第151話 ユリVS立花 後編!

 これは私が自暴自棄のような状態から回復した後の話。


 ドラゴンの遺産である巨大な剣の前で主様が声をかけてくれた。


 「何もアドバイスできなくて悪かったな。本当なら、俺がユリの暴走を止めるべきだったのに」


 主様にも暴走と思われていた事実に少なからずショックを受けつつ、聞き耳を立てた。


 「俺もがむしゃらに訓練した時があったんだ。探索者の年齢制限を知って、その事実を受け入れられなかった小さな時の俺。その時の俺は強くなれば入れると思ったな。だから寝ずに訓練した」


 意外だった、それ以外の感想は出ない。


 私の見ていた主様は常に完璧で強くなるための努力を惜しまない人だった。


 自分の身をボロボロにする程の非効率な訓練をするような人ではないからだ。


 「体調を崩して冷静になったんだ。その時から色々と気にするようになった」


 「主様⋯⋯」


 「今のユリはその時の俺なんだ。だから、何かを言う事ができなかった。本当にすまなかった」


 「あ、謝らないでください!」


 頭を下げられてしまった。私のせいなのに。


 「皆を魅了して仲間になってもらったのに。皆が主だと言ってくれたのに。不甲斐ない限りだ」


 「そ、そんな事ないです!」


 私は全力で否定した。


 凹み出した主様の手を取って目を合わせる。


 「不甲斐ないのは私です。⋯⋯今は周りのおかげでこうやって冷静になれました。私は主様に仲間の管理を任されたのに。自分の事しか見えておりませんでした。恥ずかしい限りです」


 腹を割って話す機会なんてそうそう無いからだろう。


 素直に話す事ができた。


 私は弱い。力も心も弱いのだ。


 だから自分の事しか見えなくなってしまう。


 「主様、どうして私は魔力が無いのでしょう。モンスターとしておかしいです」


 もしも魔力があれば私も鬼の力を解放できただろうか?


 できたとしても、それでどれ程の力になるかは分からないけど。


 「ユリは他のゴブリンとは最初から違う。今も魔力が無い点で皆と違う。それは特別な存在だからだと思う。あまり悪い風ばかりに考えるな」


 優しく頭を撫でてくれる主様。私は嬉しくて、無意識に抱きついていた。


 子供っぽいかもしれないが、これがとても落ち着く。主様も拒絶しなかった。


 「主様、私は必ずやあの怪物の魔石を有効活用してみせます。貴方様と剣を交え認めあった存在の心臓を私的に使用する事、お許しください」


 「ローズみたいに堅苦しいな。良いんだ。でもそうだな。アイツ以上に強くなって、俺と闘ってくれ。一緒に強くなろう」


 「⋯⋯はい」


 一緒に、強くなる。その言葉がしんみりと染み渡った。


 自然と笑みが浮かんだ。


 私はもう非効率な訓練をしないし、自暴自棄モドキに陥る事は無い。


 仲間に胸を張って統率者と言える、主様の右腕と言われる存在になる。


 主様は自暴自棄モドキの私に何もアドバイスができない事に悩み辛い様子だったけど、この会話でとても救われた。


 「ありがとうございます主様。特別だと言ってくれて。一緒に強くなろうと言ってくれて。本当に、ありがとうございます」


 「なんか今生の別れみたいだな。止めろよ。ユリ、俺の前から絶対にいなくなるな」


 「はい。この魂に誓って」


 心の奥底から沸き起こるマグマのように熱い気持ちを鎮め、優雅な一時を過ごした。


 ◆


 渡りの奴らはバカばっかりだ!


 僕は何もしてないのに、僕は何も悪くないのに。


 どうして荷物を隠され暴力を振るわれパシリにされなければならなかったのか。


 そんなバカ共の相手が嫌になり、僕は自分の部屋に居るようにした。


 今時部屋でもできる仕事は沢山あるんだ。わざわざ低能な奴らと合わせるために学校に行く必要は無い。


 今はまだ準備期間と言っているのにクズ共は外に出ろだの働けだのうっとしい事ばかり言う。


 32歳、僕は家を追い出された。穀潰しだの無能だの罵声を浴びされて一文無しで追い出されたんだ。


 ふざけるなと、何度叫んでも反応を示さなかった。


 この世の中はバカとクズ、クソまみれなんだ。


 日雇いなんて僕には相応しくない。だから僕はダンジョンに行ったんだ。


 僕のような天才ならば簡単に稼げる仕事だと思ってね。


 結果は大成功。僕は大金を楽々に稼ぎ魔眼と言う特別な力を手に入れた。


 僕は神に祝福された、愛された人間だったんだ。


 それも分からぬ学生のバカ共と僕を追い出したクズ共に思い知らせてやった。


 僕が正しかったと証明したのだ。


 正しいはずなのに、警察に追いかけ回される日々が続いた。


 間違ってないはずなのに。何も間違ってないのに。


 ああ、本当にクソな世の中だ。


 そこで出会ったのがオオクニヌシだ。僕はこの組織の思想に共感した。


 僕と同じ天才が集まる場所だと感じたのだ。


 警察に追いかけ回されない。バカと同じ空間にいない。


 完璧な安全を手に入れるために利用できると思った。


 誰もが僕にひれ伏す完成された世界を目指して。


 そのためにバカは間引かなければならない。


 そのための知能と力が僕にはあるんだ。


 天才は理解されない。だから理解される世の中にするのだ。


 まずは家族を守るためとか言うバカを倒すところから始める。


 僕の完璧な安全を邪魔するバカはどんな手を使っても処分する。


 ◆


 「はぁ、はぁ」


 頭から流れる血のせいで右目が見えない状態になり、足も震える。


 ダメージがかなり蓄積されている。


 「どうしたの? 最初の威勢が無くなっているようだよ?」


 ああ。強い。確かに強い。


 あちこちに隠された武器を全て操るタチバナは強敵である。


 「⋯⋯私は強くなるんだ。お前なんかに負けない」


 自分の事しか考えずに見えてないアイツなんかに負けてなるものか。


 私は地を蹴って接近する。


 銃撃は回避し、刀の攻撃は弾く。


 肉薄したら防御に使う武器が下から展開される。


 戦っている中で気づいたもう一つの攻略方法。


 守りを壊すでも、隙を作り出すでもない。


 「巧遅拙速こうちせっそく


 攻略方法その三、防御が展開される前に斬る。


 ただ速い斬撃。


 走った勢いを全て腕に乗せて高速で振るう。


 角度も握り方も全てを捨てて、速度だけを追求した剣技。


 この刃はたとえ主様だろうと、間近ならばかすり傷程度なら与えられるかもしれない攻撃。


 ちなみに、先生とレイ様には一度も当たってない速度である。


 「ぐっ!」


 「え?」


 私の想像以上に深く相手の身体を斬った。


 ステップで距離を取り相手を観察する。


 一歩も動いてない? 微かにも動いてない。


 「お前⋯⋯動けないのか」


 動かずに対応していたのではなく、動けない状態だった。


 しかも棒立ち。だから雑で速いだけの攻撃が想像以上のダメージを与えた。


 本体の防御力も薄いのか。


 「痛い。痛い痛い痛い痛い」


 「うっ」


 張り巡らさた根全てから断末魔が聞こえる。うるさい。


 最大音量のスピーカーから出された音をゼロ距離で聞いた時の音よりも大きい。


 鼓膜が破れそうだ。


 「音が収まった⋯⋯あれ、声が?」


 その音はあまりにも大きく、私の聴覚を奪った。


 耳を塞いだ手を見れば血が付着している。刀を握る手に血は着けないようにしてたのに。


 耳から血が流れた?


 「タチバナは⋯⋯」


 奴を見ると、認めたくない現実が広がっていた。


 数え切れない。視界に収まらない数の刀や剣が根に吊るされ浮いている。


 きっと全方位にあるのだろう。


 これがタチバナの本気、か。


 「⋯⋯あああああああああ!」


 咆哮をあげて自分を鼓舞する。聞こえないけど。


 それで諦めるのは愚か者だ。


 「負けるかあああ!」


 私は地を蹴って接近する。


 同時に迫って来る攻撃を弾き弾いて弾きまくる。


 身が削られようとも骨に届かなければ、まだ動ける。


 「しまっ!」


 剣を弾いた時、カキンっと金属を響かせて私の手から刀が抜けた。


 「がはっ」


 腹から伸びる切先。銀を伝う私の血。


 背中から刺されたらしい。


 「これは⋯⋯まずい」


 力が入らずに私の四肢は根に縛られる。


 「ああ。痛い。痛いよぉ。でも僕は寛大だからね。それじゃ、暇つぶしのおもちゃも手に入れたし、身体が再生するまで楽しもうかな」


 球根のような根が私の元へと迫って来る。


 悔しい。こんな奴に負けるのが悔しい。


 『負けた?』


 ああ、負けた。


 私は刀が無ければ何もできない。


 『負けと認めるか?』


 認めるしかないだろ。私じゃ対応できない手数だった。


 『それで、認めるか?』


 私はこれ程までに負けるのが嫌いだったのか⋯⋯。うるさいな。


 『お前が勝つのを信じたのは、誰だ』


 ⋯⋯主様。そして仲間達。


 『手は?』


 動く。


 『足は?』


 動く。


 『頭は?』


 動く!


 『牙は?』


 ある!


 『覚悟』


 とっくにある!


 短いロウソクに蒼い炎が灯る。


 最後の力を振り絞れ。私が恐れるのは主様の役に立てない事だ。


 まだやれるだろ。首に根は無い。顔は動かせる。


 腹を刺されたって簡単には死なない。こちとら純粋なモンスターだ。


 「あああああ!」


 腕にある根を口で引きちぎる。


 「そんなんで足りる訳無いだろ」


 新たな根が私を縛る。


 私の影からホブゴブリンが飛び出て来て、他の根を斬る。


 「仲間がいたのか⋯⋯」


 「孤独の安全中毒者、お前の安全は既に無い」


 根が迫って来る。武器は⋯⋯私だ。


 主様が前にやっていた。そして私は主様の剣に憧れて進化した。


 ならばできるだろ。己を剣と思い手刀を振るう。


 それは正しく、真剣である。


 「はあああああああ!」


 昔の私は主様の剣に憧れ、そして今の状態に進化した。


 だけどこの瞬間、私の憧れは主様の全てだ。


 「その程度で⋯⋯」


 私の手刀が奴の根を斬った。⋯⋯だが、反動として骨が折れた。


 「じゃあ、皆僕の暇つぶしね」


 新たな根が迫って来る。


 まだ動けるぞ、私は!


 『ならば取れ』


 月より火炎を纏う刀が私の隣に落下して来た。


 天井を突き破り、高い場所から落ちて来たとは思えない程に綺麗に地面に刺さった。


 「なん⋯⋯」


 『取れ。貴様の覚悟が本物ならば。我が炎を耐えてみよ』


 この魔剣はあの化け物が遺した物。巨大で誰も使えない置物。


 ⋯⋯なんで私サイズの刀になっているんだ?


 「関係ないか」


 左手で掴むと、身を焦がす炎に全身が包み込まれる。


 「一撃で決める」


 息苦しい。左手の肉が燃えて行く。


 ペアスライムの防具が耐えきれずに離れて行く。


 裸を晒そうが今は何も感じない。


 数々の手を持つ敵、攻撃が迫って来る。防御も固められる。


 関係ない。これが正真正銘最後の一撃。私の運命をこの一撃に賭ける。


 私の魂を乗せた一撃。


 「乾坤一擲けんこんいってき!」


 足の骨を砕く力で地を蹴り、左腕を犠牲にして振るう炎刃。


 「何っ!」


 この一撃は奴の攻撃が届く前に当てられる。


 この一撃は奴の防御を破壊する。


 この一撃は奴を穿つ!


 「いや、死にたく⋯⋯ない」


 「⋯⋯」


 奴の身体を真っ二つに切り裂く。


 「イギャアアアアアアア!」


 灰燼へと変わるタチバナ。


 勢いは殺しきれずに地面を転がり、魔剣もコロンコロンと転がる。


 満身創痍だ。死にかけ。身は貫かれ斬られ焼かれ。


 『熱き覚悟を見た。我が身を受ける器となれ』


 ⋯⋯この戦いでヒントを得た。私はもっと強くなる。


 こんな雑魚、笑って倒せるレベルに強くなる。




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡とても励みになります。ありがとうございます


ユリちゃんの体は切り傷が多く、腹には穴が空いた上に全身焼かれた状態です。ギリ生きております


何とか後編に収まりました(収めました)

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