第161話 サキュ兄VS妹様&その他

 「むしゃむしゃ」


 昼飯用に持って来たサンドイッチを食べながら緩やかな時間の流れを感じる。


 “相当なダメージを受けているね”

 “ウケる”

 “サキュ兄そろそろ移動しようや”

 “最初の魅了場所から全然動いてない”


 “廃人みたい”

 “ひたすらサキュ兄の苦悶する光景を観ている謎の時間で二時間経過中”

 “魅了見直して戻って来てもまだここか”

 “そろそろ次行こうや”


 “昼はまだ始まったばっかりだぜ”

 “サキュ兄ガンバ!”

 “君ならできる!”

 “次は清楚系で行こう。エロくないので行こう。大丈夫僕が説得するから”


 はぁ。


 屈辱的な魅了をしてから時間がかなり経過したらしい。


 見上げた天井は洞窟のような岩作り。青空なんて見えない。


 「予定と違った。話と違う」


 「姫様⋯⋯ごめん」


 「謝るくらいなら最初からするなよ。なんで騙すかなぁ。結構傷ついたかんね?」


 “これは重症だわ”

 “ん〜罪悪感”

 “悪いのは視聴者なのに⋯⋯すまないアイリス”

 “ごめんちゃい”


 アイリスが謝る。


 彼は視聴者の意見に従って動いただけに過ぎない。


 それは分かっている。分かっているけどやはりやるせない気持ちがある。


 こっちは魅了の度に決死の覚悟で戦場に出向く兵士の心にしてる。


 なのに、その覚悟を貶された。


 予定とは違う魅了で拗ねていると言われればその通りかもしれん。


 『そろそろ面倒になって来たな』


 ツキリは俺を慰める立場じゃないの?


 『慰めたら魅了してくれるの?』


 ⋯⋯ごめん。


 クヨクヨしたって仕方ないのは分かる。


 「主人⋯⋯申し訳ありません」


 「別に謝る事じゃないよ。ローズも追加注文だったんでしょ? 魅了対象を運んでたんだから」


 「いえ。そこは【念話】の方で⋯⋯」


 同罪じゃないか。


 「まぁここに居ても生産性無いからな。動かないとな」


 俺は立ち上がり先に進む事を決意した。


 “おお!”

 “サキュ兄復活か?”

 “魅了! 魅了!”

 “やったべ”


 ホブゴブリンを発見した刹那、俺は拳を握って肉薄していた。


 命を懸けた戦いと同じレベルの全力で。


 「はっ!」


 風切り音がドローンカメラのマイクに拾われるくらいの大きさを出せる速度で殴った。


 敵ホブゴブリンの肋骨は砕け、勢い良く奥の壁に突き刺さる。


 「ふぅ。スッキリした」


 「姫様がサイコパスになった」


 「主人が八つ当たりを⋯⋯南無阿弥陀仏」


 “まじかよ”

 “全然復活してなかった。むしろ根に持ってるかもしれん”

 “それでも魅了を勧めたい”

 “なんてこった”


 完璧にスッキリした訳では無いが鬱憤は晴れたね。


 壁を殴った方がもっとスッキリしたかも。殴りがいが無いわ。


 晴れたニコニコ笑顔で振り向くと、仲間達全員が萎縮した。


 別に殴らないのに。


 『あはは。こわー』


 新たな魅了会議が始まる時、ローズは挙手して意見を出した。


 「実は妹様より魅了案を出されているんです」


 「却下」


 “それにしよう”

 “それで内容は?”

 “まじかよ妹からかよ。妹いたのかよ。妹さんもサキュバスなんかな?”

 “決定”


 “身内にちゃんと知られているんだなぁ”

 “草”

 “一体どんな魅了なのかな?”

 “わくてか”


 俺はローズの肩に手を置いて次の発言をさせない。


 「待ちなよローズ。俺はそんな話一切聞いてない」


 「ご安心ください。妹様より最後まで絶対にバレないようにと言われております」


 「おかしいな。安心する要素が見当たらない」


 「ご冗談を」


 え、今のどこに冗談だと捉えられる場所が存在した?  ねぇ?


 そもそもどうしてマナが魅了案などと言うモノをローズに提出している。


 いつだ? いつなんだ?


 ダメだ分からない。


 常に護衛は用意していたし、どこでどのタイミングか本気で分からん。


 違うか。


 今重要なのはいつそれをやったかじゃない。


 重要なのは、マナが考えた魅了をさせない事だ。


 このままでは定期的にマナの魅了をさせられる。俺にはその未来が見える。


 『失敗100%』


 運命の魔眼は黙っとけ。勝手にテロップを出すな。まだ確定と決まった訳じゃないだろ。出てくるな。


 『めっちゃ早口じゃん』


 魔眼が発動したのはお前のせいだろ。


 落ち着け俺。


 魔眼の確率は人の感情や思考によって簡単に揺らぐんだ。


 マナの魅了を失敗させる方法は⋯⋯ローズの口から出させない。


 だから彼女が話そうとしたら全力で止めるのだ。


 これで勝つる。


 ローズの動き全てに集中しておく。言葉以外で何かされないように。


 「ってのが内容でして⋯⋯」


 「アイリスぅうううう!」


 「姫様、どうして俺達が知らないと錯覚していたんだ?」


 「なん、だと」


 アイリスがスマホを操作して魅了の内容と思われる長文をコメントに投下していた。


 「あの謝罪はなんだったの」


 「姫様が立ち直った今。また魅了を見たいと思うのは配下として当然の想いだと思うんですよ」


 「なぜに敬語になる⋯⋯他の奴らも同意するな!」


 畏まった風に『うんうん』と頷くなよ!


 ⋯⋯くっ。ローズ以外に先を越されるとは思わなかった。


 だがまだ終わった訳じゃない。


 マナの魅了内容が拙くて視聴者の心を掴めず、却下されれば良いだけの話だ。


 我が妹の事だ。兄に全力で魅了させるような内容を思いつくはずがない。無いのだよ!


 “決まりだな”

 “修正する場所も無き”

 “さすがは妹様だな。理解している”

 “えへへ、ありがとう。やったぜ”


 “え、妹様?”

 “本人登場なのか?”

 “でも実際本人かは分からないけどね”

 “本人様だったら激アツ”


 「姫様。このままやるってさ」


 「ば、バカな」


 『うん。知ってた』


 項垂れる俺を荷物のように持ち運ぶアイリス。


 ウルフ達のリーダーとして君臨しているダイヤの方を見る。


 「せい!」


 アイリスの手から脱出してダイヤの上に乗る。


 フサフサとした温かみのある毛並みは眠気を誘う。


 「目的地までこの状態で行く。ダイヤよろしく」


 「ははっ!」


 ウルフってモンスターだけど獣臭とか全然しないな。むしろ心を落ち着かせる良い匂いがする。


 ウルフだけど匂いとかに気を使っているのだろうか。


 あぁ、このまま寝て解散時間まで過ぎ去らないかな本当に。


 着替えさせられる。


 「ふむ。これはあれか? キャットか?」


 「そうだな⋯⋯くくっ」


 「主人似合っております」


 アイリスが笑いを我慢しやがった。


 女性用の運動着のように上下別の服。へそとか太ももとか丸見え。


 露出度だけで言えばかなり多いが昔の陸上選手もこんな感じの格好なのだ。


 そう考えれば恥ずかしさは薄らぐのだが⋯⋯頭に着けられたカチューシャの猫耳と先端がハート型の尻尾に装備した猫しっぽが恥ずかしさを濃くする。


 今回は屈辱的魅了が多くない?


 囚人の次は猫なの? ペットなの?


 ⋯⋯コレを我が妹が考えたってマジなの? 酷くね?


 「兄にこんな格好させてなんとも思わないのか」


 “喜んでるんじゃない?”

 “嬉しいと思うよ”

 “鼻血出していると思うよ”

 “尻尾をもっと動かして!”


 うっし。終わらせるか。


 ローズ班が集めたホブゴブリンの前に俺は出て膝を折る。


 ホブゴブリンの方に左肩を向けるように座り、斜め上目線。細かく指定された角度は45度。


 右の人差し指を下唇に添え、左手は曲げた膝の少し前に。腰をちょっと曲げて背中の曲線を見せる意識。


 言葉を出す前に尻尾を軽く動かして猫っぽさをアピールしつつ、猫なで声で甘えるように媚びるように。


 一部の人間からは嫌悪感と憎悪を向けられるだろうな、と思う声を強くイメージして。


 「に、にゃ? お、おにいたま、のあいが、ほ、ほしいにゃ〜」


 “ぶはっ!(吐血)”

 “まずい。ティッシュの使い道が変わった”

 “白い液体じゃなくて赤い液体がデスクを汚すぜ”

 “これが三次元ってヤバいな”


 “サキュ兄は猫人だった”

 “ニャニャ”

 “可愛いな。もうカッコ良さも可憐さも何も無く、ただ可愛い”

 “ぶりっ子は嫌いだがサキュ兄のコレはめっちゃ好き。照れ最高かよ”


 “狙ってやってるのに照れるの最高にきゃわいい!”

 “やばぁ”

 “うん。これぞサキュ兄よな”

 “ニヤけが、ニヤけが止まらんぞ”


 ⋯⋯ナンコレ。


 俺の瞳から光が消えた。


 『くっそウケる』


 ◆


 「やばぁ」


 さすがはお兄ちゃんだ。イメージしていた以上の可愛さと尊さを出してくれた。


 ふふふ。


 人間のお兄ちゃんでは絶対に味わえないこの感覚!


 深夜にカップラーメンを食べる以上の背徳感にゾクゾクとしてしまう。


 「はぁ。もっと色んな人にお兄ちゃんを観て欲しい。でも独占したい気持ちもある。うあああ! どうしたら良いんだああああ!」


 ◆


 「やばぁ」


 さすがはご主人様。どんな状況や魅了でも最高のパフォーマンスをしてくれる。


 リンゴのように赤い頬も可愛さに拍車をかける。


 だから思うのだ。


 「生で見たかったなぁ」


 「テンションの高いユリちゃんもそそるわね」


 私の心は平常に戻った。




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る