どうしたかは分からぬが、何度もできる芸当では無いだろう」


 「魔剣って凄いですね。アナタの攻撃を何度受けても傷一つ無い」


 ユリは集中して青い龍に切っ先を立てる。


 違う魔法ならば通すべき場所、受け流し方が変わって来るだろう。


 それでも不安は一切なく、ただ自分の腕を信じて受け流す。


 弧を描いた龍は地面に衝突して霧散する。


 「これもか」


 「【炎龍の太刀】」


 「ふんっ!」


 龍の形を取った刃を拳一つで粉砕する。


 「入った!」


 その瞬間に懐に飛び込んだユリの斬撃を防ぐために手を伸ばす。


 普通の刃ならそれで問題ないだろう。


 しかし、英雄は野生の勘か経験則か嫌な気配を感じ取った。


 自分を攻撃する対象に現れる殺気に近い気配。


 「はあっ!」


 だからだろう。大きくバックステップして回避する。


 空振りした刃は炎で軌跡を描いた。


 「魔剣の力か⋯⋯」


 「この程度で引くって⋯⋯自称十三体目の龍は大した事無いのね」


 「拙者はまだあの頂きには到達しておらぬ。まだ修行の身。お主を超え、魔王を超え、世界を手にして到達するのだ」


 「⋯⋯壮大な夢物語を聞かせてくれてありがとう。残念だけど結局は夢。その夢はここで覚める事になる。アナタじゃ私を倒せない」


 英雄は自分の拳同士を打ち付ける。すると、龍の顔をした魔力を纏った。


 「笑止」


 「堅苦しいキャラ設定はやめなさいよ。【黎明】」


 炎を宿した刀と龍を宿した拳が衝突し、大きな花火を生み出す。


 連撃の嵐に入る。互いに攻撃を繰り出しては防がれる。


 しかし、嵐の中でも変化は徐々に進行している。


 「ぐおっ」


 「まずは一太刀」


 「甘いはっ!」


 英雄が己の左腕を盾にして致命傷を避けた。


 連撃の中でユリは相手の攻撃を受け流す感覚を掴んでいた。


 防いでいる中でも成長する、そのスピードは尋常ではない。


 応用力の高さと適応する速さ。


 それを可能にしているのは満遍なく高い身体能力と今までの訓練にある。


 器用貧乏と言われればそれまでだが、それをしっかり活かす術をユリは持っている。元々知っていたのだ。


 それが憧れの主である。


 キリヤは五感を鍛え、それを確実に活かすために癖付く流派ある技は覚えずに基本に忠実に基礎を伸ばし続けた。


 連撃ではナナミに劣るが、他でそれを埋める事が可能になる。


 特化したタイプよりもその分野では劣る。しかし、補う事が可能だ。


 基礎ができていなければ応用は不可能。逆に応用は基礎ができれば可能だ。


 「ふむ。これは魔法なのか?」


 「魔法に近いと思いますよ」


 戦いの中で相手の動きを観察し癖を見抜く。そして適した戦い方で戦える。


 ユリはキリヤの先生、師匠に全身の力を使って出す技を教えて貰った。


 特化してないからこそ、全てにおいて高い身体能力だからこそ、連撃の中で受け流す事ができたのだ。


 「引くなら追いかけませんよ⋯⋯出直して来ますか?」


 「笑止。確かにお主の技には驚かされた。あの攻防の中で受け流されるとは思ってもみなかった⋯⋯いや、そもそも受け流しされても対応できる自信があった」


 「そうですか」


 「次の攻防と行こうか。次はこうならぬ。【炎拳】【水拳】」


 右の拳には炎を、左の拳には水を、相反する魔法を纏った拳で再び接近する。


 ストレートに放たれる正拳突きをユリは目を細めて確認する。


 刀を優しく振り上げ、その過程で拳を受け流す。


 「はっ!」


 流したと同時に刃を強く振り下げる。


 「ふんっ!」


 魔剣は炎を纏っている。だから水の拳を用意した。


 英雄にとって拳は武器そのもの。


 「掴んだぞ」


 「ちぃ」


 「素晴らしい技だった。しかし、武器を持たずして意味は無し」


 力を込められるが抜けられない。ユリの力は英雄に劣る。


 それが分かっているからこその行動。


 「こっのぉ!」


 翼を大きく広げて飛び立とうとするが、英雄が下半身に力を込めるとそれもできない。月面に新たなクレーターができる。


 「終いだ」


 炎を噴射してなんとか脱出しようと企てるが、それもまた許されない。


 無防備となったユリに拳が飛ぶ。


 「【龍拳:紫】」


 「うあああああ!」


 ゼロ距離で最大火力の龍を受けてしまう。


 本来なら跡形も無く消滅する攻撃だったが、ユリの耐性も龍の鱗のおかげで高く、身体は無事だった。


 しかし、覇気が無く膝を地面に着けている。


 「死してなお、剣を放さぬか」


 魔剣も回収しようと、ユリの手をどかす。


 しかし、手に力を込めてもユリの手は魔剣から中々離れない。


 「生きている時よりも力が強いのでは無いか?」


 一度地面に落として、骨を砕かん勢いで何度も何度も踏みつける。


 しかし、それでも骨は砕けないし手を放さない。皮膚すら無事だ。


 「なんて硬さと執念。仕方あるまい。魔石を取り出してから肉体をバラバラに⋯⋯」


 英雄が次の行動を考えた瞬間だった。


 地面が紅く輝く。


 「これは⋯⋯【飛拳】」


 拳を上に突き上げて、その勢いを利用して大ジャンプする。本来は衝撃波を飛ばす魔法と技を組み合わせた攻撃だ。


 英雄が跳び立つと地面は真っ赤な炎の海に変わる。


 「【海炎】」


 「まだ息があったか?」


 「私の炎は消えてない。まだ燃えている⋯⋯むしろ、戦う前よりも強くなってる。私の中の自分が言うんだよ、こんな奴と遊んでる暇は無いって」


 「ふむ」


 「だから終わらせよう。【龍鬼化】」


 ユリの身体が大きくなり、角が鋭く太く伸びる。身体が鱗に覆われ始める。


 手が大きくなると同時に爪も凶悪に伸びる。


 「もうアナタじゃ、私のスピードには追いつけない。【火炎変化フレアリベロ】」


 炎そのものになる高速移動。


 英雄が認識できない速度で繰り出された蹴り。


 「かはっ」


 受け身を取る余裕すらなく、地面に転がる。


 「これが、本気と言う訳か」


 「終わりだ」


 「【英雄覇気】」


 緑と黒を合わせたオーラが英雄から溢れ出る。その禍々しさは勇者の力とは思いたくない程である。


 身体が鉱石のように光沢がある鱗に覆われて行く。


 「この力を使ったら最後、拙者は暴走を始める。目が覚める時は廃墟とかしたこの場だろう」


 「そっか。じゃあ先に言っておく。安らかに眠れ。久しぶりに初心に戻れてありがたかった」


 「グオオオオオオ!」


 「自らの力を律せない獣に私が負けるモノか。阿呆め」


 ユリはゆっくりと上昇し、加速する。


 英雄はスピードについて行けたが、攻撃が当たらない。


 ただ暴力的で技も何も無い、ただ有り余る力を振るのみ。


 都を衝撃波だけで破壊するその力にユリは⋯⋯全く恐れを感じていなかった。


 「これ以上は控えて貰うよ」


 懐に飛び込み、深い斬撃を決める。


 舞う鮮血すら黒緑だった。


 元人間とも思えないその血液はユリの炎により蒸発する。


 「うがああああ!」


 連撃と共に【龍拳:紫】が飛ばされる。


 「【炎剣】」


 炎で構築された剣をその龍に飛ばす。


 破壊するために。⋯⋯否!


 「己の技をその身に刻め」


 作り出した炎の剣で相手の技を受け流し、紫色の龍を同様の龍に衝突させ相殺させる。


 自らの剣でなくとも受け流しはできると言う事だ。


 「スピードで互角に立ち回れただろう。パワーでは負けていた。しかし、ただ暴れるだけの獣では私には届かない。非常に残念だ」


 ユリに向かって英雄は直接拳を叩き込もうと接近する。


 顔面に向かって放たれた拳は頭を傾けるだけで回避される。


 追撃の蹴りも翼を曲げ炎を出して加速し回避する。


 カクカクとした飛行はキリヤに近いモノを感じさせた。


 「辰の英雄よ。龍に憧れた少年よ。美しく輝く月の上に眠れ。【黎明】【円環】」


 莫大な炎で辰の英雄を包み込む。


 もがき脱出をしようとしても炎が絡み付きそれを許さない。


 「一太刀で終わらせよう。『一瀉千里』」


 ユリの用いる全てを出し切り、そのスピードを全て刃に乗せる。


 攻撃が始まった事すら認識させない速度。ユリの位置が変わったと認識できた時には既に、辰の英雄は眠っていた。


 龍の力に魅入られ、それに近い力を手に入れた男は龍の力を取り込み適応した相手の手で引導を渡された。


 真の意味で龍ではないが、龍と一体化したユリはきっと辰の英雄の目指す先だったのかもしれない。


 しかしユリの最終目標は決して龍などでは無い。





◆あとがき◆

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