第172話 わがままなサキュバス

 「もぐもぐ」


 ファミレスの一角で俺はナナミと二人で食事していた。


 アリスを誘わずに俺だけを食事に誘った理由がずっと気になり、ソワソワしている。


 昨日の魅了配信について何か言われるのだろうか?


 三連発キツい魅了をやったので数日はもうやるつもりは無いのだが⋯⋯ダンジョンには行きたいけど。


 食事も半分程を食べ終えてしまい、まだかとナナミが話を切り出すのを待っている。


 ⋯⋯結果的に食事は終わってナナミのパフェが到着した。


 ここまで時間は経過したけど、話した内容は今でも一言一句思い出せる。


 『おまたせ、行こ』


 『あ、うん』


 だけだ。本当にこれだけ。


 心を落ち着かせるために水を喉に流し、パフェを無表情で食べるナナミを見る。


 ずっと無言でもぐもぐ食べていた二人は流石に異質だったのか、チラ見して来た人達は時々何回もチラ見して来る。


 気になるとずっと気にするタイプなのだろう。


 「えっとね。本当は前のダンジョン探索で聞きたかった事なんだけど、楽しくて忘れちゃって。今日改めて聞こうと思ったの」


 「そ、そうなんだ」


 「うん。急の誘いに乗ってくれてありがとう」


 ようやく口を開いてくれた。何の話か未だに見えない。


 「夏祭りの帰りにね⋯⋯」


 「そっか」


 それだけでなんとなく分かった。


 その日はオオクニヌシを潰した日だ。


 獣人の種族を持った刺客が家にやって来た事を踏まえるとナナミのところにもやって来た可能性がある。


 「チーターだっけ? の獣人に成れるシャイニングヘッドを持ったおじさんに襲撃されたんだ」


 「そうか」


 まずい。


 ナナミがいつもの感じで変な事を言うからおかしくて内容が頭に入って来ない。


 どうしてわざわざ頭部の特徴だけを言うんだ。


 『まずいわね。アーシも笑いそうよ。ナナミちゃん真顔で言うから余計におもろいわ』


 襲撃か。襲われたのか。


 「あまり強くなかったからそこはどうでも良いんだけど」


 「良くは無いと思うよ。警察とかには連絡したの?」


 「しようとしたけど、とてつもない猛者が突然現れて、処理されたから⋯⋯翌朝見たけど気絶させたおじさんはいなかった」


 「猛者?」


 「うん。喋りかけられるまで一切気づなかった。身体の芯から震え上がる程の魔力を持った⋯⋯化け物だったと思う」


 思い出したのか、ナナミの持つスプーンが少し震えていた。


 ナナミが全く気配を気づけず、化け物だと言う人間⋯⋯しかもオオクニヌシと関係ありそうな感じか。


 「男の人⋯⋯だったとは思うけどね」


 「何もされなかったのか?」


 「うん。私は何もされなかった」


 「そっか」


 誰がなんの目的でやったんだ?


 『地球の魔王だったりしない? なんやかんやアーシらに都合良く動いてるし、今回もその一つなんじゃ?』


 もしそうなら、俺は彼に返せないくらいの恩を受け取る事になるんだが。


 もうサナエさんの件で何回かお世話になってるんだからさ。


 でも確かに、彼の強さは俺を簡単に凌ぐしありえない話では無い。


 「⋯⋯まぁその辺も正直どうでも良いんだけどね」


 「良いのか」


 自分が襲われたってのに随分と普通だな。


 その事をツッコミたかったけど、話を曲げるのは良くないし聞き耳を立てる。


 「おじさんはキリヤを狙ってたと思うんだ。⋯⋯しかも本気で命を取ろうとしていた」


 「⋯⋯」


 ナナミは優しい人だ。


 その後から話すだろう内容は想像に難く無い。


 「最終的に私も命を狙われた⋯⋯と思う。キリヤって時々思い詰めた顔とかするし、気配が数日変わっていたりとかしたし⋯⋯私は」


 「俺は大丈夫だよ。見ての通り何ともないし」


 「そう、かもしれない」


 大丈夫だと言うと、上げた顔を下げる。


 上手く言い表す事ができないのかもしれないが、俺からはあまり話を発展させられない。


 したくない。


 「でも表情とかじゃ心の内は分からないよ。私が良い例だと思う。何か抱えて、それを外に出さないようにしてるんじゃないかって、心配で」


 「本当に大丈夫だよ」


 「⋯⋯嘘でしょ。そんな風に聞こえない。大丈夫な風に聞こえないんだ」


 声のトーンとかはいつも通り、内心も穏やかだとは思うけどな。


 少なくとも昨日の魅了よりかは荒れてない。


 ⋯⋯そうじゃないんだろうな。そう言う事じゃない。


 「私はキリヤの友達でライバル⋯⋯なんだよ。あまり分からない変化でも、何か違うって分かる」


 「そっか。何か嬉しいな」


 それと照れる。


 「キリヤが何か困ってるなら助けになりたい。命を狙われるような事をするなんて思えない。危険な事に巻き込まれてるなら相談して欲しい。私はキリヤの助けに成りたいんだ」


 言いたい事がようやく言えた、そんな風に見える。


 ナナミは息を落ち着かせるためか深呼吸する。


 うん。分かってた。ナナミがそう言い出す事は。


 「大丈夫だよ。俺は何も困ってない」


 「⋯⋯ッ!」


 ナナミは目を見張らいた後、深く顔を下げた。


 「私には、言えない事?」


 「そうじゃ⋯⋯いや、そうかもしれない。でも本当に大丈夫なんだ。もう、終わった事なんだ」


 そう終わったんだ。終わらせたはずなんだ。


 ⋯⋯まだ本題の世界侵略に関しては終わってないけどオオクニヌシについては区切りを付けた、はずだ。


 「それでも、話して欲しいよ。友達は我慢を背負える関係なんでしょ? キリヤが夏祭りの日に、私に言ってくれた事だよ。私にも、背負わせてよ」


 肩が小刻みに揺れている。


 不安、全身からそれを感じる。


 喉が渇いて水を飲みたくなる。全部水に流したくなる時間。


 ナナミをこちら側に踏み込ませたくない。


 彼女は普通の探索者で高校生でいて欲しい。


 「⋯⋯ごめん」


 「謝らないでよ」


 「忘れて欲しい、と思うけど難しいとも思う」


 「無理だよそんなの。ずっと心配だったから。今も、キリヤが窮地に立たされてないか心配してる」


 顔を上げたナナミの左目からは涙が流れていた。


 それを見た瞬間、心臓を鷲掴みにされた錯覚に陥る。


 喉の乾きが異常に早い。呼吸が難しく感じる。


 「キリヤは、私をそんなに、信用してなかった?」


 「ちがっ⋯⋯」


 そこで俺はようやく理解した。


 ナナミを信用してないから話したくない。関わって欲しくないから話したくない。


 そうじゃないんだ。襲われたんだからきちんと話すべきなんだ。


 ちゃんと理由を言うべきなんだ。


 ⋯⋯でも、俺の心はそれを拒んでいる。嫌がり恐れている。


 俺はナナミに何をして来たのか何を知っているのか何に巻き込まれているのかを知って欲しくないんだ。


 ナナミに迷惑をかけたくない。心配させたくない。


 大切な友達だから。初めて剣と剣で通じ合った友人だから。


 ズキっと心が痛む。この痛みは初めて感じる。


 仲間を失った時、魅了した時、人を⋯⋯殺した時、それらとはまた違う心の痛み。


 『アーシは話して良いと思うよ。何も言わない方が、彼女が自ら入って来る。まだ、彼女は戻れる段階だよ』


 俺のやって来た事を素直に話したらナナミは軽蔑するだろう。


 モンスターを倒し探索するために強くなっていたはずなのに。誰かを守る事のできる力なのに。


 俺はそれを私欲のために暴力として振るって、人の命を奪って来たのだ。


 それは紛れもない事実だ。目を逸らす気は無い。


 ⋯⋯ナナミに軽蔑されたくない。嫌われたくない。


 そう思ってる自分の心が大半を占めている。


 なんてわがままな事だろうか。


 「ちがっ、う。違うんだ。信用してない訳じゃない」


 「だったらどうして話してくれないの。頼って、くれないの」


 ナナミは今日色々と考えて来たのだろう。会っても尚どう話すか考えていたはずだ。


 不安と心配、それが彼女の心をどれだけ深く傷付けたか。


 考えていなかった。⋯⋯涙を見るまで自覚もできない愚か者だ。


 嫌われるのが嫌だ?


 自己都合の思いでこれ以上、ナナミを傷付けるのは絶対に嫌だ。


 「話すよ。全部、どうして命を狙われるかについても。終わった理由も」


 騙す事も言い訳する事も苦手だ。やってもどうせバレる。


 だからもう、包み隠さず一から全部、話した。


 その後彼女が警察に行こうが俺から離れようが、関係無い事だろう。


 「⋯⋯そっか。そうだったんだね」


 「ああ。こんな俺で失望したろ? 与えられた力を自分のために振るったんだ」


 「私は別に失望する要素無いと思うけど?」


 「え?」


 涙を払ったナナミは優しく、微笑んだ。


 「だって家族達を護りたかったんでしょ? それにそこには私も含まれてるよね。それは凄く嬉しい」


 「で、でも⋯⋯」


 「それしか選択肢がなかったんでしょ。私も戦ったから分かるよ。そいつらは簡単に命を奪ったり利用したり⋯⋯止めるには、護るにはやるしかなかった」


 ナナミが俺の両手を取った。優しく包み込んで軽く握る。逃がさない様に。


 「だからありがとう。殺しが正義だとは言わない。でも、悪だとも言わない。私は普通の人よりも感覚がズレてるのか、その辺気にしないんだよね。だからなんだよって話。⋯⋯キリヤは罪なき人に刃を向けるのかな?」


 「向けない」


 「うん。それが聞けて良かった。君は変わってない。キリヤはキリヤのままだ。私の大切な友達。それだけで十分じゃないか」


 ナナミの目は涙が完全に晴れて、まっすぐと凛々しかった。


 「この事は誰にも言わない。だから私も同罪。友達じゃなくて、ナナミとして私は君の助けに成りたいと心から思う。なんでも良い、なんだって良い。気軽に頼ってくれると、とても嬉しいし誇らしい」


 「ナナミ⋯⋯ごめん。何も話さなくて、相談できなくて、ごめん。ごめん」


 「キリヤ、そう言う時はごめんじゃないでしょ」


 少しだけ涙声になってしまってるが、気にしないでもらいたい。


 「ナナミ、ありがとう」


 それからお店を後にして、ナナミを家まで送る。


 「またご飯一緒にしよ。次は辛気臭い話は抜きにしてさ」


 「ああ。俺も、そうしたいかな」


 「嬉しい。じゃあねキリヤ」


 「うん。また」


 ナナミが俺の目の前までやって来て、顔を近づけて来る。


 耳元近くまで口が行くと、数秒おいて引っ込める。


 「え、何?」


 「⋯⋯なんでもない。またね!」


 声が裏返った?


 家に小走りで入って行くナナミの後ろ姿が誰かと薄ら重なった。


 その人はナナミと動きも体格も似ていたが、髪型がポニーテールで違った。


 「幻覚か?」


 目を擦ると普通のナナミしか見えなかった。


 「なんだったんだ?」


 手を振るナナミによって思考は切り替えられ、すぐに振り返した。




◆あとがき◆

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