第162話 七海と行くダンジョン二回目

 屈辱的な魅了の翌日、ギルドへと向かっている途中でナナミが俺の方を向く。


 「キリヤ。今日一緒にダンジョン行かない?」


 アリスがその言葉に反応して目を大きく開いた後、ニヤリとした笑みを浮かべた。


 その事を気にしつつどうしようかと考える。


 ⋯⋯だって、昨日の今日だし。


 何か考えがあるのでは無いかと疑ってしまう。


 「あ、昨日の配信とは関係ないからね?」


 ナナミに考えを読まれてしまった。


 「うん。分かった。一緒に行こ」


 まぁ息抜きになると思うし全然良い。


 ナナミと一緒に入って移動しようとする。


 「ナナミ、広い場所を見つけたら模擬戦でもする?」


 「勝てる気はしないけど、やる価値は全然あるね。キリヤが良いならやりたい」


 俺から誘っておいて嫌だと言う訳が無い。


 九層に向かって広い空間を見つけたら模擬戦でもしようと思う。


 「ちなみに私は11層で活動中だよ」


 「良いな。俺もそこに行きたい」


 「キリヤの場合仲間も多いしもっと下に行けるだろうけどね」


 ナナミは今も一人で活動しているらしく、攻略ペースは落ちているらしい。


 既に地図のできた階層だとは言え楽勝と感じるまでは同じ階層に留まる。


 ホブゴブリンを発見した。


 今回は配信では無いので魅了せず、倒しに加速する。


 「はっ!」


 ホブゴブリンが俺を認識するよりも早く首を刎ねる。


 敵はもう一体おり、そいつはナナミの鋭い刺突が脳天を貫いた。


 スピードで負けるとか言っておきながら、結構近いスピードな気がする。


 「キリヤも足を着けて走りなよ」


 「そしたら車並みのスピードも出せんぞ」


 「うん。知ってる」


 「え?」


 軽く笑っているナナミの顔を見ればからかっているのは分かる。


 ナナミにからかわれる事実になんて思えば良いのか。


 ちょっと嬉しく感じているのは俺の性癖がそっち方面では無く、純粋に友達としてナナミが踏み込んでくれたのが嬉しいのだ。


 『言い訳?』


 「違う!」


 「え?」


 「あ、ごめ⋯⋯」


 「ツキリさんにツッコミ?」


 「そう!」


 茶番を終えて奥へと進む。


 二人で会話をしていると、本来なら別行動して金稼ぎをするローズがずっとこっちを見て来る。


 ユリが居たらきっと彼女の役目だろうと思いつつ、その視線を無視する。


 それからも二人で九層を攻略していると思う事がある。


 「連携の前に敵をワンパンするから前回みたくいかんな」


 「それくらい強いのと、防御力に関してはオークの方が硬いからね。仕方ない事ではある」


 「てかナナミはもう九層とか攻略しないよな。ごめん。スピード上げて十層行くか?」


 十層を突破したナナミは既にこの階層に要は無いのだ。


 十層単位で転移できるアイテムがあり、その階層のボスを倒したと証明すればステータスカードにそれが刻まれ購入可能になる。


 故に、ナナミは既に十層からスタートになるので九層に居ない。


 「問題ない。一緒にダンジョンを歩けるだけで私は楽しい。それに配信でもないのに進むのは良くないからね」


 「お気遣いありがとう」


 「不満そうだね」


 「そうでも無いよ?」


 一緒に喋りながらダンジョンを歩くだけで楽しいか⋯⋯俺もそう感じているのかもしれない。


 だから九層はもうナナミに必要ないと言う事実に気づかなかった。


 危機感無いと思われるかもしれないが、きちんと警戒はしている。


 広い空間を発見したので、準備運動をしてから模擬戦を開始する。


 互いに全力を出すつもりは無いだろう。


 魔法や能力は使わない。ただ飛行能力だけは使わせて貰う。


 それが無ければナナミの劣化だからな。


 「それじゃ。行くよ!」


 踏み込んだナナミのスピードは距離を百からゼロに一秒未満で潰す。


 人間の時の齟齬が大きい。それもかなり。


 前に一緒に探索した時よりも断然速い。


 「だけど」


 反応できれば対応できるスピードではある。


 ナナミの刃を受け止める。


 金属音を響かせてジリジリと押される。


 「まじかっ」


 「これは驚いた。私の方が力持ちなんだ」


 俺も同意だ。サキュバスとは言え速度重視の猫人に力負けするとは思わんかった。


 今のナナミの力はアイリスには匹敵しないがユリには届くだろう。


 「くっそ」


 受け流して逃げようとするが抵抗される。


 押し込まれて飛ばされないようにしている。


 力で上回ると分かった瞬間に無理やり押し切る作戦に切り替えたのだ。


 「やってやる!」


 翼を大きく広げて飛ぶ準備をし、剣から手を離した瞬間に後ろに飛ぶ。


 ギリギリ脱出成功。


 俺の元居た場所は上空からコンクリートでも落とされたのか、亀裂を刻んでは凹んでいた。


 「スライムの武器は無しだよ?」


 「しないよそんな事⋯⋯はねっ!」


 ナナミの横に飛行して回し蹴りを飛ばす。


 反応がコンマ二秒遅れたナナミは腕を間に入れるも力を込めれずに吹き飛ぶ。


 防御姿勢に入る前に攻撃が入った。


 「動体視力を上回った⋯⋯」


 「ナナミならコレもいずれ慣れるんだろうな」


 「全力じゃないのに、速いな」


 「お互い様だろ」


 俺は武器を拾い上げる。その隙にナナミは壁やら天井やら動き回る。


 ⋯⋯猫のやって良い次元じゃ無いと思うんだけど。


 「⋯⋯ここっ!」


 力では負けるから押される前に弾く。


 そしてすぐに離れる。


 カキンっと金属音を響かせ、俺は後ろに飛んだ。


 「え?」


 ナナミは尻尾を使って地を蹴り迫って来る。


 流石に尻尾で動いて来るとは思わないって。


 「対応するのね」


 「驚きつつも冷静にね」


 攻撃を防ぐと同時に弾かれ、尻尾の攻撃が横っ腹を襲う。


 攻撃に合わせて飛んだので最小限の被害で済んだが、モロに受けていたらヤバかった。


 「二刀流は使わないの?」


 「二刀流はライムを使うからね。一刀でやる」


 「良い。それくらいは。むしろその方が良いな。技を使う君と闘いたい」


 「分かった」


 ライムにもう一本の剣になって貰う。


 ナナミは地を蹴り、俺は空気を薙ぎ、加速する。


 回転を加えた二本の斬撃。爪で抉る様な斬撃。


 「⋯⋯ヒュー」


 ナナミが先程の二倍の速度、能力でも使わないと到達できない程のスピードで刀を振るい攻撃を弾いた。


 ⋯⋯違う。スピードが上がった訳じゃない。


 動き出すタイミングが速かったんだ。


 この状態は⋯⋯極限の集中状態だ。


 僅かな動作から攻撃を予測して感覚的に対応する。


 「⋯⋯さて、どこまで対応できるかね」


 俺の出せる最速でナナミの背後に移動する。


 それにも対応しようとしたが、身体が思考に追いついていなかった。


 右手の剣を手放す。


 刀を振るう手を掴む。


 左剣の切っ先をナナミの首に向ける。


 「⋯⋯スっ!」


 集中が切れたナナミは力無く倒れそうになったので支える。


 「やっぱ速いなぁ」


 「十二分にナナミは速い」


 こっちは進化してんだよ。


 それに近いスピードを出せる時点で凄いんだ。


 「⋯⋯集中酔いしちゃった」


 「そんなのあるんだ?」


 「うん。まだ慣れないし、大丈夫な時間が分からないから、使う度に倒れちゃう。実用性はまだ無いなぁ」


 ナナミを休ませる事にした。


 アイリスとローズは黙ってナナミを見ていた。


 「やっぱつえーな」


 「そうね。自分らじゃ越えられない」


 良い刺激になったかもしれない。


 「キリヤ」


 弱々しい声で俺の名前を呼び、俺の手を握る。


 「酔い覚ましに、これを」


 震える手でバックパックから取り出したのは⋯⋯前に見た事のあるノートだった。


 「おいナナミ、本当に酔ってるのか?」


 「とても吐きそうよ」


 力強い眼差し。


 アイリスとローズが俺の肩に手を置く。


 「友達を助けるためだぜ!」


 「やりましょう!」


 「さっきのしんみりした空気はどこ行ったの!」


 ホブゴブリンの前に現れる。ちなみにナナミもしっかりと観賞できる位置にいる。


 ⋯⋯ぐっ。


 長い髪を両手で掴んで分けて、ツインテールのようにする。


 相手を見下すような眼差し。靴下や靴を脱いで生足を露出させる。


 「や、やーい。雑魚のお兄さーんは、う、うちの足でこーふんしちゃうんだぁ?」


 キモイ。これを自分でやっているのかと思う程にキモイ。


 俺が吐きそうなんだけど。


 しかもこの魅了って多分照れちゃダメだよ。恥ずかしがっちゃダメだよ?


 でもナナミや仲間に見られながらやると恥ずかしいんだよ!


 「その名もメスガキ魅了。⋯⋯あんまり似合わない」


 「姫様身長高いもんな。スタイル良いし仕方ない」


 「声だけはイメージにあるメスガキ」


 ホブゴブリンは背中を地面に預けて、腹を俺に突き出して待機する。


 踏んで欲しいのか? 踏まないからな?


 「ナナミ、これで満足か?」


 靴下を履きながら睨みつける。


 「うん。多分配信では見られないモノだしね。もう少し幼さを出してくれたらもっと嬉しかった」


 「⋯⋯妥協しました」


 「やっぱりか」


 「この魅了をナナミが思いつくとは思えん」


 「それは偏見だよ。幅広いジャンルで考えてるから」


 そんな熱意はいりません!


 『バリ面白いんだけど!』


 家に帰ると、マナとアリスから感想を受ける。


 「兄さんを分からせたい」


 「一部の人には重要あるよ」


 「うっさいわい!」




◆あとがき◆

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