第205話 サキュ兄に許された戦法

 準備すると言っていたが何をするのだろうか?


 『とにかくキリヤは攻撃の回避に集中して』


 「それは良いけどさあ」


 魅了するだけなのにどうして準備がいるのだろうか?


 配信をしている訳でもあるまいし。


 色々とツッコミどころはあるが、ツキリの指示に従う事にしよう。


 未だに光の矢ばかり放って来る無垢の英雄達。


 「うげっ」


 俺に放たれた矢を回避すると、それはそのまま進んで奥の英雄を貫く。


 貫かれた英雄は何の反応を示す事も無く、力無く生命活動を停止して緩やかに落ちて行く。


 重力が無い宇宙空間だと言うのに落ちて行く。


 「結界の中には地球と同じくらいの重力があるけど⋯⋯それに引っ張られた? そうとは考えにくいが⋯⋯」


 結界の外にまで効果があるとは思えない。


 それに自由落下ならば徐々にスピードが上がるはずだ。しかし、倒された英雄はただゆっくりと落下している。


 飛んでいるモノの命脈が断たれたら落ちると定義されたから落ちている、そんな風に見える。


 理由は分からないが、知る必要も無いだろうな。


 「この中にはただ今を生きていた人間もいたんだろうな。戦いとは無縁で、ただ日々を楽しく大切な人達と生きていた」


 しかし、心や思考を封じられてただ言いなりの操り人形となった。


 それを可哀想と思うのは勝手だろう。


 俺は英雄達に可哀想とは思わない。


 「酷いな俺は」


 こいつらは攻めて来る敵に過ぎない。それだけだ。


 どれだけ龍達の身勝手、理不尽に巻き込まれた結果だろうと同情はできない。


 する資格が無い。


 何より人間達が龍を恐れ、或いは慕い、または操られ英雄になったのだ。


 理不尽を拒絶し抗った人間がいたとするなら、今この場にいないだろう。


 「自分達の意思じゃないのに戦うのって、酷く辛いだろうな」


 同情はしない。だけど救いたいと勝手に俺が思う。


 『準備ができたわよ!』


 「ったく。何してたんだよ」


 『準備よ準備。さぁ、ライム、長らく溜め込んだスライム細胞をフル活用する時よ!』


 ツキリは俺の知らないところでライムと直接会話する術を会得していたらしい。


 ツキリがライムを使って準備をしていたらしく、今それが始動した。


 英雄はモンスターと違って止まる事は無く、ひたすら攻撃を仕向けて来る。


 その中で魅了をしなくてはならない。


 『えー急遽始めました超高速魅了会議の厳正なる結界⋯⋯』


 「は? まて、どう言う事だおい!」


 『今回の魅了は水着グラビア魅了でーす! シンプルですねぇ』


 「え、ちょ」


 俺がどこにツッコミを入れるべきかで混乱していると、ライムは戦闘中だと言うにも関わらず問答無用でビキニタイプの水着に姿を変えた。


 「なにしてんのおおお!」


 戦闘中だよ? あの魔法しっかり殺傷能力あるんだから防具じゃないと危険じゃない?


 確かに回避はできるけどさぁ。


 「てか、水着の姿で剣持って飛び回りたくないんだけど」


 “頑張れサキュ兄!”

 “これってどんな風に見れてんの? カメラどうなってるの?”

 “人工衛星でも乗っ取ったか? なんてな”

 “つーかどう言う状況よ。他のモンスターがカメラ持ってんの?”


 “魅了会議しちゃったけど⋯⋯宇宙に水着って”

 “シュールすぎん?”

 “海よりも広い広大な空間で泳ぐ水着姿のサキュ兄、良くね?”

 “確かに”


 “少し画質が荒い? 拡大?”

 “つーか、あの飛んでるのなに?”

 “見目は人だけどモンスターなんかな?”

 “魅了すんだしモンスターだろ”


 俺はツキリにグラビアポーズとセリフをやれと指示される。


 こんな状況でやれとかとち狂ってるとしか思えない。確実に狂ってる。


 それでもやらないといけないだろう。覚悟を決めたのだから。


 「えーい!」


 俺は横になりながら翼を動かして攻撃を回避する。


 左足を倒して右足を曲げて腰辺りに持って行く。


 両手を軽く握り手首との付け根をくっ付けて顎の下に運ぶ。


 顎をそれで支える。


 『ライム! マットよ! マットになりなさい! それで垂れてる胸を押し上げるの! 今回はカメラワークに期待できないからチラ見せにあんまり価値無いし!』


 熱弁しないで。自覚させないで。イメージさせないで。お願いしますお願いします。


 『垂れてると見えそうで見えないを演出できたり、谷間の隙間がガッツリ空いたりと利点はあるけど、それは全部ドローンカメラあってのモノだからね』


 止めてって言ったじゃん!


 ねぇ。どうやって撮影しているの?


 どう言う事? 色々と分からないよ!


 ライムはしっかりと言いつけ通りにマットになって俺の身体を支える。


 ツキリにセリフを強要される。


 色々な事が巻き起こり過ぎて、一周回って頭が真っ白になった俺は素直に言葉を出す。


 「君達、私にメロメロになりなさい!」


 ウインクをする。


 ⋯⋯ふむ。冷静に考えるとすっごいキショいな。


 自分の事を可愛いと確信している女の子が少し気がある相手にやる言葉だ。


 後々自分よりも綺麗な相手が出てくるとすっごい恥ずかしいセリフ。何より将来振り返ると枕を濡らす。


 黒歴史に名を刻むだろうな。


 「⋯⋯ねぇ。これって真剣な戦いなのでは? なにしてんの、俺。ふざけてんの? 馬鹿なの? アホなの?」


 「うっ。⋯⋯こ、ここは?」


 だが、ツキリの当初の目的は達成されたのか。人の言葉が鼓膜を揺らした。


 宇宙空間なのにどうやって声が聞こえて来るのか、今さらそんな事にツッコミを入れても仕方ないだろう。


 ツッコミ放棄は申し訳ない。もう考えたくない。


 “あ、画面が真っ暗に!”

 “なんも聞こえんなんで?”

 “つーかどうなった? セクシィなサキュ兄を見て終わったんだが?”

 “あれで抜けと? あんな緊急的に決まったただのグラビアポーズで抜けと? 中学生じゃないんだよ?”


 “サキュ兄古参勢からしたら温い。温すぎるぜ”

 “もっと口汚く罵ってくれないとな”

 “ふみふみされたい”

 “なんか画質少し荒くない? 遠くから拡大して撮影しているのかな?”


 “それでも伝わるエロ⋯⋯しかし微細な表情の変化が見れなかった”

 “サキュ兄は恥じらいまでがセットなのに!”

 “あー魅了配信しねぇかな”

 “てかあの羽生えた奴って普通にこっちに来るのかな?”


 声を出した英雄の方を向く。一応装備は元通りだ。


 「あなたは?」


 「名乗る程じゃない。それより大丈夫か? 他の皆さんも?」


 「ああ。ワシは大丈夫だ」


 「僕も、てかこの羽毛はなんだ?」


 「ここはどこなんだ?」


 俺の魅了が成功した人達は元に戻ったのだろうか?


 ⋯⋯心の内側に暖かい何かが広がって行くのを感じる。


 「この感覚はなんだ?」


 不思議に思っていると、男が頭を下げる。他の皆も同様に頭を下げる。


 他にも無垢の英雄は残っているが襲って来ない所を見るに認識されてないらしい。


 英雄が認識できる範囲は俺の魅了が届く範囲なのだろうか?


 「頭を上げて⋯⋯」


 「いいえ。貴方様は我々を解放してくださった。モヤのかかった頭が段々とスッキリしているのです。感謝しても⋯⋯し、きれ」


 「ん?」


 歯切れが悪くなり、俺が注意深く見ると男はイカれたロボットのような動きを見せる。


 それは他の皆もだ。


 「た、たたすけ、て、い、イイ、タス、ケケケケ⋯⋯」


 「は?」


 刹那、魅了された英雄達は身体が異常に膨らんで爆発した。


 「⋯⋯おいおい。嘘だろ」


 『⋯⋯道は一つしか存在しないと言う事ね』


 「一思いにやってやるのが、この人達のためになるのかな?」


 『さぁ。少しでも人間を取り戻せた方が嬉しいと感じる人もいるかもしれないわ』


 結局この人達の運命は英雄になってから決まっていたのだろう。


 爆散した人達は人格を取り戻せた瞬間は嬉しそうな顔をしてくれた。


 絶望の顔を見せる事なく、爆発してしまった。


 「イカれる前には既に意識を失っていたのかな?」


 目の前で爆発した光景を思い出す。彼らの表情は嬉しそうなままだった。


 勝手な憶測になるけど、人間を取り戻せた状態で死ねると言うなら。


 「彼らも人間だからな。英雄として生きたくないだろ⋯⋯ツキリ、もう一度会議を開いてくれ。こうなったらとことんやってやろう」


 『了解。ライム、再び指示を飛ばして動画を再開。魅了は観せるけど、絶対に敵の正体が掴まれないように気をつけて、と付け加えておいて』





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます


これにてサキュ兄は当分出番は無いかと思われます。他に四名の英雄がおるので。申し訳ない


皆さんが必死に戦っている中、サキュ兄は魅了しております

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