第202話 階層主は魅了できない!

 ナナミ達三人が遊んでいる中、俺は十層にやって来て配信を継続していた。


 今回の目的はハーピーの魅了では無く階層主だ。


 階層主は十層間隔で存在するモンスターであり、そいつを倒さないと次には進めない。


 探索者としてワンランク上に行くための通過点とも呼べる。


 そのモンスターはケンタウロス。


 下半身が馬で上半身が人間って言うメジャーなモンスターだろう。


 今回はそれを倒す⋯⋯のではなく魅了するのが配信の目標だ。


 俺はそれに一途の望みを託している。


 なぜか?


 階層主は階段の前に存在する。その数は限りがある。


 限定的に用意されているモンスターならば魅了なんて言う洗脳能力を無効化してくれるのでは無いか、そう考えている。


 失敗すれば今後は階層主の魅了なんて言うあほらしい配信は永久封印。


 倒す事が許されるのだ。


 ようやく、俺も探索者らしいところを配信できる事に胸を踊らせる。


 「今日の主君はご機嫌ですね」


 「何かあるぜあれは」


 「そうですね⋯⋯一体何を企んでおられるのか?」


 ユリ、アイリス、酷くないかい?


 “サキュ兄の考えは分かるぞ”

 “どうせ階層主の魅了が失敗してできない事を期待してるんだろ”

 “そんで失敗したから倒す、今後も倒すとか考えてそう”

 “まだ確定した訳じゃないのに。早とちりだな”


 “サキュ兄の考えは手に取るように分かる”

 “分かりやすいんだよなぁ”

 “⋯⋯今回は羞恥プラス増幅した期待をへし折り絶望した顔も見られるのか”

 “一度に二度美味しいね。しかも自分のせいって言う”


 “過度に期待するのはアホやね。ほんま好き”

 “成功するんやろなぁ”

 “サキュ兄の魅力に勝てるモンスターはこの世にどれ程いるのか”

 “ドラゴン”


 “ドラゴンはこの世のモンスターじゃなくてね?”

 “今日はどんな魅了にしようかな”

 “やっぱエロやろ。皆もエロロロロを求めてるだろ?”

 “カワイイ系で行こう。またメスガキとして口汚く罵られたい”


 “興奮して来たなぁ”

 “あーキモイブタ共め。少しは自重したらどうだ、とか言われたい”

 “階層主よ、どんなサキュ兄で魅了されたいかしら?”

 “ウッホホ”


 コメントが盛り上がりを見せる事も露知らず、未だに上機嫌だった。


 魅了配信で俺が上機嫌なのがおかしいのか、仲間達は全員警戒している。


 そもそも俺のテンションが高いからって言う理由で警戒する仲間がおかしいよね?


 もっと喜べよ。嬉しがれよ。君達を魅了した人が喜んでるんだよ?


 普段なら俺の喜んだり楽しんだりする光景を好んでるじゃん。なのになんでこんな時だけ訝しむのよ。


 上機嫌な俺を警戒する仲間、そんな仲間を不思議に思う俺。


 本当に仲間なのか怪しくなる構図で階層主のところまでやって来た。


 「いたなケンタウロス。⋯⋯そう言えばサキュ兄ルールとして最初のモンスターは情報収集を兼ねて戦闘だったよな?」


 階層主は一度倒せば二度と倒す必要はない。特定のアイテムを使えば11層に直接行き来できるからだ。


 つまり、今後とか考えずに倒せば良いって事じゃん。


 なんだよ。魅了が失敗に終われとか考える必要なかったじゃん。


 「そんじゃサクッとここから魔法で⋯⋯」


 「主君、戦闘データはネットに転がっております。討伐も以前独自で我々が数体行っているのでやる必要はございません!」


 「自分で体験しないと分からない事もある!」


 「それならば私が再現致します!」


 「討伐動画は必要だろ!」


 「既に編集済みを用意してございます。後はこれをアップロードするだけです」


 サムネイルに龍鬼の進化前姿のユリが映っていた。


 うん。あれだ。


 結構前にこいつらだけでここ突破してるわコレ。


 酷くね?


 俺を差し置いて勝手にダンジョン攻略しているのはさすがに酷いと思う。泣いて良いと思う。泣くよ?


 わんわん泣くよ? ⋯⋯それはそれで喜ばれそうだな。


 「うん。なるほど。でも自分がやらないと見えないモノや伝わらないモノがある」


 「私が全力を持って進行を阻止します。それに倒す前に魅了では無いでしょうか。階層主は一度倒せば良い、また来るかも怪しくなるので、最初にやるべきです」


 ユリの目は本気だった。


 もしも倒して進むと言うなら立ち塞がるぞ、そんな感情がヒシヒシと伝わって来る。


 「なるほど。そこまで本気なら一つ言おう」


 「はい」


 「この魅了は確実に失敗する。やっても意味が無い」


 「やる前から意味が無いと切り捨てるのは愚者の行いです。やらないと分からない事はあります。やらずに想像だけで意味が無いと切り捨てる、そんな愚行をしますか?」


 あーあ。討論でユリに勝てる気がしないよ。そこは進化で退化しといてよ。


 結局挑戦する事になり魅了会議が始まった。


 どんな偉人も最初はトライアンドエラー。


 失敗を恐れず、むしろ失敗をプラスと捉えて行動する。


 誰だって初めての事に結果は分からない。失敗も一つの成功と言える。


 ⋯⋯でもさ、俺は探索者なんよ。既に何千万と倒されているだろうケンタウロスを倒さない選択をして良いのかね。


 配信者でもあるから、企画としては立派だけど。


 「はぁ。テイマーが階層主をテイムできないし、魅了もできないと思うけどなぁ」


 モンスターを使役する能力を持った人達でも階層主は不可能。これも同じだろう。


 たとえ最高位の洗脳能力だとしても難しいと思われる。


 さて、俺の心の中での言い訳を終了させるべく魅了会議は終わった。


 ケンタウロスの魅了のステージを整えるために一旦追い出す。


 “ユリちゃんがケンタウロスを運んでいる”

 “攻撃されてるけど大丈夫なんか?”

 “サクッと準備始めてください”

 “楽しみだなぁ”


 準備が終わり、今日の失敗確定の魅了が始まった。


 床は座敷であり俺は異質に用意されたフェンスに両腕を預ける。


 自分の背中をケンタウロスの方に向ける。


 服装は浴衣で和風な雰囲気を出しつつ、肩から腰までを出すために着崩す。


 胸にはサラシをグルグル巻いている。


 下の方は太ももがチラッと見える程に隙間を用意してある。


 “美しい肌や”

 “背中のπ”

 “エロいのお”

 “あそこに俺の魔剣を挟んでスリスリしたい”


 “綺麗”

 “可憐な姿とエロが似合うサキュバス”

 “まだ終わりじゃないんだよなぁ”

 “もう完成された魅了”


 “さぁサキュ兄!”

 “言うのです”

 “楽しみやなぁ”

 “はよ”


 半分だけ顔が見えるように傾け、下唇を軽く押し上げるように人差し指で押す。


 リップを利用して艶やかでプルプルしている⋯⋯ここまでされるとは思っていなかった。


 「あらあら。慌ただしいでありますなぁ。もう少し、ゆっくりしたらどうですか? おあいて、しますわよ?」


 優しく緩やかに、それでいて艶かしい声で言う。


 首筋から肩甲骨の間を通り抜けるヌメっとした視線が神経を撫でる。


 ゾワゾワとした気持ち悪い感覚に鳥肌が立つ。


 本当に気持ち悪い。⋯⋯だが、魅了が成功した感覚は無い。


 失敗だ。失敗したんだよなぁ!


 最高だね。これならば多少の恥ずかしさも耐えられるってモンよ!


 「そうと決まれば倒すのみ」


 浴衣が落ちないように腕で抑えていた事実を忘れた俺が振り返る。


 すると、重力に従って浴衣がずるりと下がる。


 「ひゃっ!」


 すぐに持ち上げて隠しつつ、膝を勢い良く曲げたために尻もちをつく。


 サラシはしてあるがそれでも反射的に隠してしまう。そんな行動すらも嫌に感じる。


 俺は男だ。


 “おっと鼻血が”

 “へそ見えた”

 “まさかの予想外サプライズが”

 “肩甲骨を魅せるためにサラシガチガチじゃないから胸がぎゅっと引き締まってエロい。しかも腕で抑えるから余計に強調されてしまう”


 “何この昔の捨てられた人妻感。やばい”

 “あぁ、真っ赤なサキュ兄”

 “最高でーす”

 “さすがはサキュ兄。偶然が魅了の良さを限界突破させよった”


 「うぅ、なんでこうなるの⋯⋯」


 ケンタウロスは俺の前にのっそのっそと歩み寄って来る。


 皆が警戒する中、俺が動かない事により誰もが攻撃行動を取らない。


 そしてその理由がすぐに判定する。


 目の前にやってきたケンタウロスが頭を垂れた。


 “はい、これからも階層主の魅了をしようね”

 “ふむふむ。なるほどなぁw”

 “場所は決まってるし今後はやりやすいな”

 “さて、十一層に行っても戻って来ようね”


 「ぐすっ。もうイヤぁ」


 顔を赤らめて半泣き状態、羞恥心と絶望、事故による混乱により俺は頭が真っ白になった。





◆あとがき◆

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