第195話 徐々に気づくのって嫌だよねっ!

 「ふふーん」


 ライムを粘土のようにして遊んである。今は現在日本で賢者の称号を与えられた凄腕の探索者を作っている。


 見た目はおじさんだがその強さは本物だ。魔法を主に扱う。


 一度は会いたいと思いながらも難しいだろう。


 サキュ兄の状態ならば会えるかもしれないが、それは俺の目指すモノとは違う形になる。


 憧れは憧れのままが良いのだ。


 「そんな人達とあっちの英雄、どっちが強いんだろ」


 そんな事を考えていると会議が終わりを迎えてしまい、俺に詳細を教える。


 アイドル魅了の話を少し出してしまったせいか、こじ付けが行われた。


 ハーピーは歌により味方の支援を行う。歌うと言えば歌手やアイドルなどがいるだろう。


 って事でアイドル魅了、通称サキュドル魅了だ。


 「⋯⋯今回は小規模なんだな」


 「突発的なモノですからね。ゲリラライブのようなモノです。それでも全力でやりましょう!」


 「別にやりたくは無いけどね」


 「またまたご冗談を」


 「嫌だな〜俺が冗談を言うと思っているのかな?」


 ユリがニコニコ、俺もニコニコ。


 今回の衣装はタキシードだった。


 露出はとても少なくありがたい服装だ。これだったら平常心を保てそうな気がする。


 早速ライムによる早着替え、そして服装に合わせるため髪型をチェンジ。


 シンプルにポニーテールで前髪を伸ばして右目を隠してミステリアス感を演出する。必要かは視聴者に聞いて。


 ミステリアスとクールを合わせたイケメン女子の完成らしい。


 サキュバスらしさってのが全くないのが逆に怖いが、個人的にこれだったら安心だ。


 長ズボン長袖ってのは安心感があるね。


 「⋯⋯でも胸元苦しいな。ライム、少し緩くしてくれないか?」


 ライムからの反応は返って来なかった。まるで屍のようだ。


 少しでも緩めようと胸元のボタンを上から二つ程外した。⋯⋯なんだろう。ドローンカメラからの圧を感じる。


 ライムがそれを認めてくれたのでありがたい。露出は増えてしまったが、このくらいなら平常心は保てるな。


 「⋯⋯あれ。やっぱり少し慣れ始めてる自分がいるのでは?」


 上胸を出すだけなら恥ずかしくないって思える自分がいる事実に泣けて来る。


 “美人な教師感が出て来たな”

 “うむうむ中々に良き”

 “また配信が出ない期間に入る前に下胸を出した魅了もして欲しいな”

 “毎日配信して欲しい”


 魅了で使う歌とダンスは第二回の時に作っていただいた物から一つを選ぶ。


 選ぶのは視聴者達に任せようと思う。


 配信アプリの投票機能を使って選択を待つ。


 集計が終わり、選ばれたその一つを魅了としてやる事になった。


 久しぶりなので一度練習してみるが、案外覚えているモノで個人的に驚きだ。


 当然練習を続けていた訳じゃないのでキレは落ちているが、十分だと思いたい。


 そして本番まで時間は流れた。


 「ずっとタキシードってのも窮屈だった。⋯⋯てかユリ、なんでカメラ持ってんの?」


 「ドローンの飛行速度では間に合わないと思ったので私が本気で撮ろうかと。ご安心を。こんな事もあろうと古くから練習しております」


 「そんな練習は要らん」


 本番に入り、俺は音楽に合わせて歌って踊った。


 練習は軽くやって本番で全力を出しているが、窮屈感が増した。


 ⋯⋯ああ、分かったぞ。


 この踊るのに適して無いレベルのサイズの理由が。


 “イケメンの笑顔は尊いのぉ。のぉ!”

 “あぁ、魂が漂白されていく”

 “合法でエロい目で見れてしまうアイドル”

 “ギャップ萌え最高!”


 “ヒップやお尻やケツが良い味を出してますなぁ”

 “サキュ兄は気づいていなかった。投票は既に決まっていた事に”

 “足を大きく動かす動作が多い歌を選びました”

 “アイドル衣装の時はパンチラを期待したが今は期待せずともくっきり美しい身体が眺められる”


 “ボタンを外して出したおっ、も圧迫されて尚良き。サキュ兄はそのおっ、に気づいてないらしいが”

 “おっと。徐々に顔が赤くなって来ましたぞ”

 “ナイスズームだ”

 “拡大縮小はAI判断だと思うけど、ピントを合わせるのはユリちゃんの実力よな”


 “全身の動きが活発になる時は全身を、笑顔を浮かべるタイミングは顔を、足技の時は斜め下から、色んな角度を手早くやってやがる”

 “一瞬で動くからラグがあんまり感じない。すげぇーな”

 “上から目線もあるから飛んでるんだよな? 羽ばたく音すら聞こえないんだが”

 “ユリちゃんが鍛えた技術が満遍なくここで使われていたりするのかな?”


 “でもなんでだろう。ユリちゃんの真剣な顔が思い浮かばない”

 “絶対下卑た笑みを浮かべてるよ。ぐへへってしてる”

 “サキュ兄の正面に行く度にサキュ兄と目が合う。口元が引きずってるよな?”

 “これはユリちゃんの視線も影響してるなぁ”


 だぁくそ。ユリが度々視界に入って上手く集中の渦底に入れない。


 深く入れば恥ずかしさも何も無くなるのに、それをユリが許してくれない。


 しかも足を上げたタイミングで確実に尻にフォーカスを当ててくるのだ。


 それがまた意識をダンスや歌から魅了にシフトさせるから困ったモノだ。


 緊張感と羞恥心、そのせいか身体が火照ってくる。


 ユリが上空から撮影する時全く翼が動かない。ホバリングの上手さがそこに現れている。そんな事のために伸ばして欲しい力では無かったが。


 不思議だ。即席で魔法で用意した証明しか無いのに。


 観客は仲間とハーピーだけのはずなのに。


 どうして、ありもしない観客達が幻覚として現れるんだ。


 しかもその全員が足を上げる度に歓声をあげている気がする。


 笑顔を作ろうと頑張るが途中で引きずって綺麗な笑みが作れない。


 恥ずかしいと心の中で感じているからだ。アイドルになりきれてない。


 完全な偶像の存在になれば良いんだ。自分の全てが嘘で塗り固められた虚実の存在になれ。


 恥ずかしがる事は無い。ただ歌って、踊って、明るく笑顔を作るだけ。


 だから、輪郭がくっきりと浮かぶヒップや露出させて揺れ動く谷間など気にする必要は無い。


 無い⋯⋯はずなんだ。


 ⋯⋯でも、やっぱし。


 無理っ! すごく気になるし恥ずかしい!


 もう嫌。このまま途中で切り上げて壁の中に埋まっていたい。遥か上空、月よりも上の空間を飛び回っていたい。


 ああああああ! 全員恨んでやるかなこの野郎共!


 “あ、恥ずかしさがピークに達したな”

 “笑みが上手くできてないせいでエロく見てるの俺だけ?”

 “サキュ兄がアヘ顔作ってる”

 “顔アップやめてくれ。真剣にサイリウム振ってたのにサイリウムを擦ってるよ全く”


 “ティッシュ箱が空になってママに怒られた”

 “妹と見てます。ズボンが痛い”

 “ユリちゃん、アヘ顔を理解する”

 “もう狙って顔見せてんだろw”


 “さすが真性の鬼だな”

 “こんなのユリちゃんにしかできねぇ。そこに痺れる憧れる〜”

 “止まんじゃねぇぞ。俺の屍を超えていけ”

 “サキュ兄、やっぱ見てる探索者配信でナンバーワンだ”


 “サキュ兄でしか得られない要素がある”

 “これ生で見れたら死んでも良い”

 “最高、でぇす”

 “脳が震える! 一部はピンピンで動かない”


 “保険の授業で扱われるアイドルがいると聞いて来ましたが合ってますか?”

 “初見です。登録しました。スパチャ投げました。ティッシュ箱買って来ました。これで勝つる”

 “そろそろ終わるのか”

 “サキュ兄、アイドル魅了慣れたと思ってたのかな?”


 “分からせ完了☆”

 “スーツだからって安心しよったか!”

 “日本人のエロティシズムを侮ったらアカン”

 “スーツはエロい、はっきり分かったね”


 今回の魅了で何を求められたか分かった瞬間からずっと葛藤していた。


 全てを忘れて苦しみから解放されようとする自分とサキュドル魅了は完遂させなければいけないと言う自分。


 魅了を始めたからには逃げられない。逃げたら、俺はアイツらに負けた事になるから。それは、悔しい。


 そんな羞恥心にまみれた時間は終わりを向けた。


 音楽が終わった瞬間、ダイヤに向かってダイブした。


 「ぐへっ!」


 このモフモフで癒されたい。


 「もういっそ殺してくれ」


 「最高でした、ご主人様」


 ニンマリとした笑みを浮かべながらカメラを向けて来るユリが誰よりも怖く見えた瞬間だった。


 そうして、クールキャラが可愛らしい笑顔を浮かべるギャプ萌とタキシードによる着エロ、歌と踊りを込めた魅了は終えた。


 徐々に増していく恥ずかしいと言う気持ち。視聴者の意図を汲み取りたく無かった今日この頃。






◆あとがき◆

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