第136話 第二回アイドル魅了、新たな発見

「は〜緊張する」


 『別に大した事ないわよ』


 ほう、大した事無いと申すか?


 ダンジョンの広い空間にギチギチに詰まった人達を見てもなお、そう言うか。


 どうしてここまでの人が集まったのか不思議なくらいだ。


 チケットまで販売して、仲間達がそれらを捌いている。


 殆どの労働はジャクズレの大量に保有しているアンデッド軍である。


 無限の体力で働く光景は少しだけ現代社会を思い出させるね。


 本番まで俺ができる事は精神統一する事くらい。


 様々な人の協力でここまで来れたんだ。全力で練習した。


 後はその全てをぶちまけるだけなのだ。


 「あの、困りますって」


 俺用待機室は魔法によって作られており、警護用に数人の探索者がいる。


 その人達が何やら困った様子で誰かの侵入を阻止しているようだ。


 気になったので覗くと、サキュバスのような風貌をしたショートヘアの女の子がいた。


 頭からもコウモリのような小さい翼が生えている。


 「ワタクシは彼の保護者の一人なの。会わせてよ!」


 「そんな話は聞いてませんしダメですよ」


 ⋯⋯限りなく薄い魔力。


 だけど本能的に分かってしまうから不思議なモノだ。


 口調くらいしか合っておらず、それ以外は本当に別人。


 小学生みたいな耳を貫くような甲高い声音で普段の透き通るような優しい声音とは違う。


 「えっと、もしかして⋯⋯」


 「応援しに来たわよ」


 俺が察した事に気づいたのか、サイリウムを見せつけてくる。


 「あの、二人っきりにして貰えますか? その、保護者ではないですけど恩師である方⋯⋯の娘さんなので」


 さすがにこの見た目で恩師は誤解を生みそうなので言い訳しておく。


 俺が言うからと、護衛の人達はレイを通す。


 「一応防音魔法かけておくわね」


 「それで、今日はどう言ったご要件で? それとどうして来てるんですか」


 「純粋に君の応援に来たのだよ。あまり警戒しないでくれたまえ。そしてこの姿は学校に通っていたくらいに若い時のワタクシよ。チェリーボーイを何人食えるかって遊んでたっけ?」


 被害者達は可哀想だな。心の中で同情しておく。


 「せっかくだから生で応援したくてね。ラッドに頼んでこっちの惑星に意識を持って来たのよ。それで、仮初の肉体で用意されたのがこの身体」


 ダメだ。普段とのギャップで内容が頭に入って来ない。


 「あ、安心してちょうだい。もちろん女性も対象だったから」


 「どうでも良いです」


 「そう? それじゃ、観客席で応援してるわね〜」


 止めてくれよ。


 時間となったので、俺は重たい足を動かす。


 フリルの多い黒のアイドル衣装、スカートは短い方で太ももが少し見える。


 わざわざガーターベルトを着けているため、それが見える形だ。


 動く度にスカートが揺れて、パンチラが起こりそうで起こらない絶妙なラインを保っている。


 さらに、肩は露出させているが胸は出していない。


 ある程度は出しつつもなるべくエロ路線は避けたらしい。⋯⋯真実は不明。


 胸が出ない事に関しては喜びしか無いが、ちょっとキツくも感じる。


 『最低サイズの胸も進化と同時に大きくなっちゃったからねぇ。ローズちゃん少しサイズ間違えた?』


 いや。多分だが敢えて少し小さくしている気がする。


 キツいが動きを阻害する感じはなく、ダンジョンの探索時にライムがなってくれる服同様のフィット感がある。


 ローズの狙いは浮き彫りになる肉体の輪郭だろうな。


 太ももを出させたのは違うフェチの人に合わせるため⋯⋯か?


 何はともあれ、アイドルで胸露出は無い偏見イメージがあるので良しとしよう。


 もちろん、その偏見に太ももは露出している、なんてのは含まれてない。


 ライトアップされるステージへと歩いて行き、中心に立つと歓声が沸き起こる。


 観客達の熱量に怯む。ドラゴンとまでは行かないがかなりの迫力だ。


 この中には有名な探索者や強い探索者達がいるかもしれない。


 そんな人達に数日全力練習した俺の歌と踊りを見てもらう。


 それだけじゃない。


 協力者達、アイドルのサキュ兄を楽しみにしてくれている一般の客。


 カメラの向こう側にいる視聴者達。


 アリス、マナ、ナナミ⋯⋯。


 同接は始まってもないのに十万人を超えている事を最初の方に確認していた。


 今ならもっと多いだろう。


 俺は口元にゆっくりとマイクを近づける。


 「えっと、本日はお集まりゅ」


 『噛んだかぁ』


 “かんだ”

 “魅了の時とは違う羞恥心がサキュ兄を包み込む”

 “顔真っ赤や”


 「お集まり、ありがとうございました」


 『終わっちゃった』


 “終わったあああ!”


 静まり返る空間。もう嫌だ帰りたい。


 「すみません言葉を、間違えました」


 「大丈夫だよー!」

 「がんばれー!」


 優しい声援だ。


 足が震え出す。もしも失敗したらどうしよう。


 不安の表れか額から汗が垂れる。


 『そこでひよるか⋯⋯しゃーない』


 俺の意識が沈む。


 「えーグダリそうなので挨拶はアーシがするね。今回は依頼を出して作詞作曲してもらったサキュ兄オリジナルソング三本を歌いたいと思ってます。この場に集まってくれた皆、カメラの向こう側の皆、ダンジョンのあちこちに設置してあるモニターにモンスターを集めてくれている仲間達、なによりも共にこの場を用意してくれた協力者達に魂より感謝を! 再度言います、集まってくれてありがとう!」


 身体の主導権が戻る。


 『君がどれだけ真剣に練習して来たかアーシが一番分かってる。アーシが本気で言う、大丈夫だ! 恐れるな。アンタが見るのは客じゃない、アンタ自身だ。君を信じるアーシを信じろ、アーシが君を信じる』


 優しい手の温もりが背中から感じた。背中を押された。


 覚悟は⋯⋯今完全に決まった。震えは無い。恐れも無い。


 ただ目の前の魅了に集中するだけだ。


 「それでは一曲目、お願いします」


 “サキュ兄に戻ってる”


 音楽が流れ始め、タイミングが来たら歌い出す。


 今までの成果を出す時だ。


 ◆


 サキュ兄のライブは始まった。


 同接43万人を超えて、始まる前から既にトレンド入りしている。


 トレンドは消える事無く、サキュ兄の歌が始まると勢いが増す。


 サキュ兄に興味の無かった人達がその名を視界に収める。


 会場は既にマグマよりも熱い熱気に包まれている。


 黒と白に輝くサイリウムがリズムに合わせて振られている。


 その熱が想いがサキュ兄に届いた時、彼は最上の笑顔を作り出す。


 魅了に対してグチグチ言い、最終的には恥ずかしがって撃沈するサキュ兄。


 だけど今だけは羞恥心を捨てる。


 全力で皆の想いに向き合い応えるのだ。


 (なんだ⋯⋯この感じ)


 サビに入るとボルテージは加速的に上がる。


 『それじゃ、アーシも行くよ!』


 魔法によって作り出したハートや星、それらが歌に合わせて出現する。


 ステージだけではなく観客の方にも向かう。


 モニターの前に集められたモンスター達も黙ってその映像を観ている。


 ユリやローズ、仲間達も全員がサキュ兄を真剣に見ている。


 緊張する。


 だがそれでも失敗するとは微塵も思ってない。成功すると確信している。


 熱は冷めるどころか熱くなる。


 (喉が熱い。頭が真っ白になりそう⋯⋯でも)


 一曲目が終わると、天井や床を突き抜けて他の階層に音が響きそうな程の歓声に包まれる。


 「はぁ、はぁ」


 キリヤは⋯⋯否、サキュ兄はその時しっかりと感じていた。


 ダンジョンの探索では得られない達成感と高揚感。


 だがまだ終わりじゃない。軽めの休憩を挟み、次の曲へと向かう。


 身体の熱は観客の熱は視聴者達の熱は、青く燃えたぎる炎である。


 そこに新たな酸素を送り込む。


 (想像以上に体力の消耗が激しいな。キッツ。⋯⋯でも、楽しいっ!)


 ライブ映像を使いながら解説するニュース番組もあれば同時視聴ライブをする配信者まで。


 マナ、アリス、ナナミは三人集まって観ている。


 「兄さん、楽しそう」


 「そうだね。ダンジョンバカがあんな笑顔作るんだ」


 「そろそろ次が始まるかな?」


 応援などもう必要ない。後はただ、全力で楽しみ歌い踊るサキュ兄と心を一つに観て聴くだけだ。



◆あとがき◆

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