第170話 絡まれる三人
サキュ兄の入ったプレゼント箱は逆マジックミラー仕様になっていた。
スライムと言う利点を大きく活かして、中は真っ暗でありながら完全防音を可能にしている。
しかし、外からは透けてしっかりと見えておりベトベトのスライム風呂でドタバタしているサキュ兄が映像として写っている。
きちんと説明書に記載されていたが焦っているサキュ兄は冷静になれずに思い出せない。
そして誰もが助けに入らないし声をかけないと言う状況なために恐怖は増す。
「主様が家庭飼育されているお魚さんのように⋯⋯おいたわしや」
と、ユリは呟きながらもしっかりとその目に焼き付けていた。
“スライムの色が青だから良かったな。白だったらやばかった。本当にやばかった”
“まさかのコンボだったな”
“なんかもう動物園の動物よな。普段の魅了とは違う”
“恥じらい悶絶するサキュ兄は観れない代わりに他の状態になったサキュ兄が観れる”
“サキュ兄が観賞用ケースに入れられていると聞いて”
“うん。なんか色々とアウトな気が”
“水着着用しているせいで余計にそれっぽく見える”
“ヌルヌルしてますねぇ”
サキュ兄はただ訳が分からずに出して欲しいと壁を叩いている。
ツキリは冷静で助ける事はできるが、手を貸すつもりは毛頭ない。
それどころかバリバリに笑っており、サキュ兄の活躍を傍観している。
粘り気のあるゲル状スライムに包まれたサキュ兄がどんな状態なのか本人は知らない。
もしも知ったら数日は寝込んでしまうのではないかと思ってしまう程に酷い状態である。
「ねぇ! 本当にそろそろ出してよ。何が起こってるの? なんなの! 敵の気配がしないから余計に怖いよ!」
絵面だけで限りなくアウトに近いサキュ兄。
ユリ達とカメラが観ている正面の真反対側の通路からホブゴブリンがやって来る。
サキュ兄の背中を存分に観る事のできるホブゴブリン達。
青色のゲルスライムが背筋を通って水着の中に侵入して行く。
無意識にそれを目で追ってしまう。
冷たかったスライムにも慣れたサキュ兄はその事も当然気づいてない。
「む? 魅了成功した感覚が?」
“まじか。そこで気づかれるのか”
“これは精神的に相当なダメージを受けそうな気がする”
“黒歴史だよな。本人が未だに気づかないから余計に後から辛いやつ”
“くっ。俺のスライムは白いぜ”
“これが友達か幼馴染が考えたって信じられねぇ”
“本当に友達か疑うレベルw”
“俺ら側だよな。しかもサキュ兄を理解してそうで悪質な気がする”
“最高だぜ!”
サキュ兄は今の感覚で何が起こっているのか理解する。
「これ外から見えるヤツだろ! もう終わったならここから出せ! 怒るぞさすがに!」
“それだけ!”
“プンプンしてるサキュ兄がカワユス⋯⋯見た目はエロッス”
“本人はこの重大性に気づいてないのか”
“うん。面白いけど息子が萎えないからちゃんとずっと興奮してるべ”
“良い友達を持ったな”
“サキュ兄の友達も出演して欲しいぜ⋯⋯いやダメか”
“サキュ兄は百合百合してないとな”
“アイリスよ⋯⋯”
視聴者がもし、この魅了は女の子が考えた事実を知ったらどんな反応をするのか。
そう考えずにはいられないローズ。
男心の野性味を分かっているかのような二つの魅了を女の子達が考えたのだ。
視聴者を悦ばせつつ自分達も楽しめる。
ただ、サキュ兄本人の心はガン無視しているが。
サキュ兄の言葉にスライム達はプルンプルンの固体に近い状態になりペアの元へ帰る。
箱からも解放され、いつもの格好にも戻る。
「一体なんだったんだ。まだ感触が全身に残ってやがる⋯⋯」
全てスライムだったために濡れている訳でも無いが、感触はまだ残っているらしい。
しかし、何があったのか具体的には分かっていない様子。
「ユリ、魅了案の書いた紙見せて。内容が曖昧なんだ」
「すみません。ユラが食べました」
「⋯⋯なんで食べさせた?」
証拠隠滅なんてのは当然言えない。
「お、お腹が減っていたみたいです」
「スライムご飯食べないよ」
明らかに嘘だと分かるため、サキュ兄が詰めようとユリに寄ろうとする。
ローズはユリを助けるために話を強引に切り替える。
「主人、心の方は平気ですか?」
「え? まぁ。でもさっきの魅了に入っているから終わりで良いよね?」
「いえいえ。これらは『ご友人方』のためではないですか。配信はあくまでお伝えする手段」
「⋯⋯へ?」
閉じて見せない瞳の奥はきっと濁りきっているだろう。
ローズが何を言い出すか、この場の全員が理解した。
配信を観ている全ての人達も理解しただろう。
「主人は配信者でございます。お時間をいただいて来てくださっている方々がカメラの向こうにはいます。今度は配信者として、『視聴者方』のために魅了をするべきだと思うのですよ」
「⋯⋯わ、私も賛成です主様!」
ユリがここぞと言わんばかりにローズの話に乗る。
サキュ兄に動画を見返されたくもないし破棄した魅了案書も見せる訳にはいかない。
きっとあの魅了の真相を知ったら心が数日間粉々の塵になるからだ。
ユリとローズの二割の優しさと八割の欲望が視聴者の心を動かした。
“せやな”
“今度は恥じらうサキュ兄を観たいな。私達はそれを望んでいる”
“やったべ”
“魅了にレッツゴー”
「待て待て」
それはおかしいだろ、とサキュ兄は拒絶する。
短時間に二回の魅了を一つの配信でしたのだからもう十分だろうと言いたいらしい。
一度導火線に着いた火は光速の速さで進んでしまい爆発まで止める事はサキュ兄とて不可能。
既にその方向へと全員の意識が切り替わってしまった。
サキュ兄のメンタルも無事と言うおまけ付きなために拒否する理由などは無い。
やらないのは仲間と視聴者の期待を裏切ると言うデメリットと精神が安定している状態がキープできるメリット。
やるのは仲間と視聴者の期待に応えて今後も応援してくれると言うメリットがある。サキュ兄のメンタルブレイクはデメリットには含まれない。
やらない事にはデメリットはあるがやる事にはメリットしか存在しない。
ヒートアップしたこの場を沈める手はもはやサキュ兄に残されていない。
「ご安心ください。ユリ様もお付けします」
「ローズ?!」
突然の裏切りにユリは驚愕するがローズは止まらない。
「我が班員からホブゴブリンを向かわせているとの報告があがりました。この場でやりましょう」
「待って。俺同意してないよね? 魅了会議もまだだよ」
「視聴者方を悦ばせるのは大前提として今回は全面運命側で提供する形でよろしいかと。ここまで来て会議なんて、歯止めするような無粋はできません」
ローズが強引に押し進めて行く。
今回は視聴者達は完全に傍観者。企画などの提供はサキュ兄側が全てやる事となった。
「待ってローズ、なんで私も? 今日は私も観る専⋯⋯そ、それにまだ怪我の方も」
ユリの頬を優しく包む。
「痛くないのでご安心ください」
「とっても安心できないんだけど」
「時には身を削る覚悟も必要なのです」
「それは戦闘時だけで良くないかな?」
ローズは一枚の小さな紙を自身のペアスライムに見せ、情報共有がスライム達で行われる。
刹那、全てのペアスライムが一箇所に集結して触手を作り出す。
「ちょちょ何これ!」
「ローズ!」
サキュ兄とユリの手足を拘束して持ち上げる。
“あ、完全に同人”
“ローズエグいって”
“良き眺め”
“うーん。部位鎧とは言えど鎧だからな。騎士が触手に⋯⋯大好物”
「いや。ちょまっ。そこは入るなっ!」
胸の谷間に侵入する触手。シュルシュルとサキュ兄の身体を動き回り締める。
そこに主だからと言って手加減する甘さは無かった。
「なんっ!」
身体が柔らかいために痛みこそ無いが、締め上げによってくっきりと浮かび上がるスタイル。
露出と露出に次ぐ露出では無く着エロ方式。
さらに、服の中に侵入していく。
「待って、ほんとうにやめへ」
当然ユリも同じように締め上げられている。サキュ兄よりかは優しくされているが。
巫女服の上からでも分かる体付き、さらに脇を掠めてくすぐる。
「くっ。や、やめっ」
見るからに恥ずかしい状態。本人達も急の事で逃げ出そうともがくが、それが逆に良い効果を生み出しているのは言うまでもない。
羞恥心を二人して感じているが、絶叫とまでは行かない。
適度な恥ずかしさと終わった後に来るだろう強烈な恥ずかしさ。
今は適度な羞恥がちょうど良く、塩梅の調整はテクニシャンなローズが得意とするところだった。
最大の羞恥心は終わった後こそ良い。
“この連帯感と良い流れと良い⋯⋯練習してたのでは?”
“サキュ兄⋯⋯今日はとことん⋯⋯ぐへへ”
“デュフフ”
“グッジョブ”
「「や、やへてー」」
「主人、ユリ様。最高ですっ」
感極まったローズの背後に気配を殺したアイリスが迫る。
普段なら気づくが興奮状態のローズは気づかない。
「まぁさすがに姫様が可哀想だしな。これもちょうど良きバランスって事で」
「あ、アイリス?!」
アイリスはローズを持ち上げて、触手スライムに向かって投げた。
「へ?」
「追加だぞ!」
「こ、このやろううううう!」
「ま、因果応報って事で」
アイリスに従いローズまでもが触手魅了に加わる。
その後のアイリスは触手プレイを受けているローズをずっと見ていた。
後に待っているだろう説教も苦に思えない至高の光景。
そもそもローズがアイリスを説教する前にユリがローズを説教する。
それも分かっての強行である。
悪の組織メンバーが自ら作り出した生命体に反逆される、テンプレ的な展開を無理やり引き起こした。
“発案者までやるのかw”
“なんと言うテンプレ展開! それがまた良い!”
“スライム達が自分達の意思でローズを巻き込まないからこそアイリスが動いたんだなナイスだ!”
“アイリスも男か。ガン見してやがる”
「「「いやぁあ!」」」
女三人内中身男が一人の叫びがダンジョンの九層に響き渡った。
◆あとがき◆
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