第146話 友とは複雑なモノ

 震える涙声で本音を吐き出したナナミ。


 ナナミが居なかったら、そんな世界線があるとしよう。


 その場合前提としての出逢いが無くなっている。


 そうだった場合、俺は今よりも弱い可能性がある。


 ナナミからヒントを貰っていたりするからだ。


 違うな。そうじゃない。


 もしも、なんてのは考える必要は無いんだ。


 「ナナミが居てくれたから、俺達は何倍も楽しい夏祭りをできている。それは間違いない」


 「なんで、そう言い切れるの? 私がいなければ今でも休憩しないで他の屋台を回れたかもしれないよ」


 「それは違う。そもそも休んだ、歩みが止まった、だからつまらないってのはおかしい。休む事も一つの楽しみなんだ。ああしたよねアレ行きたいなと落ち着いて会話できるから」


 鍛える事において無理をし過ぎるのも良くなく、適度な休息は必要となる。


 それと同じなんだ。


 せっせと足を早めて楽しんだ所で本気で楽しめている訳では無いのだ。


 ゆっくりとじっくりと進む事が楽しさを極める上で重要なんだと思う。


 休憩と言う時間があるからこそ、目と目を合わせて落ち着いて次の行動への会話が可能なんだ。


 会話を苦手とする人はこの世の中に沢山いるだろう。でも、友達との会話ってのはかなり楽しいんだ。


 喋っているだけで時間が過ぎ去り、気づいたら数時間も経っているように。


 「だからまず、休む事への罪悪感は感じなくて良いんだ。俺もさ友達ってのが少なくて接し方がいまいち分からない。友達っていまいち分からない」


 「うん」


 「でも分かるよ。ナナミが俺達の為に我慢してくれた事。だけどさ、きっと友達ってのはその我慢を背負える関係なんだよ。我慢しなくて良い。自分の感じた事思った事なんでも素直に言ってくれ」


 「うん」


 これ以上何を言えば良いのだろうか?


 俺は空を見上げながら、ナナミに向かって呟いた。


 「友達って、難しいな」


 「うん。ありがと。泣いて、ごめんね」


 「泣く事は悪い事じゃない。恥ずかしい事でもない。謝る事じゃないよ。それに俺だって配信で何回も泣いてるし」


 「それは⋯⋯フフ、また違うでしょ」


 笑ってくれたナナミの顔は明るかった。


 ◆


 友達ってのは難しい。キリヤの言葉に深く同意する。


 楽しく遊んでいるのに私の都合で中断させるのが怖かった。


 空気が読めない、空気を壊す、小学生の頃から言われ続けた言葉。


 それが今になってぶり返し恐怖した。


 私の事を親友だと言ってくれたアリスや友達のサナエやキリヤ。


 その人達との時間に一ミリも退屈な記憶を刻みたくなかった。


 でも違ったんだ。


 「私がまだ信じきれてなかったんだ。皆を。こんな事で嫌だとか思う訳が無かった」


 もっと早く言い出していたら笑って皆で休んでくれた。会話をしていただろう。


 でも結果はコレだ。


 溜め込み我慢して、爆発してしまった結果。


 皆に嫌な記憶を刻み込んでしまった。


 「皆に謝らないと」


 「何に対して?」


 「私のせいで嫌な思い出ができてしまった事に対する」


 「それは違うよ」


 違うの?


 「言ったろ、我慢を背負うのが友達だ。謝る必要は無いんだよ。言うのは感謝だ。理由はなんでも良い。ただ一言『ありがとう』それだけで元通りになれる。謝る時が来るのはこれ以上の我慢を君一人で背負った時だ」


 キリヤが私の瞳を覗き込んで来る。


 「ありがとう」その一言で本当に関係は元通りになるのだろうか。


 分からない。


 「ありがとう、キリヤ」


 でも、そうならば。言わなくてはならない。


 アリス達に「ありがとう」と。


 友人達に。


 「皆が来るのを待つか」


 高鳴る心臓の鼓動。


 私から視線を外して夜空を見上げるキリヤの横顔から目が離せない。


 ⋯⋯ありがとうキリヤ。でも、ごめん。ごめんなさい。


 私は貴方と『元』の関係でいたくない。


 今日この瞬間、そう思ったよ。いや、気づいたよ。


 ◆


 「はぁ」


 「アリス大きなため息だね」


 「だって親友だって言ったのに。気づいてあげれなかった。ナナミが靴擦れ起こして、コケる程だったのに」


 ナナミがコケるなんて余程の事がないとありえないんだ。それが今。


 人混みの中では足元は疎かになるし、慣れない下駄だったし、靴擦れも起こしていたいた。


 親友だと言っておきながら、小さな変化にも気づかなかったのが悔しい。


 しかも、それを隠していたナナミ。あんな不安そうな顔見たくなかった。


 「悔しいよ」


 「アリス、それは傲慢っすよ?」


 「え?」


 「ナナミはわてらのために我慢して隠していたんっす。ナナミは本気で隠していたんっす。気づける方がおかしいんっすよ」


 「でも」


 そこでアタシの言葉は止まった。サナの鋭い剣幕で言葉が出せなかった。


 「ナナミはわてらのためにした事なんっす。それを見抜けるなんて、親友にはできないっすよ。友達だってそうっす。そのためにナナミは頑張ったっすから」


 「それじゃ、アタシはどうしたら良かったの? どうすればナナミンのあんな不安な顔を見なくて済んだの?」


 「そんな方法はないっすよ。遅かれ早かれこのよう事は起こる運命さだめ。今はアリスも転んでいる状態っす。だから立ち上がる必要があるっす」


 強ばった顔が柔らかくなり、優しく微笑むサナ。


 「誰かの事を全部分かり切ろうとするのはアリスの悪い癖っすね。人は誰しも隠したい事はあるんっす。それを無理矢理引きずり出すのは、親友のやる事っすか? 秘密の共有は聞こえは良いですが、相手のための秘密だってあるんっすよ」


 知らぬが仏、そんな言葉があるように知らない方が良かった事実はある。


 全ての秘密を共有しても良い事は無い。人は少なからず秘密がある。


 それを隠す技術は無意識に培われているのかもしれない。


 「なんて言えば良いんだろ」


 「一人で我慢すなよばーか、とかっすかね?」


 「えぇ?」


 でも、軽口が叩けるくらいの関係が落ち着くかもしれない。


 難しいかもしれないけど、そこまで行けばナナミンも我慢しなくて良いのかな?


 「友人って難しいっすね」


 「うん。想像できないくらい複雑」


 ナナミが我慢していた事実を知ってここまで辛くなるなんて。


 親友、口にするのは簡単だけど真にその存在になるのはかなり難しいらしい。


 全てを知るのはおこがましい⋯⋯そうだね。その通りだ。


 「サナから良いアドバイスを貰ったよ。少しだけ、気が楽になった」


 「うっす!」


 ◆


 何分経っただろうか。弱音を吐き出して中身を空にしたナナミは落ち着いて夜空を見ていた。


 「おまたせ」


 唐揚げを持って帰って来たアリスに歩み寄るナナミ。


 「アリス、これからも親友でいてくれる?」


 「止めたくないよ?」


 「そっか。これからは我慢しないけど、大丈夫?」


 「聞くまでもないね」


 「そっか。アリス」


 一度言葉を止めて間を空ける。


 今日の出来事、そして今後の関係、その全てを含んだ一言。


 一度沈んでしまった空気を釣り上げる言葉。


 「ありがとう。アリス」


 「ナナミン、私と親友でいてくれる?」


 「もちろんだよ」


 「ありがとう。ナナミン」


 アリスとナナミの瞳から涙が流れる。


 強固となる絆の鎖を俺は、俺達はこの目でしっかりと見た。


 「そんじゃ、唐揚げを食ったら色々買って花火用に場所取りでもすっか」


 絆創膏をアリスが持っていたので、ナナミの足に貼っておく。


 これで少しは大丈夫だろう。


 唐揚げを食べながら会話する四人を遠巻きに見ながら、夏祭りで見かけた仲間達の存在を思い出す。


 「奢る⋯⋯タイミング無いな」


 むしゃっと唐揚げにかぶりついてから呟いた。


 まぁ楽しんでくれ。


 今は楽しもう。この俺も全てを忘れて楽しもう。


 『花火まであと何分?』


 「だいたい一時間くらいか?」


 『おけおけ』


 俺がツキリと会話したら、皆が見詰めてくる。


 「独り言?」


 「キリヤ、ちょっと怖かったよ」


 「面白いっすね」


 「ええと、はい」


 カナエちゃん、無理して話さなくて良いんだよ。


 女子四人で仲睦まじく話しているからさ、入りにくくて脳内のツキリと会話してしまった。


 はは⋯⋯はぁ。





◆あとがき◆

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