第176話 受け取った怨念

 「⋯⋯かっ」


 喉を抑えて繋がっている事を確認するが安心できずに混乱する。


 死んだ。俺は確実に死んだ。


 自覚するよりも先に死が襲って来た。


 「兄さんどうした⋯⋯の?」


 「ひゅーひゅー」


 普通の呼吸ができない俺を見てマナは大慌てで俺に駆け寄る。


 言葉を上手く出す事ができず、再びフラッシュバックした事で吐き気が襲って来る。


 「うっ。おぇ」


 「兄さん本当に大丈夫!」


 「はぁ。はぁ。お、おれ、いぎでる?」


 カラカラの声で絞り出す言葉。


 しっかりと声は出せるし首を刎ねられた感覚もしない。


 ちゃんと生きている事実に安堵するのと同時、時間を確認するとナナミと遊びに行く日の朝だった。


 吐瀉物は綺麗にライムが処理してくれ、俺はマナを部屋から出して考える。


 「また予知夢か? またなのかクソ!」


 だが今回は前回の比じゃない。


 本当に死んだかのように錯覚してしまう。


 まるで本当にあったかのようにリアルだった。


 「また吐き気が⋯⋯」


 感情の起伏もナナミの笑顔や勇気も、遊んで楽しかった思い出も。


 他の人達だって動いてた。喋っていたじゃないか。


 それが全部、予知夢? 運命の魔眼が見せた未来の運命だと言うのか。


 「結果だけじゃなくて過程も全部あるのはおかしいだろ。俺の心もしっかり機能していた」


 何がどうなっているんだ?


 冷静になるためにも水を飲みに向かう。


 「お兄ちゃん大丈夫なの!」


 冷や汗が止まらないマナに俺は優しく声をかける。


 「大丈夫、だ」


 「それにしては顔色が悪いよ。今日は休んだ方が⋯⋯」


 「大丈夫、大丈夫だから」


 水を飲んで顔を洗い、冷静になる。


 運命ってよりも誰かの人生を体験したってのが近い気がする。


 ナナミがいきなり現れる龍に殺されると言う事実があるならそこだけで良いはず。


 遊ぶなどの無駄な時間、それも具体的すぎる内容。


 夢でありながら夢では無い。


 「⋯⋯未来の俺、なのか?」


 そうとしか考えられない。ナナミの言動を思い出せ。


 普段髪の毛は結ばないのにポニーテールだった。それを指摘したら疑問に思った様子だった。


 つまり、ナナミはポニーテールを基本としていたんだ。


 沢山笑顔を見せてくれたが、あれもおかしいだろう。


 確かにナナミは最近笑う事は増えた。でも、あんな沢山大きく分かりやすく明るく笑うのはまだ難しいはずなんだ。


 俺の記憶にあるナナミと夢で見たナナミとは大きな乖離が見られる。


 未来の俺の記憶を運命の魔眼が見せた?


 怪しいけどそれが一番しっくり来るのは紛れもない事実だ。


 「死んだと思ってしまう程の出来事⋯⋯何があったんだよ」


 だが一つだけはっきりしている。


 このままでは未来の俺と同じ結末を辿ると言う事だ。


 敗北の未来。護るモノを失う未来。


 それを回避させるために未来の俺は力や知識を授けてくれた。


 想いを託してくれた。


 「ツキリ、記憶は見たか?」


 『うん。まぁね。その夢にはアーシいなかったわね。いたら絶対に茶々入れてるもの』


 「そうだな」


 顔色は確かに悪いが、結末を変えるには今日ナナミに会う必要がある。


 もしも、龍の狙いが俺でたまたまナナミが巻き込まれたなら良い。


 しかし、オオクニヌシのように周りの奴らを殺して俺の精神を揺さぶるタイプだった狙いはナナミとなる。


 『あるいは炎の龍を倒した復讐として周りのモノを殺したいか』


 「何でも良い。アイツは敵だ。ナナミに傷一つ付けさせない。これは今、ツキリと会話している俺の意志だ」


 『アーシが人格としてできてから、男の子っぽくなって来たわね。だったら、決して油断しちゃダメよ。同じ時間に現れるとは限らないから』


 分かってる。


 待ち合わせ時間となりナナミと合流する。


 ナナミは髪の毛を結んでおらず、ストレートのままだった。


 ナナミを見た瞬間、溢れて来るモノでもあったのか目頭が熱くなった。


 耐えようとしても耐えきれず、流れる涙。


 ナナミがちゃんと生きていると言う事実に俺は心の底から喜びと安堵を持っていた。


 「どうしたの?」


 「なんでもない。目に砂が入ったんだ」


 「キリヤ顔色悪い。⋯⋯今日は休んだ方が良いかもしれない」


 「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」


 あくまで死んだ錯覚の副作用だ。顔色も時期に良くなると思う。


 だが、言葉だけではナナミは引き下がらず心配そうに俺を見詰めて来る。


 「私が誰かを遊びに誘うのは珍しいかもしれない。だからなるべく叶えたいと思うキリヤの気持ちは嬉しい。だけどそれは嫌だ。気を使う必要は無いし我慢する必要も無い」


 「⋯⋯違うんだ。これは、楽しみで寝れなかっただけだ。本当にそれだけ」


 寝たけど。ちゃんと寝ていたとは思うけど。


 「嘘だね」


 「実はめっちゃ胸糞悪い夢を見てさ。多分そのせいだと思う」


 これは嘘じゃない。真実だ。


 ただどんな夢だったかを言っていないだけ。


 言ったらナナミは戦うと言い出すだろう。


 しかし、俺達の戦いにナナミのスピードは足りない。


 「夢で寝れなかったのが恥ずかしくて言えなかった?」


 「ほ、本当に怖い悪夢だったんだよ」


 「そっか。なら、大丈夫なんだね?」


 「ああ」


 「怖いを吹き飛ばすくらいに楽しもうね」


 「うん」


 既に知っているアスレチック。既に遊んだ記憶のある場所。


 夢で見たナナミと同じくらいに素早く突破するナナミ。


 「よっと」


 同じような動きで俺もそれをこなす。


 夢の中の俺よりも今の俺の方が足技は上だな。


 「なんかドヤってる?」


 「いや。少し自信がついただけ」


 未来の俺ができなかった事を絶対に達成する。


 ナナミは特に縛りを言って来る事もなく、突破した後も二言くらい会話してから次の物に向かう。


 未来の俺が知っているだろうナナミとは本当に違う。


 『何がきっかけであんなに笑う子になったのかしらね』


 「ほんとな」


 まぁでも、俺の知っているナナミはこっちだから落ち着くな。


 ナナミの隣にいるのは落ち着くし、短くても楽しい会話。


 こんな時間が長く続けば良いと思ってしまう。


 数時間後、俺達は帰る事にした。


 俺の顔色も良くなり、パフォーマンスが落ちる事は無いだろう。


 「⋯⋯ね、キリヤ」


 「何?」


 「私はキリヤと会えて、とても良かったと思ってる」


 「それは俺もだ」


 夢とは違い、歩きながら気持ちを吐き出してくれる。


 「キリヤと会えたからアリスとサナと親友になれた。モノクロだった世界に色が増えた。世界は明るくて楽しい事が多いって知れた」


 「それは、ナナミの力、だよ」


 「⋯⋯なんで声震えてるの? そもそもなんで泣いてるの?」


 頬を染めていたナナミが平常に戻り、アワアワしながら俺のおかしな点を指摘する。


 夢のせいだろう。


 そうに違いない。


 ナナミが言おうとしてる事が夢と同じなら俺はもう知っている。分かっている。


 あの時に感じた自分の心は今の俺と全く同じだろう。


 「ナナミ」


 「え、うん?」


 「俺の前からいなくならないで欲しい。これは俺の本音だ」


 「いきなりどうしたの?」


 今日の俺はとことん変だろう。そんなのは自分でも分かってる。


 ⋯⋯ふぅ。


 「感傷に浸るのは終わりだ」


 「え?」


 俺はサキュバスとなってナナミを抱き寄せた。


 「き⋯⋯」


 刹那、落雷となった龍がナナミの元いた場所の背後に現れて空振りの手刀を振るった。


 「なぬ?」


 「も、モンスター! ど、うして」


 「ナナミ、俺が守る。だから安心してくれ」


 ナナミを少し離してから、龍を睨む。


 煮えたぎる怒りは俺のか、未来の俺か。どっちか分からない。


 「まさか躱されるとはな」


 「初めまして、か。言葉は要らないよな」


 「そうだな」


 「俺はお前を殺す。じゃないと怒りが収まらない」


 「上等だ。弟の分まで、切り刻んでやる」


 ライムが二刀流の剣となり、目の前の龍は双剣を取り出した。


 モンスターの襲来により人々は蜘蛛の子を散らすように離れて行く。


 「瞬殺してやるよ、サキュバスっ!」


 「やるのは俺だ、侵略者!」


 互いの剣が衝突し、瞬きの時間で上空へと移動した。


 「ナナミを護る。これは俺の意志だ。そして受け取った怨念だ」






◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます


大変遅くなりました。申し訳ありません。

夢オチを望んでいなかった方、ご期待に添えず申し訳ございません。

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