第153話 アイロズVS久遠 後編

 夏祭りの余韻に浸りながら月を見上げるローズとアイリス。


 この後に始まる戦いのために心を落ち着かせていた。


 「なぁローズ。幹部が姫様の邪魔する時、お前は誰と戦う?」


 「クオン一択だな。コイツだけは自分の力じゃないと倒せないと思う。主人の力を使わせるのは論外だ」


 「だよな」


 まだ詳細も分からない敵だが、種族が分かっていれば誰を相手するべきか分かる。


 ローズは再生能力を奪える毒を使えるために、その能力が使える種族全般に強い。


 「アイリスはどうする? イガラシ姉の情報が真実だとしたら、タチバナは自分と同じ戦闘スタイルだ」


 「俺はローズと一緒にクオンを叩く」


 「え?」


 それはローズにとって予想外の言葉だった。


 なぜなら、ローズとアイリスは戦闘スナイルが真逆だからだ。


 連携を取るにしても真逆過ぎると互いに足を引っ張る可能性がある。


 その点を考えればアイリスと同じ戦い方を取れるユリの方が相性は良い。


 私情を挟まないで考えればその判断が正しい。


 「俺は不器用だから。とにかく破壊力を伸ばした。でも再生されたら意味が無い」


 「ええ」


 「吸血鬼に有効な武器ってのもあるらしいけど、対策されている可能性が高い」


 弱点を補わない戦闘者は基本いないだろう。


 真正面から戦った場合、アイリスの勝ち目はゼロだと言って良い。


 「足でまといになる可能性もある」


 「だったら⋯⋯」


 「でもよ。俺は防御力にも自信があるんだ」


 何が言いたいんだと、ローズは見せない瞳から睨みを効かせる。


 「ローズの技術があっても敵に一太刀も入れられない場合、俺を盾や囮にでも使ってくれ」


 「は?」


 ローズは怒気を込めて呟いた。


 アイリスを盾にして突っ込むと言う事はかなりのダメージをアイリスが引き受ける事になる。


 もしかしたらそれで死んでしまうかもしれない。


 それはキリヤが死ぬと同じくらいに辛い現実だと、自然と思い至る。


 「そんな作戦は呑めない」


 「ダメだ。何かを賭けないと倒せない相手なのは考えなくても分かる」


 「それがお前の命だと言うのか! 冗談も大概にしろ!」


 胸倉を掴み上げて、目を開けて睨む。


 視線を交差させ、アイリスの瞳の奥に眠る覚悟の炎をローズは見た。


 「勘違いするなよローズ。俺は死ぬ訳じゃない。どんな攻撃だろうが耐えてやる。そしてお前の牙を確実に届かせる」


 「⋯⋯でも、そんなのは、嫌だ。嫌なんだよ。仲間を、アイリスを盾にして戦うなんて」


 「もしもの話だ。限界まで二人で戦おう。俺達の戦い方は違うけど考え方は近い。なんせ同じタイミングで魅入られたゴブリンだからな」


 ニカッと笑うアイリスの笑顔は先程見上げた花火よりも明るく見えた。


 アイリスは覚悟を決めた。ならばローズはどうするか。


 「分かった。自分と一緒に戦ってくれ、アイリス」


 「おう」


 拳を打ち付け合い、互いの決意を固めた。


 もしもクオンが居ないのならばそれはそれで構わない。いるのならば二人で戦う。


 「これだけは決めておこう」


 アイリスの言葉の続きをローズが言う。


 「互いの足を引っ張ろうが自分達の全力を出し切る。分かるよ、お前の考えは。ま、全力出して勝てるか不安な相手だが」


 「ああ。難しいだろうな」


 「そう。簡単じゃない」


 ◆


 クオンはごくごく平凡の一般人で普通の幸せを謳歌していた。


 優しい両親、少しキツめの対応をするが照れ隠しと分かりやすい妹。


 五体満足で生まれた自分の身体。


 そんな普通で平凡で何の変哲もない生活にクオンは常に満足していた。


 友達と楽しむ学校生活、家族で囲む温かみのある食卓。


 時には有名な探索者の話で盛り上がったり、将来の話に夢中になったり。


 不安などとは無縁の生活をしていた。


 ⋯⋯が、ある日の夜に妹は家に帰って来なかった。


 友達と遊んでいた妹はテロに巻き込まれていたのだ。


 その事実を知った瞬間に広がる恐怖と不安、詳細など分からずに妹の安否が気になり家を飛び出す。


 靴も履かず、足に刺さる小石の痛みや体力の減りなんて気にせずに向かった。


 警察が説得を試みているが犯人は当然出て来ていない。


 種族の力を利用した立てこもり犯に簡単には近づけない。何より人質もいる。


 「はぁはぁ。クソっ」


 クオンは叫んだ。妹を解放してくれと。助けてくれと。


 クオンは願った。警察に妹を助けるように。犯罪者を捕まえるように。


 犯人の要求はヘリだった。


 違法入国者で逃走或いは帰還用の移動手段を求めていた。


 それを出せと、渡せとクオンは叫んだ。


 とにかく人質の解放を願った。


 「人の命がかかってるんだぞ! 要求を呑み込めよ! 税金で食ってんだろ!」


 ヘリに爆弾でもGPSでも仕込めば良い。最悪逃がしても良い。


 とにかく人質の解放をして欲しかったクオン。


 妹の安否が知りたかった。


 中に突入しようとする暴挙にも出たが止められ、永劫に感じる時間を渦巻く恐怖の中で過ごした。


 妹はちゃんとご飯を食べているのか、寝ているのかなどが気になり始めた。


 願っても現実は動かない。


 ヘリを用意できる場所が無い。


 ヘリの場所まで誘導する事も難しい。上空からハシゴを下ろす事も運転手が必須のため決断できない。


 犯人と警察の意見は平行線、結果的に隠密系の種族と能力を備えた特殊部隊が向かった。


 当然敵にも索敵能力の高い人も居る訳で、激しい戦闘音が広がった。


 犯罪者の生存者は僅かの五名。六十人近くいたのにだ。


 警察からの死者は三十人近くで突入者は百を超えている。


 クオンにとって需要なのは一般人。


 一般人の人達で生き残ったのは種族を持った人達だけだった。


 種族になれば多少の戦闘余波は耐えられる。しかし、種族を持たぬ人間はどうだろか?


 人外の戦いはとても酷く、その余波は生身の人間を殺す。


 「あああああああああ!」


 クオン、その家族、友人達も妹の死を悲しんだ。


 罪も無く、ただ可愛らしい妹だった。だと言うのに死んだ。


 片腕はちぎれ、両足は潰れ、片目は消えていた。


 切り傷や痣は当たり前、その上から焼かれたかのように黒く染まっている。


 髪の毛も燃えてしまったのか、綺麗だった髪はなりを潜めていた。


 泣いた。クオンはただ自分の無力さを噛み締めて泣いた。


 ⋯⋯だけどまだ終わりじゃなかった。むしろ酷いのはここからだった。


 妹の死が過ぎ去り、クオンは警察を目指していた。


 そのための訓練をしており、才能を開花させた。


 両親の応援の元、大学に入り法律を学びながら強くなる努力をしている時、友達にある者を見せられた。


 それは違法と思われるアダルトビデオ。


 サイトを利用する事自体にクオンは目を瞑る。良くは無いと思いつつもビデオを見る。


 それはヤラセでも何でも無いリアルの映像。しかし、それが本物だと分かったのはクオンのみ。


 妹がテロに巻き込まれた日に防犯カメラをハッキングした人間が居た。


 犯罪者は立てこもりをしながら自分の欲望を解放していた。


 その対象に妹が含まれており、動画は広く拡散されていた。


 『お兄ちゃん、助けて』


 妹の助けを呼ぶ声がクオンの心臓を握る。


 辛い時間を過ごして犯罪者と警察の戦いに巻き込まれて亡くなった。


 死しても欲望を発散させるための道具として利用される。


 それは許されない事だ。


 蘇る当時の不安と恐怖、何もできなかった無力感と怒り。


 彼を追い込むには十分すぎるネタだったが、同じ日に絶望のおかわりが入る。


 それは両親の訃報だった。


 飲酒した居眠り運転に轢かれた交通事故。


 二人は吹き飛ばされた後にタイヤで踏まれ引きづられた。その痕跡が痛々しく身に刻まれていた。


 顔は判別できないレベルだったが、荷物などから身元確認はできた。


 運転手は警察関係者。それも立場の高い人間だった。


 莫大な慰謝料が振り込まれた。それには口止め料も含まれている。


 口止め料、それがある事実にクオンは焦る。


 焦りは正しく、ニュースになるどころか捕まる事もなかった犯人。しかも同じ事を数回繰り返していた事実を知る。


 クオンは十二分に絶望した。そして失望した。


 彼は力を求めた。このクソッタレな世の中を破壊するために。


 その過程でオオクニヌシに入り、破壊活動を続けた。


 支配も興味が無い。正義を語る偽善者を全員壊す、それだけを望んでいた。


 でも薄々気づいていた。それすらも興味が無いのだと。


 ただ世界が憎くて疲れてしまっている事実に。


 妹を失って警察を目指した、家族が応援してくれたから頑張れた。


 その家族も夢の存在に壊された。


 頑張る理由も、生きている意味も、目指したい夢も、既にクオンには無かった。


 ◆


 そして現在に至る。ユリの決着が付いた頃合。


 アイリスとローズはかなり疲弊していた。


 「ローズ、俺を信じろ」


 「ええ」


 ローズは手札を全て吐き出した。アイリスに蓄積されたダメージは大きい。


 覚悟を決めて行くしかない。次の攻撃がラストチャンスだろう。


 そしてクオンの眼には見えていた。この戦いの勝率が。


 『倒す100%』


 その結果に満足どころか不満を抱いている自分がいる。


 退屈なのか、それすらも分からない。


 そもそもなぜ、オオクニヌシのボスを守るような立場で戦っているのかすらも分からない。


 なぜ守る必要がある。自分は破壊しか望んでいなかったのではなかったのか?


 クオンの疑問が巡る中、アイリスとローズは特攻した。


 ペアスライムで盾を作りながら特攻するアイリスに血の刃を伸ばす。


 その後ろにいるローズにも伸ばして行く。


 魔眼の力で行動の全てが先読みされる。


 「ぬおおおおおおお!」


 血の刃が身を削り刺さろうとも足を止めない。


 「かはっ」


 ただ背後にいたローズに刃は深く刺さり後ろに吹き飛ばした。


 (女の気配はしない。分身系は無いか。そろそろ楽にしてやろう)


 アイリスにトドメの一撃を決めるために血の刀を形成する。


 互いに攻撃圏内に入る。


 「おらあああああ!」


 「⋯⋯」


 『鬼化』『狂化』を乗せたアイリスの渾身の一撃。


 それは大地を穿つ絶大な一撃になる⋯⋯はずだった。


 「⋯⋯ッ!」


 アイリスは斧から手を離して血の刀を肩で受けて、腕を掴んだ。


 勝率に歪みが生じる。


 何が変わる要因だったのか、クオンは理解するよりも先に腕をちぎろうと動く。


 「遅せぇ!」


 アイリスの捨て身とも取れる行動の理由、それはクオンの動きを止めて真正面に立つ事。


 アイリスがクオンから最初の一撃を受けた時吸血鬼の血に侵された。


 その血を抜き取り抗体となる血を流し入れた。


 つまり、今のアイリスにはローズの血が入っている。


 「⋯⋯行け」


 アイリスの腹にある袈裟斬り痕から血のダガーが放出されてクオンの身体に突き刺さる。


 再生能力を奪いつつ肉を腐らせ、抗体を利用した毒。


 クオンに流されたのはクオン専用特別の特攻毒である。


 「う、がっ」


 血を吐き出し、毒に抗うように血管が浮かび上がる。


 「遺伝子が書き換えられる程にお前は血を操れるか? 経験した事のない毒に抗えるか?」


 ローズはクオンに近づきながら言う。


 ローズの毒はDNAに作用する代物だ。


 進化の過程で吸血鬼とゾンビの力を合わせるために会得した技術。


 未知の進化をした経験もなく、遺伝子レベルから身体が変えられる経験も当然ない。


 そんな相手にローズの毒は防げない。


 クオンは諦めるかのように倒れた。


 「ローズあんま近づくな」


 「⋯⋯分かった。応えろクオン。お前はなぜ、血暴走を使わない。本気を出さなかった」


 崩れ落ちて行くクオンの肉体をローズは見下ろす。


 「お前⋯⋯抵抗してないな。お前レベルの再生能力ならこんな速度で崩壊は起きない。立つ事もできるだろ」


 ローズの疑問はきっとこの戦いへの不信感から来ている。


 ローズは戦いの中でおかしな点があった。


 「⋯⋯なぜ、だろうな。分からん。単純にもう、疲れたのかもしれない」


 「疲れ⋯⋯」


 「鉄錠無き破壊と言ったが、あんなのは口先だけだ。もう目的がなんだったのか分からない。実際こんな門番をしてる」


 長々と会話できる理由はローズが毒の力を弱めているからだ。


 アイリスも気づいている。ローズのおかしな点。


 それは、戦いに集中していなかった事だ。


 再生できるとは言えダメージを受けるのはよろしくない。無駄な魔力を消費する事になる。


 回避できる攻撃に集中せず他の事ばかり考える。それは油断に近い。


 「お前はずっと自分らとの戦いに集中していなかったな。ずっと、どこか他人事のように戦っていた。真面目に戦ってない奴に、自分は真剣に戦えなかった」


 「それは君が未熟だからだ。生きるのに辟易した人もいるんだから」


 「お前に夢は無かったのか。それを応援してくれる人は。守りたい大切なモノは無いのか」


 「ローズ、コイツは敵だ。同情するな」


 「⋯⋯悪いアイリス。気になるんだ。命を賭けた死闘でコイツはずっと手を抜いて、死にかけている。それがどうしても、気に入らない」


 子供っぽい所を見せるローズに溜息を漏らす。


 (夢か⋯⋯とうに砕けたモノだな)


 死んでも自分は家族と一緒の所には行けない。


 (家族⋯⋯か)


 クオンはローズ達の方を見る。


 「サキュバスの家族を狙うと言う作戦を聞いた事がある。⋯⋯嫌味に聞こえるかもしれないが、すまなかったな」


 (なんなんだよ、それ)


 ローズの中に生まれた疑問は広がって行き、静かに葛藤する。


 毒を進行させればクオンを倒す事に成功するだろう。


 手加減して死ぬ事を望み、本気を出さなかった舐めた相手に勝つ。


 「沢山の人を殺した。きっと善人の方が多く殺している。オオクニヌシはあのサキュバスが潰すだろう。そうなれば他の魔王候補者も表立って動く」


 「何を⋯⋯」


 「でもオオクニヌシを恐れて隠れた奴らだ。強さは期待するなよ。女、毒を活性化させろ。もう寝たい。疲れたんだ、この世界に」


 ガリッとローズが歯を食いしばる。


 「⋯⋯お前は死を望むのか」


 怒りに震える口で吐き出す言葉。


 「ああ。もう良い。十分だ。結局世界は変わらないって気づいたから」


 「そうか。分かった」


 ローズはペアスライムを使って連絡を取る。


 「ジャクズレ来てくれ」


 「ローズ?」


 「吸血鬼をジャクズレの配下にする。死を望む奴に死は与えない。自分が強くなるための研究に利用する」


 「そんなの姫様が許すと思うか!」


 「説得する。自分は⋯⋯死ぬために戦うような奴を殺せない。どうしても、殺すべき相手に思えない。それに情報を持っているし事後処理にも使える。ごめん、わがままで」


 「⋯⋯たく」


 アイリスはそれ以上何も言わなかった。


 「甘いな。不意打ちするかもしれないよ?」


 「お前にそれを行う意味が無いだろ。お前に生きる意味が無いなら自分が与えてやる。夢が無いなら自分の夢を手伝え。そして、自分の大切や夢を思い出せ。悔い改めて、呆れた世界のために尽くせ」


 「お優しい事だな。⋯⋯サキュバスの家族は無事かい?」


 「当然だ」


 「それは、良かったよ」




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます


文量だけなら二話分はあります

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