第192話 魔石を喰らう獣人
「私は、どうすれば良いの」
自分の部屋でただ泣き崩れる事しかできない。
キリヤが想像の及ばない危険な戦いに身を委ねているのは分かっている。
最近まで全く知らなかったし、その気配もしなかった。
それだけ周りには隠して戦っていたのだろう。
私の初めてできた友達⋯⋯そして想い人。
「強くなりたい」
彼の隣で戦いたい。守りたい。でもその力も資格も私には無い。
今までの生活が実は嘘なんじゃないか、夢なんじゃないか。
そう思いたくなる。そう思えるくらいには幸せだった。
小さい頃から探索者を目指していた私は周りから白い目を向けられた。
バカにされたし舐められた。
友達なんてのはできずにずっと孤独だった。
灰色の世界でただ探索者を目指した。それしか何かをやりたいと思えなかったから。
そんな世界は最近ずっとカラフルだ。
キリヤと出会って、同世代で同等以上に戦える相手に巡り会えた。
彼は特別な技を使っていた訳じゃない。
基本を突き詰め、鍛えた全てを用いて戦ってくれた。
嬉しくて、心の中でワクワクとした高揚感が広がっていた。今にして思う。
最初はただ強い人としか認識していなかった。
だけど模擬戦を繰り返す度に強くなった彼と戦うのが楽しかった。
彼ともっと話したい。彼ともっと戦いたい。
どんどんと彼を知りたくなって、近づきたくなって。
気がついたら孤独だった私に親友ができた。
私が気づくのが遅かっただけで、初恋は早かったかもしれない。
⋯⋯そんな相手は今、戦っている。
自分が魅了した仲間達と共に。
「私も、一緒に」
机の上に置いてある大きな魔石を手に持つ。
友達の領域を超えた関係に成りたいと思いながらも肝心な所で踏み込めないし邪魔が入る。
だけど、このままじゃ私は間違いなく後悔する。
私は自分のためにキリヤと戦いたい。
「龍の魔石⋯⋯だっけ」
数日前、雷のドラゴンがキリヤの手によって倒されたその日だった。
避難所から解放されて家に帰った私。
無力感に苛まれてクヨクヨとしていた時だ。
影が揺れて中から禍々しい角を持った鬼がにゅるりと現れた。
サキュ兄のチャンネルを見ていたので、それが誰かはすぐに分かった。
ローズだ。
『ユリ様から貴女宛に。もしも主人と共に抗う覚悟あるならば、有効活用しなさい、と』
ゴツンと放置された両手サイズの魔石。
中を見ればビリビリとした電気の塊が迸っている。
戦う覚悟はもちろんある。探索者になると決めた幼き時から。
だが問題がある。
それは魔石を有効活用する方法が分からないと言う事だ。
魔石は生活用品や武具に活用されたりと色々な用途がある。
だが、生身に使う事は基本無い。
あるとしても魔族の種族が摂取して力を上がる時くらいだろう。それでも微々たるモノらしいが。
残念ながら私の種族は獣人なので摂取できない。
「でも⋯⋯この力があれば」
中にある雷の魔力は絶大だ。
これ一つで国が大金を積み上げて購入する程のエネルギーがある。
一家庭で使うなら数十年分のエネルギーをこれ一つで賄えるだろう。
電気、水、様々なエネルギーにだ。
それだけでも億は軽く超える代物。
これ程までに貴重で絶大な力を手に入れる事ができれば、間違いなく戦える。
私はまだ一度も種族の進化を経験した事が無い。できるかも分からない。
「⋯⋯欲しい、この力が」
私は種族になる。
この状態でも魔石は魔石と言う認識でしかなく、力を上げる素材にも感じない。食べるなんて考えるだけで拒否反応が出る。
目の前に渇望する力の源があると言うのに活用方法が分からない。
もしかしたら取り込んだ瞬間に耐えられずに身体が朽ち果てるかもしれない。
「それでも、何かを犠牲にする覚悟が無いと、前に行けない」
小中とろくな思い出は無いが、その分高校生の思い出は色鮮やかでたっくさんある。
キリヤと共にした色々な初めて。キリヤのおかげでできた初めて。
その思い出をもっと増やすために、この力が必要なのだ。
「落雷の速度⋯⋯人間の種族の限界を超える力」
私は魔石を自分の口元に運び、大きく開ける。
限界まで開けてから、勢い良く閉じる。
ガリッ。
「ッ!」
歯が痛い。魔石には傷が入ってない。
だけど続ける。この魔石を喰らう。力を喰らう。
手に入れたいのだ。
単純かつ最短で力を得るには喰らうのが早い。
エネルギーが外に逃げないように素早く喰らう。
「ぐっ」
口の中から血が飛び出て机にかかる。だが気にしない。気にしてられない。
犬歯が先に砕けたが、魔石にはヒビが入った。
とにかく噛み砕き、削った魔石を無理矢理飲み込む。
もちろん食べ物では無いため拒絶反応が現れるが、抑え込む。
魔石が胃に向かって進むのが分かるくらいに熱を帯びている。
熱い。痛い。苦しい。
もう止めたいと思える程の様々な感覚に襲われる。
だけど不思議と込める力は上がっている気がする。
たとえ歯が全て砕けようともこの力を手に入れる。その強情なまでの欲望が私の背中を押す。
中心に差し掛かった所でサイズは手の平サイズ。無理矢理詰め込めば飲み込めるサイズだ。
実際それをやれば喉が受け付けずに吐き戻すだろう。それは魔石だからではなく大きさ的問題だ。
人間の身体ならばそのくらいのサイズを飲み込むのは無理。魔石なのだから尚更だ。
でも私はそうする。一気に終わらせる。
「私は力が欲しいんだ」
歯が無くなった分入れ易い魔石を口の中に詰め込んで行く。
脳がそれは食べ物じゃないと拒絶し、身体の奥底から押し返そうとする。
息苦しく成り呼吸ができなくなる。
同時に苦しさにより涙が流れるが、それでも私の中にある欲望が手を動かす。
強制的に奥に流し込んだ魔石は抵抗を諦めたかのようにすんなりと喉を通過する。
内臓に対して巨大な魔石が身体の中を流れると言う奇妙な感覚。
吐き気が襲って来る。耐え切れずに吐き出しそうだ。
口で抑え、手で抑えても、腹の奥から這い上がって来る物体は大量で抑えきれない。
口いっぱいに広がる苦味と嫌悪感。
だが吐き出したらきっと出て来る。今も腹を下る魔石が飛び出て来る。
それはエネルギーを逃がすと同じ意味だ。そんなのは許容できない。
だから、飲み込む。飲み込んでやった。
嫌悪感も何もかもを飲み込んだのだ。
「⋯⋯はぁ、はぁ」
苦しさから僅かなる開放感を得たと同時に肺の中に流れ込む空気。
代わりに吐き出される不要な空気が鼻腔をくすぐり、鼻をつまみたくなる異臭を感じ取る。
それが自分の口の中から広がる事実が凄く嫌だ。
「はは。口の中が臭いのが嫌だって⋯⋯私も一端の女の子みたいだな」
乾いた笑みが浮かんだ。鏡に映る自分の顔は酷い。
腹の中で落ち着いた魔石。
ドクンッ!
「かはっ」
心臓が強く跳ねたのか、魔石が鼓動したのか。
分からないが血液の逆流が急速に行われて堪らず吐き出してしまう。
「ああああああああああ!」
脳内に広がる激痛に床を転げ回る。
「あああああ!」
言葉に成らない声を張り上げて暴れ回る。
肉が骨が細胞が、全てが自分から離れていく様な感覚。
筋肉痛や骨折と訳が違う。全身から悲鳴を感じる。
止まる事の無い地獄の苦しみを味わっていると、いつの間にか太陽が「おはよう」と空に顔を出していた。
「⋯⋯なんとか、耐えた」
意識が飛びかけたのは何回もあった。だが、きっと意識を落としたら私は戻って来れなかった。
苦しみに耐える事はできたが、溢れ出る力が上手く制御できない。
身体から放出される電気のせいで家が停電する。
防音性能が高かったお陰で両親に昨晩の事は気づかれて無いようで安心した。
「うっ」
今目の前にある物全てを破壊したい。そんな衝動に襲われる。
魔石の中に残っていたドラゴンの残留意識が私を呑み込もうとする。
「おち、つけ!」
種族を解除して人間の状態に戻る。
全身がビリビリして普段の動きができない。しかし、学校に行けない程では無い。
人間状態なら破壊衝動も現れないようだ。
「種族になる度にあの衝動に襲われるのか? これはしばらくダンジョンは禁止だな」
でも、それでキリヤと共に戦える力が手に入るなら構わない。
私の全てを懸けて、彼と共に歩む覚悟だ。
きゅるる、とお腹がなった。
歯は再生しているっぽいし、問題ないだろう。
「朝ごはん、食べに行かないと」
◆あとがき◆
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