第140話 不安か希望か

 「カナちゃんは大丈夫そう?」


 「ああ。特にそれらしい情報は来てないし、中学にもちゃんと行っているらしい」


 夏休みも目前に迫った今日、アリスはサナエさんの妹を名乗ったカナエちゃんの心配をしていた。


 オオクニヌシも尻尾を出さない今、手がかりは彼女だけと言っても過言では無い。


 しかし、その手がかりも意味を成してない訳だ。


 「サナが居たら、なんて言うだろうね」


 「さぁな。多分だが妹がいるなんて知らないだろうし、どう接して良いか分からないだろ」


 「そうっすね〜。両親からの愛情ってヤツも感じれなかったわてですからね〜難しいっすよね正直」


 「うん。そうだよね」


 アリスの凹む姿はあまり見たくないが、こればかりはしかたない。


 あんな別れ方をしてしまったんだ。悲しくないはずがない。


 「はぁ。どうしたら尻尾を掴めるのやら」


 「難しいっすよ。本部も移転してると思うっすから。そもそもこの地域周辺にはないっすよ」


 「そっかぁ」


 俺達は電車に乗りこみ、学校まで向かった。


 『⋯⋯ね、そろそろツッコミを入れても良い?』


 ツキリがいきなり話しかけて来た。


 こっちは色々と考えているのに。手伝って欲しいところだ。


 『えぇ』


 なんか呆れてない?


 「⋯⋯マジっすか」


 電車を降りると、いきなり俺とアリスの腕が強い力で引っ張られて路地裏に運ばれる。


 上手く抵抗できない。


 咄嗟の事で上手く顔が見えず、止まった時にようやく見れた。


 「一体なに⋯⋯が?」


 「うそ、な、んで」


 「普通に会話して自然と驚かれると、こっちもびっくりすよ」


 「サナ、サナだよね!」


 「そうっす」


 アリスの涙を止めていたダムが崩壊して、大量の涙が頬から流れる。


 産まれたての子鹿のように震える足を必死に動かして、サナエさんに近づく。


 ⋯⋯一体、どうして?


 確かに彼女は俺達の前で。


 「学校前にそんなに泣いてたら、ダメじゃないっすか」


 「だ、だって。だって、だって!」


 言葉が出せない。


 何が起こっているのか分析できないからこその混乱が俺とアリスの中に渦巻く。


 「二人とも、わては謝っても許されない事をしたっす。本当に、ごめんなさい。こんなわてに親友だって、友人だって言ってくれて、ありがとうっす」


 ギリギリまで耐えていただろうサナエさんの瞳からも光を強く反射する雫が流れる。


 「言えたっす。謝罪と感謝」


 「別に。あんなの大した事じゃないよ」


 「それはないっすよ。殺されかけたっすよ? それを、あんな風には言えないっすよ」


 「だって、サナは親友だから。信じてたから」


 強く抱きしめるアリス。


 徐々に冷静になり始めた俺はツキリと憶測を立てていた。


 カナエちゃんとの初遭遇時に都合良く周りに人が消えた理由。


 そしてサナエさんが目の前にいる理由。生きているかも怪しいような希薄な気配。


 原因は十中八九地球の魔王だろう。


 なんだよ、生命の復活ってさ。そんなの神かなんかかよ。


 「⋯⋯どう考えて、なんて言えば良いか、分かんねぇ」


 アリスの悲しみや不安が一瞬で解消された結果。反対に俺は不安に落ちる。


 この後に何が待っているのかと。


 「本当は二日前辺りから会う予定だったす。でも、勇気が出なくて。親友って言ってくれても、わてのやった事に憎んでいるんじゃないかって、考えると怖くて⋯⋯友達に嫌われている事実を認めるのが、怖くて」


 「嫌いじゃない。嫌いにならないよ」


 衝撃的でありながらもあっさりとした再会。


 俺が口出すのは野暮か。


 ⋯⋯サナエさんはオオクニヌシについてかなり詳しい。


 これは新たなチャンス何では?


 『あのドラゴンを倒した事に感謝してたし、復活がお礼って考えると⋯⋯』


 情報の源であるサナエさんの情報を得られる機会を得た、地球の魔王への貸しか。


 ありがたい話⋯⋯でもまずはアリスとの時間を作って貰いたい。


 そのくらいにずっと、苦しみに悩んでいたから。


 「⋯⋯学校行こうぜ二人とも。遅刻は嫌だぞ」


 「そ、そうだね」


 「うっす」


 涙を拭きながら俺達は学校へと走って向かった。


 サナエさんの復帰にナナミは大きく喜んでいた。


 不思議なのは、復帰に対して全くの反応を示さない教師連中だろうか?


 「人の感情、あるいは記憶など⋯⋯地球の生物は全て地球の魔王に支配されていると見て良いのか?」


 『どうだろうね。レイにゃの出会いに言っていた事を考えるにさ、魔王の力には信仰力も関係すると思うんだよねぇ』


 地球の魔王は地球の生命に恵をもたらし、人間は地球に感謝する。


 その心がなくても無意識にそう感じている可能性はある。


 ⋯⋯そう考えると、唯一生命が生きている地球の信仰力ってのは相当に高いのでは無いだろうか。


 「ちょっと良いっすか?」


 「サナエさん⋯⋯」


 「あ、カナエ氏と会ってから下の名前で呼ぶようにしたんっすね確か。ちゃんと見てたんでご安心を」


 それは⋯⋯俺恥ずかしいセリフとか言ってないよね? 言ってないよね?!


 新たな不安が芽生えた瞬間。


 と、今は良いか。


 その言い方的にサナエさんはやはりカナエちゃんを妹だとは認識してないのかな?


 「わてが復活した理由とか、気になるっすよね」


 「ああ」


 「アリスと少し場所を変えて欲しいっす」


 「分かった」


 俺達三人は人気のない場所にやって来た。周囲に人の気配は全くない。


 「まずわてが復活した理由はガイアラッド、地球の魔王の手によって」


 それはなんとなく分かっていた。


 「復活するに当たり条件、誓約が与えられました。一つ、月の魔王後継者に協力する事。二つ、月の魔王後継者を監視する事。三つ、⋯⋯はあってないようなモノなのでお気になさらず」


 気になるんだが?!


 その三つ目に全てを持ってかれたんだが?!


 落ち着け俺。


 俺の手助けと監視を条件に蘇らせたのならその誓約もあってないようなモノだ。


 復活した彼女が俺と敵対する理由は無い。協力してくれなくてもソレはそれだ。


 五十嵐沙苗と言う存在がいるだけでアリスとナナミの友がいるって事に繋がるからな。


 魔王が俺にとって都合の良い展開に持って来ている。


 後継者でもない俺に手を貸す理由はなんだ?


 初代勇者とレイの力か?


 『純粋に地球を守る切り札にしたいのかもねぇ。個人的にアーシとラッドくんと目的の方向性って一緒の気がするんよねぇ』


 なんの話だ?


 『ごめん、今は言えないや。時が来たら話すにゃ』


 サナエさんの話はこれだけでは終わらないらしい。


 「キリヤ氏なら分かってると思うっすけど、今のわては人間じゃないっす」


 「え?」


 「やっぱりか」


 気配が薄いんだよな。自らが消しているのではなく、無条件で消えている感じだ。


 生きているか生きていないか怪しい程に生気を感じない。


 「今のわては精霊に属するらしいっす。地球の魔王が仮初の肉体にわての魂を入れて、記憶などを再構築したと言ってたっす」


 仮初の肉体⋯⋯まるでレイにやった時のような話だな。


 もしかしてたら俺はただ、魔王の手の平の上で踊らされていただけなのかもな。


 『にゃはは。結構的を得てる感想をだすね。まぁアーシがいる限り単純な踊り子にはならないけどねぇ』


 俺の中にいるのに何考えているかさっぱり分からん。


 「それとわてはダンジョンへの入場制限があるっす」


 「ダンジョンには入れないのか。それは悲しいな」


 「別に理由もないっすしね。そこまで悲しくは無いっす」


 「あらそう」


 俺だったら絶望モノだけどな。やはり人間を止めたのか、価値観が合わない。


 『⋯⋯』


 なんだよ。


 『あ、いや』


 ツキリが何か言いたそうだったが、何も言わずに眠った。


 一体なんだと言うのか。


 「それより部活は来るのか?」


 「行くっすよ。ちなみに人間辞めたので前のわてよりも強いっすよ」


 ⋯⋯ずるくね?


 精霊とか言ってたし、常に種族なようなモノなのか。


 副部長よりも気配が薄いし⋯⋯あの人でも隠れたサナエさんを見つけ出すのは難しいんじゃないか?


 試してみたい!


 「サナ逃げるよ、キリヤが良からぬ事を考えている!」


 「分かったっす!」


 二人とも教室に帰る。


 監視とか言いながらも、結構甘いんだな。


 「何はともあれ、アリスのあんな明るい笑顔は久しぶりだな。オオクニヌシ、もうすぐだ。あと少しでお前らの首元まで行ってやる」




◆あとがき◆

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