第197話 発狂 『あああああああああ!』

 「お、おはよう」


 「おはようキリヤ。急に誘ってごめんね」


 「それは別に構わないよ。それで、今日はどうたの?」


 膝が見える程の長さのスカート。白と水色のワンピース姿はまだ秋に入ったばかりで気温が暖かいからだろう。


 休日にナナミに誘われてこうしてやって来た。


 特に行きたい場所などは無いらしく、俺達はブラブラと歩き出した。


 隣を歩くがナナミの様子が気になりチラチラと見てしまう。きっとこの動揺の表れであるチラ見はバレているだろう。


 しかし、ナナミは咎める事はせずにただ真っ直ぐと歩いている。


 「あの」


 「ん?」


 おもむろに話し出すナナミ。


 「やっぱり私は一緒に戦っちゃダメかな」


 「またその話か」


 なんど言っても答えは変わらない。


 俺はナナミに戦って欲しくない。


 どれだけナナミが戦いたいと思っていても、それを俺に相談しても答えは変わらない。


 ナナミが俺を死なせたくないと思ってくれる事は正直、めちゃくちゃ嬉しい。


 だけど同じくらい或いは以上、俺も死んで欲しくないと思っている。


 ナナミのいない人生が想像できないから。


 「俺達は問題ないから、ナナミは安心してくれ」


 「安心できない!」


 彼女からは考えられない程の怒りを込めた感情の叫びだった。


 ナナミの頬がキラリと光った気がした。


 考えないようにしても、正面に立ったナナミからは視線を逸らす事はできなかった。それを許されなかった。


 「私だって探索者だ。覚悟はできてる」


 「嬉しいよ。本当に、そう言ってくれるのは嬉しい。だけど⋯⋯必要ない」


 周りから冷たいと言われようとも、最低も貶されようとも構わない。


 俺は彼女に戦って欲しくないから。


 心を鬼にして突き放す。大切だから、一緒にいて欲しくない。


 「この戦いは俺達の戦いだ。君には関係無い」


 「世界の住人の一人だ。関係ない話じゃないはずだよ」


 「それでもだ。⋯⋯この先の戦いにナナミは力不足だ」


 「ッ! は、はっきり言うね」


 心臓が剣で突き刺されたように痛む。心が痛む。


 ナナミに対して『弱い』なんて言いたくない。言える立場でもない。


 だけど、こうしてはっきりと言わないと彼女はなんとしてでも俺と共に来る。


 それだけは阻止しなければいけない。


 「それと、俺は世界のために戦ってない。あくまで結果的にそうなるだけだ」


 「え?」


 「俺は大切な人が守れればそれで構わない。両親、妹、幼馴染、仲間、友達⋯⋯ナナミだ。それが護れるなら俺は世界も捨てる」


 「身勝手だね」


 覇気のない言葉。だけど俺を軽蔑して出している言葉じゃないのは感じ取れた。


 俺は明確にナナミを拒絶している。それが伝わっているのかもしれない。


 「ああ。それが俺だ。紛れもない俺の考えだ。⋯⋯軽蔑したか?」


 「ううん。私も同じだから、悪くは言えない⋯⋯でもだからこそ、私も戦いたい。私だって探索者に成りたくてちっさい頃から修行してたんだ。護りたい人達を守れる力を鍛えたんだ」


 「ああ。分かってるよ」


 「キリヤが私を護ってくれるのは嬉しい⋯⋯だけど、護れるだけの人間に成りたくない。私が私を殺したくなる」


 俺が何も言わずに見つめていると、ナナミは決意の炎を瞳の奥で燃え上がった。


 俺の発言がナナミの覚悟をより強固にしてしまったのかもしれない。


 護られるだけの存在でいたくない⋯⋯分からなくもない。


 だってそれは、自分がこれまでやって来た事を否定される事と同じだからだ。


 探索者になろうと強くなって来たはずなのに、護れるだけなんてのは滑稽だ。


 「私を連れて行って。一緒に戦って欲しいって言って欲しい」


 「断る」


 「だったら私はここで命を絶つ。自分の力の存在意義が無くなる。意味の無い力を持った探索者に残されたのは空虚な日常だ。そんなのはお断りだ」


 間髪入れずに放った言葉。でも俺はその言葉に動じない。


 「ナナミ、それは脅しになり得ない。君はそんな無責任な人間じゃない。もしもここで命を絶ったらどうなるか想像できるだろ。君を止めれなかった俺がアリスやマナから軽蔑されて関係は終わる。そしてサナ含めて皆が悲しむ。それを君は許容できない」


 冷静に事実をぶつけると、ナナミは苦笑いを浮かべた。


 やはり、考えていたのだろう。それを当てたからそんな顔をする。


 どれだけ考えたか。どれだけ悩んだかは俺に分からない。


 どんな考えを持って行動したとしても俺はそれを否定し、ナナミの参戦を拒絶する。


 もしもナナミが傷つく事でもあったら俺は⋯⋯自分が自分でいられなくなる気がするから。


 「もしも私に力があったら、君達と同じ次元に立てる力があったら、私に助力を求めてくれる?」


 「何を言っているんだ?」


 空がいきなり曇り出す。真っ黒な雨雲は豪雨を作り出した。


 「ナナミ屋根に避難するぞ」


 きっとゲリラ豪雨だろう。すぐに止む。


 しかし、手を引っ張ってもナナミは微動だにしなかった。


 ゴロゴロと響き渡るのは落雷の轟音。


 「いっつ」


 ナナミの手がビリッとして、反射的に離してしまった。


 静電気? そう考えたがそれにしては痛みが大きい。それにタイミングもおかしい。


 未だに俯いているナナミを見る。そこで一つの考えが過ぎる。


 「ナナミ、お前⋯⋯」


 ナナミに落雷が直撃し、彼女は種族を解放した。


 雷のマークが浮かんでいる猫の尻尾に黒と黄金が混ざった猫耳。


 龍の面影は無いが⋯⋯感じる力は確かに雷の龍だった。


 「どうしたんだその力は!」


 大きく姿は変わってない。しかし、感じる力は俺の知っているナナミを遥かに凌駕する。


 「キリヤ、君の仲間は私の力を必要としている。だから力をくれた。それがこの結果だ」


 俺の認識できないスピードで肉薄して来た。


 「戦う力がある。対等に戦える力がある。命を掛ける覚悟がある。皆を護るために戦う意思もある。君の仲間は私の力を必要としている。⋯⋯外堀は埋まっているんだよ」


 「なんでだよユリ、なんで、こんな勝手な」


 「キリヤ、君が私を一番理解しているはずだ。たとえ力が無くても何がなんでも君達と戦うって」


 分かってるさ。


 ナナミをどれだけ否定して拒絶しても彼女はこちら側に来るだろう。


 それはオオクニヌシの誰かに狙われた時から⋯⋯それ以前、俺達が友達になった時から決まった運命だろう。


 だけど認めたく無かった。


 「キリヤ、私はわがままで身勝手で自己中なんだ。君の意思なんか無視して、嫌われるような事をする」


 「どんな事しても俺は、君を嫌いにならないよ」


 「知ってる。⋯⋯お願いだキリヤ。私を頼ってくれ。私の力を欲しいと願ってくれ」


 伸ばされる手。これ以上の事は無い、とナナミは種族を解除する。


 同時に暗かった空は晴れて暑苦しい太陽が顔を出す。


 雨によってびしょ濡れになった俺達。雨粒が光によって反射したのか、ナナミの笑顔が輝いて見えた。


 笑顔⋯⋯ナナミは立派な笑顔を見せていた。


 「なんで、笑えるんだよ」


 「⋯⋯笑っているのか私は。なんでだろうね」


 「死ぬかもしれないんだぞ。敵は今攻略中のダンジョンのモンスターなんて足元にも及ばない化け物揃いなんだぞ」


 「関係ない。君が私のために戦うと言うのなら、私は君のために戦う。それだけだ」


 「ナナミは高校生だ。これからの未来で多くの出逢いや思い出ができる。こんなところで無駄な時間を過ごす必要は無いんだ」


 「それを無駄だと決める権利は私にしか存在しない。私はこの時間、この思い出が人生で最も尊い時間だと思ってる。君とどこまでも歩めるこれ程誇らしく楽しい時間は存在しない」


 「⋯⋯ぐっ」


 俺は⋯⋯俺は。


 『意固地になる必要は無いんじゃない。それに⋯⋯どんな状況や立場だろうと関係無いでしょ。護ると決めたのなら護り抜きなさい。貴方が護ると決めたのはこの日常でしょ。そのために監禁なんてヤンデレじゃあるまいし。ほら、君の本音をさらけ出しなさい』


 耳元で囁かれるツキリの言葉が俺の背中を押した。


 俺の本音⋯⋯それはナナミと友達になってから出逢ったその時から一緒。


 一緒にダンジョンに行って探索したい。冒険したい。


 モンスターと戦ったり、武具を見て雑談したり、時には遊んだり、喜びや楽しいを共有したい。


 それがきっと、俺が奥底でしまっていた本音だ。


 「ナナミ、約束してくれ」


 「うん」


 「どんな事があろうとも、隣にいてくれ」


 「約束する」


 俺はナナミが伸ばした手に自分の手を重ねた。


 「ありがとうキリヤ。それとこれ、プレゼント」


 「ネックレス?」


 ナナミがポッケから出したのはマリーゴールドの形をしたネックレスだった。


 「金属細工、お母さんに習って、手伝って貰って、なんとか作った⋯⋯受け取って欲しいな」


 「ありがたく貰うよ。大切にする」


 「⋯⋯恥ずかしいし、普段から身につける必要は無いからね」


 それでも最初だからね。着けてみる。


 「どうかな?」


 「ん〜分からん」


 「俺も」


 ナナミからのプレゼントが嬉しい。家で大切に飾ろうと思う。


 無くすのも汚すのも嫌だから。


 「ねぇキリヤ。最後に一つ良いかな?」


 「うん? 俺の決意を打ち砕いてまだ何かあるのかな?」


 「めっちゃ嫌味やん」


 からかうとムスッと怒る。だけどすぐに優しい笑みを浮かべた。


 「キリヤ⋯⋯私は君が好きだ」


 「⋯⋯」


 「君の剣が、君の想いが⋯⋯何よりもヤジマキリヤ、君が大好きだ。アリス、サナ、親友に恵まれて充実した高校生活が送れて、人生が楽しいと思える私にしてくれた君に心の底から感謝してる」


 一泊置いて、高鳴る心臓の音が聞こえないくらいに透き通って聞こえる声で、ナナミは言葉を紡ぐ。


 


 「私、九条七海は矢嶋霧矢、アナタを心の底から愛してる」



 「こんなわがままで自己中でプレゼントで手作りのネックレスを渡す様な重い女だけど、交際して欲しい」





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます


作中で誰も発狂してませんね


作者『ああああああああああああああ!!!』

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