第194話 敗北確定の勝負

 “時間あるし魅了再開だな”

 “次の魅了は何しよっか”

 “しよっかってよりさせよっか”

 “一日はまだ長いぜ”


 “虚無感は与えたくないな。それはそれで面白いが飽きが早いぞ”

 “サキュ兄も知らず知らずに耐性ができたからな。なんとかせねば”

 “全員の力を合わせて恥ずかしい思いをさせよう!“

 “サキュ兄の人気っぷりが”


 “ドラゴンとの戦いで気になって来たけど⋯⋯なんか思ってたんと違う。とりあえずアーカイブ全部見て来ます”

 “魅了された視聴者追加入りました〜”

 “ここまで映像動かない配信があって良いのか?”

 “注意、この配信の過半数はサキュ兄のメンタルが回復する時間です”


 コメントを丁寧に読み上げるユリの心はきっと鬼だろうな。


 俺の瞳から光が消え去っているにも関わらず、止まらずにコメントを読んでいるのだ。


 簡単に彼女の言いたい事をまとめれば『時間あるので魅了しよう』って事だ。


 だが忘れないで欲しい。


 確かに世界断絶計画を進める上で必要な事である。だけど、それとこれとは別の話では無いだろうか。


 一日のライブで一気に人が増えるかと言われたらそうではない。


 じっくりと丁寧に、それでいてたくさんする必要がある。


 今の同接から飛躍的に伸びるとは考えにくい。ここは魅了と言うサキュ兄のユニークな点を潜めるべきじゃないだろうか?


 登録者を増やすために限定的な魅了を繰り返す事で興味を引き、新規を増やすのだ。


 何度も何度も見せたらありがたみが無くなってしまう。


 ⋯⋯行ける。この説明ならば全員を納得させられる。


 「ユリ、俺は考えたんだ。聞いてくれないか?」


 自信が溢れた俺の口元を無意識に緩んでいた。


 「魅了に価値をつけて怖いもの見たさで初見さんを増やそうって考えですか?」


 「え?」


 ⋯⋯ユリはいつの間にか心を読む能力を会得したようだ。


 ここは違うと適当に答えて別の考えを出すしかないな。


 「主君、偉そうだとは思いますが言わせてもらいます。サキュ兄と言うチャンネルが勢いに乗ってチャンネル登録者を同時期に始めた人達よりも確実に伸びてます」


 「そ、そうだな」


 「サキュバスでありながらダンジョンに赴き剣を振るう。最初のインパクトとして常識外れの事が注目を呼びました」


 あれだな。これはド正論をかざされて俺を打ちのめすパターンだ。


 「しかし、その一発ネタではここまでは伸びてません。それが魅了の力です。魅了と言う仲間を増やす行動の一つがオリジナリティや様々な感情を引き起こしたんです」


 「はい」


 「皆はサキュ兄の魅了を求めてやってきているのです。既にそれだけで価値があるのです。そこに無駄な限定的と言うのを付け足すだけでファンの期待と信頼を裏切る行為になるのです」


 「そうですね」


 「話を簡単にまとめますね。古き良き文化はあるのです。それと同じ事です。良いモノを変えて悪くすると落ちぶれるだけです」


 「仰る通りです」


 今の視聴者は全員魅了と言うサキュ兄がやっている事が観たいから来ているのだ。


 俺の恥ずかしがる姿や悔しがる姿が観たい最低な変態達が集まっているのだ。


 ドラゴンとの戦闘も知名度を大きく上げて注目を集める結果になっただろう。


 しかし、それはユリが言ったように一発ネタに過ぎないのだ。


 「限定的、と言うのは特別な魅了な時にすれば良いのです。それがファンのためにもなります。サキュドル魅了の時のような特別感さえあれば良いのです」


 「はい」


 俺とて今の俺を好きでいてくれる視聴者の期待を裏切りたい訳では無い。そんなのは愚策だ。


 俺の夢は配信者でもあるんだからな。


 「ですが、私も主君の嫌がる事を無理強いしたくはございません。なのでここは正々堂々とジャンケンで決めましょう」


 ニコニコ笑顔のユリはとても怪しいが、悪い話では無い。


 ジャンケンならば動体視力などをフル活用して勝てる。俺には運命の魔眼もあるのだからな。


 “風向きが変わったか?”

 “え、もう魅了終わり?”

 “ユリに論破されたサキュ兄が再び生き生きしだしたぞ”

 “魅了はサキュ兄の特権だよな。俺達はそれを時間が許す限り自由に観れるのだ。感謝感謝”


 「良いぜ。ジャンケンに乗った」


 「ありがとうございます。ただ、普通にやっても私には勝ち目がありません。なのでアイリスにも参加をして貰っても良いですか?」


 「え、おれ?」


 「アイリス?」


 アイリスがゆっくりと俺達の方に近付いて来た。


 申し訳そうな表情を浮かべるアイリスに多少の違和感を覚えたが、さほど気にしなかった。


 「私とアイリスどちらかが主君に勝てば我々の勝ちで魅了。アイコの場合は続行です。ただし、長くアイコが続いても良くないこで、10回連続で続いたら主君の負け、どうでしょうか?」


 「待て。俺の勝つための条件はなんだ? ジャンケンで二対一なんだぞ」


 「そうですね。私とアイリス、それぞれ一勝したら主君の勝ち、どうでしょうか? ただし、負けたからと言ってジャンケンから落ちる訳ではありません」


 「ふむふむ」


 次にユリは両拳を見せて来る。


 「私と主君が共にグー、それでアイコは成立とさせていただきます。この時アイリスがパー以外ならアイコとして続行、パーならばアイリスに負けたので主君の負けです。これは反対にも言える事です」


 どちらも違う手を出したら勝った方と同じ手を出さないと敗北になる。アイコに持ち込んで続行か。


 いきなりの名指しで招集されたアイリスだ。不正をしようとしても俺ならば見抜ける自信がある。


 「男に二言無し、良いぜ」


 ユリは嬉しそうに身体を震わせた後、握り拳を前に出した。


 「それでは始めます」


 運命の魔眼を確認。


 『敗北100%』


 俺からテロップが伸びる。うん。使えないな。


 「ジャンケン、ぽんっ!」


 ユリが素早く進行してジャンケンは始まった。


 ユリはグー、アイリスはチョキ。なので俺はグーを出してアイリスに勝ちユリとはアイコだ。


 パーを出したらアイリスに負け、チョキならばユリに負けていた。そしたら俺の敗北だ。


 「一回目のアイコです。それでは続行です。アイコで⋯⋯しょっ!」


 二人の指先の僅かな動きから先読みして出す手を予測する。


 ユリがパー、アイリスが再びのグーだ。俺はパーを出す。


 二回目のアイコ。ここまでなら全然ある事だろう。


 二人が同じ手を出した瞬間、俺の勝ちだ。今のところちゃんと見えている。ユリが炎で加速しない限り大丈夫だ。


 そうなったら不正だと言って騒ぎ立ててやる。


 それから五回目のアイコが成立した。


 「おい待ておかしいぞ。ここまで二人して別々の手を出すなんてありえるのか?」


 「偶然ですよ。ジャンケンは基本的に無意識でやるので運ですよ。主君みたいに誰もが予備動作から手を予測できませんから」


 「⋯⋯た、確かに?」


 それから九回目のアイコ。もう後がない。


 「これを偶然と呼ぶかユリ?」


 「たとえ裏で何かあろうともここまで来て白紙に戻すなんて事、主君はしませんよね?」


 信頼と言う名の束縛で俺はこのゲームで負ける事が確定していた。


 早々に気づくべきだった。


 ユリ側の勝つルールが多いのに疑わなかった俺の落ち度か。


 しかし、まさかのここで転機。アイリスとユリが同じ手を出そうとしていた。


 俺はすかさず勝てる手を出した。


 結果⋯⋯ユリのチョキ、アイリスのグー、俺のパー。


 「なん、で?」


 「実は最初からユラを手として纏い、私の癖を覚えさせて出す手を変えてました。癖をすぐに把握する主君ならば確信してくれると思いました」


 「つまり、ペアスライムを使って癖から出される手を誤解させたと? 最後は素手か?」


 「はい。やはりアイコでは不服かと思われまして」


 敗北の方が不服なのは言うまでもないが、こうなってしまったら受け入れるしかないだろうな。悲しいけど。嫌だけど。


 「ちくしょう! ユリの鬼!」


 「今は龍鬼ですね」


 「比喩と種族が被ると面倒だな!」


 そして再び、最悪の魅了会議が幕を開けた。





◆あとがき◆

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