第200話 進み出す時間

 俺は自分が目指す先の事を扉の向こうにいるレイに伝えた。


 しかし、その事に対する動揺も無ければ反応が一切無い。


 部屋には居ないんじゃないか、そう思わされる程の沈黙が続いた。


 「俺はレイ程の恨みが無い。だから奴らを全員倒したいと言う気持ちがかなり薄い」


 正直にレイとは考えが違う事を言う。もちろんそれは分かっているだろう。


 そうじゃなきゃ拗れてない。


 「俺は皆を守りたい。応援してくれる家族、支えてくれた友人達。大切な人達を。だから俺は戦う」


 そんな事も理解しているだろう。


 「レイ、俺の護りたい人の中にアナタもいる。俺は魔法を教えてくれて力をくれたレイも護りたい」


 今のままではレイの方が断然強い。俺が護れる立場になるだろう。


 それでも、これは紛れもない本心だ。


 俺を支えてくれた人達、大切な人達を護りたい。その中に彼女が入っていなければおかしいだろ。


 「虫のいい話なのは重々承知してる。だけどレイの助けが必要なんだ。今の俺は弱い。世界の繋がりを断つにはもっと力が必要だ。その時、レイがいてくれないと意味が無いんだ」


 ⋯⋯違う。そうじゃない。


 これだと目的のためにレイを利用しようとしているように聞こえるでは無いか。


 間違っては無いけど、違う。


 俺はレイを利用したいとは思ってない。ただ、助けて欲しい。


 「レイが手を貸してくれたのは自分の目的のためだって分かってる。⋯⋯それでも、俺のために助けて欲しい。ハチャメチャな理論なのは分かってる。それでも、俺にできる事はこれくらいしかない」


 愛する人達を失い、何億と言う月日が流れても増し続ける恨み。


 それを背負って簡単に考えは変えられないだろう。


 「レイ、俺にとって君は大切な存在だ。悲しませる気は無い。でもきっと結果的にそうなると思う⋯⋯俺の目的のせいで復讐が果たせなくなるかもしれない。それでも、君の手を借りたいんだ」


 現状進化に必要な事が分からない。時間は刻一刻と迫っている。


 十年なんて言う長いように感じるが、あいつらは定期的に攻めて来ている。この短期間で。


 龍を二体、英雄も二人。


 「ユリもナナミも強くなった。さらに強くなるにはレイの助力が必要なんだ。⋯⋯利用し合う利害関係じゃなくて、協力し合う関係になりたい」


 「⋯⋯あほらしい」


 ようやく声を出してくれたと思ったら、かけられた言葉は冷たい一言だった。


 「協力関係になるのは共通の目的が存在する場合に限るのよ。ワタクシは奴らの殲滅、アナタは奴らの危機を無くす」


 当初の目的地は一緒だったが、本質が違う事により新たな方法が現れた。


 どちらにしても俺の目的は達成できるが、レイは無理だ。


 そして今はこうして協力関係にも成れない険悪なムードが続いている。


 「そうだ。その上で協力して欲しいと思ってる」


 「バカバカしい。自分の都合しか考えずに押し付ける訳? ワタクシの事はもう良いでしょ。ほっといて」


 「それは嫌だ」


 「一人に成りたい時もあるのよ?」


 「一人で考えても答えは出ない。自問自答を繰り返して空虚な心になるだけだ」


 心の問題は一人で解決できる方が稀だ。


 心の内に秘めたる感情を誰かに話す事で解決する事が多い。溜め込んだモノを吐き出すとスッキリする。


 話す相手は誰でも良い。家族でも友人でも。


 「本音をぶつけ合う。俺はそのためにここに来た」


 「ワタクシの本音は復讐、それだけよ。愛する人を奪い利用しているクズ共を皆殺しにして欲しい⋯⋯そのために君を利用して怒りを起こすために友人が死ぬよう龍の進行を手助けした⋯⋯そんなサキュバスの力が必要かしら?」


 「もちろんだ! レイは俺だけじゃなく仲間の事も考えてくれた。訓練にも手伝ってくれた。それだけ長く生きた大人だと、感じていた」


 でも違ったんだ。アリスに相談して気づいた。


 彼女の心は全てを奪われた時から一切動いてない。止まっているんだ。


 数億、あるいは数十億生きた大人では無い。


 数十、あるいは数百生きた子供なんだ。


 大人はストレスの発散方法を確立してしている。でも子供はどうだ?


 辺りの物を叫び散らして破壊するか、あるいは空気を読んで溜め込んで爆発するまで抱え込む。


 レイは後者だ。


 ツキリがレイの暴露をしない限り、あそこまでの闇を抱えているとは気づかなかった。


 「今のレイは子供に感じる。順調だった予定が崩壊して癇癪を起こした⋯⋯こんな例えは良くないだろうけどな。それだけの恨みを抱えている」


 「分かっているなら⋯⋯」


 「分からないんだよ俺には!」


 レイの言葉を遮るように叫んだ。


 「月の都をくれた時も、訓練している時も、皆と談笑したり傷を負った俺を介抱した時も、楽しそうだったから。だから怨恨を抱えているなんて微塵も思わなかった。あんな胸糞な過去があるなんて想像もできなかった」


 レイからの言葉は返って来ない。


 「レイは俺の祖先だと言われた時も驚いたけど実感は無かった。近い年の友人感覚だった。レイはめちゃくちゃだし些細な事で興奮して怖いところもあった。だけどそれ以上に、一緒にいて楽しかっんだ。アリスなナナミと同じくらい、一緒にいると落ち着くんだよ」


 レイの本心が聞きたい。復讐とか昔の話じゃない。


 今、俺達と過ごしていてどう感じたかを聞きたいのだ。


 「俺はこの場所をレイと一緒に護りたい。これからの人生をレイも入れた皆と過ごしたい。そのために助けて欲しい」


 レイと過ごした数ヶ月。それで心境の変化は無かったのか。


 「⋯⋯そんなんで、ワタクシの心が揺らぐと、思っているのかしら?」


 「揺らがないなら俺が動かす。復讐に囚われたその場所から連れ出してやる」


 「力なら別に与えるし、知識も本に出して残している。ワタクシの必要性はどこにもない」


 「ある。今こうして話してくれているレイはアナタしかいない。ユリ達にも訓練してくれて、楽しく談笑したレイは一人しかいないんだ。力も知識も関係ない。レイと一緒にいたい。それだけだ」


 紛れもない事実を伝える。


 「ワタクシにこの憎しみを忘れて、平和のために手を貸せと言うのね? 愛する人も何もかもをあの世界に捨てて、ここでの新たな生活を楽しめと言うのね?」


 「そうだ」


 俺が肯定すると、レイの手が扉を破壊して伸びて来た。


 正確に俺の首を掴んで握り締める。


 レイの顔はやつれており、不健康な顔をしていた。しかし、鬼の形相はそれでも厳つさを含んでいる。


 「ふざけるな! ワタクシは、家族も仲間も旦那も全てを置いてきてるんだ。全部奴らに奪われたんだ。アイツらを殺したい、そう願ってる。それを忘れる事ができる訳ないだろ!」


 「そう、だろう、な」


 俺もレイの立場で考えてみる。家族、友達、誰かが殺されても許せない。


 忘れる事の無い怒りを永遠と抱えるだろう。


 「今の生活も全部復讐のためだ。それ以上でもそれ以下でもない!」


 「⋯⋯ぜんぶ、うそ、って言うか? 俺達と、過ごした、時間を」


 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ええ。全部嘘よ偽り。貴方達を利用するためにやっていた事に過ぎない」


 俺の首を握る手が少しだけ弱くなった。肩から震え、目を前髪で隠している。


 俺はゆっくりと邪魔な前髪をどかした。


 「うそつき」


 涙を溜めている瞳を見れば、それが嘘なのは分かる。


 本質を見抜いたツキリが俺の事を愛しているのは事実だとはっきり答えた。


 「レイ、その憎しみも怒りも全部俺にぶつけろ。その全て、いや倍にして斬り捨ててやる。剣だけで見れば、俺はレイの上を行くんだろ?」


 「なんで、そんなに」


 「レイが大切だから。思い出を忘れる必要は無い。負の感情の原因全てを俺が斬る。だから、悲しむ必要は無い」


 「ワタクシはアナタを都合良く利用するために、あんな事をしたのよ。取り返しのつかない事をしたのよ。なのに、どうして」


 「それを防ぐために未来の俺が来たんだ。そして未来を変えた。結果論だがナナミは力を得て俺達の仲間になった。良い事じゃないか」


 レイのした事は俺達の戦力強化。それだけだ。


 そう伝えると、彼女は俺から手を離して膝から崩れ落ちた。


 「うわああああああああ!」


 泣き崩れるレイに俺は腕を回した。


 「ワタクシは、ワタクシは⋯⋯」


 「酷事言ってごめん。これからもよろしくして欲しい。一緒に戦おう」


 「ごめん。ごめんなさい。⋯⋯きっと、あの人もこんなワタクシを見たら失望するでしょうね」


 「そんな事無い。レイは間違って無い」


 「⋯⋯不思議ね。彼に、重なったわ」




◆あとがき◆

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