第171話 侵略者第二陣、イノシシの英雄

 「エンリの力が消失、その日からようやく再びゲートを開けるな」


 「少し待って、一気に攻め込むべきじゃない?」


 「ああ。彼の犠牲を無駄にはしたくないが、行ってからさほど時間が経たずに繋がりが消えた。慎重に行かねばならん」


 二体の龍が今後について会話を重ねていた。


 先行させた炎の龍は違う世界に行ってから一日と経たずに死んでしまった。


 その事を微かに感じるのである。


 世界との繋がりは未だに健在であり、今は行こうと思えば行ける状況。


 しかし、世界に入るための入口を作るためのエネルギー量的に炎の龍と同じ結果になるのは必定。


 さらにエネルギーを溜めて軍を持って攻め込むべきだと考えたのである。


 少しでも炎の龍が敵戦力を削ってくれていたのなら楽になるだろう。


 「やはり計画通り十年待機し、超大型破壊魔法を打ち込むべきだったのでは?」


 その魔法を最初に放つ事で敵戦力を大幅に削る事はできると踏んでいる。


 しかし、とある事情で早める事ができたために先走ってゲートを開通させた。


 「崩壊のスピードが上がっている。悠長な事をしている場合では無いのだ。新たな世界が無くては我々は終焉を迎える」


 「それは分かっている。ただ、焦った結果弟が⋯⋯」


 「辛いのは我とて同じ事よ」


 龍と言う絶対的な存在に翼を生やした人間が一人近づいて来る。


 そいつは勇者の血を飲み英雄へと覚醒した人間だった。


 だが、有象無象と違い知性が残った状態で覚醒できた適合者である。


 「俺様に行かせてくれよ。俺だけなら大したエネルギーの消費にもならねぇ」


 「断る。イノシシの英雄よ。勇敢と無謀を履き違えるな」


 「なんだと? この俺様が遅れを取ると思ってんのか! 俺様は既にあの炎の龍の力を超えた! 龍を抑えるために力を使っただろう劣化魔王を倒せる!」


 二体の龍は弟を下に見られた発言に苛立ちを覚えながらもそれを表に出さない。


 ただ、炎の龍を退けたのが魔王だとしたらかなりの力を消耗しているのは間違いない。


 回復の猶予は与えているだろうが万全では無い可能性も高い。


 英雄の強さは目を見張るモノがある。


 「しかし、一人の勝手な行動が他の英雄達に悪影響を及ばさないとも限らん。身勝手な行動は慎んでもらう」


 「あぁん? ただの村娘だった俺様に血を飲ませて英雄にしたのはそっちだろ。身勝手に身勝手で返して何が悪い!」


 イノシシの英雄は平凡な村で生まれた娘だった。


 性格も穏やかであり家族からも愛情を与えられていた。


 だが、勇者を倒して魔王側も滅ぼす時に英雄にされてしまったのだ。


 時が経ち世界侵略のために人間全てが英雄となった。


 知性を残した英雄は12人。


 反発精神があるからと言えど処分はできない貴重な戦力である。


 それが分かっているからこその物言い。


 「どうするの?」


 「今はエネルギーを蓄える時期だ」


 「炎の龍を行かせただろ! 変わらねぇよ。劣化魔王の首を一つ二つ取ってやる!」


 「お前は自信過剰な面があるな。少しは自重しろ」


 「くっだらねぇ。どうして効率を考えない効率をっ! 俺様が敵戦力を減らせれば十分だろ。片道切符に必要な量も微々たるモノだ」


 どちらも譲らない。


 「⋯⋯仕方ない。あえて聞くが狙いはあるのか?」


 「俺様に力を与えた覚醒素材が愛したって言うサキュバスだ」


 「魔王がその才能に喝采を送ったと言われるサキュバス⋯⋯我が弟の目を貫いた奴か。良かろう」


 「え、良いの? こんな前例を作っちゃって」


 「願いを叶えてやる姿勢も見せるべきだろう。ただし、しっかりとした成果を見せねば今後の対応を改める事とする」


 英雄は拳を合わせて、ニカッと笑みを浮かべる。


 「そう来なくっちゃな」


 ゲートを小さく開けて魔王達に気づかれない様にし、イノシシの英雄を派遣させる。


 「半刻後には帰還する様に」


 「仕方ねぇな」


 その姿を見送った二体の一体がため息を漏らす。


 「良かったの? 他の兄弟に聞かずにさ」


 「最終決定権は我にある。文句は言わせん」


 「勝てると思う?」


 「イノシシの英雄は初の適合者だ。実力の高さは知っているだろう。事実、ライバルがおらず燃え尽きて修行を怠ったエンリに実力は匹敵する」


 それは質問の回答になってない、と言うツッコミを内心に留めておいた。


 ◆


 異世界へとやって来たイノシシの英雄は宇宙を漂っていた。


 数々の星を見て羨ましいと感じた。


 「俺様達の世界は既に一つのみ。それも半壊状態。どうしてここはこんなにも綺麗に残っているんだ」


 考えても分からないため、とにかく強い敵を探す事に決めた。


 炎の龍が少しでも活動をしていればもっと悲惨な状態になっていただろう。


 それを期待していた。


 「索敵魔法に自ら引っかかった奴がいるな⋯⋯サキュバスか? 早速だな」


 自ら攻めて来ない事に内心不思議に思いながらも英雄は進む。


 コイツは知らなかった。


 魔王達が星と繋がっている事を。


 月の都に到着したイノシシの英雄が目にしたのは生活を楽しむモンスター達。


 「どれも雑魚ばかりだな。俺様が皆殺しにしてやろうか!」


 「まずはワタクシを倒してからにしたら?」


 ゆったりと舞い降りて来るレイ。英雄が来るまでサキュ兄のライブを観てた。


 「ビンゴ! 俺様がお前を殺してやるよ」


 「随分と大きな目標を立てたわね。せめて可能性が僅かにでもある目標にする事をオススメするわ」


 それはレイに勝てないと言っているようなモノ。


 安い挑発である。


 「なんだと!」


 簡単に怒りを見せたイノシシの勇者はランスを取り出して加速する。


 「俺様が生み出す推進力は龍の鱗をも砕くっ!」


 「可愛らしい顔しているのに随分と口調が荒いのね」


 レイは魔法も防御も何もせずただ仁王立ちしている。


 (俺様のスピードが見えないのか?)


 見当違いの思考を回してレイの身体を貫くために突進した。


 結論から言えば、武器であるランスが砕けた。


 レイは怪我どころか服に汚れすら着いていなかった。


 軍服風ドレスは龍の鱗よりも硬いらしい。


 「あら、残念ね。龍の鱗にも硬度があるのよ。アナタの貫ける鱗は知らないけれど、その程度の力じゃワタクシには勝てないわよ」


 「う、嘘だ。これは神器なんだぞ! 壊れるなんてありえない!」


 「あらま。あのゴミ共が神器とか大層な名前で作った武器だったのね。それが壊れたんですもの、アナタの力は確かに強かったみたいね」


 褒めているようで煽っている。


 「ふ、ふざけるなっ!」


 星へと魂を繋げた魔王達の実力は龍達も正確には把握できない程に高い。


 もしも全魔王が自由に行動できるとなれば、龍達が来ても恐れる必要は無かったかもしれない。


 しかしそれはできないのである。


 「クソ。武器が無くたって!」


 「ワタクシについてあまり知らないのね」


 レイは空間を切り取ったかのようなスピードで英雄の顔を鷲掴みにする。


 抵抗してキックやパンチを繰り出すが無意味だった。顔面に命中してもかすり傷一つ着かない。


 イノシシの英雄が繰り出すパンチはユリを簡単に破壊できる火力を秘めている。


 「ワタクシは魔王達の中で三番目に強いの。それと、英雄と龍は魂が焦げる程に嫌いなのよ」


 力を込めると頭から血が吹き出す。


 「があああ!」


 人間が生活しているのは地球のみ。人は生活をするだけで地球に信仰を捧げているのと同義。


 そして生活できるために活躍している太陽に無意識に信仰を捧げている。その量は地球と比べると劣る。


 月は誰もが見た事あるだろう。中には綺麗だと思う人もいる。


 金星や火星などと比べると誰もが認識している。これもまた無意識な信仰へと繋がっている。


 信仰力は太陽にこそ劣るが十分信仰は集められているのだ。


 ただ、その事を当然教えるつもりもないし、英雄は理解できないだろう。


 「彼の血を取り込んで覚醒して力を得た感覚はどうだったかしら? 嬉しかった? 楽しかった? それとも、戦う宿命ができて悲しかった?」


 レイは力任せに地面へと英雄を叩き付ける。


 クレーターができても気にする事無く、何回も何回も力任せに打ち付ける。


 魔法も能力も関係なく、ただ腕力のみで叩き伏せる。


 英雄とて全力は出していなかった。そして出すタイミングと体力を失った。


 全力を出したところで、レイが本気で戦う事には成らないが。


 「不快なのよね。抗う事を諦めて龍に身を委ねた貴様らが運命に抗った彼の血を飲み、微かにでも力を授かった事が。憎くて憎くてたまらないの!」


 何十回と打ち付けた後、原型を無くした顔を自分の目線に合わせる。


 「だからワタクシのところに来てくれてありがとう。ワタクシに殺らせてくれてありがとう。貴様にはその事だけ感謝しておこう。魂すら砕く、貴様は確実な死を迎える」


 「⋯⋯た」


 言葉を出そうとした瞬間、レイは最大限の力で地面に叩き着けた。


 今までにない轟音が響き渡り、都に居るモンスター達が震え上がった。


 レイが見せなかった凶暴性と復讐心。その一部始終を見届けたモンスターは動けずにいる。


 「はぁ。やっぱりスッキリしないわね」


 軽く蹴り飛ばしてから持ち帰る。


 「情報を吐き出させて、血を抜いて⋯⋯トドメはその後ね」




◆あとがき◆

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