第181話 龍の力を得し鬼
「倒す? 君が?」
「【爆炎陣】!」
周囲を包み込む炎が大量のネズミを焼き尽くす。
大群を殲滅させる魔法を一人で展開する。
それでもへっちゃらな様子から魔力はかなりあると思われる。
英雄の警戒心も上がる。
「てか、その剣はエンリの魔剣だよね。なんで敵であるお前が使える?」
「何か熱い想いが気に入ったとか言ってる。⋯⋯形が私のために変わってるし使ってるけど」
「ふーん。エンリ以外に懐かなかった剣がね。⋯⋯裏切り者として壊しても問題ないって事だね!」
まるで人物かのように扱う。
魔剣、それは意志を持った剣である。
魔剣単体で特殊な能力と膨大な魔力を秘めており、認めた相手以外には扱えない。
きちんとした性格も存在し、魔剣の気分次第では本来のスペックが出せない可能性もある。
そんな不安要素を持ちながらもユリは魔剣を扱う。
「まぁ良いや。どこまでやれるかな!」
音色が重なり巨大なネズミの大群が押し寄せて来る。
その中には『我が子』と言われた特殊なネズミも含まれている。
「熱い」
ユリの中を巡る炎。
それは生み出した炎を貯蓄し扱う器官が無いから起こる事。
龍の力を手に入れた鬼。中途半端な進化による弊害。
「だけど、使いこなしてみせる」
大きく息を吸う。
「【火炎息吹】」
口から炎を吐き出して巨大なネズミを灰燼に変える。
特殊な巨大ネズミは残り、小さな前足のパンチを叩き出す。
「むっ」
「これがアイリスを突き飛ばしたパンチか?」
見事に手で掴み、力を込めると炎が灯る。
炎は手から全身へ回り巨大なネズミを包み込む。
「あーあ。僕の子が」
「あまり寂しそうに思えないな」
「補充は可能だ」
「⋯⋯お前は嫌いだな」
大太刀を握り、再び大振りで振るう。
炎が斬撃を形成して飛翔し残ったネズミを切り裂き燃やす。
ユリの力を観察して英雄は理解する。
「お前、まだその力に慣れてないな?」
「さぁどうかな」
言葉を出す度に炎がチョロチョロと出ている。
「中にある魔力を上手く扱えてない。だから先程から火力のゴリ押しになってるんだ。精密な攻撃ができない様では⋯⋯勝ち目は無いね」
水色の毛並みを持つ巨大なネズミが召喚される。
口の中に水を溜めて、放つ。
「そんなモノ!」
蒸発させるためにブレスを放つと英雄が肉薄していた。
大太刀を構えようとしたが遅く、発勁がユリを襲う。
内蔵が破裂したかのような感覚に吐き気を覚え、炎を吐き出す。
「うん。僕が直接戦った方が良さそうだな」
「ぐっ。ああああ!」
黒い模様がユリの身体を蝕む。
ローズが急いで血を与えようとしたが、必要無いと知る。
ユリが炎に包まれたからだ。
中にある菌を燃やしているのだ。
「正解よ。私はまだ上手くこの力を扱えてない」
「でしょ?」
「でもね、それだけなんだよ」
足に炎を集約させて放出する。
それによって生み出される爆発力を利用した超加速。
翼だけでは出せない超スピードを持って英雄に攻撃する。
僅かな慢心が微かな油断を呼び、英雄の右腕は切り飛ばされる。
大太刀と言う大きな武器を扱うのは英雄の言った通り高火力を広範囲に叩き出すためだ。
だからと言って力任せに戦う訳では無い。
英雄は知らない。
元々ユリは魔力を持たず、己の技術だけで戦っていた事を。
「ははははは。これは驚いたな。圧縮はできるんだね」
「⋯⋯え、ええ」
「ん?」
腕が複数のネズミに分裂し、集まって再生する。
切断面に炎を移したはずだが燃えている様子は無かった。
「エンリの力を半分近く扱えてるんだね。どうやって取り込んだの? 龍の力を取り込もうとしたら身が持たないよ。特に君のような弱い魔物の魂じゃね!」
「確かに、全てを取り込むと私の身体は粉々に砕けていたでしょう」
英雄の興味が全てユリへと傾いた。
ユリの心に合わせて身体から放出される炎の火力は増して、魔剣もその姿に喜ぶかのように燃え上がる。
「私に必要なのは進化するための魔力、そして強くなるための魔力。重要なのは『龍の魔石』では無く『龍の魔力』」
「うんうん」
「器の無い私が魔力を取り込む方法は凄くシンプルだった」
「時間稼ぎに乗ってあげるのは良いけど、結論から話してくれると嬉しいな。魔石無いのは初耳だけど」
ユリの魔石は進化の過程で失われており、魔力を貯蔵できる場所が無かった。
魂の器が限界に達して進化する事ができない身体。
ならばどのようにして魔力をその身に手にしたか。
「魔石が無いのなら、私が魔石に成れば良い。私そのモノが魔力を溜める器官に成れば良い」
「へぇ」
興味深い、それに尽きるだろう。
自分を魔石として龍の魔力を手に入れた。
「でも、それって魔力を操る器官が無いんじゃないのか? 『溜める』と『扱う』は別物だよ」
「ええそうね。でも時期に問題なくなる。なぜなら、私の憧れは魔法を使うから」
ユリが再び臨戦態勢に入る。
「種族名とか決めているの?」
「⋯⋯龍鬼」
英雄がフルートを取り出し、自分の力で音を鳴らした。
フルートから溢れる魔力が英雄を優しく包み込む。
「⋯⋯何をしている?」
英雄の奏でる音は本人だけが聞ける特殊な音だった。
過去、その音でネズミを村から追い出したとされる。
過去、その音で子供達を操り行方不明にしたとされる。
操るための音を今では自分を強化する魔法に変えている。
いや、操ると言うのは間違っていないのかもしれない。
「【
自分の考えたままに身体を動かす事のできる力。
思考に身体が追いつかない事は多々あるだろうが、これはその思考に無理やり身体を追いつかせる事ができる。
自身を自分で操り人形にする魔法。
「それじゃ、終わらせようか」
「【
ユリが全身に炎を纏う。
同時に動き出したそのスピードはキリヤに迫っている。
攻撃を命中させ、相手を吹き飛ばす。
追撃の手は緩まず、大量の手数で攻撃する。
防御するが破られ、諸に打撃を受ける。
「かはっ」
数々の攻撃に立つ事が難しく、地面にゆっくりと倒れる。
そんなユリを見下ろす英雄。
「ユリ様!」
「この程度か。少々残念だったよ」
「【炎柱】」
「おっと」
足元から伸びる炎を回避する。
「ぺっ」
立ち上がり、口の中に溜まった血を吐き出す。
傷を負った箇所に炎が灯り身体を再生さて行く。
「再生能力か。⋯⋯でもそろそろ限界なんじゃないの?」
「どうだろうね」
「強がりは良いけど残念なお知らせだ」
大太刀を構えているユリに英雄は悪魔のような凶悪な笑みを浮かべた。
絶望の顔が待っている。さぁ歪め。恐怖に打ちひしがれろ。
その気持ちが昂り出た表情。
「僕はまだ、全力を出していない。そして今から全力を出す」
さあ、さぁ!
今かと今かと絶望する顔をするユリを待っている。
前髪が風に揺らされて見えたユリの顔は⋯⋯気高く微笑んでいた。
「それは良い。この程度で本気だったら私も拍子抜けだ」
「は?」
ユリは剣道のように大太刀を構え、魔剣に指示を出す。
普段使い慣れている日本刀のサイズに。
手に馴染む重さと大きさ。
「来るが良い」
「⋯⋯つまらないなそれはさ! 【勇者覇気】」
灰色のオーラを纏う英雄が一歩、前に出る。
刹那、ユリに肉薄した英雄がフルートを突き出す。
「ぐっ」
魔剣で防ぐがその力は絶大。押し込まれる。
「ほらほらどうしたの! 攻撃して見ろよ!」
「がはっ。うぐっ。げほっ」
何度も何度も攻撃を受ける。
「ユリ様」
強いキックを受けて遠くに飛ぶ。
刀を支えにしてゆらりと立ち上がる。
「まだ立つの? 諦めろよ」
「⋯⋯完成だ」
「ん? 何ボソボソと」
「龍鬼として、ようやく私は完成した!」
攻撃を受ける事により自然再生能力を発動させる。
そこに魔力を流す意識をずっと繰り返していた。
本来必要な分を越える過剰再生を起こす。
本来必要な器官を作り出すために。
「ふぅ。お望み通り終わらせよう」
炎を貯蔵する必須の器官を再生能力により完成させて完全体となる。
内部を駆け巡る炎を操る事ができるようになり、同時に魔力も制御ができる。
並大抵の攻撃じゃ再生能力は発動しないから、英雄と言うベストな相手を利用したのだ。
ユリの全身を巡る魔力が高まる。あまりの質量に耐えられず外に放出する。
それもまた再生能力と組み合わさり、新たな翼を生やす。
キリヤと同様に四翼となったユリ。
足裏と翼に炎が集まる。
「【黎明】」
おもむろに刀に炎が灯る。
「ふん。速攻で終わらせてあげるよ」
英雄が加速する。
「
超加速による超スピードから振るわれる灼熱を纏う刀が一振、振るわれる。
ユリの出せる最速は英雄が認識できない領域へと達していた。
僅かに、ほんの一瞬だったが、ユリが完全な炎に同化しているように見えた。
魔法そのモノに近い状態になるのは雷の龍が電撃となって移動したのと同じだ。
そこまで力を手に入れた事になる。
最早今のユリならば単騎で炎の龍と対等レベルには戦える程に強い。
「クソっ」
「侮り過ぎたようだな」
「そんなんじゃ、ない」
身体を切断された英雄は地面へと倒れる。切断面は燃やされて再生も阻止される。
時期に完全な死が包み込むだろう。何より、英雄を嫌う存在が月には住まう。
「仲間達よ、主君のために強くなれ!」
ユリの咆哮が月全体に響き渡り、影響を及ぼす。
手始めにと言わんばかりに、ホブゴブリンがオーガへと進化する。
筋骨隆々の鬼達が生まれたのだ。月の上で。
「私は主君の加勢に向かう。ローズ、この場は頼んで良いかな?」
「はい。はい! 行ってらっしゃいませ。ユリ様」
「ありがとう。行って来ます!」
憧れに飛躍的に追いつくために手に入れたスピードを持って、地球へと飛び立つ。
◆あとがき◆
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