第198話 相談して気づくモノ

 『キリヤも男の子っぽくなったわよねぇ。昔ならこんな事で感情が乱される事は無かった。⋯⋯アーシが明瞭になったから、君は男としての心を取り戻したのかな?』


 茶化しを入れるツキリが脳内で独り言をブツブツと呟き続け、一人で結論に至った。


 未だに自分の感情に戸惑っているけど、⋯⋯でもきっと本心だろうな。


 ナナミが高校生になって俺との出逢いで大きく変わったと言ってくれたように、俺もナナミと出逢って変わったのかもしれない。


 『ロマンチストかよ。君が変わったのはダンジョンに入ってからでしょ。サキュ兄』


 クスクスと笑うツキリを殴りたいと考えながら、リビングでくつろぐアリスに声をかける。


 マナがお風呂に行っているタイミングでだ。


 「なぁアリス、少し相談良いか?」


 「自分から相談を持ちかけるとは穏やかじゃないね。構わんよ少年」


 俺はアリスの横に座って相談する事に決めた。この手の事はアリスに相談するのが一番良い。


 彼女なら俯瞰してアドバイスをくれると信じている。


 「実は⋯⋯えっとな」


 相談しようと決めたけど、いざとなると言葉が上手く出せない。


 不安に駆られているらしい。


 そんな俺を見て、短く息を吐いたアリスは目を細めた。


 「ナナミンと何かあった?」


 「あ、いや。そっちじゃない」


 「⋯⋯違うのね、そう。⋯⋯えっ? まってつまり何かあったのは⋯⋯」


 アリスが焦り問い詰められる前に俺は本題に入った。


 「実は恩人と喧嘩してて、どうしたら良いかと思って」


 「先生?」


 「違う。もっとやばい人」


 「長くなりそうね。飲み物取って来る」


 アリスが飲み物を用意してくれて、再び話し出す。


 話す事を事前に考えていたはずなのに、本番になると頭から抜けてしまって言葉が出て来ない。


 まるでクラスメイトの前で行うスピーチのようだった⋯⋯小学生の頃は探索者⋯⋯って、現実逃避を始めるな。


 「実はさ、俺に魔法を教えてくれて、種族としての力を伸ばせたのはその恩人のおかげなんだ」


 「⋯⋯えっと、確か魔王って奴だよね。覚えてるよ」


 話してたか。


 「そう。ムーンレイって言うんだけど、そのレイと少し価値観の相違があってさ」


 「ハンドの解散理由?」


 「それに近いかも」


 「近いのかよ」


 俺は世界の繋がりを断つ事で皆を護りたい。レイは異世界の龍やそれに属する全てを殺して欲しい。


 レイの目的を突き詰めて、最悪な事をした。


 その全てを包み隠さず相談した。


 「レイはその後からずっと部屋に籠ってて、話も聞いてくれないんだ」


 今後もレイの力や知識は必要だ。レイが俺達に絶対必要なんだ。


 彼女は俺よりも強い。だから彼女から盗めるモノは全部盗みたい。その上で⋯⋯。


 「それで、キリヤは仲直りがしたいの? 一緒に喋ったり遊んだり?」


 「そうだ。一緒に戦って欲しい。レイの力が必要だから」


 「⋯⋯それはその魔王の『力』と『知識』が必要だから仲間にしたいの? それとも、『本人』が必要だから仲間にしたいの?」


 質問を繰り返すアリス。


 俺は迷いなく答える。


 「『魔王本人』だ。沢山助けられたのにお返しできてない。でも、彼女の願いを叶えると危険すぎるんだ」


 もしも俺達があっちの世界で戦っている間に化け物がこっちの世界に攻めて来たら、誰が対処すると言うのだ。


 全勢力をぶつけて倒せるような化け物達が蔓延る世界なんだ。


 だからこそ、一番安全で安心できる世界の繋がりを断つ事にしたい。


 「ん〜聞いた限りでは難しいよね。だって何億と言う月日ずっと恨み続けたんでしょ? 忘れる事ができずにずっと抱え込んだ怨恨」


 「そうだな。いっぱい助けられたのに、俺はその想いや考えを蔑ろにしようとしている」


 「アタシは守られている立場だからそれを責める事はできない。⋯⋯まぁその魔王さんはただ前を向けてないんじゃない?」


 「と、言うと?」


 アリスは指を前に突き出した。


 「アタシ達は普段から前を見て未来を見て考えている。でもその魔王はずっと後ろ、過去を見て考えているんだよ。きっとその時からその人の時間は止まっている」


 「時間が、止まっている?」


 「人の成長は二種類だ。肉体的成長と精神的成長。不老の魔王さんは今この二つとも止まっている」


 レイは過去の絶望をずっと見ている。その時間に囚われているとアリスは言いたいらしい。


 その絶望を払拭するためにこの前までずっと水面下で計画を進めていたのだろう。


 綻びが出たら微調整も考える。


 俺の目的も利用して自分のために行動する。


 それだけ聞けば酷い人に聞こえるかもしれない⋯⋯でもそうでは無い。


 愛する人達を理不尽に奪われた。誰よりも自分を愛してくれた人は今や利用される状態。


 記憶は時間が経てば薄れて消えて行く。しかし、彼女ははっきりでは無いにしてもその絶望を忘れていない。


 むしろ募った絶望は時間が経てば経つ程に濃くなっているかもしれない。


 「キリヤは彼女の心を救いたいと考えている、でもその方法が分からない。違う?」


 「違く、ない」


 「どんなに自分の価値観と合わさず、自分の目的のために君の大切を脅かした存在でも、救いたいと考える?」


 「⋯⋯考える」


 迷ってしまったが、俺はそう答えた。


 俺にはレイの絶望が分からない。知りたいとも思わない。分かろうとも思わない。


 ⋯⋯でも、救いたいと思っている。


 強欲かもしれない。だけどそれが俺だ。


 「その覚悟をぶつければ良いんじゃないかな?」


 「と言うと?」


 「キリヤは大切な人達を護りたい。それ以外はぶっちゃけどうでも良い、そう考えている」


 「ああ」


 「その魔王さんはどっちかな? きっとそれが答えだよ。想いを伝える時に重要なのは誰かのアドバイスなんかじゃ決して無い。重要なのは、自分の気持ちをどう全力でぶつけるかだ」


 アリスには謎の説得力があった。


 自分に刃を立てても友達だと言い切った彼女の力。


 サナエさんはそんなアリスによってオオクニヌシからの呪縛から解放された。


 「自分の想いを全力でぶつける」


 「アタシはどれだけキリヤがその魔王さんに助けられたか知らない。でも、君がそう言うなら助けられたのはアタシやマナちゃんも一緒だ。その事は忘れないでね」


 「当然だ」


 知った今だから言える事になる。


 もしも知らないままでいたら皆を助けられずに必ず終わっていた。


 これ程までの力を持つ事も無かった。


 「キリヤ、アタシが言い訳考えておく。だから行って来さない。奮い立ったら即行動だよ」


 「ありがとうアリス。自分がどうしたいか、見えた気がするよ」


 「それなら良かった⋯⋯ま、君は変わらずだから一人でも答えに辿り着けただろうけどね」


 それはどうだろうか?


 結局他の人の視点が無いと見えないところは出て来るのだ。


 俺にとってレイはどんな存在なのか、それをこの場で再確認できた気がする。


 後は俺の想いをぶつけるだけだ。


 「アタシは戦いでは役に立てないからさ。こんな事ならいつでも頼ってくれると嬉しいぞ」


 「ああ。頼りにしてるよ、昔からな」


 とりあえずレイに会いに行こう。


 今の思いの丈を全部ぶつけて、レイに俺がどう考えているのか知って貰う。


 それで何かが変わるかは分からない。でも、行動しなくては変わるモノも変わらないのだ。


 月の都へとやって来た。


 レイは転送してくれないので自力で月まで移動する必要があるので大変だ。


 レイは自分の部屋に籠って誰とも顔を合わせていないらしい。


 俺は扉の前までやって来た。


 三回程ノックする。


 「レイ、聞いてくれ」


 気配がかなり希薄だが掴めない程では無い。


 不調とかではなくただ気配を消しているだけだろう。


 「俺は⋯⋯世界断絶の方向で舵を切るつもりだ」






◆あとがき◆

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