第144話 夏祭りが始まる
夏休みに入り数日、俺は身体の痛みが無くなった事に喜びを覚えていた。
「久しぶりだったな筋肉痛」
『あんな闘いしてたらね、そりゃそうなるわ』
ナナミは筋肉痛は無かったらしいが、俺と同じ期間目が痛かったらしい。あとは眠気が取れなかったとか。
互いにダンジョンに行けてない日々が続いたのである。悲しいね!
と、言っても俺がダンジョンに行けば魅了をさせられるのだが。
しかしながら、そろそろ探索者としての勘を取り戻したいので普通に探索しようかな?
魅了ばかりでも飽きるだろう。
⋯⋯飽きないように色々な魅了をさせられているのが現状か。
「良し、早速ダンジョンに行くか!」
「ところがどっこい今日は約束の夏祭りだよ〜!」
アリスとマナがドアを開けて入って来る。早起きな事で。
「午前中はダンジョンに行きたい」
「ハイになって約束をすっぽかされても嫌だし。何よりも浴衣を選ばなくっちゃ」
「⋯⋯ライム、分裂」
俺のパジャマになっているライムの身体が揺れて、分裂体を作り出す。
キュラと言う一層を徘徊してスライム細胞を蓄える仲間がいるため、今のライムは雑に分裂しても差程問題は無い。
「自分の着たい浴衣に変身して貰いなさい」
「に、兄さんに似合ってるって思われるのが良い」
「マナならなんでも似合うよ」
「それが一番良くないぞキリヤよ。それじゃパソコン借りるね〜」
探索関連及び最近では自分の情報も集めているパソコン。
アリスが慣れた手つきで操作して浴衣の画像をピックアップする。
「スライムなら自由に模様替えもできるし、組み合わせる事も可能なのか」
「製作者涙目だね」
君ら二人にしか許さないから大丈夫でしょ。
「キリヤはどうするの? 甚平とかにする?」
「いや、俺は普通に私服で行くよ。苦手なんだよね和服」
それから午前中は浴衣選びに付き合わされ、気づいたら午後に迫っていた。
昼食を食べながら、ああでもないこうでもないと女二人の会話を眺める。
⋯⋯もうユリを呼んで任せてやろうかと思ってしまう。
沢山の仲間を一気に増やしてユリにはお世話になった。これ以上の仕事はダメか。
「あいつらも夏祭りに来るのかな? 会ったらなんか奢ったろ」
ペアスライムで変装すればオークでも夏祭りに参加は可能だ。
全員が参加したら夏祭りを上手く楽しめないかもな。人が多すぎて。
そこまで大きな場所って訳でもないしね。程々の数なら来て欲しいと思う。
そろそろ外出の時間、髪の毛を結んだアリスとマナがやって来る。
「じゃーん」
「ど、どうかな?」
二人とも髪型は変えておらず、アリスはサイドテールでマナはストレート。
アリスはサクラなどの花が模様として描かれた浴衣でマナは水飛沫の絵柄である。
なんと言うか、渋い。だけど落ち着いたイメージなどマナに似合っていると言える。
「⋯⋯それじゃ行くか?」
「きーりーやー」
『アホかっ!』
ツキリとアリスの声が重なった。
えっと、確か。思い出せなんて言うべきか。
「あ、そうだ。似合ってるよ」
「適当すぎる」
「もっと真剣に言ってよ!」
二人からのパンチを受けながら、俺達は家を出た。
歩きなれてない下駄なので二人ともペースが遅い。
わざわざ本物を使わずにライムの分裂体に任せれば良いのに。
痛くならいし歩きやすい完璧仕様になる。
「ライム万能過ぎない?」
「私生活にいるだけで快適さは格段に上がるな」
夏祭りの会場へとやって来た俺達は早速かき氷屋の前に並んだ。
「サナとナナミンももうすぐ着くね」
「んじゃ二人のも買っとくか。シロップ何が良いか聞いて」
「おけおけ」
アリスがスマホを操作したのを横目にマナへと話しかける。
「マナは待ち合わせ大丈夫か?」
「うん。待ち合わせまであと三十分あるから、それまでは兄さん達と居る」
「分かった」
アリスが猫なで声で頼み込む。
「奢って〜」
「嫌だ、と昔の俺ならば言っていたが今はお金に余裕がある。良いだろう」
「わーい!」
「でもアリス、お前は親から軍資金を貰っていたな? 報告は受けている。自分で買え」
一瞬で真顔になるアリスを見つつ、マナにも夏祭りで使うお金を渡しておく。
両親から貰わなくても問題ないのだ。
「ありがとう兄さん」
「良いよ」
これが兄らしい事は分からないが、マナが微笑んでくれたので良しとしよう。
かき氷を購入してナナミ達と合流するため、待ち合わせ場所に向かう。
既に二人は揃っていた。
「二人とも、はい」
アリスが二人の分を持っていたので渡し、五人並んで食べ始める。
「サナは浴衣じゃないんだね?」
「あ〜和装って苦手なんっすよね〜。着れない訳じゃないんっすけど」
過去の話が含まれそうなので終わらせよう。
疑問なんだが、今のサナエさんってどこに住んでいるのだろうか?
組織には戻らないだろうし、あっちでも死亡扱いになっているはずだ。
色々と不備がありそうだが⋯⋯その辺も魔王さんがやってんのかな?
だったらオオクニヌシも潰してくんねぇかなとか思っちゃうよね。
そこは自分で解決せなあかんか。
かき氷を食べながら色々と考えていると、ツキリの声が響く。
『ナナミちゃんの方を見てみなよ』
それが怖い。
先程から無表情でこっちをじっと見ながらかき氷を機械のように一定のペースで食べているのだ。
怖くて正直見る事ができない。
何かしただろうか?
『浴衣の感想が欲しいんじゃないかな?』
え、武器は隠しやすいけど動きにくいとか? 特にナナミの武器である足技が難しいだろう。
『そうじゃない! アリスちゃん達の時みたいに言うのよ!』
それで何かが変わるのか?
ナナミと俺の思考は近いところがあるので、似合っていると言った所で何かが変わる訳じゃないだろうに。
ただ、ずっと見られるのも辛いのでナナミの方を向く。
ナナミの浴衣は蝶の模様だった。
カラフルな蝶に飾られた白色と黒色の浴衣である。
「⋯⋯なんて言うか、意外だ」
「え?」
「ナナミはあまりそう言うの着ないって思ってたから」
「うん。着るつもり無かったけど、お母さんに無理矢理⋯⋯やっぱり変かな?」
地面へと顔を向けるナナミ、アリスとサナエさんから強烈な殺気が飛ばされる。
だけど、俺は気にする事無く本音をぶつける。
「変じゃないよ。似合っていると思う。優雅に舞う蝶とかナナミにピッタリじゃないか」
バッと俺の方に向き直るナナミ。その目は眼球が飛び出そうな程に開いている。
驚いたのはナナミだけじゃなく、アリス達もだった。
「兄さんが具体的な意見を述べた⋯⋯」
「キリヤが壊れた」
「まじっすか」
そんなにおかしな事を言っただろうか?
ナナミが俺から目を逸らし、マナが近づいてくる。
「こっちには適当に言ったよね。に、似合ってないかな?」
「本音を聞きたいのか?」
「う、うん」
「水飛沫は荒くも落ち着いた感じがあって、マナに合ってるとは思ってる。アリスの桜だって周りを華やかにするって意味ならピッタリだ」
俺が素直な感想を述べたから空気が凍りつき皆が沈黙した。
『にゃはは。え〜さすがにびっくり。考え覗かなくて良かった』
普段からするなよ?
実際、昔の俺ならばこんな考えは持たなかっただろう。
サキュ兄としての活動をしてから衣装やらなんやらに目を向けるようになっていた。
負の記憶しか無いのだが、人間性としての成長に繋がっているのかもしれない。
⋯⋯いや、無いな。絶対にない。
ただアレだな。ナナミの浴衣を見ていると模擬戦を思い出す。
蝶のように舞い蜂のように刺す⋯⋯って訳では無いのだが、舞うような斬撃やら刺突など。
中々に類似点があり思い出させる。
首を無意識に擦る。
首に当てられた木の剣の感触が今でも残っている。
「優雅⋯⋯」
ナナミが鍛えた聴覚でも僅かにしか聞こえない程に小さな声で何かを呟いた。
周りがうるさいってのも理由の一つだ。
夏祭りは始まろうとしている。
◆あとがき◆
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