第175話 残酷なデート

 「ふむ」


 スマホの方を眺めながらどう返信すべきか考えている。


 ナナミからアスレチックのお誘いが来ているのだ。


 そこはかなりの有名所で探索者用のアスレチックも用意されている。


 夏休みも中盤のこの時期。


 「まぁ行きたいけど⋯⋯けどなぁ」


 『何かダメなの?』


 「いや、ダメでは無いんだけど⋯⋯ちょっと混乱してるんだよ」


 ナナミがこうやって遊びに俺を誘う事自体珍しい気がする。そもそも初めてじゃないか?


 二人だけで何かをしたのなんて諸々と抱えていた事を話した食事会の時だ。


 「と、返信しないと」


 断る理由も無いので遊ぶ事に決めた。


 二日後、当日となったので俺達は駅で集合してアスレチック施設に向かう事にした。


 人間の姿で全力で身体を動かせる場所である。


 「今日は誘いに乗ってくれてありがとう」


 「こっちこそ誘ってくれてありがとう」


 互いに初めての場所なので電車の中で情報を集める。


 「そう言えば今日はポニテなんだね」


 「ん? そうだね。こっちの方が動きやすいから」


 だったら髪の毛を切れば良いのに、なんてのは言ってはダメだろう。


 俺もデリカシーと言うのを成長させているのだ。


 「似合ってないかな?」


 カバンに顔を半分埋めさせて、ボソリと聞いてくる。


 「似合ってると思うよ」


 美人はどんな髪型をしても似合うと聞いた事がある。


 きちんと褒めようとするとダンジョン関係になって、墓穴を掘りそうなので気をつける。


 「それは嬉しいな」


 華やかに笑うナナミの顔は初めて見た。


 なんて言うか、今日は本当に普段と違う気がする。纏う雰囲気が柔らかい。


 かと言って気にする事でもないだろう。


 夏休みも中盤だし、変わるきっかけがあったのかもしれない。


 目的地に到着した俺達は準備運動を軽く済ました後、一般の人達が利用するノーマルのアスレチックに挑戦した。


 普通にやってもつまらないのでタイムアタックの競走、と考えたがそれは探索者用のところでだ。


 二人でゆっくりと進む事にした。


 入口最初に用意されたのは斜めの板がギザギザになるように配置されて、そこを渡って奥に行く物だった。


 前を行く人を見ると、正面の板との距離は一気に飛び越えられないから斜め前の板へ飛び移っている。


 それを繰り返して前に行くらしい。


 足を滑らせても怪我をしないように入場と同時にプロテクターが支給されて装備している。床一面にはマットも敷かれているので子供も安心だ。


 先にナナミが向かう。


 一個飛ばしと言うマネはせず、ギザギザの道を軽やかに進む。


 まるで一本道を走っているかのようにスムーズだ。


 「おぉ」

 「あのお姉さん凄い」

 「ほんとねぇ」


 周りの声から賞賛されている。


 ふむ。俺もこの賞賛を浴びる事になるのか。


 なぜなら、俺も探索者の一人だから。


 ナナミの動きを見て自信がついた俺は意気揚々と最初の一歩を踏み出す。


 「む?」


 思いのほか、斜めだな。


 想定していた体勢が崩れて上手く次のステップへと踏み出せなかった。


 ぎこちない動きでナナミの所に到着する。


 「次行こっか」


 「何か言ってくれよ」


 俺涙目。


 「⋯⋯現実は想定より上手くいかないよ?」


 「あはは」


 ちゃんと俺の事を理解した上での発言だな。


 泣けてくるぜ。


 次は棒がいくつも連なって奥に向かっており、それにぶら下がって進むモノだった。


 腕力が必要となるモノなのだが⋯⋯上を渡ってはダメなのだろうか。


 そうするとゲームバランス崩壊なのできちんとルール通りにやるとしよう。


 猿になった気分でやれば余裕だろう。


 「キリヤ力強いから片手縛りしてよ」


 「ものすごい難しい要求してないかな?」


 片手を放した瞬間重力に従う俺の身体。落ちる前に次の棒を掴めと言うか。


 「キリヤならできるでしょ?」


 嘲笑うように小悪魔的な微笑みを浮かべるナナミを見て、俺は挑戦する事に決めた。


 片手での移動⋯⋯放したら重力に逆らって落ちるだろう。


 だから、放す直前に重心を前に移動しつつ腕を曲げて上に行く力を作る。


 手を放すと同時に真上へと伸ばして新しい棒を掴み取る。


 下に向かって落下はしたが手が届かない範囲までは落ちなかった。


 「後はこれを繰り返す⋯⋯だけっ!」


 結構キツかったが成功した。


 ドヤ顔を浮かべると、ナナミはクスッと笑う。


 「キリヤならできるって思ってたから驚かないよ」


 「少しは驚けよ」


 「⋯⋯ん〜力の強そうな男の人達が友達ノリでキリヤのマネをしているのは驚いたな」


 確かに。


 来た道を振り返ると筋肉質な男達が俺のように片手で挑戦していた。


 少し進んでも長くは続かず落ちて行く人が増えて行く。


 「ナナミのせいだからな」


 「あの人達が勝手にやってる事だよ。恨まれるのはキリヤだけにして」


 「そんなアホな」


 次はブラブラしている棒の足場を渡るモノだった。


 落ち着いて渡れば決して落ちないだろうが、揺れる棒を渡るのは怖い物があるだろう。


 しかし、ナナミは全く揺らす事無く渡り切る。


 あのマネは難しいな。


 「今度は片足縛りしてよぉ」


 「渡り切ってから言うのズルくない!」


 「だって渡る前に言ったら私もやる流れになるじゃんか」


 こんな感じだったけ?


 ま、良いや。


 重力などの制限が無いなら難しい内容でもないのでサクサクと終わらせる。


 「チェ。少しは焦った顔を見れると思ったのに」


 「残念だったな」


 「いーや。楽しそうなキリヤの顔見れたから残念ではないね」


 「そう? ならお互い様だな」


 ナナミが俺の耳元に近づいて、小声で言葉を出す。


 「それって私の楽しむ姿が嬉しいって事?」


 「そう言う事」


 「ふふっ。そっか。ありがと」


 なんだろうな。


 このほっこりするような温かみのある楽しい感じは。


 ダンジョンに入った時とはまた違う高揚感やワクワク感。


 「どうしたの?」


 「なんでもない」


 その事を気にしつつもナナミの言葉に我に返ったので、追いかける。


 その後もサクサクと攻略して行くと子供達の注目を集める結果となった。


 探索者用の方に行くとかなり様子が変わっていた。


 スポンジが飛び出てくるトラップなどが増えているのが一番目立つだろう。


 色々と動いている。壁キックなども多様しそうだ。


 全体をガラッと見た感じ、ゴールに向かうための道がいくつかあり自由に動ける感じだった。


 探索者用って事もあり人の数はそこまで多くない。


 入る前にはステータスカードの提出が求められた。


 「キリヤ、競争しない?」


 「良いね。俺も言おうと思ってたところだ」


 「やっぱし? 私達は似た者同士だからね」


 「そうだな」


 「通じあってるんだね」


 「それはちと意味が分からない」


 回し蹴りが飛ばされたので回避した。


 今日のナナミは感情表現が豊かだな。


 その事が嬉しくもあり、どこか違う感じがして気が気ではなかった。


 ただ、その違和感も遊んで行くうちに薄れて行く。


 アスレチックの競争はナナミが終始有利だった。


 軽やかな動きでトラップを意に返さずサクサクと攻略して行く。


 その姿が天井のライトも相まって光り輝いて見えた。


 小さい頃に見た、探索者達のような輝きを持っていた。


 「負けるかぁ!」


 俺は負けず嫌いを発揮して、難易度は高そうだが最短の道を通った。


 動く足場があり、そこに足を伸ばす。


 テンポや把握した。問題ないタイミングだ。


 しかし、俺の思い描いてない軌道をした足場に足は乗らなかった。


 「あの動く足場、ランダムかよっ!」


 「残念だったねキリヤ、これじゃ私の勝ちだ」


 にしし、と笑うナナミの顔を最後にマットへと全身を預ける。


 ランダムはアスレチック的に無いか?


 でも探索者用だしなぁ。


 あーモヤモヤする!


 その後も何回も挑戦したが一度も勝てずに茜色に染まった道を歩く。


 「今日で私の勝利は何個増えんだろう」


 「え〜これカウントされるの?」


 「しないよ。冗談だよ。自分有利の得意分野で勝負しても対等じゃない」


 ナナミは二歩、三歩と前に歩いた。


 クルっと向きを変えて俺の顔を見る。


 淡い色に照らされたナナミの顔ははっきりと見えた。


 夕日のせいか、顔が少し赤くなっている気がする。


 「ね、今日は楽しかった?」


 「うんめっちゃ。ナナミと模擬戦している時や探索している時、それと同じくらいに楽しかった」


 「なるほど。最上級に楽しかった訳か」


 そうだな。


 ダンジョンを絡めた話になったから、今日の遊びはトップクラスに楽しかった。


 「キリヤ」


 「ん?」


 「私はキリヤと出会えて良かったと思ってる」


 「それは俺もだよ」


 ナナミと出会えたから、今こうして楽しいを感じてる。


 「強いライバルになってくれてありがとう。友達になってくれてありがとう。君がいたから私はアリスやサナと親友になれた。毎日がこんなにも眩しくて楽しい事に気づかせてくれた。ありがとう」


 「て、照れるなぁ。でもそれはナナミの力だと思うよ」


 ナナミに魅力がなければアリス達も親友にはなってないだろう。


 今のナナミがあるのはナナミの力だ。俺はきっかけに過ぎない。


 「ねぇキリヤ、私がキリヤの友達を辞めたいって言ったら悲しむ?」


 「⋯⋯え、それは⋯⋯なんで?」


 「答えて」


 真剣な眼差しを向けられる。


 何を考えてそんな発言をするのか分からない。


 だけど、言葉が詰まるほどに苦しいのは分かった。そんな悲しい事、言わないで欲しい。


 「悲しい、かな」


 「それはなんで?」


 「え、それは⋯⋯ナナミとこうして遊んだり、競ったりするのが楽しいからだ」


 「それは、友達じゃないとダメ?」


 何を言っているんだ本当に。


 「そうだろ?」


 「友達以外でもそんな関係になれるんじゃない?」


 それはつまり⋯⋯親友って事?


 そう口にしようとした時、ナナミは俺に小指を差し出して来る。


 「私は、世界を鮮やかに照らしてくれた君に凄く感謝してる。キリヤ、私は君と友達を踏み越えた関係になりたい」


 「⋯⋯えっ」


 「私は⋯⋯」


 声が震え出した。何を考え何を思って、何を口にしようとしているのか。


 それはこんな俺でも分かる内容だ。


 考えるよりも先に、俺の右手が動きていた。


 ゆっくりと、小指を開きながら。


 「私はキリヤが⋯⋯」


 刹那、光の届く空より黄金に煌めく落雷が轟いた。


 ナナミの背後に現れた黄色と黒の混ざった鱗を持った龍の手刀が飛んだ。


 「⋯⋯ぇ」


 宙に舞う、勇気を出し切る寸前だった顔。


 自覚よりも先に迫るは雷の如き刺突だった。




◆あとがき◆

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