第138話 微かな繋がり

 「キリヤ⋯⋯」


 「その姉ちゃんってのは誰の事を言っている」


 「分かってるだろ! イガラシサナエだ!」


 「「ッ!」」


 鬼の形相で睨みながら叫ぶ。言われてみれば少しだけ雰囲気は彼女に似ている。


 事も無いな。結構似てない。


 イガラシさんに妹っていたのかな?


 「⋯⋯てか、その話題は凄く不愉快だしアリスの前でしないで欲しいんだけど」


 「黙れ! 人殺し、お前が、姉ちゃんをっ!」


 「違う。俺は彼女を殺してない。イガラシさんは⋯⋯友達だ」


 「嘘だ!」


 ダメだ。


 先入観を捨ててまともに会話をしてくれない。


 アリスはようやく踏ん切りがつき始めていたんだ。この話を掘り返さないでくれよ。


 俺達の事情なんてのは彼女に関係ないのは分かる。それでも、アリスの悲しむ姿は見たくない。


 いっそ影の世界に入れるか? 監禁になるだろうけど。


 サキュバスになって人気のない場所に移動するか。


 「死ね、死ね!」


 俺の事を何回も蹴るので、制服が汚れ始める。


 「もう止めて」


 アリスが彼女の足を掴む。


 「放せ!」


 「お願いだから話を聞いて、サナの妹さん」


 「あぁ?」


 「アタシはサナエちゃんの親友だよ。キリヤはサナを殺してない。誤解だから、落ち着いて」


 「その言葉を信じろって言うのか!」


 アリスにも攻撃を加えようとしたので、少し力を込めて抑える。


 痛みに怯む事無く、アリスに噛み付こうと暴れる。


 銃は危険なので没収しておく。


 「しまっ」


 「お願いだから話を聞いて。サナが、サナが⋯⋯」


 認めたくない事実にアリスが涙を流す。


 ここは俺の役目だろう。俺のせいでもあるのだから。


 アリスの肩に手を置いて言葉を切らせ、俺が前に出る。


 「イガラシさんが亡くなった理由はオオクニヌシが原因だ。アイツらは仲間に呪術を刻んでいたんだ。裏切ったら死ぬ、そんなシンプルな呪いがな」


 「裏切ったとどう判断するって言うんだ!」


 「そんなの俺が聞きたい! 裏切りの判定、呪いの発動条件、具体的な事が分かってたら話はもっと簡単なんだよ! ⋯⋯すまない」


 彼女には関係ない話だったな。


 呪いの発動条件がはっきりすれば情報を得る手助けになる。


 それが分からないからこそ、今は手詰まり状態なのだ。


 裏社会のルートを仲間が辿りオオクニヌシの支部施設を破壊して回っている状況が続いている。


 「嘘だ。お前が、殺したんだ!」


 「それは一体誰から聞いたんだ? 見ていた訳じゃないだろ」


 「それは⋯⋯」


 オオクニヌシの連中くらいしか知りえない情報のはずだ。


 この子は奴らと接触している。


 仲間じゃないのなら呪いは刻まれてないかもしれない。


 情報を得るチャンス⋯⋯何よりも、イガラシさんについて俺も知りたい事が多いんだ。


 「なんで最初に聞いた話だけを鵜呑みにして俺達の話は聞かない。嘘の映像でも見せられたか。意識操作されているのか。洗脳か、記憶でもいじられたか?」


 「そ、それは⋯⋯」


 混濁する思考を表す様に瞳があちこちに移動している。


 錯乱状態だったのかもしれない。


 大切な姉が⋯⋯引っかかるな。


 イガラシさんは言っていた。オオクニヌシで育てられたと。


 だけど彼女は違うだろう。闘ったからそれは分かる。


 どうして彼女はイガラシさんの妹を名乗る?


 「何より⋯⋯どうして今のタイミングで俺達を襲う。もう一ヶ月は経とうとしている。報復するにしても遅い」


 俺の思いつく理由は二つだ。


 一つは俺を倒すための訓練をしていた。


 二つ目は姉が亡くなったと言う情報を手に入れたのがつい最近だった事。


 彼女の戦い方は探索者、モンスターを倒すための剣。


 訓練施設に通っている人の強さだ。


 人を殺す事に長けた暗殺の剣では無い。


 オオクニヌシのメンバーでは無い、そして奴らも最近になって知った可能性があると言う事。


 いや、そう憶測だけで決めつけるのは良くないか。


 彼女から話を聞かない限りは何も考えない方が良さそうだな。変な先入観を持ちそうだ。


 「俺達の知っている事全部話す。だから君も情報を話して欲しい。少なくとも俺達は敵に成りえない。成って良い訳が無い」


 俺の敵はオオクニヌシ、奴らだ。


 徐々に落ち着きを取り戻した彼女にアリスは優しく抱擁する。


 「そりゃ、いきなり家族の訃報を知らされたらそうなるよね。でも信じて欲しい。アタシ達は敵じゃない。サナの友人だったんだよ」


 そう言いながらアリスはスマホの画面を見せる。


 イガラシさんとナナミとアリスの三人で遊んでいる時の写真だった。


 きっと嘘偽りのないイガラシさんの笑顔が写った写真。


 溜まっていた涙が溢れるように、彼女から流れ始める。


 「この人が、姉ちゃん⋯⋯」


 まるで姉の事を知らないような口振りだな。


 場所を移動した方が良さそうだ。


 幸いに監視カメラは無いし、生徒達も全員が逃げた。


 これでスマホで撮影とかされていたら大変な事だったな。SNSに載せられたりもしたらたまったもんじゃない。


 最悪載せた本人とこの子が殺される。都合の良い展開だ。


 場所は三つの駅くらいを移動した先にある飲食店だ。


 「まずは自己紹介と行こうか。俺はヤジマキリヤ」


 「アタシはナグモアリス」


 「えっと、五十嵐香苗かなえです」


 まずは質問、と言いたいがイガラシさんの精神状よろしくないな。


 ダメだ混ざる。申し訳ないがカナエちゃんとでも呼んでおこう。


 「カナちゃんは中学生なの?」


 いきなりニックネーム?!


 カナエちゃんも目を見開いて驚いている。


 距離の詰め方が強引過ぎるよな?


 「はい。中学生二年生です」


 「そうなんだね。アタシら高校一年、二個上だね」


 「そ、そうですね」


 「それじゃ自己紹介は終わりで本題に入るけど良い?」


 「は、はい」


 アリスが一瞬俺の方を見た。


 話の主導権はアリスが握るらしい。


 「カナちゃんは本当にサナの妹さんなんだね?」


 「それは間違いない⋯⋯と思います」


 「ずっと気になってるんだけど、もしかして会った事ない?」


 「⋯⋯はい」


 俯きながら短く答えた。


 会った事の無い姉のためにあそこまでするのか。


 「話を聞かせて貰えないかな。やっぱりなんも分からないし、質問ばかりは辛いでしょ」


 「えっと、あてが二歳の時に両親は殺されました。昔産まれた赤子が誘拐されたとかで、あては誰にも知らずに産まれ育てられました」


 そこの繋がりに関係するのは間違いなくオオクニヌシだろうな。


 「物心付いた時には既に施設育ちだったんです。裕福とは言えませんが、十分な生活でした。でもある日から、あて宛にお金が入るようになったんです」


 いきなりか。サナエさんとの関係はあるのかな?


 「施設の前に手紙と一緒に置いていて、そこに姉の名前などがあったんです。あてとは面と向かって会える状況では無いけど、愛してるって⋯⋯毎月同じような手紙とお金が置かれました」


 「うん」


 「お金の余裕ができて、訓練施設に通うようになったんです。勉強が苦手で、探索者で稼ぎたいと思って」


 そう言う人は多いだろうな。でも知識が無いと騙されたりするから注意だ。


 「手紙とお金、月に一度、たったこれだけしかない繋がりでしたが良かったんです。姉ちゃんはあてを心配してくれているって分かるから」


 俺はアリスをチラッと見る。小さく顔を左右に振った。


 そうだよな。サナエさんからそんな話一度も出てないよな。


 純粋に俺達に黙っていた可能性も捨てきれないが。


 「でもある日からそれが無くなったんです。唯一の姉妹の繋がりが⋯⋯それで同僚を名乗る人が数日前にやって来て、姉ちゃんやヤジマさんの事を教えてくれて、武器をくれたんです」


 確実に利用されている。


 その手紙やお金ってのもオオクニヌシが意図的に用意していた可能性もあるしな。


 仲間じゃないけど動かせる駒、伏兵のようなもの。


 「ね、今その手紙ってあるかな?」


 「い、いえ。武器以外は全て置いてきました」


 「その手紙、一つでも良いから貸して貰えないかな?」


 なんのつもりだろうかと思ったが、何か考えがあるんだろうな。


 「はい。それと、話して分かりました。あては騙されていたんですね」


 「どうだろうね」


 「アリス?」


 「まだ分からない。アタシは信じて欲しいけど、今すぐとは思ってないよ。まずは連絡先ちょうだいよ」


 「は、はい」




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みになります。ありがとうございます


2024年2月23日金曜日、とても寒いです

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