第196話 ユリとの模擬戦

 「はぁ。なんで一日に二回も魅了しないといけないだよ。これは義務じゃないんだよ。義務じゃないんだよ」


 「痛いですぞ。それと二回も言わなくても通じますぞ」


 「ダイヤその位置変わってよ」


 「それは嫌ですぞ」


 キッパリと断るとユリが怒りを爆発させたかのように炎が燃え上がる。


 ダイヤをモフモフ撫で撫でしていると時間は既に二時間を経過していた。


 精神回復の時間にしては十分かもしれないが、動く気力がもう湧かない。


 このまま配信を終えて帰ろう。


 頭を地面にぶつけて精神回復をしようにも進化の影響か丈夫になったのでできなくなった。


 それこそ頭蓋骨を砕く勢いじゃないと無理だと思う。それはさすがに止められた。


 『ユリちゃんと模擬戦でもしたら?』


 「それ良いかも」


 ツキリのアドバイスを受けて、俺はユリに提案した。


 せっかくだから進化したユリの実力を体験しておきたい。


 ユリも構って貰えたのが嬉しかったのか、大喜びで承諾した。


 こんな時ローズが居てくれたら瞬時に広い空間を見つけてくれるのだが、残念ながら彼女は修行中だ。


 広い空間を探して、そこで俺達は一定の距離を開く。周りには仲間達が居て観戦と邪魔が入らないようにする。


 ドローンカメラも危ないのでアイリスが管理している。


 「来い!」


 ユリが日本刀をダイヤに預けて、魔剣を虚空から炎と共に召喚した。


 模擬戦と言いながら結構本気で闘いたい、そう感じた。


 ならば俺も応えよう。


 最近抜いている数がめっきり減ってしまった剣をアララトに投げ預け、ライムに二本の剣になって貰う。


 「いつでも来い」


 「それでは参ります」


 ユリが翼を大きく広げ、足裏に炎を集中させる。


 炎を爆発させて急加速して迫って来る。


 俺のゼロから百への加速方法を魔法を利用して形にしたようだ。


 ⋯⋯いや、炎を継続して出してさらに加速している。


 ユリの場合はゼロから百二十まで上昇しているかもしれない。


 確かなスピードに面を食らったが対応できない速度では無い。


 それはユリもまた分かっている事。だからもう一つの手も使う。


 それが魔剣の刀身から炎を出して攻撃速度も加速させる方法だ。


 炎の単純な使い方だが、ユリの技術力は高くそれだけで十分強力になる。


 火炎を纏った日本刀が俺に迫って来る。


 「一瀉千里」


 「全スピードを攻撃に変える技だろ? そんなのが全力のスピードだとは認められないな」


 ああ久しぶりだな。この緊迫感。


 程よい戦闘を楽しめる感覚。


 この感覚に包まれた俺の集中力は一気に上がる。


 「よっ」


 炎を纏っているので、計算に入れてギリギリで回避する。


 ユリの日本刀の長さと俺の長剣の長さ、微妙に彼女の方が長い。


 リーチの長さに加えて炎だ。


 躱してからの反撃が難しくなる。


 「それは折り込み済みです!」


 刀から放出される炎が増幅する。


 ジェット機のように噴射された炎により再度超加速したユリの刃が迫る。


 後ろに回避してはジリ貧だろう。だからここは前に出る。


 屈みながら前に出た俺にユリは蹴りの攻撃にシフト。踵から放出される炎によりこれも加速。


 「危ないっ!」


 ぐるっと回転し、地面を滑るように飛行して距離を取る。


 ユリと俺は足を地に着けているかの大きな違いがある。


 俺は常に飛行速度を自由自在に操るために地を捨てたが、ユリはむしろ速くなるために地を利用している。


 圧縮した炎を爆発させて急加速するために。


 「どれだけ加速しても主君には届きませんか」


 「俺の剣も届かないけどね」


 「手札を出させるために手加減しているのは丸分かりですよ。【焔】」


 ユリが炎に包まれる。自分を強化したのかと身構えると、ユリはその炎を口前に集める。


 「【龍鬼の火炎放射】」


 ホースから止められた水が勢い良く飛び出すように炎が放射される。


 こちらに向かう程に範囲が広くなって行く。


 「せっかくの模擬戦だ。俺一人でやるからな」


 『分かってるわよ』


 「【月光線ムーンレイ】」


 放った光線は炎の波を貫通してユリに一直線に向かう。だが、炎が晴れて見えた奥には既にユリの姿は無かった。


 地面に炎の足跡と空間に炎の軌跡を残しながらユリは背後に回っていた。


 「【火炎柱】」


 地面に構築された魔法陣。そこから炎が天井に向かって昇る。


 「【爆炎刃】」


 柱ごと切り裂く爆炎の刃。


 「やはりいなかった」


 「さすがにヒヤッとしたぜ」


 炎の柱に包み込まれる前に脱出していなかったらやばかったな。


 “ユリちゃん強いな!”

 “戦闘が見れるのありがたい”

 “データ採取やな”

 “そう言えばこの二人って普通に強かったわ”


 “初見さんついていけてない件”

 “途中からずっと魅了しかしてないから古参勢くらいだよ平然なの”

 “古参勢からしたらユリちゃんの成長に感動”

 “ずっと見てきたんもんなサキュ兄の背中。今や肩を並べるのか”


 刀を握る力を上げて、振り回す。


 「【爆炎陣】」


 範囲攻撃の炎の刃か。


 だが、刃ならば躱せるのでこれも問題にはならないだろう。


 問題はユリの連続攻撃だ。


 「【炎龍の太刀】」


 炎の龍が俺に迫って来る。雷の龍戦で見せてくれた追尾式の魔法だ。


 間合いを測り、俺はそれを切断する。


 「魔法をっ!」


 「そんなに驚く事じゃないだろ?」


 ツキリを頼らないので魔法を纏う高速移動はできない。魔法も使おうとすると剣が上手く使えなくなる。


 だけど今の俺にはパッシブの能力が備わっている。しかも相性バッチリのね。


 さぁどうする?


 もっと見せてくれ。


 「【炎帝】【黎明】」


 まるで太陽の表面のような灼熱の炎を出現させ、それを刀に集中させた。


 紅く燃えたぎる刀で突きの構えを取る。


 それは三段突きの構えであった。


 「まるで初心に戻ったかのようだな」


 これは俺の好奇心。打ち合ったらどうなるのだろうかと言う思いだ。


 ライムには付き合わせてしまうけど、この子なら魔剣にも対応できる。


 俺はユリと同じ視線に立ち、同様の構えを取る。


 「ユラは大丈夫か?」


 ユリの武器以外の装備は全部ユラだ。あの炎に間近で耐えられるか?


 「私の血を与えて【火炎耐性】の能力を手に入れたので大丈夫です。既に全スライムに共有してます」


 「それなら安心だ」


 左手の剣を解除してしっかりと構え、【聖月剣】で強化する。


 さらに【紅き月】を顕現させて自分を強化し対象にユリを除外させる。


 「行きますっ!」


 柄頭から炎を出して突きの攻撃も加速させるらしい。


 「迎え撃つ!」


 一つ目の突きは胴体を狙っている。俺はナナミの動きをイメージしトレースする事で一撃の強さを上げる捻りをコピーする。


 完璧にマネはできなくても普段の突きよりも威力は上がる。


 「「スっ!」」


 切っ先同士が真っ直ぐと重なり反動すら打ち消される。それくらい対等な刺突。


 だが、流れる力は確実に存在するため利用する。


 跳ね返される力を認識し利用するのだ。


 それを戻る力へと変えて捻りを追加。


 二撃目、首を狙った突きも同様な形となった。


 最後の攻撃は頭、それも同じように衝突する。


 互いに引けを取らない攻防。


 切っ先同士を当てながらどちらも引かない。


 引いたら懐に入り込まれる。蹴りの対応もされてしまう。


 だからこそ、油断できずにどう動くかを考える。


 ユリの取る選択が気になった俺は自ら動かないで見守る。


 ここは模擬戦。互いに全力は出していない。


 俺の場合は出せないけど。ツキリを頼らないし。


 ⋯⋯動きが無ければ俺から仕掛けようかと考えたタイミングだった。ユリが動いた。


 何もしてないようで実際は足に集めた炎を爆破する。


 制空権を獲得したユリは刀で円を描く。


 「【黎明】【円環】」


 ドーム状に広がる太陽のように燃えたぎる炎。


 脱出しようとした瞬間にユリが新たな魔法を展開していたのか、俺が炎に囚われる。


 「【火炎牢】」


 「こんなの斬るまでだ」


 牢を破壊すると、新たな牢が展開される。


 「やるな」


 結果的に間に合わず、俺はユリの攻撃を受ける事になった。


 耐えるべく身構えると、全身が炎に包まれた。


 超広範囲魔法なのだろう。かなりの範囲をターゲットにしていた。


 炎が解除されると、俺は立つのも難しくなって膝を折った。


 結構身体が痛い。


 「ユリ⋯⋯強いな」


 「こん、こんな手加減されて。種族のパワーで勝っても、嬉しくも何とも無いです。ただ、空虚です。どうして全力でお相手をしてくださらないのですか」


 「それはお互い様だろ。それに俺は、俺だけで、俺自身が全力で戦いたかった。その結果だ」


 「⋯⋯今日の所はそれで納得します。ですが、今度は絶対に互いに全ての力を出しましょう」


 「ああ、約束する」


 「はい。約束です」


 小指を絡めて約束する。次は互いに本気で全力を出し切ろうと。


 「それにしても最後の魔法は知らなかったな。切り札か?」


 「【黎明】は強力な炎を生み出す魔法なんですが、それを広範囲に広げた攻撃魔法です。切り札って言うにはお粗末ですよ。ただの強い種族が出せるゴリ押しの力技です。⋯⋯言ってて恥ずかしくなりますね」


 頬を赤らめてはにかんだ。


 「種族の力技、ね」


 ⋯⋯種族パワーか。


 龍と鬼の力を持ったユリは確かに戦闘向きな種族だろう。


 サキュバスは本来前に出て戦う種族じゃない。


 ⋯⋯だけどさユリ。それは勘違いだ。


 種族の力なんて関係ない。


 この結果はユリ、君自身が強くなった⋯⋯強かった結果だ。


 俺だけの力では勝てない、その強さを君は持っているんだ。


 誇って良いなんて偉そうな事は言えないけど、でも言おう。


 「一緒に頑張ろうな」


 「⋯⋯はいっ!」


 屈託の無い、明るく眩しい、昔から知るユリの笑顔がそこにはあった。




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

☆、♡、とても励みになります。ありがとうございます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る