第191話 ナナミからの相談事
夏休みが終わりを迎えて新学期がやって来る。
早々に寝坊しそうなアリスを起こして、学校に行く準備を手早く終わらせる。
「色々あったのに起こしに来てくれてあんがとね」
「色々あったのに未だに寝坊しそうなお前の精神は見習わないとな」
「えへへ。照れるなぁ」
「褒めてねぇよ貶してんだよ」
「またまたご冗談を〜」
コイツには何を言っても意味が無いと知っているのでこの辺で話は切り上げる。
校門を通過すると、正面にナナミの姿が見える。その背中は丸く感じた。
雷の龍襲撃の時以来メッセージでのやり取りもしてない。なんとなく気まづいな。
回復したら何か話すべきだった。
「ナナミンおっはよ!」
「おはようアリス⋯⋯キリヤも」
目を合わせようとしたナナミだったが、ギリギリの所で止めた。
地面の方を向きながら空元気の挨拶を受ける。
見るからに元気が無い⋯⋯身体の調子の方は大丈夫そうだが精神的な問題があるのだろう。
それも当然か。自分の命があと一歩で失われていた可能性があるのだから。
『なんかズレてるような⋯⋯』
「おはようナナミ。元気だったか?」
「うん。すこぶる元気だよ。⋯⋯キリヤの方は、その。大丈夫?」
「うん。大丈夫だ」
その後の会話が続かず、俺達は無言のまま教室へと向かった。
始業式だけで今日は終わりなので、ダンジョンにでも行こうかと考えている。
ツキリの考えている全世界断絶計画の始めの目標、全生物の魅了。
そのためには配信をしないといけない。それ以外にも手を打つ予定だ。
本当は死ぬ程嫌だが、背に腹はかえられぬ。
今は龍の襲撃もあって認知されている。流れで見に来る人だっているはずだ。
チャンネル登録者を一気に増やすチャンス。
ダンジョンへと足を運ぼうとしたら、ナナミから相談したいとスマホの方にメッセージが来た。
待ち合わせ場所は屋上だ。
学校の屋上は入るのが禁止されており、扉の前も頑丈な鎖で封鎖されている。
鍵だけではなく鎖もあるのだ。
「どうやって屋上に行けと言うんだ」
露出している配管を利用して登る事にした。
屋上までは届いてないので、そこからは僅かな隙間に手を入れたり足を使ったりして登った。
人目に見つからないと良いけど。
『種族かライムで行けば?』
「えーそれだとつまらないやん」
『あほくさ』
屋上に登り切ると、ナナミが既に待っていた。
「おまたせ」
「わざわざ壁から登って来たの?」
「むしろナナミはどうやって来たの?」
ナナミはおもむろに握っている鎖を俺に見せつけて来る。
気になって仕方ないので俺は扉の方を見ると、しっかり開いていた。
「壊したの?」
「後でまた着ければ良い。拘束の魔道具が使われていたけど劣化してたからバレない⋯⋯と思う」
「そ、そっか。うん。罰を受ける時は俺も一緒に受けるよ」
共犯者だからね。
閑話休題。ナナミが相談したい内容を聞く事にした。
「雷のドラゴン、あの戦いを見させて貰った」
「そう」
「⋯⋯私は、キリヤの助けに成りたい。一緒に戦いたい」
二人してフェンスに背中を預けて、ナナミの話に聞き耳を立てる。
あの戦いを見てもナナミは俺と一緒に戦いたいと言ってくれる。
それは心がほんわりと温まるくらいには嬉しく優しい言葉だった。
だけど、それはダメだ。
「無理だ。ナナミ、君は強い。だけどこの戦いには力不足だ」
「うん。分かってる。私、全力で集中してあの戦いを見ようとしたの⋯⋯でも、見えなかった。速すぎて、見る事ができなかった」
その時に感じたのはきっと、無力感だろうな。
同じ様な強さを持った俺に興味を抱いたのが始まりだ。
昔ならば確かに一緒くらい⋯⋯ナナミの方が強かったかもしれない。
だが、短期間で俺は強くなるきっかけやチャンスを反則的に得た。
その結果、ナナミを遥かに超える力を手に入れた。
同じレベルだと思っていた友達が何レベルも上がっていた場合、どれだけの劣等感を抱く事だろうか。
「ナナミの気持ちは嬉しい。だけど、戦う事は無い」
「私が、弱いから?」
「⋯⋯そうだ」
ここはハッキリ言うべきだ。曖昧な返事をしてナナミをこっち側に招いくのはよろしくない。
この戦争を背負うのは俺だけで良いのだ。
ナナミが背負う事じゃない。それに彼女は魔王後継者にも成れない種族だ。
なおさら関わるべき事案じゃない。
「友達として一緒に戦いと願ってくれるのは嬉しい。だけど、いやだからこそ。友達として、ナナミには死んで欲しくない」
この戦いに参加すればナナミは確実に命を落とす。それが分かっているから出る言葉。
それで嫌われるならむしろアリだ。
「違う。そうじゃない。友達だから一緒に戦いたい訳じゃない」
ナナミは俺の肩を掴んで引き寄せる。
咄嗟の事で反応ができず、目と目が合う。
逸らそうと考えるが、ナナミの獲物を捉えたような鋭い視線がそれを許さない。
無言の圧力と言うのだろうか。形容しがたい圧により動けない。
「戦いたい。一緒に、ずっといたい。ダンジョン行ったり、魅了見せて貰ったり、闘ったり、鍛えたり⋯⋯この学校に来てたから沢山の楽しいをくれた君とこれからも楽しいを感じたい」
「ナナミ⋯⋯」
鋭い眼差し。だが、確実に潤んでいる。
目を開け過ぎて涙が出て来る訳では無いのだろう。
俺の肩を握る力が数段上がる。
「私はきっと君とじゃなきゃ人生全力で楽しめない。どんな苦難だって構わない。それが探索者だ。ピンチの時こそ互いを信じる関係でありたい」
「ナナミ⋯⋯」
「キリヤ、私は⋯⋯」
二人して言葉を出そとした瞬間だった。扉の向こうから声がかけられる。
「そこにいるのは誰だ!」
きっと教師だろう。
俺は種族になってナナミを担ぎ空に飛んで、ナナミの家に向かった。
抱えているナナミの身体が熱い様に感じる。心臓の鼓動はどっちのモノか。
それを考えないようにしながら、送り届けた。
「ありがとう」
「ああ。それじゃ、また明日」
「うん。また明日」
ナナミが家の中に入って行くのを見送ってから、自分の額に手を押し付ける。
「俺は⋯⋯何を言おうとしたんだ」
もしもあのまま行けばきっと引けなくなった。
冷静になれ。
もしもその言葉を出した時、俺の決心は緩むかもしれない。
「今の状態が一番覚悟が決まってる⋯⋯下手な事をするべきじゃない」
その言葉を出す事があるとすれば、平和が訪れたと感じた時。
運命の魔眼が死亡を示さなくなるその時だ。
センチメンタルになった俺はダンジョンに行かずに家に帰った。
既に始業式を終えたのか、マナがソファーでくつろいでいた。
「兄さんなんかあった?」
「⋯⋯あの龍戦程の事は無かったよ」
強いて言えば、レイの事くらいか。
「つまりは何かあった訳だ。聞くよ暇だから」
「大丈夫だよ。これは俺の問題だから」
マナは目を細めて怒りを見せて、俺の腕を引っ張ってソファーに無理矢理座らせる。
「何かあるなら話しなさい。兄妹なんだから、話くらい聞けるよ。一緒に背負う。一人で無理しちゃダメだよ」
ユリ達もいるし、別に一人では無いんだけどな。
いや、ナナミの件に関しては頼れない事だからな。
自分で解決しなくては成らない問題なのは確かだ。
⋯⋯でも、話さないとマナは解放してくれないだろう。嘘は通用しない。
「⋯⋯俺のやろうしている事は前にも話した通りだ」
「うん。おぼれげながら記憶してるよ」
「相当危険な事だ。龍の襲撃を知っているなら分かるだろ?」
「うん。世界規模だった。兄さんがあんなのと戦っているの、今でも信じられない。できれば止めて欲しい」
それはできない事だ。それが分かっているから、マナは強く咎めない。
俺を逃がさない様に捕まえている裾に込める力が強くなる。それだけで、嫌なのは伝わって来る。
「その戦いに俺と一緒に戦いたいって言ってくれる人がいるんだ。どうしたら止められると思う」
「止める必要があるの?」
「もちろんだ。この先の戦いはとても危険なんだ。戦わせたくない」
「それは相手も同じだよ。自分だけが思っている訳じゃない。⋯⋯それが答えじゃない? 危険だから守りたい。止める事ができないなら、一緒に戦おう。そう思ってるんだよ」
「どうしようも無いのか?」
「それは分からないよ。ただ、兄さんは兄さんの道を行けば良い。だけど、共に戦い程に心配している人はいるって事を忘れないでね」
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
魅了まで長くて申し訳ございません
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