第137話 大規模な魅了をやり遂げ翌日へ

 魅了は大成功と言えた。モニター越しでも魅了はできており、三桁単位で仲間が増えた。


 管理などでユリ達は忙殺される事だろう。


 『新たな扉が開きそうね』


 「だ、黙れっ!」


 最初は恥ずかしかったが歌っている途中でその感情は消えた。


 真にアイドルサキュ兄に向き合って楽しんでいた自分がいた。


 でも、だからと言って目覚める事はない。


 機材などの購入者はツキリ、つまりは俺なので後片付けは俺がする。


 影の世界に入れて貰い、月の都に運べば今後も使えるだろう。


 『今後もする予定なんだぁ』


 「⋯⋯」


 とりあえず、後片付けが終わったら協力者達にお礼を言ってから解散としよう。


 『協力者には報酬があるわよ』


 は、そんなの全員金に決まっているだろ。


 世の中は金なのだ。ダンジョンを探索するにも武具を買うにもボーションなどの必需品を調達するにも金がいる。


 有り余るくらいでちょうど良いのが金なのだ。


 「えっと、私はユリちゃんにした時みたいな感じでお願いします!」


 結果、全員がツーショットを望んだ。しかもだ、魅了の時を再現させられたりコスプレなどもした。


 嫌な記憶が蘇る、アイドル魅了の後に待っている地獄であった。


 メイド服、チャイナ、魅了に使ってないナースやら警察やら色々とだ。


 際どいのもある。


 「手伝ってよぉ」


 『皆が求めているのはアーシじゃなくてサキュ兄なのよ。無理に決まってるじゃない』


 アイドル魅了がどれくらいの反響を呼んだかは分からないが、世界的な注目を集めたのは間違いないだろう。


 その事を噛み締めて、家に帰るとマナが出迎えてくれる。


 「お疲れ様! 良かったよ!」


 「そ、そっか」


 恥ずかしいやら嬉しいやら、感情がごちゃ混ぜになるな。


 力強く抱きしめるマナを引き剥がすように頭を撫で、リビングに向かう。


 そこでは俺が歌っている映像がテレビで流れて、それをスナック片手に観賞しているアリスとナナミがソファーでくつろいでいた。


 「おっつーキリヤ」


 「お疲れ様。最初から最後まで見たよ。今は見直し中。一緒に観よ」


 ナナミよ、歌っている本人を誘うとか結構鬼畜な事するな。


 『良いじゃない。アーシだと思って観れば』


 確かに、その手があったか。


 あの映像で歌っているのはツキリだ。


 「サキュ兄こっち向いてー」


 観客の声が大きくて拾われてしまう。


 間奏パートで俺は歌っておらず、声の方向に向かってウィンクする。


 正確な場所は分かってないが、とりあえず返事をした形だ。


 ハートやら色々とやらされたな。


 『サキュ兄って認識してしまうわね』


 ま、これから休むし今更この程度の拷問には屈しない。


 ツーショット地獄の方が何倍も辛かった。


 ナナミの横に座ろうとしたら、間にマナが座る。


 仲が良いんだなぁ。さすがに四人で座れる広さはないので正面は遠慮しようかと思ったがマナに引っ張られた。


 「しかたないからね」


 そう言って、俺の膝に座ったマナ。


 全員座れたが俺は椅子役でもあるようだ。


 「⋯⋯ムム」


 ナナミがマナを見て、マナは勝ち誇ったかのような顔をする。


 そんな光景を眺めている事にナナミは気づき、ゆっくりと視線をテレビに戻した。


 なんなのかな?


 そう言えばマナも大きくなって、ある程度の重さが⋯⋯。


 「⋯⋯兄さん今考えている事を消して」


 殺気を向けられたので頭の中をクリアにした。


 翌日、夏休みも間近に迫っている今日この頃。暑い日が続いている。


 ナナミが家の用事で走って帰ったので、俺とアリスはのんびり帰っている。


 アイドル魅了を終えた翌日にダンジョンには行けない。


 まだ整理とか終わってないかもだしね。


 「ね、あれって中学生かな?」


 「制服的にはそうかな? この辺の中学に詳しくないから分からんけど」


 校門を出て少しすると中学生と思われる女性が一人ポツンと立っていた。


 まだ生徒が多いこの中で中学生はゆっくりと俺達の方に向かって来る。


 知り合いか家族でも迎えに来たのだろと思い、俺達はスルーを決める。


 中学も早帰りになってもおかしくない時期だしな。居ても不思議では無い。


 「姉ちゃんの仇、死ね」


 俺の横に来た瞬間、強い殺意と共にスカートの下に忍ばせてあったナイフを突き立てる。


 警戒していたので瞬時に回避し、ナイフを蹴り飛ばそうと足を動かすが半歩引かれて躱される。


 反撃に対して冷静に回避を選んだ所を見るに、一般の中学生では無いか。


 躊躇いなく俺を狙う所を見ると、オオクニヌシのメンバーを疑いたくなるが違う気がする。


 アイツらだったらまずはアリスを狙って俺を弱らせる。


 真正面から戦っても勝てる可能性が低い時、奴らは周りの奴らを利用するからだ。


 直線的に俺を狙った事や『姉の仇』と呟いた事。


 そこからオオクニヌシのメンバーではないと思った。だけど関わりが無いとは言いきれない。


 だいたい、仇と言われても思い当たる節は⋯⋯。


 無いとは言えないか。それが言いきれたなら俺はただのクズだ。


 「こんな公共の面前で襲撃とは、どちら様かな?」


 「黙れ。お前は何も知らずに死ね! 死んで詫びろ!」


 目の下が真っ赤でありながらも黒い。


 寝不足と涙によって腫れているのかもしれない。


 話し合いは難しいか。


 周りの生徒達も事態に気づいたのか、叫び声を上げてチリチリに離れている。


 「アリス、離れておいて」


 こんな中でも冷静に目の前の中学生を警戒しているアリスに忠告する。


 アリスなら捕える事は可能だろう。


 だけど俺がやるのは捕まえる事じゃない。話し合いだ。


 気になる事が多いのでね。まずは耳を傾けて貰う必要がある。


 その為にやる事は単純、戦意喪失させる。


 「死ね!」


 再び直線的な踏み込みを見せる。リュックが邪魔なので投げ捨てる。


 突き出されたナイフを回避し、相手の顎に向かって拳を振るう。


 当たるギリギリのラインで止める寸止めだけどな。


 体躯や力の違いは理解しているだろうか? コレが命中していたら一発KOだ。


 「⋯⋯ああああ!」


 今の攻防で実力差は明らかだっただろうに、彼女は止まるどころか気合いを入れて迫る。


 今度は薙ぎ払いで首を狙って来る。⋯⋯狙いが少し悪いな。


 一歩足を後ろに下げて待機し、タイミングを見て上半身をずらす。


 銀閃を見送った瞬間に相手の鳩尾に拳を向かわせ寸止めさせる。


 「これでも気絶するよ」


 「ああああ!」


 目を血走らせ、必死にナイフを動かして俺を攻撃する。


 その全てを最低限の動きで回避し、一撃で終わらせる攻撃の寸止めを繰り返す。


 「はぁはぁ。クッソクソ!」


 三分と言う時間で体力の限界が来たのか、呼吸が荒くなる。


 「なんで、なんで!」


 「話を聞く気になったか? 君じゃどうしたって俺には届かないよ」


 「うるさい。うるさいうるさい! 人殺しが、上から目線で語るなああああ!」


 中学生の彼女が加速して俺に迫る。


 直線的な攻撃に向かって俺は⋯⋯顔面に向かってキックを放つ。


 寸止めはしたが、顔面に足が迫る恐怖は計り知れない。


 激昂して走っていたが、足を止めた。


 「なんで、なんでよ」


 膝を折り、涙を流して項垂れる。


 ようやく話を聞く気になったかな?


 警察が来そうなのでできれば場所を変えたいところだ。


 「⋯⋯クソっ!」


 キッと俺を睨む彼女の目は死んでいなかった。


 刹那、銃声が響き閃光が走る。


 プシュッ、俺の頬から血が少しだけ流れる。頬をかすったようだ。


 「嘘、でしょ」


 「この距離では銃弾を躱せないと思うのは普通だ。その考えができるからこそ、君は俺に勝てない」


 十メートルも無い距離だが、体勢もしっかりしてない銃弾など恐れるに足らず。


 狙いも分かっているし、諦めてない瞳を見たら何かあると警戒する。⋯⋯かすったけど。


 服の下に武器を隠しているのは分かっていた。


 それが銃だとは思わなかったがな。


 「死ねぇぇえ!」


 銃を取り出して俺に向ける。素人の銃ほど厄介なモノはない。


 狙いが定まってないとどこに飛ぶか分からないからだ。


 「残念だが、さすがに庇いきれないぞ」


 踏み込み、銃口を上に向けるべく押し上げる。


 「まだ今は見なかった事にできる。それ以上続けるなら、理由を聞かせて欲しい」


 「姉ちゃん⋯⋯を、返せ!」





◆あとがき◆

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