第164話 レイの過去話(前編)

 レイはただのサキュバスだった。


 いや、ただのサキュバスだと言うには力が強すぎるのかもしれない。


 見る者を魅了する力を持つレイは無差別に抵抗力の低い者を魅了した。


 力のセーブができず、お願いすれば誰でも言う事を聞いてしまう環境。


 自分の気に入った相手と性行為が可能だった。


 それはサキュバスにとっての快楽を得る方法でありながら食事でもある。


 時には複数人で、時にはパーティやゲーム形式で。


 気まぐれで同性にも手を出していた。


 普通のサキュバスよりも力が強い反動か、食事の量も普通より多かった。


 大人となったレイは魔王の配下となった。


 自分の魅了が通じない相手は大人になればかなりの数いた。


 それでも、魅了と言う能力が無くても堕とす術をレイは身につけていた。あるいはサキュバスとしての本能か。


 食事にも困らず、適当に過ごしていた。


 ただ、同じ相手に二回も食事として誘わなかった。


 将来の夢も何も無く、ただその場の欲に浸ってのんびりと生きる。


 部隊を任されて仲間が増えても生活は変わらない。


 「団長。俺、この戦いに勝ったら結婚するんだ」


 「あそ」


 「え、反応薄くないですか?」


 「いや〜一度ワタクシの身体を味わったのに結婚できたなんて凄いわねおめでとう。記念に一夜をプレゼントしてあげようか?」


 「いえ、結構です」


 「ふふ。冗談よ。同じ相手はつまらないモノ」


 オーガの配下と軽口を叩き合い、進行して来た勇者軍を見据える。


 「面倒ね。なんでワタクシの領地に攻めて来るのかしら。人間を殺した覚えもないし、食べたのだってしっかり合意の上なのに⋯⋯」


 「純粋に勇者の生まれた地から近かったんじゃないっすか?」


 「理由が適当よねぇ」


 それでも戦わないといけないため、勇者の相手をレイがする事になった。


 レイは魔族の中では強い部類である。


 闇魔法を得意としており、その力は魔族最強の魔王にも一目置かれていた。


 生まれ持った才能とスペックの高さ。しかし、本人のモチベが無くかなり強い魔族で収まっていた。


 黄金に輝く聖剣を掲げた勇者から迸る魔力はレイを絶望させた。


 (魔王様に匹敵する魔力⋯⋯化け物じゃん)


 戦意喪失したレイは仲間達に撤退の指示を速やかに出した。


 まだ誰もが戦いをしておらず、勇者以外剣を抜いてすらいない。


 勝てない戦いに向かわせるレイではない。


 「降参。ワタクシはどうなっても良いから、どうか彼らの命は助けてちょうだい。家族がいるのよ」


 勇者に近寄るレイ。人間側は警戒を示すが勇者は剣を下ろす。


 否、手から剣が力なく落ちた。


 「う、美しい」


 「⋯⋯は?」


 レイと人間側全員の言葉が重なった瞬間だった。


 勇者と人間側は争いが無くなれば良いと考えている平和主義。


 実の所それは魔王も同じ考えだった。


 「魔族の中で精神力の弱い奴は魔物みたいに暴れまくるから、そいつらは別に殺してもなんとも思わないわ。あんなの魔物よ魔物。ワタクシ達も何回も殺してるわ。知性の高い魔物は魔王軍に入っている奴は殺さないで欲しいわ。他の魔物は⋯⋯頭の良い厄介な魔物ね。殺す方が安心できるわね」


 魔物は魔族だろうが人間だろうが本能のままに殺す。奴らは生物を殺す事を楽しむ生き物なのだ。


 「ふむ。しかし、誤りで魔族を殺しては平和条約は保てない。どうにかならないモノか」


 勇者とレイ、人間側の王族の三人でどうするか考える。


 この話を魔王の所に持って行くのは簡単だが、その前にある程度形にしておくべきなのである。


 一触即発だった戦争状態。とは思えない光景がレイの領地を埋めつくしていた。


 人間と魔族は見た目や魔力の質こそ違えぞ、言葉を交わし合える。


 言葉を交わせば友情も芽生える。


 「⋯⋯それで勇者さん、ワタクシの胸をガン見しすぎでは?」


 「す、すまない!」


 目を逸らす勇者。しかし、チラチラとレイの胸を見ていた。


 (⋯⋯まぁ見られる分には別に気にしないけど。教育がなってないわね)


 勇者の魔力が高すぎるため身体に害が及ぶと考え、レイは勇者を食事には誘わない。


 (もしかして魅了が発動してる?)


 それだとまともな会議ができない、と考えてため息を漏らす。


 一度軍隊は引いて行き、改めてと言う形になった。


 「まさか戦争が起こらないとはびっくりしましたね」


 「そうね。魔王様の『人間と仲良くしよう。戦争反対』って言う考えが実を結ぶ事になるなんて。友達皆でばっかじゃないの? とか笑ってたのに」


 「中々の性格ですね」


 「だってさー。人間とは分かり合えないって思ってたもん」


 「食べず嫌いなモノでしたね」


 「ほんとそれ」


 魔族と人間の平和が実現した世界がイメージできないレイ。それは仲間も一緒である。


 翌日、勇者は一人でレイの家を訪れた。領主とは思えない普通の家。


 食事後にそのまま寝たため、部屋から充満する臭い。


 扉の奥に見える裸で寝る男達と服を着るのをサボったレイ。


 そんなレイの身体を飛び出る勢いでガン見した勇者は咳払いをして、バラの花束を前に出す。


 「僕と結婚してください」


 「帰れ」


 バンッと強く扉を閉めた。


 素直に勇者は帰り、翌朝再び来訪する。


 部屋の奥には横に倒れて幸せそうな笑みを浮かべる女性の影が数人。


 昨日と同様裸のレイ。


 「僕と結婚してください!」


 「⋯⋯バカなの? 魔族と人間なのよ。それにワタクシはサキュバス、無理に決まってるでしょ」


 「種族なんて関係ありません。これは僕の本気の気持ちなんです。今は無理でもいずれはできます。そんな世界を僕らは目指しているんです」


 真っ直ぐな眼差しを向けられてもレイの考えは変わらない。


 毎朝の来訪が三ヶ月続いた。勇者の奇行を人間側は止めなかった。


 何回振られても立ち寄る不屈の精神は正に勇者。


 ある日の夜にレイは家から逃げ出した。


 (あんな奴に魅了が通じるなんておかしいでしょ。あんな神々しい魔力を大量に持った奴と関わりたくない。人間側で平和条約が確立してから帰ろうそうしよう。国に帰ろ!)


 レイは旧友に会いに行きつつ、そろそろ民を食べるのが飽きたので新しい男か女を探しに旅に出た。


 仲間の悲鳴が遠くから聞こえそうな気がしたが、きっと気のせいだろう。


 ⋯⋯が、しかし。


 「僕と結婚してください」


 「えー怖い怖い怖い」


 とある村の宿で二十人くらいのホブゴブリン(性別年齢問わず)で腹を満たしたレイの前に現れる勇者。


 「怖いよ。キモイよ。なんでここにいるの?」


 「バラのように香る匂いがしたものでして」


 「ウルフか⋯⋯もおかしいな。なんだよお前キモイな」


 「貴方の犬になら成りたい!」


 ドン引きを隠せないレイは自分のカバンからポーションを取り出す。


 状態異常を回復させ耐性も付ける超高級品。


 強力な毒など対策として普段から持ち歩いている物だが面倒に感じて使う。


 勇者にぶっかけるレイ。


 「良い? ワタクシを好きになる男は沢山いるの。その過半数はワタクシの体質で魅了されている」


 当然食べるために恋に落とした奴もいる。


 「きっと初恋なのでしょうね。もう目が覚めたでしょ? ワタクシは魔族なの。人間のお前と違い翼もあるし角や尻尾もある。それにワタクシにとって男は餌なの。さっさと国に帰りなさい」


 付きまとわれるのは面倒と感じたレイの行動。


 踵を返して移動の準備を始めようとしたレイに対して勇者は立ち上がる。


 強く睨む。放出される魔力はレイを警戒させる。


 「僕が体質程度の魅了にかかる訳が無いでしょう。むしろ勇者として、有害物質のレジストは可能です。言ったでしょう。この気持ちは本気だと」


 「は、はぁ? 意味分かんない。だいたい一目惚れでしょうが。確かにワタクシはサキュバスで付属部位を省いたら人間の中でもかなーり美人だとは思うわよ。でもだからって⋯⋯」


 レイは魅了の効かなかった人間を思い出す。


 魔族だからと襲いかかって来る人間。


 戦いたくないレイは逃げ出した。


 人間を殺せばより強い人間が殺しに来る。面倒なだけだ。


 つまり、どれだけ容姿が整っていようと魅了が通じない時点で人間は容赦なく殺しにかかる。


 勇者達は平和主義の頭お花畑で例外なだけだ。


 「確かに。ルックスやスタイルの良い女性はこちら側にも沢山います。勇者ですから沢山の女性に言い寄られました。⋯⋯ですが、この胸の熱くなる気持ちは初めてなんです」


 「だからさ⋯⋯」


 「種族は関係ない。僕は貴方が好きだから好きになったんです。一目惚れだろうがなんだろうが、好きと感じた。その事実は変わりません!」


 「⋯⋯訳分かんない。サキュバスなんだよこっちさは。人間の男を好きになるとでも思う?」


 「それはこれからの僕を見てください。僕もさらに好きになります」


 話の流れが見えずにレイは困惑する。


 「実は結婚申し込みの二回目くらいには既に条約の内容書は完成していたんです。後はこれを魔王に通すだけでして⋯⋯」


 「さっさと出せよ!」


 「結婚の申し込みが先かなと」


 「私情を優先するな!」


 こうして二人は魔王に会うために行動を共にする。





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます


遅れました。申し訳ありません

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