第206話 ユリと辰の英雄
「拙者の相手はお主かな」
「私では不満がありますか」
各々直感で相手を選び分散させた。
ユリの相手は緑色の衣を纏った英雄である。
額からは鬼とは違う、龍に近い角の生えた特徴があった。
「お前は何者だ」
「拙者は辰の英雄、十三体目の龍に成りし者だ」
「アホくさ。龍の何が良いんだか」
「絶対的な力、世界によって与えられた強者の印。しかし世界が滅びればそれも意味を無くす⋯⋯素直にこの世界を引き渡せ。さすれば命は取られんだろう」
「⋯⋯どーだろ。最初に侵略して来たのはそっちだ。邪魔になれば即刻殺しに来るだろう。だから私達は剣を掲げ戦うんだ」
「ならば早期に散るが良い」
ユリが全身から炎放出して加速する。
辰の英雄は拳を握り、パンチを繰り出す。
「そんなモノ⋯⋯」
ユリならばパンチは回避できる。
しかし、その拳は本来通るはずの軌道を大きく変えてユリの腹を突き破らん勢いでくい込んだ。
「がはっ」
逆流した血は炎となり外に飛び散り、吹き飛ばされる。
「なんだ、今の」
「知る必要も無い。無意味な抵抗は止めて楽に死ぬが良い。一撃で葬り去ってくれる」
「もちろん、嫌だね。大好きな龍の炎を受けてみなよ。【炎龍の息吹】」
口から放出される炎に向かい、英雄は再び拳を突き出した。
ただの正拳突きだったが、拳から魔力が開放される。
「【龍拳】」
純粋な魔力の塊は清龍のように胴体が細長い龍に形を変えた。
炎を食い破りユリに直撃する。
「うぐっ」
一歩も動いてないのに攻撃が当てられず、逆に受けている現実。
強くなってもこの体たらく、悔しさを噛み殺して足の裏に炎を溜める。
「もしやエンリ様の力を得たと勘違いしておるのか? お主程度の者には扱えぬ力だ」
「得た⋯⋯違うね。奪ったんだ。取り込んだんだよ。炎の龍が私よりも強いと、思うなよ」
日本刀の形をした魔剣を居合の構えで、加速し接近する。
鞘が無いため自分の左手で鞘の代わりにする。
「【爆炎刄】」
手の鱗を滑らせて力を蓄積させ、抜刀と同時に蓄積された力を一気に解放する。
開放された力は満タンの水槽の下に穴を空けて飛び出る水のように勢い良く向かう。
狙いは正確。
さらに炎を噴射させる事で加速、急な加速は英雄も想定外。
完璧に回避して反撃できる考えを持っていたが失敗に終わる。
「ちぃ」
「ふむ。スピードはあるようだな」
予想外の攻撃だったが超反応を見せてバックステップでかすり傷だけで済んだ。
頬に浮かんだ切り傷の血を親指で払い、正拳突きの構えを取る。
「どこまでやれるかな?」
「侮ってるとすぐに負けるよ⋯⋯さっさと【英雄覇気】を使いなよ」
「お互いまだまだ手札は残っている。切り札は最後まで取っておくべきだ。【龍拳】」
「切り札は言葉に出さないモノだよ。【炎龍の太刀】」
同様の龍の形を取った刃で拳から放たれた龍を相殺する。
攻めはユリ。攻撃の切り替えで構えを取る英雄よりも早く行動できる。
反撃される事を考えて狙いを大きくする。
「甘いっ」
「ぐっ」
ユリの刃が動く前に手を抑え込まれる。
手を抑えてしまえば刀を振るう事は出来ない。
「こんなモノ⋯⋯」
「力では拙者に勝てんよ」
ユリの手がビクともしない。それだけ英雄の込めている力が強いのだ。
「だったら⋯⋯炎龍の⋯⋯」
「口が魔法に必要な媒介ですか?」
放たれる前に頭突きで封じ、膝を顎に向かって突き上げた。
「あがっ」
「ふんっ!」
「ぐはっ」
流れるような動きで腹に蹴りを決めた。
そのコンボに激しい動きは無く、無駄や溜めの動作を省いた動きだった。
しかし、破壊力は絶大なのか強烈な痛みが走る。
「うっ。ほ、のおが」
「炎の龍は炎を溜め込む器官があるそうです。魔力と炎を身体に宿していると仰っていました。同じ様に見えて違う。当然アナタにもありますよね?」
「うっ。ゴホッゴホッ」
喉の奥で飲み込んだ物が詰まった感覚。苦しく息ができない状態。
炎が循環できないと上手く身体を動かせない。
咳止められた炎は身体を蝕んで行く。
「そのまま炎と魔力を体内に溜め込み耐えきれず爆発して敗北、なんとも呆気ない結果でしたね」
「ぞんっ。ゴホッ」
循環している物が咳止められ限界を向けようとしていた。
逃げ場のないエネルギーは溜まりに溜まってユリの内側を破壊して行く。
「さらばだ。お主の魔石は回収していくぞ」
ユリは全てが魔石になっている。そうして龍の力を手にしたのだ。
魔石は存在しない。
内側も外側も魔石、魔力は咳止められず循環している事実に苦しい中気づいた。
地獄で仏に会ったよう、その言葉が当てはまるかもしれない。
苦しい中見つけた一筋の希望の光。
「ああああああああ!」
「む?」
万が一みちずれ覚悟で来られた時の対処をするため距離を取って見守っていた英雄が眉を上がる。
苦しみ悶え死ぬまで見守っていたユリの身体が発光したからだ。
「自爆か?」
最大限自爆の威力を上げるには魔力を魔石に集中させる方が良い。
しかし、ユリは魔力を身体の内側に溜めているだけだった。
自爆にしては魔力の流れがおかしい。
「はあ!」
ユリの内側が爆発した。
「お主っ!」
さすがの英雄も驚いた様子だ。
黒い煙を口から出しながら、ユリは力無くゆっくりと起き上がる。
「自ら内臓を破壊したと言うのか。そんな事したら魔石が砕け命尽きる可能性もあったのだぞ」
「だからどうしたよ。私の行動にいちいち驚くな。お前の知っている敵がどんなのかは知らないけど、私は私だ」
内蔵の再生に力を注ぐ。
「私はご主人様の剣だ。この程度の事は躊躇わない」
「ふむ。少し評価を見誤っていたようだな。謝罪しよう」
「謝る必要は無いですよ⋯⋯ただ、後悔してください」
再生が終わったユリは再び加速する。
「再生が早いな」
「私は弱い。だから何回も死にかけた。その度に進化した。だから私は普通よりも再生能力が高いんですよ!」
それが事実かはさておき、基本的に相手は自分よりも強かった。
仲間の助けがあって勝てた場面が沢山あった。
オオクニヌシを全滅させる時も魔剣の力があって勝てたのだ。
強敵と戦う度に何かを犠牲にしなければ勝てない戦いばかりだった。
足の骨が砕けようとも、全身がボロボロになろうとも。
たとえ魔力が無かろうともユリは敵に刃を向ける。
なぜか?
簡単だ。本人も口にしていた。
「我が主の敵を斬る」
「【龍拳:赤】」
魔力の塊の龍が赤色になりユリに迫る。
それは対象を分解し破壊する力を持っている。
「原点回帰だ」
今のユリは魔法を活用して自分の長所を伸ばしながら強力な攻撃を繰り出している。
しかし、昔は刀一本で戦った。
敵の攻撃を躱し、斬り、受け流した。
簡単に斬れない魔法であっても、受け流しを利用して切断した事もある。
「私ならできる」
魔剣と身を一つに。
魔剣がまるで身体の一部かのように、己の剣の一部のように。
「我が身は魔石であり剣だ」
「砕けるが良い」
赤色の龍に向かい、魔法を一切使わずに刀を突き刺す。
魔力の塊ゆえに通り抜けるが、その前に刀を動かす。
「無意味。我が攻撃に物理的干渉は不可能」
「それを決めるのはお前でも世界でも無い。この私だ!」
刀の動きに合わせて龍が動く。
「なんと!」
「重い⋯⋯」
無理やり軌道を受け流しで捻じ曲げて地面に叩き落とす。
斬るのでは無く相手の攻撃を自分の攻撃に切り替える。
「何たる剣技。素晴らしい」
「褒めてくれるのは嬉しいね。⋯⋯それじゃ、少し本気で戦おうか」
ユリが翼を広げた。
飛行能力を解放したのだ。
サキュ兄の程の飛行能力は持ってないが、それでも飛ぶだけで加速できる。
炎の出し方を工夫すれば、さらなる加速も見込める。
「早めにこの戦いを終わらせよう。お前の敗北で」
「賛成だ。他にもお主と似たような気配を感じるのでな。手助けが必須。⋯⋯お主の敗北を手土産としよう」
◆あとがき◆
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