第143話 模擬戦終結

 「はっ!」


 強く地面を蹴ってキリヤに接近し、八連撃を繰り出す。


 一秒以内に繰り出したが二本の剣で防がれ、反撃のクロス斬りが飛ぶ。


 防いだら力で押し負ける⋯⋯受け流す事も難しい。


 ならば。


 「せい!」


 足裏で中心を蹴飛ばし、すかさず懐へと飛び込む。


 間合いに入れば空気を切り裂く刺突を飛ばす。


 「おっと」


 段々と闘いに慣れ始めたキリヤは速度を上げた私の攻撃に対応する。


 助走距離を取るために離れるキリヤを追いかける。


 間合いを広げたらキリヤの技を使われる。


 あの一撃は受け流す事も防ぎ切る事もできない。


 まるで空から餌を狙う猛禽類のようだった。


 鋭く強靭で素早く、それでいて奥から抉り斬り 出すような爪みたいな剣撃。


 もしも真剣ならば、どうなっただろうか。


 「やっぱ速いな!」


 「クラスで足一番速いよ私!」


 男子含めてね。内心ドヤっておく。


 陸上部の女子から陰口を言われたりとかしたが、そんなのを気にするようなメンタルは持ち合わせていない。


 追いついたら即座に攻撃を仕掛ける。とにかくキリヤの技は使わせない。


 動画で見て、一度だけ一緒に闘って、そしてこの模擬戦で確信した。


 種族では彼に勝てない。


 サキュバスは戦闘を得意としない種族にでも関わらず、戦闘を得意とする種族と能力を得た私よりも遥かに強い。


 最近では魅了ばかりで戦闘は無いが、仲間達の強さの数段階上の強さだとは予想ができる。


 いや、これは私の憶測で普通に過小評価しているかもしれない。


 「はあああ!」


 「ちっ」


 私の薙ぎ払いを屈んで回避する。下にある頭に向かって踵を落とす。


 「危ないな!」


 ゴロゴロと地面を転がりながら回避したキリヤ。


 頬を垂れる汗を拭きながら私を睨む。


 「時々思うんだ。キリヤの種族が獣人の鳥系だったら、どのくらいの強さになったか」


 「⋯⋯そんな未来があるなら、今の俺よりは弱いな」


 「え?」


 戦闘を得意とする種族ならばキリヤはもっともっと強くなっていたはずだ。


 今の私よりも強い。絶対にだ。


 「世の中に意味の無い事は無い。俺があの種族になったのにも理由があるんだ。⋯⋯それが俺を一番高めてくれる。俺を強くしてくれる。異なる世界線があろうとも、この俺が一番強い」


 確信を持って発言したキリヤ。


 どんな種族だろうと意味はある。


 ⋯⋯どこかの研究家がそんな事を言っていた気がする。


 「意味、か」


 私の種族にも意味はあるだろう。⋯⋯いや、実際今の私に一番合っている種族と能力と言える。


 この学校に来た意味もある。


 その一つはキリヤと言う良きライバルとの出会い、二つはアリスやサナエのような友との出会い。


 後からできた意味で最初は分からなかったし意識もしてなかった。


 だけど今はそれが、学校に来た意味だと思っている。


 「うん。良いねその考え。好きかも」


 「そっか」


 昔のままの私だったら、孤独だった私なら、きっと今の強さには至ってない。


 友がいてライバルがいて、そんな環境だからこそ私はさらに強くなったのだ。


 どんな世界線があろうとも、今の私が強い。


 「少し気分が上がるね」


 一撃の速度を意識した突きの構えをする。


 我が師である父親ですら反応が遅れてしまう程の速度。


 衰えた部分はあるが、それでも師を驚かせる一撃だ。


 私の出せる最高速度。


 「⋯⋯ふっ」


 世界の音が聞こえない。そのくらいの集中力で叩き出すスピード。


 キリヤの胴体を貫く意識、本気の刺突を出す。


 「ここかっ!」


 「くっ」


 それが防がれた時、とてつもない痛みと反動が腕に広がる。


 キリヤは私の最速を予測して動いていた。


 スピードでは負けているからこそ、動きを先読みして対応したのだ。


 左の剣の柄頭ポンメルの部分で軌道を大きくズラして攻撃を避けた。


 さらに低姿勢で踏み込み半身を捻って右の剣の斬り上げを飛ばす。


 私の使えるのは左手くらいか。


 まだ、間に合う。


 「私は速い!」


 手を伸ばして剣が迫るよりも先に相手の手を掴む。


 だがまだだ。相手は二刀流で左の剣もすぐに使えるように攻撃を防いだんだ。


 踵に意識を向けて地面を蹴り、後ろに跳ぶ。


 「しまっ」


 これは私を引き剥がすための動きだ。


 最速の一撃に予測で対応された事の驚きで思考が疎かになった。


 キリヤは私のバックステップに合わせて距離を開けてからすぐに加速していた。


 ジャンプする。天にも届くんじゃないかと思える程に力強く高い跳躍。


 キリヤがちょうど登っている太陽と重なり、シルエットが浮かび上がる。


 「ああ。本当に、君は良い」


 止める事も流す事も不可能な回転斬りが襲い来る。


 あと一秒にも満たぬ短い時間で刃は私の首に届くだろう。


 ⋯⋯あ、一秒は無くとも僅かには時間があるのか。


 だったら、躱せるな。


 「セーフ」


 プールに飛び込むのかと思う程の動きで地面を転がる。


 すぐに立ち上がるが再びキリヤは動いていた。


 「超人的な反応で」


 「ありがとう」


 技も能力もあまり関係ない。ただ、相手の攻撃を躱す事に全てを賭ける。


 汚れたって良い、無様でも構わない。


 ただとにかく攻撃を躱せ、躱せ、躱せ。


 キリヤは相手を観察して攻略法を見つけ出す。


 「相手の長所を奪い取れ」


 それが強くなる一つの方法だ。


 近道は無い。だから、細くても構わない。ある道を進め。


 何十回と攻撃をギリギリで回避する。


 立ち上がると同時に攻撃は来ている。


 気の休まらない攻防だ。


 最初とは違い、互いに余力を残さない全力で。だが動き回っているのはキリヤである。


 体力の消耗はあっちの方が上。それに本来は飛行能力を用いた技のはずだ。


 だからムラがある。


 「ムラ?」


 ダッシュとジャンプを繰り返す、遠くから見たら笑ってしまうようなキリヤの動き。


 避けていくうちに私はムラがあると思った。


 「見えた」


 キリヤが再び同じような攻撃⋯⋯少し違うか。


 攻撃の方法を変えた。二本の剣で突きを同時に出す。


 立ち上がった寸前の悪い体勢には有効的かもしれないね。


 しかし、弱い部分はもう見えたんだよ。


 「角度が甘い⋯⋯それじゃ、全ての力は乗り切らない」


 攻撃を受け止める事も受け流す事も不可能と言ったが弾く事は可能である。


 今の私に世界の音は届かない。風景が視界に入らない。


 映るのは倒すべきキリヤと私自身。


 無音無臭、極限の集中状態へと至った。


 世界の流れがゆっくりに見える。


 一秒にも満たぬ攻撃だったキリヤの動きが到着までに五秒はかかると思える程に。


 私の動きも合わせて遅いが、狙いを定めるには十分だ。


 まずは引き寄せながら腕を曲げる。


 剣の切先ポイント下に刀の切先を合わせて滑らせるように奥へと押し込む。


 滑らせると同時に上へと上げて行き手首辺りになった瞬間、力強く横にスライドさせる。


 刃の角度は四十五度で斜め上へと向けている。


 「なっ!」


 二本の剣を同時に弾いて攻撃をキャンセルさせ、勢いを殺しきれないキリヤだが着地する。


 僅かな混乱を私は見逃さない。


 無駄な情報が遮断された今、キリヤの一挙手一投足を見逃さない。


 キリヤは五感と直感で相手の動きを予測している。色んな情報を得てからの行動。


 私はスピードに似合った動体視力と感覚で動きを見切る。無駄な情報を遮断し必要な情報を即座に見極めての行動。


 私の構えは突き。


 受け止めながら横払いで引き剥がす動きをしようとしている。


 残念だが、見えてしまった今はもう遅い。


 突きの構えから身体の捻りを利用して薙ぎ払いへとシフト、片方の剣を強く弾いて抑える。


 弾く際に少し身体を下げて薙ぎ払いの軌道から外れ踏み込む。


 「ぐっ」


 超近距離の間合いに入った。顔と顔が近い。


 私とキリヤ、同時に武器を手放す。


 襟の部分を狙って右手を伸ばすと右手がそれに伸びてくる。


 本来なら左手の方が良いのだが、剣を弾いた影響で即座に動いたのが右手だったのだろう。


 その手を伸ばしていた手で掴む。


 キリヤの手の温もりさえ、今や感じない。


 キリヤの右腕に左腕を絡ませつつ右足を引っ掛けようと足を伸ばす。


 それに気づいたキリヤは踏ん張りながら左手を伸ばす。


 でも遅い。届く前に終わらせる。


 右足を踵側に行くように絡ませ、手前に引きつつ重心を前に傾ける。同時に右手を手前に引っ張って右腕を伸ばさせ強く締める。


 体重を使った動きによりキリヤは踏ん張りが効かずに倒れる。


 「ぬっ」


 受け身を取るために左手は地面へとぶつけ、近くに落ちている武器を拾おうと伸ばす。


 私はマウントポジションを手にした。


 右腕は左腕と胸、首を使って捉えているので動かせない。手の甲を首に当てている。


 倒している途中で右手は離して置いた。あの状態で右手に力は込めれなかったようだ。


 寝転び視界の届かぬ中で手探りに手を伸ばすキリヤと武器の位置を把握している私。


 手を伸ばして武器を掴むのは私の方が速かった。


 刃を首に押し当てる。


 目を見開き、動揺を表すように瞳孔が落ち着きなく動き回る。


 「「はぁはぁ」」


 互いに体力の消耗は激しいし、服も何もかも泥だらけ。


 満足感が胸の中を支配する。


 「負けか。悔しいな」


 「フフ。でもこれで対等だ」


 腕を解放して、キリヤの顔を囲むように両手を地面に当てる。


 相手の目を深く、覗き込む。


 「種族では私は勝てない。そして人間で私は勝った。一勝一敗。今回も引き分け、対等だ」


 「良いのかそれで?」


 「うん。次は剣だけでの勝負、それで勝てば技の上で私は勝ち。二勝一敗で私の勝ちだ」


 「ははは。なんじゃそりゃ。でも、負けてやんねーから」


 「うん。今からが楽しみだ!」


 こうして私達の模擬戦は引き分けで終わった。でも清々しい笑顔を浮かべれたと思う。


 私の影に覆われたキリヤの顔はとても眩しい。太陽にも負けない。


 「あれ?」


 意識が⋯⋯遠のく。


 集中力を上げすぎた私は会話が終わった後気絶して保健室に運ばれたらしい。


 気をつけよう。⋯⋯でも使いこなせるようになろう。





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

☆、♡、とても励みになります。ありがとうございます


予定よりも長くなってしまいました(構成力の無さ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る