第165話 レイの過去話(中編)

 「お帰りなさい。もう少し早く戻ってくれると進むペースが上がるんですが⋯⋯」


 「嫌いになった? ならもうワタクシの生活に口出ししないで欲しいのだけれど」


 「いえ。全く」


 宿は節約のために一緒の部屋を使っている。


 旅の途中で寄った国でレイは男漁りをしている。


 「⋯⋯てかさ。好きな女が他の男や女に抱かれて嫌じゃ無いの?」


 「いえ。それが貴方の生き方で食事なんでしょう? だからなんとも思いませんよ。同じ人と二回目の夜を共にしないのは情をそれ以上出させないためですか?」


 勇者はレイが魅了だけで繋がった関係維持をしていると考えていた。


 二回もレイとしてしまったらその人は溺れて戻れなくなる。


 それは淫魔としての宿命的な人生だ。


 相手を自分に依存させる中毒性を持っている。


 特にレイはサキュバスとしての力が強いために効果は絶大だ。


 依存した男や女は指示を出さなくても枯れ果てるまでレイの腹を満たそうとするだろう。


 それがたまらなく怖いのである。


 「違うわよ。男は腐るほどいるのよ。だから飽き対策のために別々の人とやってるの」


 「そうですか?」


 「そうよ。飽きてしまったら二つの欲求を同時に解消できないでしょ」


 二人っきりの旅は順調⋯⋯ではなかった。


 レイの調整できない魅了の体質はどこに行っても一定の問題を起こす。


 それに何をするにも金が足りないのである。


 「魔王城遠くない?」


 「飛ばないんですね」


 「飛んだらアンタをどう魔王様に面会させると?」


 「確かに! 賢いですね!」


 「アンタがバカなのよ。勇者のくせに」


 「勇者はただ強い人間が貰える称号なだけですからね。それ以外に意味は無いですよ」


 金を稼ぎながら魔王城へと進んでいる最中、雪山で二人は詰まっていた。


 大吹雪に見舞われて洞窟に篭って三日。


 携帯食料の備蓄も心許なくなって来た。


 何よりサキュバスのレイは食事を取れていない。


 勇者は怖いし他に生物は居ない。


 「ワタクシも人間が食べるような食事で栄養が取れたら⋯⋯」


 空腹に見舞われる。


 魔族だから人間の勇者よりも耐えれるとは言え限界は近いだろう。


 勇者の体力も消耗しているし、怖さを殺して食べる訳にもいかない。


 「はぁ。だから雪山は迂回しようって言ったのに!」


 「僕の力があれば雪山の魔物なんてへっちゃらよ。時間かかってるんだから最短で行くわよ、と言っていたじゃないですか」


 「責任をワタクシに押し付けるの?」


 可愛らしく言うと、勇者は土下座をした。


 「いえ。自然災害を倒せない僕が悪いです」


 「冗談よ真剣に謝るな恥ずかしい」


 「⋯⋯」


 不思議なモノを見た勇者の目にレイは睨みをきかせる。


 「なによ」


 「いえ。恥ずかしいがるんだなぁと思って」


 「悪かったわね!」


 「そんな。新しい一面が見れて嬉しいです。好きな方の新しい一面を見つけるのって、こんなに嬉しいんですね」


 嘘偽りのない本心。屈託のない笑み。


 「ばっかじゃないの」


 レイはそう口にしながらも心の中ではそこまで嫌ではなかった。


 その変化に自覚を持たないまま、五日目に突入した。


 さすがにおかしいと考え始めた二人。


 「こんなに続くとは考えにくいわね」


 「そうですね。気づくのが遅かった。これは魔物、あるいは魔族の仕業ですね」


 力が弱まった二人では勝ち筋は薄い。助けが来るかも怪しい。


 どうして気づかなかったのかと、レイは自分を叱咤する。


 「⋯⋯うっ」


 レイは何度目かの頭痛に襲われる。


 空腹感を得てから定期的に感じる衝動を抑えるように、頭を抱える。


 「大丈夫ですか?」


 「大丈夫よ。アンタも食料が無いんでしょ。動かない方が良いわ」


 どうにかして勇者を山から避難させたい。


 レイはそれに頭を使おうとするが、その度に頭痛が邪魔をする。


 ぐぅぅうう。


 大きな腹の虫が唸る。


 すぐそばに餌があると言うのに手を出さない。


 サキュバスの本能をレイの理性が抑える。


 「あ、あの」


 「何よ」


 「僕の⋯⋯食べてください」


 顔を赤らめながら、勇者は口にする。


 「何を言って⋯⋯」


 「この中で提供できるのはそれくらい。貴方ならきっとそれだけで解決に到れるはずです」


 長旅で勇者はレイの強さや優しさを知った。


 反対にレイも勇者の化け物じみた強さと自分の正しいと信じた道を進む頑固さを知っている。


 金に困った浮浪者が入れば金を渡してしまうような人柄なのも知っている。


 「⋯⋯嫌よ」


 レイは短く考え込んでから、震える声で言った。


 「僕の魔力は全ての生命に特攻を生みます。でも今は弱っている状態なので危害はないと思います。大丈夫ですから、怖がらないで」


 勇者は誰が見ても優しい人間なのだろう。しかし、ちゃんと男の子。


 実は内心喜んでいたり妄想していたりする。


 「違うわよ。別に怖いからじゃない」


 震える身体を抑えるように、自分の腕を握る。


 「怖いのなんてとっくに無い。君は強い。けどその力を決して暴力で振るう人間じゃない。もう十分知ってる。バカだけど真面目な所もね」


 「⋯⋯」


 妄想も興奮も全てが収まる。


 好きな相手の流す涙を見れば、頭は真っ白になるだろう。


 「嫌なのよ。この状況で少しでも食べてしまえば、きっとワタクシは止まらない。止まれなくなる。体力の落ちた貴方がどうなるか、想像できるでしょ」


 その言葉は勇者にとって嬉しい言葉だった。


 なぜならば、レイは勇者に死んで欲しくないと願ったからだ。


 人間なのに魔族に一目惚れして、色々と知った。


 自分以外の男としても生き方だと理解して、誰にも言わなかった本心にも気づいた。


 自分の事を心の奥底から好きになる相手なんてレイには現れないと思った。


 サキュバスってだけで性処理の道具と見られたり、魅了のせいで洗脳と変わらない関係だったり。


 インキュバスだってそれは変わらない。


 サキュバスの中でも群を抜いて優れたレイは誰もが純粋な好意を向けてくれなかった。


 魔王はレイの優しさや力を見抜いて出世させ、一度食べた事のなる仲間達もレイの本性を理解してる。


 でもそれは好意とはまた違う。信頼や尊敬である。


 サキュバスとして絶対に避けては通れない道でも、生きるためにはやるしかない。


 ならばせめて、一夜だけの快楽を相手に渡そうと考えていた。


 レイは愛と言うのを考えないようにしていた。


 しかし、自分を真正面から魅了もさらずに好きだと言った。内面を見抜いた上でも好きだと言ってくれる。


 自分のためなら剣をも抜くだろう相手からの真実の愛を受け取った。


 その意味が分からずに混乱したレイだったが旅の間に整理して気づいたのだ。


 自分の初めての感情に。嘘偽りのない気持ちに。


 「嫌なのよ。貴方を失ってしまうのが、とても嫌。食べたくない。君を、汚したくない」


 レイは素直になった。


 互いに命の危険がある状況だろうか。


 そんな事はどうでも良く、勇者は素直になってくれた事実が嬉しかった。


 そして、考えるよりも先に動いていた。レイを抱きしめいていた。


 「好きです。一目見た時から。美しい角や翼。貴方の全てを好きに成りたいと思いました。貴方を信頼する者は誰もが笑っていた。人間なのにすんなり領地に受け入れた。それだけで優しい方なんだと分かったんです」


 「何よそれ⋯⋯」


 「見る目には自信があるんです」


 「⋯⋯レイ、親しい方にそう呼ばせているのよ。貴方もそう呼んで」


 「レイ、僕は貴方が好きです」


 その日勇者は命懸けで初めてを卒業した。


 硬い洞窟の中で。身体を重ねた。


 勇者の魔力を直接食らったレイは速やかに元凶の魔物を探し出して倒した。


 倒すと判断すれば多少の無茶をしてでも問題ないと決めれる。


 自然災害でないのならば問題はなかった。


 元凶を持ち帰り、解体して肉を焼いた。


 「はい」


 口を開けれる状況じゃなかった勇者にレイは口渡しで食べさせた。


 「起きてよ」


 食事を終えて、雪を溶かして飲水にして勇者に与える。


 すると、一時間で復活した。


 「助かりました!」


 「さすがの生命力にワタクシもドン引きよ」


 レイは一度食べてから暴走した。記憶が飛ぶくらいに本能のまま動いた。


 丸一日だ。丸一日食事をした。


 それに耐えきった勇者はギリギリで命を繋ぎ止めていた。


 「最初の三分はすごく、えへへ」


 「反応がキモイわ」


 「ただ、その後は必死でしたね。呑まれないように⋯⋯」


 「ワタクシの残った記憶は口で飲んだ事くらいね。その後は覚えてないわ」


 互いに必死だったのだろう。生きるための行動だった。


 勇者は支度をしながら、小さな声でレイに呟く。


 「今度は二人とも元気な時に、したいです」


 「⋯⋯そうね。君はワタクシに依存しなさそうね。バカだから」


 その後、魔王との平和条約はあっさりと決まる。


 勇者と魔王、人間最強と魔族最強の交わした誓いは簡単に破られないだろう。


 そして暴食とまで言われたレイは誰も食事に誘わなくなったと噂が広まった。


 勇者とサキュバスの半年近くの旅だった。





◆あとがき◆

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