第173話 月の都へご招待

 「⋯⋯あ、あーの」


 「なに?」


 「そろそろ離れてくれると、ありがたいのですが?」


 マナが俺の腕を掴んで離れる気配がしない。


 この状態になってから数時間が経過しているため、そろそろ離れて欲しいところ。


 甘える時間は終わったよ⋯⋯そろそろ兄離れしましょうよ。


 元々離れて最近近づき始めた? 気にするな。


 「最近兄さん家にいない。寂しい」


 「ぐっ。素直に言われるのが一番キツいんだな」


 修行に関しても都の方でやってしまっているので家で何かをする事が本当に減った。


 夏休みだと言うのにマナと遊んでもあげなかったが悪かったのか。


 「でもさ、去年までこんなベタベタしなかったじゃん」


 「その頃はそんな雰囲気なかったじゃん。修行一筋でさ。そんな兄さんが憧れだった。でも今は違う。余裕ができて、可愛い女の子と二人で出かけたりして、リア充になりつつある訳ですよ」


 「そうでらっしゃいますか」


 「ざっくり言えば嫉妬。兄さんに甘えたいのですよ。昔遊んで貰えなかった分まで」


 そう言われちゃうと俺はとことん弱くなってしまう。


 兄らしい事を放棄した罰が今になって降り注いでいるのだろう。


 こんな時アリスが居てくれればと思うのだが、彼女は友達と遊びに出かけている。


 『そんな考えが現状を招いている事実に気づいてる? アリスちゃんに頼りすぎね』


 的確なご意見ありがとうどうにかしてくれ。


 都で修行をしたいのに動けない。


 「⋯⋯」


 俺がじーっとマナを見ると、嬉しそうに視線を合わせて来る。


 うん。決めた。


 「マナを連れて行くか」


 「どこか行ってくれるの!」


 「月」


 「わーい月旅行だぁ! ⋯⋯月旅行ってなんだよ」


 冷静になるなよ。


 俺はサキュバスになって、マナを抱き抱える。


 そのまま地球を半周して夜の世界へと踏み込む。


 「初めての海外がこんな形で成し遂げるとは」


 「種族で飛ぶのあんまり良くないんだけどね本当はさ」


 でもマナを持って月に直接行けないので、転送して貰うしかない。


 月を眺めて転送して貰い、マナを下ろす。


 「きゃあああ! な、なな、なんでお兄ちゃんが裸なの!」


 「マナよ冷静に考えろ。俺は隣にいる。この変態は別人だ。翼の数も違う!」


 「変態って⋯⋯照れるじゃない」


 「褒めてねぇよ!」


 転送された先は都での俺の部屋。ベッドに横たわっていた裸のレイが最初に目に入った。


 マナの教育に悪いので服を着てもらい軽く自己紹介を済ませた後、訓練場へと向かう。


 「お城⋯⋯兄さんここに住まないの?」


 「ここに住んだらマナと会う頻度が減るな」


 「一緒は無理?」


 「両親が心配する。そして両親は仕事がある」


 「社畜って辛いね」


 「言ってやるな」


 月の都を案内しているとユリと会う。


 色々と本を持っているところから調べ事でもしているのだろうか?


 「ネット使えば良いのに」


 「レイ様の知識本なので、ネットには無い内容なんですよ」


 「何それ読みたい」


 探索者として前進できる内容がありそうだな。


 ユリの持っている本のタイトルを順に見ていると、『男の堕とす方法ボディタッチ編』と言うのがあった。


 「⋯⋯」


 「気にしないでください。それよりも妹様が一緒とは珍しいですね」


 「ああ。まぁ兄らしい所を見せようと思って」


 「なるほどです」


 それで理解してくれるユリは良い子だと思う。


 「頑張ってな」


 「はい」


 会話は終わったがユリが動こうとしない。何かを望む目を向けて来る。


 一歩近づいて頭を撫でると、喜んでから部屋へと戻って行く。


 「新しい妹ができたみたいだな」


 「は?」


 レイが後退りする程の強烈な殺気がマナから放たれる。


 正直に言おう。俺も少し怖い。


 「兄さんの妹はこの世に何人いますか?」


 「ひ、一人です。唯一無二です」


 「良くできました。で、唯一の妹にはあんな風に接しない理由は?」


 「高校生にもなって妹にベタベタしてたら社会的にやばいだろ」


 「ユリさんのスタイルは良いですけど幼い方だと思うのだけど?」


 「ごめんしゃい」


 兄らしい事、できませんっ!


 訓練場に到着するとアイリスとローズが訓練デートをしていた。


 邪魔は良くないと思い気配を消して見ていると、マナの気配に気づいて終わらせてしまった。


 「悪いなデート中に」


 「違うますよ姫様!」


 「そうです! 変な勘違いはやめてください!」


 そっか勘違いか。


 『勘違いじゃないでしょ』


 違うらしい。


 マナを連れて来た理由を説明すると、二人とも納得してくれた。


 俺は仲間から見ても兄らしくないらしい。悲しいね。


 「そんじゃ、いつも通りの訓練するかぁ」


 「遊んでくれる訳じゃないの?」


 「強くなろうと頑張ってた俺に憧れてくれたんだろ? だったらそうするよ」


 「ブーブー」


 え、違うの?


 『違うと思うよ。普通に遊べよアホなのバカなの?』


 他の仲間、レイからも冷ややかな目を向けられる。


 辛いっ!


 気を取り直してレイに相手をしてもらい剣を構える。


 「変態さんって強いんですか?」


 マナがアイリスに質問する。


 特に咎めない所を見るに、アイリス達からの評価もそんなんなのだろう。


 「姫様よりも十倍以上は強いな」


 「そっか」


 「嫌では無いんですか?」


 ローズが疑問に思った事を質問した。


 「うーん。こっち目線兄さんはずっとヒーローだから。それにヒーローも負けてしまう事はあるよ。だけど次は勝つ、そのために強くなろうとしてるんだから。上がいるって事はそこまで兄さんは強くなれるって事でしょ? 妹的に嬉しいですよソレ」


 その発言が少し恥ずかしくなり、体温が上がるのが分かる。


 レイやツキリにニヤニヤ笑われていそうで腹が立つな。


 意識を変えてレイに突撃する。


 「はっ!」


 俺の攻撃をレイは眉一つ動かさずに避けてみせる。


 「角度や狙いは相変わらず良いわね。ただスピードが足りてない」


 反撃のパンチをギリギリで避けるが連続で二撃目の拳が飛んで来る。


 それも紙一重で回避すると三撃目が飛んで来る。それも回避すると新たな攻撃が迫る。


 同じ拳で怒涛に続く攻撃。


 躱される事は織り込み済みで相手の回避が間に合わないように詰める攻撃を繰り出して来る。


 離れようと翼を動かせば別の攻撃が飛んで来るのだ。


 同じ手で同量の力と速度を持って攻撃できるのはレイの技術だろう。


 「ふぅ」


 一旦距離を取って息を整える。


 「ツキリ」


 『おっけー!』


 魔法を放つ。


 月の上での訓練な事もあり魔力は無尽蔵にあると言える。


 だから遠慮なく全力で魔法をぶっぱなす。


 「良いわね。来なさい」


 魔法は魔法で相殺され、俺の連撃も片手で防がれる。


 左の剣は回避され右の剣は防がれる。


 最低限の動きで最高効率を追求している。


 「だったら⋯⋯」


 両手を使わないと防げないように攻撃を工夫して繰り出す。


 この場合、レイは防ぐのではなく回避を優先する。


 俺の飛行を真似た動きで背後を取られる。


 「まだ慣れないわね。半円を描くように飛んじゃったわ」


 確かに最短距離での移動ではなかったが、スペックが高い分俺よりもスピードは上だ。


 レイの手加減パンチは空間を切り取ったかのように認識できない速度で飛んで来る。


 予備動作など考えている暇は無い。


 ゼロから百と言う次元でもないのだ。


 気づいた瞬間には拳が間近に迫っている。


 「くっ!」


 「おっ、反応できたわね」


 「何回もくらっていたらね」


 レイとの訓練で伸ばしている部分は魔法と反応速度。


 剣術はレイのお墨付きで俺の方が上。武芸に関しては基本俺が上らしい。


 しかし、サキュバスとしてのスペックが大幅に負けているのと魔法は武芸では届かないレベルで負けている。


 ツキリに一任している魔法でも限界はあるのだ。


 そんな訓練を続けている。


 ◆


 「どっちの魔法も綺麗だなぁ」


 光り輝く魔法が飛び交うせいで肝心の戦闘シーンは見る事ができない。


 いきなり魔法陣が現れて魔法が放たれ相殺される光景が続いている。


 マナには魔法の打ち合いにしか見えてない。


 「兄さんってダンジョンの下の方行けるんじゃないの?」


 「姫様なら行けると思うぜ。だけど空かさず魅了コールを鳴らす。俺らがな」


 「そうなんだ⋯⋯兄さんの魅了は観ていたいしこのままでもいっか。夢が夢を邪魔してるね兄さん」





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る