第180話 誠の敗北

 「行くぜゴラァ!」


 アイリスとソウヤが同時に突っ込み斧で攻撃を仕掛ける。


 笛で防がれ、巨大ネズミの攻撃に襲われる。


 「アイリス!」


 「無事だ!」


 「俺の心配は無しかよ!」


 吹き飛ばされたアイリスを心配するローズ。


 浮遊する笛の防御は鉄壁と言う言葉が相応しく、突破は難しい。


 しかも本人はまだまだ余力を残している様子だ。


 (脳筋共が特攻しても砕けない笛か⋯⋯どんだけ硬いんだ)


 別の世界の鉱石の硬度が気になるローズだが、今は考えないでおく。


 上空から突き落として加速させ強い攻撃を叩き込む方法も考えたが、残念ながら結界の外は無重力空間。


 難しい可能性を考えて早々に諦めた。


 大量のネズミを召喚する英雄だが、本体があまり戦っていない。


 全力を出す前に倒し切りたいと考えるが、やはり難問は笛の盾。


 大量のネズミを召喚する笛と巨大なネズミを召喚する笛。


 「まずはコレで」


 巨大なネズミの片足だけを毒により殺しバランスを崩す。


 体勢の崩れた英雄に向かって再び脳筋二人が接近する。アイリスは片手で斧を握る。


 山を真っ二つにする威力を誇る攻撃に対して再び崩御を取る。


 「アイラ!」


 アイリスがペアスライムの名前を叫ぶ。


 防がれたと同時に手を放して下がりつつ、反対の手を後ろに伸ばして斧になったアイラを掴む。


 落下の勢いを乗せた斬り上げが英雄を襲う。


 「くそっ」


 「ふぁふへんはね」


 口で止められてしまう。


 だが、アイリスが生み出したチャンスは大きくソウヤとローズが接近していた。


 例え英雄だろうがローズの毒が入れば致命的になるだろう。


 赤き閃光が二本走る。


 「クソっ」


 「おいおい」


 宙を踊る血飛沫は小さな身体から出ていた。


 ネズミを召喚して盾にしたのだ。


 召喚したネズミは最早仲間とかではなくただの道具。


 そう思っているのだろうと容易に想像できるやり口。


 「⋯⋯あらま。君は危険だな」


 その一匹が毒に侵された所を見てローズが危険な存在だと認識する。


 強烈な殺気を纏った笛の一撃がローズの腹を貫く。


 「がはっ」


 痛みなど感じずに瞬時に再生する身体。


 しかし、ローズは吐血した。強烈な痛みに悶絶し地面に落下する。


 ローズを喰らおうと集まるネズミをソウヤが薙ぎ払い、アイリスにパスする。


 「どうしたローズ!」


 「分からない。な、んだこれは」


 攻撃を受けた箇所から黒い模様が広がって行く。


 蝕むウイルスに苦しむローズ。


 「黒死病ペストか?」


 「大丈夫なのかローズ!」


 「問題ない。どんな菌だろうが時期に抗体ができる。アイリス、今は奴との戦いに集中しろ!」


 目を見開いたローズの必死さが伝わったのか、アイリスは戦斧を握って再び接近する。


 「特攻が好きみたいだね」


 同時攻撃も防がれると分かっているのにわざわざ同じ事はしない。


 そこまでアイリスもバカではなかった。


 「オラッ!」


 アイリスは自分の武器である斧を投げた。


 投擲に寄って風切り音を出しながら突き進む斧を笛で弾く。


 「ほら、もういっちょ!」


 ペアスライムによってできた斧を投げて、空気を蹴り接近する。


 「無駄なのに」


 投げた斧が弾かれるのは織り込み済み。


 本命はソウヤが作った血の斧での攻撃だ。


 服の中に仕込んでいた血が巨大な斧を構築する。


 同時攻撃する度に密かに仕込んでいた血。


 「潰れろや!」


 家屋を丸々呑み込む巨大な戦斧が英雄に向かって垂直に落とされる。


 月を穿つ一撃。


 「やったか?」


 ソウヤが緊張しながら呟く。それに対しての返事はなかった。


 勝利したかと安堵しようとした瞬間、大量のネズミがアイリスの背後に党を作る。


 その中から手が伸びてアイリスの首を掴んだ。


 「アイリス!」


 「うん。今のは少しびっくりしたよ。でも、それだけだ」


 「ぐあああああ!」


 「アイリス、から手を離せ!」


 ローズが立ち直りアイリスを助けに向かう。


 突き立てる血の刃に合わせてアイリスを盾に前に出した。


 その事に驚く事無く、冷静にアイリスごと突き刺す。


 「おや。仲間じゃないのかい?」


 英雄はバックステップを踏みながら巨大なネズミを召喚して再び上に。


 「ゴホゴホ。助かったぜ」


 「良かった。無事で」


 ローズが突き刺した場所は痕跡無く再生しており、同時に英雄の扱う病気の対策も仕込んでいる。


 刺された瞬間は痛いが麻酔のような毒もあり、注射針に刺された程度の痛みしかアイリスは感じていなかった。


 ローズの事だからと、特別慌てる様子も無い。


 信頼関係があったからこそ、アイリスごと貫く選択ができたのだ。


 「いちいちネズミの上に行きやがって。そんなに高い所が好きかよ!」


 「僕は見下ろすのが好きなんだ。ネズミのように群れを成してゴミのように動き回る有象無象を見下ろすのがね」


 「ローズ。アイツ性格悪いぞ!」


 「容赦の欠片も無く、交渉もせずに襲って来る奴の性格が良いと思っているのか!」


 ソウヤが手数で攻めるべく血の槍の雨を降らせる。


 合わせるようにローズとアイリスが進む。


 「アイリス、上に乗れ!」


 「了解!」


 翼を広げたローズの上にアイリスが乗る。


 「突っ込む!」


 血の雨なんて気にする事無くローズは英雄に向かって一直線に進む。


 アイリスの斧にローズの血が合わさる。


 「蘭摧玉折らんさいぎょくせつ!」


 飛行速度を乗せた敵を粉砕する一撃。


 「無駄だって!」


 「俺はバッティングセンターでホームラン出した事あるんじゃ!」


 今回のアイリスは攻撃よりも吹き飛ばす意識の角度で振るっている。


 邪魔な防御を成している笛を弾く。


 「その程度で僕の力が緩むと思ってるの?」


 「できないと思って攻める奴は雑魚なんだよ!」


 できる、そう自分が信じる事こそが技を打つ上で最も重要な事だ。


 己を知り、己を信じる。


 そこにこそ技は存在する。


 「邪魔な笛はどっか行けよ!」


 「何っ!」


 浮遊していた笛を吹き飛ばす事にアイリスは成功した。


 すぐに戻そうとするがソウヤが止める。


 血の雨を降らせているのは上半身のソウヤ。


 笛を捕まえて止めているのは下半身のソウヤだ。


 「ローズ、行っけ!」


 ローズを蹴飛ばし加速させる。


 刀を血で形成したローズは敵の首を狙って薙ぐ。


 防御も間に合わないだろう一撃。口で挟んだ瞬間中に毒が流し込まれる。


 回避すら間に合わないタイミング。


 「死ねえええ!」


 ローズの凶刃は英雄の首に届いた。


 正確に捉えて確かに届いたのだ。相手を必滅させる絶対的な毒を持った凶悪な刃が。


 しかし、通らなかった。


 皮一枚貫く事ができず、ふにゃりと柔らかい肌で止められている。


 「どう言う、事だ」


 「単純だよ。魔法を使った僕の防御力が君の攻撃力を上回った。ただそれだけの話」


 「そん、な」


 ローズの攻撃力は低い。


 元々はテクニックで様々な手札を使い戦うのだ。


 本来力押しのようなマネは苦手とするローズ。


 だからだろうか。相手の皮膚を貫く事ができなかった。


 もしも英雄が生身であったとしても、ローズの攻撃は届かない事になる。


 ならばどうするか。


 とても簡単だ。誰でも分かる。


 攻撃が通る奴に託せば良い。


 「トドメだ!」


 「俺もいるぜ!」


 アイリスとソウヤが再び肉薄した。


 彼らの力はローズに勝る。武器に纏わせたローズの血が入れば勝機はある。


 「頑丈な奴らよなぁ」


 三本目の竹笛が虚空より現れ、斧が届くよりも先に鳴った。


 魔法陣が展開され中から巨大なネズミが出現。


 「殺れ。『我が子』達」


 巨大なネズミは後ろ足で立ち、短い前足でパンチ。


 可愛らしい小さな前足でのパンチ。


 それは見上げても見えぬ山頂を持つ山を軽く粉砕する程の火力を持っていた。


 ペちっ。


 アイリスとソウヤはそれだけで月を半周するレベルで飛ばされる。


 結界により阻まれたが、アイリスは意識を失っている。骨もボロボロで再起不可だろう。


 ソウヤの方は再生は可能なはずだが立ち上がる気配が無い。


 理由としては強烈な痛みを与える魔法を巨大ネズミが使っていたからだ。


 脳が活動を停止させる程の激痛を与える事でシャットダウン。戦線離脱させる。


 復活される前にトドメを刺す必要があるが、英雄にとって優先順位はローズ。


 異世界でも未知の毒物を操るローズに興味が湧いたらしい。


 「お前は連れて行こう。今は眠るが良い」


 頼みの綱である火力に秀でた二人が撃沈した今、ローズに打つ手は無かった。


 睡眠魔法を展開しながら項垂れるローズに手を伸ばす。


 「⋯⋯クソっ」


 心が負けた時、真の負けとなる。


 そしてローズは今、真の負けを経験している。


 相手の力の半分も引き出す事ができなかった敗北。


 「最後に良い事を教えたげる。僕って英雄の中で強い方なんだ」


 魔法が完全に展開される。


 「⋯⋯いや、助けて、アイリス」


 睡魔に襲われ始めるローズ。


 その肌にマグマのような熱を感じた。


 「【爆炎剣】!」


 灼熱の炎を纏う身長並の大太刀を大振りで振るい英雄を離す。


 魔法をキャンセルさせる事に成功した。


 「⋯⋯ユリ、様」


 「待たせたね」


 息を吐けば炎を出し、紅くゴツい二本の角が額から生え。


 身長は高校生並になりキリヤと並ぶだろう。


 巫女服の背中からは龍のような鱗に覆われた翼が生えている。


 紅色の髪は腰まで伸びており、瞳は猫のような細長い瞳孔がある。


 そのあまりにも大きな背中に、ローズは安心感を覚えた。


 「何者だ。貴様は」


 「私か? 私は、主君の剣としてお前を倒す者だ」




◆あとがき◆

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