第179話 動き出す世界の前触れ
「どうしたよ!」
「ぐっ」
雷の龍の攻撃を防ぐので限界になりつつあるキリヤ。
太平洋の上での戦いは龍の方に軍杯が上がっていた。
「⋯⋯そろそろやるか」
『良いの? 相手は全然力出してないけど』
「このままじゃどの道負けるからな。⋯⋯俺を魔法にする」
自分を魔法として扱う事でスピードを激的に上げる方法。
【
「ほう。まだ底があったか」
二倍以上の速度となったキリヤだったが、龍はその上を行った。
自分を雷撃にする事で高速移動を可能にする。
ローズやソウヤが粒子レベルで粉々になって霧状で移動するのに似ている。
落雷よりも速いそのスピードは既にキリヤでは対応不可。
距離を離して相手の軌道を予測し対応しようとするが、それも難しかった。
「ぐっ」
「弟と強さを一緒に考えるなよ!」
「分かってるさ。あんたの方が何倍も強い」
「それは過剰評価だぜ。弟は強かった。少なくとも火力はあっちの方が上だ」
キリヤはその言葉に納得する。
もしも炎の龍と同じレベルのパワーを持っていたら既に負けているからだ。
手加減状態でもあっさり負ける現実。
「はぁ。はぁ」
「サキュバスにしては良くやってる。だが終わりなんだよ」
雷雲が現れて雷雨が起こる。
ゴロゴロと鳴り響く轟音に耳を塞ぎたくなるが、歯を噛み締めて耐える。
全てにおいて負けている状況。
「一太刀も、入らない」
「これが実力差だ。諦めて死ね。そしてこの世界はいただく」
雷雲の中に巨大な魔法陣が広がり、キリヤに向かって一直線に落雷が落ちる。
横に弾けるように飛んだ事により回避は成功するが、頬から鮮血が舞う。
焼けるような痛みが襲うが気にする事無く龍を睨む。
「本気の最速でも追いつけない⋯⋯限界、なのか」
バトル中でも成長できるキリヤだが、その成長を許さない速度を相手が持っている。
これ程までの無力感を今まで一度も味わった事が無かった。
レベル1の村人がレベルカンストの魔王に挑むようなモノ。
「ふぅ」
それでも負ける事のできない戦いなのだ。
ずっと支えてくれた幼馴染、一緒にいたいと思える友達、遊んでいて楽しい友人達、憧れや夢を認めて応援してくれた家族。
大切な人達を護るためにキリヤは今、ここに飛んでいるのだ。
どれだけ高い壁だろうが超えなくてはならない。
「負けない。俺は、絶対にっ!」
「根性論だけなら誰でも言えんだよ!」
「八咫烏、翼撃!」
翼を大きく広げて一気に閉じる。その力を利用した大振りの攻撃。
剣で相手を挟み斬り裂く攻撃を龍は双剣で綺麗に防ぐ。
流れるような回転斬り、袈裟斬りも同様にガードする。
回避する事は可能だが、防ぐ事によって実力差をはっきりさせる。
「まだまだ」
「遅い!」
連撃を繰り出そうとした瞬間、腹部に強烈な痛みが走る。
強烈なキックが決まったのだ。
「がはっ」
意識が飛び海に向かって落ちる。
「終わりだ」
再び巨大な魔法陣が上空より展開され、天より堕ちる
助けの入る空間では無い。
「チェンジ!」
ツキリが身体の主導権を奪い取ってギリギリで回避する。
急激に低下するスピードに龍は訝しむ。
「お前は、誰だ」
「お前は誰だと聞かれたら。答えてやるのが世の情け。だが教えてやらん!」
「は?」
「名乗らん奴に名乗る気は無い」
「ライリだ」
「そう。アーシはツキリ。さっきのはキリヤ。サキュ兄とでも呼んであげて」
「くだらんな」
このままでは負けてしまうし、ツキリ一人では勝ち目は無い。
進化できるなら話は変わるがそのための条件が分からない。
種族としての力が上がれば進化できるかもしれないが、その場合は不可能だ。
何故ならばサキュバスの特性上戦闘での進化は普通は難しい。
覚醒剤の様な例外が無い限り。
「女の子とするので力が上がるなら、喜んでアーシがナナミちゃんとするのに」
「何を言っている?」
「いーや。と、そろそろ目覚めるよ。待ってくれてありがとうね」
「強者足る者。弱者の全力を受け止めてやるのもまた乙なものだろ?」
「うわうぜぇ」
キリヤが目覚めると同時に主導権を返却する。
(気絶してたか⋯⋯ちくしょう)
力の差に苦虫を噛み潰したような顔をする。
絶望にも近い状況でキリヤは何度目かの切っ先を向ける。
ツキリは地球の魔王の手助けが入る事を期待しているが望みは薄そうである。
大きく状況を変化させられる存在が近くにいるだろうに、姿を表さないのは何かの理由があるからなのだろう。
「行くぞ、侵略者!」
「さっさと来いよ遅いんだから!」
再び世界を飛び回る戦闘が始まる。
各国は既に世界全体で協力体制を確立していた。
どんな例外にも迅速に対応しなくてはならない。
探索者と言う個人で兵器クラスの力を持つ存在が多数居る現代だからこそ。
世界ランカー、国が認める上位の探索者達が高台へと登っていた。
最前線を走る者達が一つの場所に集まる光景は滅多になく、マスコミや野次馬も沢山集まって来る。
そんな状況では無いにも関わらず。
「最下層のモンスターなのか?」
そんなランカーの一人の男が時々通る二つの光を見上げながら呟く。
魔法を纏った事により同じ様な光になってしまった。
最早どっちが敵で味方なのかも分からない。
「それだったら、今の攻略している階層はおままごとですね」
「だな。音速は超えてる。あんなの自力じゃ出せん」
「どうします? 私達は遠距離攻撃なんて持ってませんよ」
「知らん。上の指示待ちだ。実はサキュバスが敵でドラゴンが味方の可能性もあるからな」
「日本で知名度を上げてる探索者、サキュ兄と言う方らしいので敵はドラゴンかと」
そんな奴知らんとだるそうな顔をする男だったが、すぐに思い当たる。
世界で唯一、性別の変わった種族を手にした高校生がいると。
「日本人かアイツは」
「ええ。それも上層階を攻略中の高校生です」
「ほう。それで?」
「勝てると思いますか?」
男は鼻で笑った。
「知るか。だが、勝つために人類は動いてるんだ。あのおっかない奴に人類の力を見せてやるぞ」
日本では一般人に避難指示が出ており、避難所へと向かう人達が多かった。
その内の一人、ナナミは魂の抜けた様に歩いていた。
「私は⋯⋯死んでいた」
圧倒的なスピードで接近にすら気づけず、一撃で殺されていた。
その考えが頭から離れず、一定間隔で首を摩っている。
空を見上げれば、戦闘の影響か黒い雲に覆われていた。
時間にしてはまだ夕方だと言うのに、茜色だった日本は既に闇に包まれていた。
「キリヤ、私はどうすれば良い。このままじゃ、君の助けになれないよ。君の、隣に立てないよ」
不甲斐なさに涙を流すナナミに近寄る影が現れる。
「ナナミン!」
「アリス? どうして?」
「GPS! キリヤと一緒に遊んでたって知ってて、心配で。⋯⋯キリヤは今戦ってるんだよね?」
「そう、だよ。私達には、何もできない」
アリスが落ち着かせるために抱き寄せる。
背中をポンポンと叩きながら、安心させる。
「確かに私達じゃ何もできないかもしれない。だけど、世の中にはたっくさん凄い人がいるんだ。絶対に何とかなるよ」
「⋯⋯うん。そうだね」
「私達はただ、キリヤの勝利を待っていよう」
ここはとあるお寺。
「さて。我々の出番か」
「ハッ!」
「太陽の神アマテラスの下、祈りを捧げる!」
太陽の魔王の後継者は特殊である。
種族を持たない人間が強い信仰を持つ事で候補になる事を許される。
そんな太陽の魔王の後継者候補達が集まってできた集団。
世界が今、一つとなって龍に挑もうとしていた。
現在繰り広げられている空中戦のお陰で地上への被害はゼロ。
“サキュ兄大丈夫かよ!”
“ネットに色々とライブが出てるな”
“国がサキュ兄を人類の味方として認めて、ドラゴンを危険分子のモンスターとして倒す方針を固めたらしい”
“お、かなり早いな。税金泥棒はもう終わりか?”
“三十階層以上を踏破した実力派探索者達が招集されとる”
“訓練施設の教育者を務める元凄腕探索者も集められてるらしい”
“まじでやべぇな。世界的にこうも動くの初めてじゃね?”
“前の巨大なドラゴンが現れてから水面下で動きていた可能性があるな”
“今回はサキュ兄だけには頼らないか”
“そもそも一人じゃ厳しいんじゃね?”
“前回勝てたなら今回も勝てるとか思ってたら数分前の俺を殴りたい”
“電気系統などに全くの影響が出て無い事に疑問を持ちたい”
“うちの地域は電気単体は使えない。魔力変換の電力で何とか動いてる”
“でも実際どう戦うんだ?”
“サキュ兄のスピードが異次元過ぎて手助けできなくて?”
“地上から何かすんだろ”
“兵器じゃ力不足を感じる異次元か”
“核兵器も当たらなきゃ意味無いからな”
“レールガンとかもタイミングをミスると不発に終わる”
“最悪サキュ兄倒すぞ。彼(?)はスピードだけが卓越してるだけでそれ以外は普通のサキュバスの二、三倍くらいだから”
“そうかな?”
“十分イカれてるな”
“サキュ兄の進化過程が知りたい”
“サキュバス全員サキュ兄レベルになれるのかな?”
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
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