第212話 ノーヒットノーダメージ

 「俺がお前の相手だ」


 「ワイの相手がお前なんか。よろな!」


 「あ、おう。よろ⋯⋯」


 アイリスと挨拶をしようとする英雄。


 戸惑いながらも礼儀として挨拶を返そうとした瞬間、腹部に強烈な痛みが走る。


 「ぐふっ」


 地面を滑るアイリス。


 挨拶の途中で攻撃を仕掛けて来たらしい。


 「ゴホゴホ。不意打ちとは卑怯だな」


 「すまんの。足が滑ってしもうたわ!」


 「ざけんな。⋯⋯だが仁義は通す。俺はアイリス」


 「ワイはそれ!」


 アイリスの足元を指さした英雄。


 そこから眩い光が溢れ出し、アイリスを吹き飛ばす勢いで破裂した。


 「があああ!」


 「ウキキ。良く跳ねるな! カエルかよ!」


 「うるせぇな!」


 アイリスが攻撃すべく特攻する。


 自分の武器であるペアスライムによって作られた戦斧を握り、英雄に向かって振り下ろす。


 特に抵抗を見せる事無く、英雄の身体は真っ二つに切り裂かれる。


 吹き出るのは真っ赤な液体だった。


 「なんだ、この臭い」


 アイリスの知らない臭い。それはガソリンだった。


 特殊加工された所を戦斧が通る事で起こった小さな火花はガソリンに引火して大爆発を起こす。


 「直撃〜! 面白いのお! ウキキ」


 自分のトラップが成功した事にはしゃぐ英雄。黒い煙を切り裂いてアイリスが出て来る。


 ぺっ、と口の中に溜まった血を吐き出して武器を構える。


 「頑丈だな!」


 「お前⋯⋯申の英雄か?」


 「よお分かったな。だからどうしたって話っ! はい、バーン!」


 再び足元に向けられた指。それが発動合図だと考えたアイリスは横に大きく跳ぶ。


 が、爆発したのはなんとアイリスの回避場所だった。


 「ウキキ。地雷なんか最初から無い。全部魔法。ばっかだなあ!」


 「うるせぇよ!」


 自慢の耐久性をフル活用して爆発を直撃した中でも接近した。


 気合いと勇気、そして力はアイリスの得意とする部分だ。


 「縦に割ってやるよ!」


 「むっりだなぁ!」


 くるり、と回りながら回避され砂をばら撒かれる。


 「しゃらくせぇ!」


 吹き飛ばすべく武器を振るえば、砂を武器がかすり発火する。


 火は他の砂に引火して大きな炎へと変わる。


 「ファイヤー!」


 「熱いなぁ!」


 全身が燃えても炎を薙ぎ払って脱出する。


 一方的にやられている現実。直線的な攻撃では同じ結果になるだけだろう。


 (ローズはいねぇ。俺一人でやらねぇとな)


 想い馳せるのは自分の大切な相手であり相棒だった。


 冷静に場を把握してアイリスに上手く指示を出してくれる。


 考えるよりも先に身体を動かすアイリスにとって重要なピース。


 気合いやパワーだけでは倒す事のできない相手なのは間違いない。


 「おっバカさん。おっバカさん」


 「お前ムカつくな」


 しかし突っ込む事はせずに相手の動きを見る。


 指の動きも言葉も全てがアイリスを誘導するための道具となっている。


 「デンジャラスボックス! プレゼント〜!」


 箱を懐から取り出して放り投げた。


 「何が出るかな。何が出るかな!」


 パカーン、と蓋が空いて中身が出て来る。


 それは雷となって英雄を襲った。


 「ウギギギ」


 「なん⋯⋯だ?」


 「ワイの方に飛んだ。これもまたデンジャラス」


 「お前さてはバカだな!」


 「見るからに単細胞の脳筋である餓鬼に言われる筋合いは⋯⋯ないっ!」


 溜めた後に、カッと決める。


 自分のペースを崩す英雄との戦い。


 「⋯⋯とりあえず、これでも食べとけよ!」


 アイリスは地面を斧で砕いて月の石を飛ばした。


 アイリスが飛ばした石はもはや砲弾。


 英雄は砲弾に対してデコピンを使う。


 「はい。バーン!」


 礫となってアイリスに向かって返って行く。


 全てが銃弾となった礫の先にアイリスはいなかった。


 魔法は同時に発動できない。攻撃の後が一番隙が多い。


 そのチャンスを見逃す程の弱者では無い。


 「まずは一撃」


 「ところがどっこい地面からファイヤー!」


 「ぬあああああ!」


 アイリスを包み込むのは天を貫く炎の柱だった。


 頑丈だけど何度も攻撃を受ければ疲弊する。


 肩を揺らしながら呼吸をしつつ、斧を支えに立ち上がる。


 「ゴホゴホ。なんだ、と?」


 「自分の周りに防衛用のトラップを仕掛けるのは当たり前〜。その事も分からない、お前は低脳だな!」


 「うぜぇー!」


 怒り爆発。気合いを込めて地を蹴った。


 「もう見飽きたっぜい!」


 指パッチンと同時にアイリスの足元が輝く。


 「オラッ!」


 大きくステップを踏んで回避し、その先も爆発するので同時に回避する。


 「魔法を使うには何かしらの動作が必要⋯⋯それは経験則で知ってるんだ!」


 例えばユリの【炎龍の息吹】ならば口から吐き出す動作を必要とする。


 同じように何かの動作を必要とする。


 「違和感ある動作があれば魔法を警戒する」


 「ただのバカじゃないな」


 「そしてトラップは⋯⋯こうすれば良いんだよ!」


 回避できないのならば壊せば良い。


 トラップがあるだろう場所に斧を叩き落として破壊する。


 「ほら。ようやく一撃だ!」


 体勢を直しながら振り上げる斧。


 だが、英雄も弱い訳では無く容易に回避する。


 「まだまだ。追撃だ!」


 「呪いの藁人形」


 爆発するか他の魔法なのか、警戒したアイリスはバックステップを踏んだ。


 藁人形がバラバラとなって、一本の茎まで分解されてアイリスに向かって飛来する。


 「そんなの意味あると思うなよ!」


 吹き飛ばすべく力強く振るわれる斧。


 だが、吹き飛ばす事もできなければ破壊する事もできない。


 針のように鋭い茎が身体中に突き刺さる。


 「ぐああああ!」


 「惨めだな! 弱いんだな! 諦めるんだな!」


 「ざけんな」


 ポロポロと刺さった茎は地面に落ちて行く。血を流しながらも力強く睨む。


 「惨めだ? 弱いだ? 諦めろだ? そんなの知った事か!」


 雄叫び。月を揺るがさん程の大きな叫びだった。


 魂の叫びを受けて英雄はふざけた態度を改めた。


 「俺は、俺にしてくれた姫様と大切な仲間のために戦うんだ。皆と暮らすこの場所を護るために戦うんだ。男が護るもん前にして引く訳ねぇだろ!」


 「熱苦しいな!」


 「なんとでも言え。それが俺だ。皆と平和に楽しく暮らすには、お前のような侵略者は邪魔なんだよ。迷惑なんだよ。⋯⋯だから、くたばっとけよ!」


 何度目かの突進を行う。


 どれだけ搦手を使おうともアイリスを止める事は不可能だろう。


 「『鬼化』」


 強化系能力を一つ使ってスピードを上げる。


 肉薄と同時に掲げた戦斧を渾身の力を込めて叩き落とした。


 「気合いだけじゃどうにもならないな。変わらない現実はあるんだな。定まった運命は誰にも変えられないんだな」


 「そんな運命ぶっ壊してやるよ!」


 回避した英雄は流れるように爆薬を投下する。


 「しぃ」


 超反応で回避した場所にあるのはトラップの魔法陣。


 「ぐっ」


 風の斬撃を浴びるが、それでも倒れないのがアイリスだ。


 既に血まみれ。気合いだけで立っている。


 「はぁ。はぁ」


 「情けないな。なぜワイの前に立つ。家に篭って己よりも強い相手に任せれば良いのだ。お前よりも強い奴、ワイよりも強い奴は多いからな」


 「決まってんだろ。全員がタイマンやれるからだ。俺にも一体任された、その意味が分かるだろうな?」


 「分からんな!」


 ニッコリとした笑みと共にアイリスの頭上に水の球体が現れる。


 「溺れろ」


 「ざけんな!」


 落下する水の塊に跳躍して接近し、真っ二つに切り裂いた。


 身体の方向を変えて、空気を蹴る。


 「運命を砕く覚悟もねぇ奴に、俺は負けねぇ!」


 「望む運命を砕く必要も無いな」


 アイリスの額に申の英雄の人差し指がちょこんと当たる。


 「はい、バーン」


 「ぐああああ!」


 「頭を吹き飛ばすはずだったのにな。良く耐える」


 「⋯⋯てて。さすがに生きてるのおかしいな」


 アイリスが薄々耐えすぎている自分に驚く。


 死ぬのは無いが、平然と立たてているのがおかしいと気づき始めた。


 かなりの血を流しているのにだ。


 「⋯⋯ローズ、もしかしてお前の血が護ってくれてんのか?」


 アイリスの中にはローズの血が仕込まれている。武器とするために。


 それが自分を護ってくれている、そう考えた。


 「そう考えるとやる気が出て来んな。【狂化】」




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る