第204話 見ろ、まるで白い虫のようだ

 「【電光石火】【天雷変化ボルトリベロ】」


 「【付与火炎】」


 「【月光変化ムーンリベロ】」


 ユリの手助けによって光の速度を手に入れた俺とナナミの全力で競争する。


 距離は月を一周する事だが、そこまで時間は使わなかった。


 「はぁはぁ。全力を出してもナナミのスピードに負けるのか」


 「ブイブイ」


 二秒もナナミに差をつけられた。


 もっと距離があればその差はさらに大きくなっていた事だろう。


 ナナミの速度は全て自前で用意している。ユリと組み合わせたらもっと速くなるのだろうか?


 それともバランスを崩して遅くなってしまう残念な結果に終わってしまうか。


 試さないと分からない事だろうな。


 「それにしても不思議だ。月の上で普段のように、いやそれ以上の訓練ができるって」


 「これもレイの力あってだけどな⋯⋯月の上に来た感想とかは無いの? 感動したとかこんなんだったのか、とか」


 「⋯⋯間近で見ると特に何も無いかな。都がある訳だからあまり変化を感じないし」


 「それもそうだな」


 俺達が会話に花を咲かせていると、上の空間に亀裂が入った。


 二学期中間テストも無事に乗り切り、もうすぐで期末のテスト週間に入ろうとしている時期である。


 秋も終盤戦のこのタイミングで襲撃か。


 「音沙汰無しだから安心してたなぁ」


 「嘘つきだね」


 「そうですね。⋯⋯主君、指示を」


 「そうだな。月に攻めて来るようならレイが暴れるだろうけど、そうじゃない場合は主戦力が別れて敵を撃退、もしも相手が龍ならば俺ら三人で叩く。月に来るならレイも一緒だ」


 これは指示じゃなくて方針か。


 「基本は都の護り。地球の方に行きそうだったらすぐに戦力を送る事」


 初めて階層主を魅了してからも何十回と続けて戦力は増えている。


 しかし、進化している訳でも無いので焼け石に水になる可能性もある。


 まずは敵を知らないと何もできない。


 俺達が警戒する中、空間を突き破って現れたらのは羽の生えた大量の人間だった。


 「⋯⋯無垢の英雄」


 知性が無く、ただ命令通りに力を振るう人形のような人間達。


 それを無垢の英雄と呼んでいる。


 無垢の英雄よりも魔力量が多く存在感を放っている者が四人。


 そいつらが勇者の力に適応して知性が存在する状態で覚醒した英雄だろう。


 干支の英雄と呼んでいる。


 「あらあら。真っ直ぐにワタクシの所へ来てくれるわね。これはワタクシ一人で倒しても良いって事かしら?」


 レイから出される殺気。未だに消えぬ恨みは残っている。


 俺がそれを斬る⋯⋯今はまだできそうに無いが。


 それでも最近のレイは前を向いて俺達と暮らしている。


 また復讐の鬼にならないと良いが。


 「ナナミ、君は⋯⋯」


 俺が言おうとする前に、ナナミが尻尾で俺の口を塞いだ。


 もふもふとした尻尾の毛が俺の鼻をくすぐる。


 「私は覚悟してる。どんな道だろうが君が歩むならその隣を歩く。⋯⋯敵がモンスターだろうと人間だろうと、敵は敵だ。それに、あれはモンスターに見える」


 「同感。⋯⋯ナナミ、すまないな」


 「謝らないで。私の選んだ事だから」


 「ああ。ありがとう」


 ならば数は同じ。


 アイリスを中心に他のメンバーは無垢の英雄を対処してもらおう。


 「俺達がバラバラになって英雄を⋯⋯」


 それぞれが叩こうと発言しようとしたタイミングだった。


 月を覆う緑色の光が現れる。


 「なんだ、これ」


 ただ緑。身体への異変を全く感じない事から俺らへの影響は無いと見える。


 だが、月を覆い尽くす程の広範囲に広がる光を生み出せる魔法で何も効果が無いなんてありえるか?


 「う、うぐっ。あああああああ!」


 「レイっ!」


 レイがいきなり絶叫し倒れた。すぐに支えるが苦しそうだ。


 「大丈夫かレイ! しっかりしろ!」


 「はぁ。ごめん、キリヤくん、⋯⋯あいつら、ワタクシの強さに気づいてる、貴方達の事も知ってる、はずよ」


 「レイ。後は俺らでなんとかしておく。休んでくれ」


 「ごめん、なさい。こんな重要な時に⋯⋯」


 「心配するな。俺らが斬ってやるから」


 レイの対策に何か持って来たか。


 レイを封じた事を確認してか、英雄達が降りて来る。


 無垢の英雄の数は⋯⋯ダメだ数えられない。それだけ多い。


 あれが全て地球へ向かったら空を隠すだろうな。


 大群を一気に処理するにはユリの魔法が必要か⋯⋯どうする?


 英雄一人一人も油断できる相手では無い。対処できるメンバーが少ないぞ。


 「主君は無垢の英雄をお願いします」


 「だが、戦力が⋯⋯」


 「我々だって日々強くなっております。ご心配無用。あの数を地球に向かわせてはなりません」


 地球の人々が減れば魔王達の力は落ちる。何よりも日本には家族や友がいる。


 半分を俺が引き受けて、他の半分は地球にいる探索者や仲間達が何とかできるはずだ。


 しかし、そうなるとやはり英雄の対処ができない。


 「アイリス、ダイヤ」


 「おう。一体は俺が」


 「それではもう一体は我が」


 「私も一体担当するよ」


 アララト、ジャクズレは仲間達の指揮と戦力的面から無垢の英雄の対処に向かうらしい。


 アイリスとダイヤが心配だ。ネズミの英雄の件もある。


 「って、俺が信頼しないでどうするんだよ。レイを苦しみから解放させるために速攻で終わらせる。行けるな、皆」


 一斉に返事が返って来た。その事が嬉しくなり、自然と笑みが零れた。


 俺は飛び立って無垢の英雄達の方に進んで行く。


 俺を認識すると同時に光の弓を展開して、矢を放って来る。


 「まるで光の雨だな」


 『魔法なら負けて無いわよ!』


 こちらは弾丸でそれを対処する。


 最初に肉薄した英雄の首に銀閃を通して首を刎ねる。


 仲間が絶命しても反応一つ示さない英雄達に嫌悪感を示す。


 『大丈夫? 相手は元人間よ』


 「いまさらだ。初めてやったあの日から覚悟してる」


 海の中にバケツ一杯の水を入れても変化無い。それと一緒だ。


 俺の手はもう、どっぷり浸かってんだよ。


 何も無かったあの時には戻れないんだ。


 「殲滅するぞ」


 一人で対処するにも限界があり、地球に向かう英雄も見える。


 仲間達が既に行動しているはずだ。地球でも大騒ぎだろう。


 「おっと」


 手数の暴力だ。ひたすら同じ魔法を放たれる。


 思考能力が無いから事前に指示された攻撃方法しか使わないのだろう。


 剣では負けると判断してか、接近して来る奴はいなかった。


 自慢では無いが、俺も接近戦なら負ける気がしない。龍程の化け物じゃないのでね。


 ただ、そうしないとなるとやはり情報が伝わっている事になる。


 密かに偵察隊が来ていたのかもしれない。


 「まぁ良いや。繋がりのある場所は把握した。後はあそこを断つ」


 と、その前に目の前の英雄の対処が先だろう。


 『ねぇキリヤ。アーシすっごく良い方法を思いついたの』


 俺が英雄の攻撃を回避して倒している時に呑気な声で語りかけて来る。


 そのすっごく良い方法と言うのがきな臭いが、聞いてやろう。


 無垢の英雄は強くない。作業になりそうだったから。


 『こいつらって知性の無い怪物でしょ? それってダンジョンにいるモンスターと一緒でしょ』


 俺の剣がピタリと止まった。


 確かに。命令によって決まった行動をするロボット、と言う大きな違いは存在するが近い存在だろう。


 無垢の英雄もモンスターも自分の思考を持たずに行動する。


 『それでね、モンスターは魅了によって知性をつけるでしょ?』


 「そうらしいな」


 何が言いたいのか分かりそうで分かりたくない。なので分からない。


 『もしかしたらさ、魅了したら元の知性が戻るんじゃない? 人間だった頃の感情を取り戻すかも』


 「なっ!」


 その考えは無かった。


 人間だった頃の感情を取り戻させる事ができるかもしれない⋯⋯か。


 『奴らは龍によって英雄に変えられた被害者よ。殺す事は一種の支配からの解放よ。そして魅了は支配者の上書き。但し対象に自由の権利を与える』


 解放か支配か。


 『キリヤ、覚悟あるなら選択しなさい。どちらの解放を選ぶ。どっちの方法でも龍からの解放はできるはずよ』


 俺のエゴを相手に押し付ける事だろう。


 でも、もし、可能ならば⋯⋯。


 俺も英雄を何十と倒している。魅了したら倒した中の家族がいるかもしれない。


 激しく恨まれ激昂され攻撃されるかもしれない。


 『ごめん。もっとこの考えに速く行く着くべきだった。ここまで無感情な英雄を見て、ようやく気づいたの』


 「ここで責めるのはおかしいだろ⋯⋯やろう。どんな結果だろうと価値はある」


 『分かったわ。やるからには真面目にね』


 「ああ」


 魅了するのは嫌だ。だけど、これは普段やる魅了とは違う。


 恥じらいを捨てて救う覚悟を持て。


 誰も見てないんだ。どんな羞恥的姿を晒そうが黒歴史になる事は無い。


 『⋯⋯それじゃ、準備するわよ!』




◆あとがき◆

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