第201話 女三人の日常風景

 レイの隣を歩いて荒れ狂う魔力が放出されている訓練所に向かう。


 何が起こっているのか、そんなのは考える必要も無いだろう。


 ユリとナナミ、二人の龍の力を得た二人が戦っていた。


 互いに全力に近い力を出している。


 スピードで圧倒する事で相手の攻撃が全く当たらないナナミ。


 全てにおいて高い能力値を持つユリは攻撃に耐えつつ広範囲攻撃を繰り返していた。


 回避されるならできないレベルの広範囲攻撃をすれば良い、そんな考えなのだろう。


 「二人とも、少し良いか?」


 俺が声をかけるが、聞こえてないのか二人は日本刀をぶつけ合う。


 衝撃波の威力は人間の子供を吹き飛ばす程に強かった。


 「レイ、止めて来る」


 「いいえ。せっかくだから、ワタクシが止めるわ」


 再び攻撃を仕掛ける二人の間にレイは瞬時に飛び込んだ。


 「「ッ!」」


 攻撃を停止する事が間に合わず振り下ろされる刃を指で挟んで止めた。


 「アナタがナナミちゃんね。ワタクシの事はレイと呼んでちょうだい」


 「⋯⋯全く、見えなかった」


 「レイ様⋯⋯お久しぶりでございます」


 ユリが嬉しそうに微笑んだ。


 色々とあるだろうが、ユリも彼女の事を尊敬しているのだろう。


 「そこまで日は経ってないけどね。⋯⋯今日からまた、先生をして良いかしら?」


 「もちろんです! これからも私達を鍛えてください!」


 「ええ。ナナミちゃんも協力してくれるのよね? 定期的にここで訓練する? 手伝うわよ」


 「お願いしたい。レイ様」


 「様は良いわよ。レイって呼び捨てで呼んで。⋯⋯ちなみにワタクシは可愛い子好きだからいつでも部屋に来て良いわよ」


 「部屋で何の訓練をするの?」


 分かっていなそうなナナミ。レイがどんな性格なのかはその発言だけじゃ分からなかったらしい。


 それが分かったレイは詳しく説明しようと、いたずらっ子の笑みを浮かべてナナミに顔を近づけた。


 そうはさせまいと、俺がレイを押しのけて挨拶を強制終了させる。


 「今日はもう遅いから帰った方が良い⋯⋯と言うかどうやって来たの?」


 「ユリさんに運ばれて」


 「そうだったのか⋯⋯大丈夫だったか?」


 「うん。息苦しかったけど問題は無い。模擬戦も楽しかった」


 「そっか」


 それなら良かった。


 俺達がこうして会話していると、ユリが俺にしがみついて来た。


 ムーっと頬を膨らませてナナミを睨む。


 「どうした?」


 「いえ、何も」


 「何も、と言う割に力を入れるんだな。痛いからな?」


 ユリの力は俺を超えている。強く握り締められると痛い。


 明日に備えて俺達は帰った。


 翌日、俺は早速ダンジョンへと足を運んでいた。


 俺が魅了配信をしている間、ナナミはアリスとサナエさん達と遊ぶらしい。


 見送り見送られ、俺達は別れる。


 ◆


 ナナミとアリスはキリヤと分かれてサナエと合流した。


 「それじゃまずはボーリングしに行こっか」


 アリス手動でボーリングで遊びに向かった。


 靴を履き替えて自分に合ったハウスボールを選ぶ。


 「重い方が良いのかな?」


 「分かんないっす」


 「まぁ、剣は重い方が強いし重いの選ぼっか」


 「そうっすね」


 ナナミとサナエはボーリングも初体験なのでどうして良いのか分からなかった。


 順番はアリス、ナナミ、サナエとなった。


 「それじゃ、行っくよ!」


 アリスは慣れた動きでボールを転がしてピンを綺麗に全て倒した。


 「うっしストライク!」


 ゴロゴロ倒れた音が聞こえて、ひっそりガッツポーズを決める。


 最初のお手本、それでカッコ良く決めれたので喜んでいる。


 「こんな感じだよ?」


 「な、なるほど」


 「難しそっすうね⋯⋯投げナイフやハンドガンなら行けるのに」


 「サナ、ボーリングってボールでピンを倒すゲームなんだよ?」


 ボールリターンから出て来る光景に二人は感嘆の溜息を零した。


 まるで小学生のような反応がおかしかったのか、アリスはクスリと笑った。


 「それじゃ、私行くね」


 ナナミはボールを持ち、アリスと同じフォームで向かう。


 ⋯⋯が、少し踏み込み過ぎてファウルラインを超え滑りやすいところに足を乗せてしまった。


 シュルーっと前に出した足が奥に滑り、ペタリと座り込んでしまった。


 身体が柔らかいために痛みなどは無いが、少し恥ずかしい気持ちになる。


 気を取り直して、ボールを転がす。


 「えいっ」


 指から上手く放す事ができずに勢いが乗らなかったボールがゴトンっと落ちる。


 「あちゃー」


 アリスはすぐにどうなるか分かった。


 力のないボールは真っ直ぐには進まず、途中でガーターへガコンっと落ちた。ボールはゆっくりと虚しく奥へ進んで行った。


 「なるほど⋯⋯なるほど」


 ナナミは何かを掴んだのか、何度も同じ言葉を繰り返した。


 返って来たボールを両手で掴んだ。


 「ボールであれらを倒せば良い⋯⋯慣れない事はしなくて良いんだ」


 「ナナミン?」


 「何するんっすか?」


 ナナミは両手で挟んだ状態で勢い良く転がした。


 左右にズレない程に強い力を加えてやれば良い。わざわざ穴に指を通す必要も無い。


 「あれ?」


 「ナナミン、どうして穴があるのか理解しようね」


 「こんな、はずでは」


 「これそこそこ重いし大きいから、上手く扱えないっすよね。形も相まって」


 「しゅ、種族になれば⋯⋯」


 「止めなさいね?」


 悔しい思いをしたナナミはヒソヒソと二人の所へ戻った。サナエは自分が選んだボールを持って向かう。


 前の人を見てどうするべきかを頭の中でイメージしていた。


 「⋯⋯行けるっ!」


 シュミレーションは完璧だったのか、自信ありげに転がした。


 結果的にボールは僅かに左側に逸れてピンを倒した。


 左端に一本、右サイドに二本のピンが立っている。


 「あちゃ。難しいね」


 「人差し指でのコントロールが必要なんっすね⋯⋯アリス、これってどうするの?」


 「ここはモニターにどうやってやれば倒せるのか教えてくれる動画が流れるよ」


 「⋯⋯行けるっすか?」


 サナエは片方のピンを隣に弾いて全て倒す計画を考える。


 初心者で細かいコントロールもできない状態。


 それでもサナエは鍛えられた元人間の一人。できると信じて転がす。


 緊張の瞬間、場の空気は静かに熱くなり誰もが声を出さない。


 綺麗に中心を進んで行くボールはどちらかに動く事もなく、真ん中を静かに通り抜けた。


 「それさっきやれよっ!」


 サナエは吐き捨ててアリスと交代する。


 一通りボーリングで遊んでから場所を移動する三人。


 アリスがダントツでポイントが高かった。


 「二人とも元気だして」


 「大丈夫だよ。私はそこまで落ち込んでない」


 「トイレで叫んでたのに?」


 「⋯⋯」


 ナナミはなぜか、アリスと目を合わせる事ができなかった。


 指先のコントロール技術はナナミよりサナエの方が上だったのか、途中からサナエはストライクもできるようになっていた。


 「⋯⋯今度キリヤと来ようかな」


 ナナミが一人、誰にも聞こえない程に小さく呟いた。


 「フルボッコにされそうだから練習してからだな」


 ナナミはボーリングの練習をしようと心の中で決めた。


 実際キリヤもコントロールの技術は高いためナナミでは相手にならないだろう。


 何より彼は何回かボーリングを経験している。


 次に来た場所はスケートリンクだった。


 氷の上を楽しく滑る人達を眺める三人。


 「⋯⋯二人とも立てそう?」


 「バランスを取る事は可能」


 「わてもっす」


 「それじゃ、ゆっくり入ろっか」


 氷の上に立ったナナミは普段とは違う靴に足場によって滑りコケた。


 「今日は良くコケる日だな」


 怪我をしないように受け身を取る事はできたが、再び立つにはアリスの力が必要だった。


 「なんだこれ、立てない」


 「最初はそんなモノだよ。ゆっくり慣れよ。サナは?」


 「助けて欲しいっす」


 生まれたての小鹿二人を相手にアリスは教えて行く。


 プロでは無いため感覚的な話になる事も多いが、二人には伝わった。


 そして少しでも適応したらナナミは速い。


 「「おー」」


 二人から賞賛の声が漏れる。サナエも普通に滑れるがナナミ程にはできない。


 むしろアリスの全力を持ってしてもナナミの速度には追いつけない。


 まるで競技に出ている人のように、そのスピードは一般客の次元では無かった。


 すれ違う人が全員ナナミに集中してしまう程に、美しく洗礼された動きとスピードなのだ。


 「ただいま」


 「おかえり」


 「おかえりっす」


 「これで滑るのと氷の上を普通に走るの、どっちが速いか試したくなった」


 「止めなさいね?」


 「はい」


 アリスの圧に負けたナナミ。


 ナナミはこんな日常を護りたいと、思ったのだった。




◆あとがき◆

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