第141話 夏休み前最後の部活

 「今日は夏休め前の最後の部活だ。闘いたい人と模擬戦をしよう。縛りは無し、安全対策として専用のグローブなどは忘れるずにな」


 闘いたい人。


 この部活の中で強い人と言えば部長や副部長だろうが、やはり俺はナナミと闘いたい。


 何回か闘っているが未だに引き分けが続いている結果だ。


 相手も同じ気持ちなのか、目が合う。


 グランドに移動して模擬戦の準備を始める。


 「キリヤ」


 「ん?」


 「今回は体術も全て使って相手して欲しい。私もそうする」


 「剣と剣じゃなくてか?」


 あまり気は乗らないな。


 敵でもない相手に向かって拳を振り上げるのは俺の信念に反する。


 ナナミは首を横に振り、俺が考えている事を消す。


 「私は君と、全てを賭けて勝負したい。夏休み最後だからこそ、やりたい。剣だけの勝敗はまた今度」


 「⋯⋯」


 「信念を曲げて欲しいとは思わない。ただ、これは私の⋯⋯ただ、ちょっとしたわがままかな」


 わがまま、ね。


 願いではなくわがままだと言うか。


 ⋯⋯友達のわがままくらい、付き合うのがちゃんとした友達だろう。


 「分かった。全力で闘おう」


 「ありがとう」


 俺とナナミは距離を離す。


 『アーシの出番は無しだね』


 「あっても参加して欲しくないね。これは俺とナナミのバトルだ」


 誰にも邪魔はさせない。


 互いに構る。部長の開始合図と共にナナミが地を蹴る。


 対して俺は動かずに迎え撃つ。


 「はっ!」


 疾風の如し刺突を冷静に躱し、反撃の刃を通す。


 身軽な動きで躱し、高くジャンプする。


 「えい」


 可愛らしい声とは裏腹に強烈な踵落としが繰り出される。


 靴も安全性を保証する材質と能力がある。


 それでもかなりの痛みが伴うだろう。


 受けるのなら、の話だがな。


 「そんな単純な攻撃当たるか」


 踵落としを木の剣で弾き、流れるように突きの構えにして飛ばす。


 空気を唸らす俺の突きはふわりと落下したナナミを捉えていた。


 落下スピードから考えるに胴体当たりだろう。


 「残念」


 「なんじゃそりゃ!」


 空中に居る状態で膝を折り屈み、その状態で切っ先に足裏が触れた瞬間に後方へと跳んだ。


 重さを全く感じなかった。その証拠に俺の剣は一切のブレが無い。


 常人離れした動きが段々と進化しているな。


 『これはまずいね。場馴れの違いが出てる』


 ツキリの分析は正しい。俺も思った。


 地を捨て空で戦うサキュバスの俺、飛ぶ能力を持たない獣人のナナミ。


 ダンジョンでの経験、その差が人間状態と言う縛りによって現れている。


 全てを賭けて闘う⋯⋯もしかしたらこれはナナミからの挑戦状だったのかもしれない。


 地上ならば私は勝つ、そう証明するための。


 「キリヤ、楽しい?」


 「ああ。すごく」


 「私も。⋯⋯でも、私が勝つ!」


 キリッとした笑みを浮かべ、ナナミが加速する。


 ◆


 「サナ、さっきのなんなの?」


 「多分っすけど、突き出す勢いを利用した超ジャンプじゃないっすか? 屈んだ状態で足だけのジャンプで四メートル以上の距離は取れないっすから」


 アリスとサナエの会話に参加する部長と副部長。


 「良い着眼点だ。クジョウの真骨頂は高速の刺突だと思われがちだが実は違う。彼女の真骨頂は⋯⋯」


 「適応力と力の扱い。如何なる環境でも自分の有利な地形へとする。地に足着く限りは、と言う限定ではありますが」


 部長の良い所を持っていく副部長。


 ナナミの出す高速の刺突は流派の技が関係しているが、当然本人の技量にも影響している。


 どのくらいの溜めがあればどのくらいの速度でどのくらいの数の突きが出せるか。


 それを理解した上で完璧に制御する、ナナミの強さである。


 相手の力を利用して動くのも造作もない事であった。


 強い突きを出すには当然下半身の力も重要となる。


 足技が優れている理由も突きに関係する。


 「ナナミンは才能溢れるなぁ」


 「そうっすね。天才っす。⋯⋯それに、成長速度が激しい」


 「ダンジョンと言う環境で命を賭けてモンスターと戦う、その時に得る経験をこの場に活かしているのだよ」


 ダンジョンでは何が起こっても不思議では無い。つまり、何が起こっても対応できれば良い。


 その場の環境を利用して自分を高める。


 それはキリヤが強いと言い切る部長と副部長でも不可能である。


 キリヤでもできない。


 第一、今のキリヤは種族になると常に浮いている。


 歩いているように見せているが数ミリは常に浮いている状態なのだ。


 なぜなら、足の動きで行動する時間を削減するため。


 空中戦を基本とした『八咫烏』の技と巧みに操れるようになった飛行能力。


 今回の模擬戦では戦うために伸ばした力は全て無意味である。


 しかし、基礎を固めたキリヤは見ただけで技を真似る事ができるレベルである。


 この闘いの勝敗は分からない。


 「⋯⋯でもキリヤはきっと対応する。追い越された分をこの闘いで取り戻す」


 「アリスはキリヤ氏が勝つ事を願ってるっすね」


 「いや、正直引き分けかな。どっちにも勝って欲しいし負けて欲しくない。だから引き分け」


 「そうっすか。キリヤ氏がナナミに追いつくか、ナナミが追いつかれる前に倒すか。そう言うバトルっすね」


 ◆


 やはり、やはりキリヤは良い。強い。闘ってて楽しいっ!


 同年代の人や父から技を教わっている人達、全員が自分よりも弱かった。だから皆から距離を置かれた。


 でもキリヤが現れてからは違う。


 自分と同じような強さを持つ存在がいるだけで私の人生は大きく変わった。


 新たな発見、彼を倒したいと言うモチベーション。


 勝ちたい。


 キリヤに勝ちたい。


 暇があればどう倒すか、どう攻略するかを考えている自分がいる。


 「コレもダメか」


 連撃も全てが対応される。


 最初の方はぎこちない動きだったが、そのラグも無くなって来ている気がする。


 明らかに私の動きへの対応が速くなっている。


 ⋯⋯いやまだだ。


 キリヤの思考はもっと速く先を行っている。身体がまだ追いつけてないんだ。


 感覚的にしか分からないけど、この直感は当たっている気がする。


 キリヤは気づいているだろうか。既に彼は部活の中でトップクラスの強さだと。


 もしも最初の時のキリヤだったら部長よりも少し強い程度で、部長に負ける可能性はあった。私もだけど。


 だけど今は部長でも勝つのが限りなく難しい。本人に確認したので間違いない。


 ただ、私に対しては絶対に勝てないと言われた。


 ⋯⋯でもどうだろか。今部長に同じ質問をしたらきっと答えは変わっている。


 キリヤの強さは⋯⋯私に並ぶ。そして上を行く。


 ドクン。


 地上では負けたくない。人間状態では負けたくない。


 私の得意とするスピードを空を味方に付けれないキリヤに負けたくない。


 ドクン、ドクン。


 興奮か疲れか。心臓の鼓動が鼓膜を揺るがす。


 いや、最近はコレが多い。ナナミ達と遊んでいる時やキリヤの傍にいる時。


 なぜだか、疲れてもないのに運動もしてないのにキリヤの近くにいると心臓がうるさい。


 キリヤには聞こえてない所を見るに、きっと私にだけ聞こえている。


 高鳴る心臓を確認する度、キリヤを目で追っている。


 不思議だ。本当に不思議だ。


 周りなんて見る事も無かった私が、ずっと一人の人間を追っている。


 「雑念が多いと見える!」


 「ソレは一緒じゃないかな」


 そうだ。今は集中しよう。


 さらに強くなるための機会をくれた彼との闘いに。


 全神経を集中しよう。


 「はっ!」


 彼の薙ぎ払い攻撃。


 即座に踏み込み剣を持つ手に向かって手の甲を当て動きを止める。


 キリヤの力は女である私じゃ逆立ちしても勝てない。しかし、力を逃がして止める事は可能だ。


 反動はない。綺麗に止める事ができた。


 顎に向かって膝を伸ばす。


 反対の手でそれを止められ、バランスの悪い私に向かって鋭い蹴りが飛んで来る。


 片足が地に着いているなら、回避は問題無い。


 「速い反応だな」


 「ようやく、体術を使ってくれたね」


 手加減された状態は嫌だからね。


 「それは誤解。純粋に使うようなタイミングを君がくれなかった」


 「それは嘘?」


 「嘘だと思う?」


 冷や汗を流すキリヤを見て、嘘じゃないと思った。


 ああ、自然と大きな笑顔を作れる自分に驚く。


 キリヤと出会ってから私は発見と驚きの毎日である。


 終わった後に言葉に出して言う。本当にありがとう。


 強くいてくれて、私の前にいてくれて、そして闘ってくれて。


 「それじゃ、ギアを上げていこう」


 「あーさらに加速するのね。勘弁してよ」




◆あとがき◆

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