第178話 月への侵略者
「相変わらず突っ走る奴よのぉ」
月の都に降り立つ英雄が一人いる。
レイが何かしら動くと見てずっとタイミングを探っていた。
「さて、雑魚処理と行こうか」
英雄が取り出したのは竹笛だった。細長い笛を吹こうと口に近づける。
刹那、電光石火の如きスピードでアララトとジャクズレが接近した。
「砕け散れ!」
アララトの振り下ろす斧は岩石を軽く砕く力を持っている。
「おっと」
それを笛で防御する。
「何たる硬さの笛だ」
「コボルトか? 随分と紅いのぉ」
アララトを蹴り飛ばし、追撃に空気の球体を豪速球で放つ。
「ぐはっ」
空気の球体はジャクズレの魔法で防ぐ事に成功した。
「タイマンは難しいそうですな。ならば、これでどうですかな?」
「おお。くっさいのぉ」
大量のアンデッド軍が英雄に迫る。
鼠色の髪を靡かせて笛を吹く。
今回の英雄はジャクズレと相性はあまり良くはなかった。
「来い、我が眷属よ」
音色に合わせて展開される魔法陣から千を超えるだろう大量のネズミが召喚された。
ネズミは出た瞬間にアンデッド軍に向かって特攻し、頭突きで粉砕する。
倒したと同時にネズミは消滅する。
「無限生成可能のネズミ弾丸。数で僕に勝つ事は不可能なんだよぉ」
「ふむ。魔力量はこちらの方が少ない。再生勝負は分が悪い⋯⋯ですがジャクズレには仲間がおりますぞ! チノイケ、魔法で殲滅するですぞ!」
「合わせる!」
アララトが再び特攻を始め、ジャクズレ達が魔法で援護を始める。
月の都は仲間達の力を大きく引き上げる。
地球やダンジョンでは出せない力が今ここでは出せるのだ。
「はああああ!」
月の魔王の力を微かに受けて進化をしたアララトは特にその効果が顕著に現れている。
アンデッドであるジャクズレ達は言うまでもなく。
受けられる恩恵は鬼っ子やホブゴブリン達よりも大きいと言える。
「最近出番が無いからな。全力で活躍するぞ!」
そこに加わるのはダイヤが率いるウルフ達だった。
影を操り拘束するために全員が伸ばす。
「砕け散れええええ!」
アララトは自身のパワーを上げる能力と魔法を受けて最大限の力を出す。
その力はアイリスに匹敵する。
すなわち、キリヤを超えるパワーを持っているのだ。
音を置き去りにするスピードで叩き落とされた斧はクレーターを新たに作り出して土煙を辺りに広げる。
影で拘束されてからの一撃だ。大ダメージなのは当たり前。
魔法での援護やネズミの排除も怠ってはいない。
倒せてはいなくても致命傷は避けられない⋯⋯と誰もが思った。
「うちのボスが激怒しててね。これ以上戦力を失いたく無いから、あの暴れん坊を帰して欲しいんだよねぇ」
「なん、だと」
新たな竹笛が虚空よりも出現してアララトの攻撃を防いでみせたのだ。
「あらま。ボスが作った武器を壊せないなら君らに勝ち目は無いかなぁ」
アララトは腕の力を利用して後ろへと跳んだ。
そこには大量のネズミもいる訳だが、力で一気に倒そうと考える。
「自爆」
ネズミの英雄が小さく言葉にすると、ネズミ達が発光して膨張し、爆発した。
地雷や手榴弾よりも悪質な自ら動く爆弾。
「かはっ」
「良く耐えるなぁ」
アララトは爆発を直撃しても倒れなかった。
月の力で再生するはずがしない。
それはエネルギーの消費を月が拒んでいる証拠だった。
ユリの進化にそれだけの力を使っている事になる。
「アララト殿!」
「ジャクズレ自分に集中しろ。⋯⋯コイツは強いぞ」
「うん。僕は強いよ。コボルト、ウルフ、ネクロマンサー、君たちよりもね」
新たに顕現した笛を吹くと巨大なネズミが現れる。
元々持っていた笛も吹いて再び何万と言う軍勢を生み出す。
ネズミに囲まれたら爆発してあの世行きだ。
早急にネズミは処理しなくてはならない。
「僕の軍勢には誰も勝てない。さぁ、踊れ踊れ! 命尽きるまで踊り倒せぇ!」
不敵な笑みを浮かべた英雄は巨大ネズミの上に立って戦う姿を見下ろす。
誰もが全力で戦っている中、ネズミの上で踊り笛を吹く。
まるで戦闘に興味が無く、ただの劇としか思ってない。
「主君のためにも負けてはなりませんぞ!」
「負ける事など考えておらん!」
誰もが己のためキリヤのために戦っている。
そう決めたのは自分達にきちんとした自我が芽生えてからだ。
つまり、魅了されたその瞬間。
生んでくれた訳でも無い。作られた訳でも無い。
しかし、魅了されたその瞬間から彼のために全てを尽くそうと考えている奴らなのだ。
そしてそれは彼らだけじゃない。
都全体から戦闘中のこの場所に続々と集まり続ける。
「殲滅が楽で何より。あの女が参加する前に終わらせるよぉ」
数えられない程のホブゴブリン、オーク、リザードンマン、キリヤが魅了して来た者達が続々と集結する。
全てはネズミを倒すために。
「愉快爽快。でも解決できない事象はあるんだなぁ。諦めて楽な死を受け入れれば良いのになぁ。⋯⋯ネズミ達よ、強化だ」
英雄の力でネズミがオーラを纏う。
突撃するだけで二体のアンデッドを同時に倒すネズミ、スピードが上がって敵を翻弄し背後から攻撃するネズミ、耐久力が上がって何回も突撃するネズミ。
様々なネズミができあがる。しかもテンプレと違いオーラの色は同じなので判別がしにくい。
「ジャクズレ、魔力は!」
「全然余裕ですぞ! 月明かりだけでも回復力は上がるですぞ!」
それでも減っている事には違いない。
ジャクズレの魔力が尽きた時、数はかなり減少する。
このままでは押し切られてしまうだろう。
仲間側にはダウンして医療施設に運ばれる者の姿もある。
(深手を負った者を運び出してるな。つまりそこを潰せば回復もままならない。ネズミは素早くて小さいんだよ)
密かにネズミを放ち、再び大群を召喚する。
これでも半分の力も出してない事実に皆は気づいていなかった。
だからこそ面白い。
必死に足掻く姿がとても滑稽に感じてしまう。
「無意味な努力だなぁ。運命は決まっている。抗っても無意味なのになぁ」
この言葉をレイが聞いたら激怒していただろう。
その場合、この英雄の命は無い。
だが今はレイはユリの進化に集中している状態で、レイが動けるなら英雄は攻めて無い。
「そろそろ一人くらい死んでも良いよぉ?」
キラン、英雄の視界の端に光り物があった。
だが、認識するのが遅くて対応に遅れが生じる。
刹那、ネズミ三体分の爆発が起こりネズミ群に穴を空ける。
「ほな、潰れーや!」
巨大な木の根が地面から生えてネズミ達を潰す。
「誰?」
「トウジョウセツナ、来たく無かったけど参戦やで!」
「俺もいるぜ侵略者!」
「ヴァンパイアか!」
巨大なネズミに血の斧を振りかざすカンザキソウヤ。
赤き一閃は巨大なネズミを真っ二つに切り裂き、胴体はゆっくりと落ちて行く。
新たな巨大ネズミを召喚して上に乗る。
「人間か?」
「あの次元には参加できねぇからな。てめぇを倒しに来たって訳よ」
「おやおや?」
さらに空から血の槍が降り注ぐ。
それはローズが生かす事を決めたオオクニヌシの元メンバーである吸血鬼、クオンだった。
それだけでは無い。
レイによって説得された忍びの里幹部達も微力ながら参戦する。
アララトやジャクズレ同等かより強いメンバーが続々と加勢に入る。
「自分らも」
「忘れてねぇよな!」
仲間を集めるために都を離れていたアイリスとローズが合流する。
「妹も一緒が良かったな」
セツナの呟きにローズが返す。
「いつでも来てください。ネズミに毒は効きませんでした。肺が無いのか呼吸してません」
「空気感染は期待できないって事やな。自分はあのデッカイのソウヤと叩きぃ。うちは雑魚戦や。クオン言うたな。自分も手伝えや」
「分かってる」
ソウヤ、アイリス、ローズが英雄に向かって行く。
「血暴走、全力で行くぜ」
ソウヤは同じ血液型の血を飲み込んで力を引き出し、鬼っ子二人は『鬼化』を使う。
それとアイリスは『狂化』も使う。
「勝てると思っているのかなぁ。【
笛が鳴り響き常にネズミを召喚する。巨大ネズミも追加だ。
「来なよ。魔眼持ちを消すチャンスだからなぁ」
◆あとがき◆
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