第132話 まだ例の件を知らない日常

 「これは凄い事ですよね。まずダンジョン内に完全な安全ってのは無いんですよ。それを沢山の仲間達でカバーしながら人を集める⋯⋯」


 とある有名配信がサキュ兄がこれから行う第二回アイドル魅了について説明している動画だ。


 この配信者は協力者の一人であり、サキュ姉の許可の下何をしているのかを発信している。


 ダンジョンはモンスターが蔓延る巣窟であるため、気を緩めて休める場所は存在しない。


 だからこそ、歌って踊ってなんて事は普通はしないのだ。そう、普通なら。


 普通じゃないからこそここまでの注目を集めている。


 前回とは違い生で視聴者達もアイドルのサキュ兄を見る事ができる。


 広い空間、ちゃんとした機材、色んな人の協力を持ってして成り立つ。


 開催日はまだ未定だが確実に行うと確信している。


 誰もが注目を向ける中、話は盛り上がって行く。


 ◆


 「なんか最近、寝ているのに寝てない気がする⋯⋯」


 『気のせいでしょ。ほら、いつものルーティンやるよぉ』


 朝の人通りが少ない時間帯に俺は飛行練習をしている。


 最近は一般人に目視不可の速度で飛んでいるので不安などは無い。


 「なんか今日は人が多いな」


 街中を喋りながら歩いている人が多い気がする。


 深夜でもなく早朝にも関わらずだ。


 不思議に思いながらも気に留めず、普段通りの生活に戻る。


 「兄さん行ってらっしゃい」


 「行ってきます」


 まずはいつも通りアリスを起こして朝ごはんを口に突っ込み、髪を結ぶ。


 昨日はマナと遅くまでドラマを観ていたらしく、全然シャキッとする様子が無い。


 「⋯⋯」


 そう思ったが、左目を僅かに開けて鏡に越しに俺の顔を見ている。


 「どうした?」


 「あ、いや」


 気づかれた事に焦ったのか、強く目を瞑った。


 その不可解な行動に対して俺は何もせず、二人で学校に向かって行く。


 ナナミとも会ったのだが、無表情ながらも難しい顔をしていると思った。


 何と言うか、なんて言えば良いのか分からないと言った顔だ。


 最近は僅かな表情筋の変化だけで感情や言いたい事を読み取る事ができるようになった。これも友情なのか。


 二人して俺を見て難しい顔をする。だけど何かを言って来る様子はない。


 なんかあったのかな?


 考えすぎだと割り切り、部活の時間がやって来た。


 「そう言えばもうすぐ夏祭りだね」


 「それもそうだな」


 時間が過ぎるのは早いな。


 「去年は受験勉強で行けなかったし、今年は行こうよ」


 「俺まで行くの?」


 「ダンジョンは午前中に行ってさ、午後は皆で遊ぼうよ。せっかくの祭りだからさ」


 ⋯⋯ま、それはそれで良いか。


 最近のダンジョンは戦う事が少なくなって来ているし。


 ⋯⋯それに、ダンジョンのモンスターよりもユリ達と模擬戦した方がためになる。


 「そうだな。せっかくだから行こうかな」


 「うん。ナナミンはどうする?」


 「アリスと行きたい。キリヤが来るならなお嬉しい。本当はもうひと⋯⋯なんでもない」


 イガラシさんの事を考えているのだろう。未だに行方不明扱いだが、それがどこまで続くか。


 適当な理由を言われて夏休み明けにはいなくなってました、なんて事はありそうだ。


 アリスも俺も真の理由を知っているが、それを誰かに言う事はできない。


 「そ、そうだ。マナちゃんはどうする?」


 アリスが話を切り替えるために俺の妹の話を持ち出した。


 俺の知らぬ間なんて言う良くある事なんだが、ナナミとマナは仲良くなっている。


 だからナナミが反対する事は無いだろう。


 「マナは同じ学校の友達と行くと思うぞ。それにそろそろヤマブキくんも勇気を出すんじゃないかな?」


 ヤマブキくんとはマナと同じ学校の同級生であり、幼馴染でもある。


 昔から俺とアリスも知っている人である。


 「そっか。じゃこの三人だね」


 「分かった」


 「うん」


 俺達の会話を聞いていた野郎二人があからさまにガッカリしたのが分かった。


 俺繋がりでこの輪に入れると思ったのだろうか。


 男一女二の構図だが、俺は祭りが久しぶりなのではぐれて迷子になる自信がある。


 なので問題ないだろう。


 『いやいや。アーシがいるんだから女三でしょ』


 俺の性別を変えようとするな!


 ⋯⋯コイツ俺の心を普通に読めるの?


 『当たり前じゃん。同じ頭使ってんだから』


 でも俺はお前の心を覗けないよ?


 『そりゃあ魂だけの存在だもん。それにそうなったら防ぐしね』


 なんだよこの理不尽は!


 全部一方的にやられるの嫌なんだけど!


 『まぁまぁ、普段はしてないよ。今回はたまたまだよ』


 その言葉を信じろと言うのか。アホくさ。


 悶々とした俺の中の空気を吐き出すために一応ヤマモト達にも声をかけておくか。


 「ヤマモトとサトウはどうするんだ?」


 「まさかお前⋯⋯」


 「俺達を⋯⋯」


 「あ、いや誘っている訳ではなく純粋な好奇心だ」


 ボキッと心が折れる音がした。或いは一ミクロンサイズの友情の柱が折れた音である。


 「てめぇは余裕そうで良かったなクソがっ!」


 「夜道を背中から襲われて刺されてしまえ!」


 「そんなヘマはしない!」


 「例えだアホ! くたばれ!」


 二匹の鬼を目覚めさせただけで終わってしまった。


 その後に流す涙に申し訳なさを覚えながら、アリスに目を向ける。


 一瞬、本当に一瞬だけ考えた後に答えを出した。


 「まぁ遊ぶ程の仲では⋯⋯」


 「トドメの一撃⋯⋯」


 ここまで来ると冷静になったのか、二人は仏像のように固まった。


 「まぁ超美人の二人に囲まれても所詮はヤジマだからな」


 「特にラブコメ展開にはならんだろう。うん。まだ大丈夫だ」


 「そうだそうだ。そもそも両手に花とかどちらかを泣かす展開があるかもしれない」


 「その時が奴が破滅する時だ。ふはははは」


 同じ音程で淡々と喋るヤマモトとサトウに恐怖を覚えてしまう俺達三人。


 そんな雑談を部活が始まるまで続けていた。


 「夏祭り⋯⋯か」


 部長のその声を拾えたのは俺くらいだろう。副部長でも誘うんかな?


 興味無いので忘れる事にしよう。それが部長のためでもある。


 時間は流れて夜がやって来た。


 今日は珍しくオオクニヌシの支部破壊に俺も同行している。


 ルーティンを壊すマネはあんまししたくないが、自分が動かないと進展がないと思ったのだ。


 人身売買、麻薬取引、違法と呼べる方法まで使って金を稼いでいる組織。


 そりゃあ誘拐した赤ん坊を優秀な駒に作り上げるんだ。それ相応の金は必要だろう。


 ダンジョンだけでは足りないんだろうな。


 「あの狐モンスター並の幹部が居てくれたら良いんだけどな」


 アイツは情報を吐き出さなかったし。


 手始めに魔法で施設の天井を破壊して侵入する。


 さすがにオオクニヌシ侵略は訓練に忙しいユリも顔を出してくれている。


 俺の家族達が関わっているからか、思うところがあるのだろう。


 ぺちゃぺちゃと足音を立てながら生き残っている面子に手を伸ばす。


 無理やり目を近づけて深く相手の奥を覗き込む。


 先生の故郷の機能を崩壊させた時に長にやった方法での魅了だ。


 魅了の成功する感覚が得られると当時、爆ぜた。


 かなり近い距離で爆ぜたので、血がべちょりと俺にかかる。


 それだけではなく、骨などがチクチクした。


 「やっぱし魅了成功と裏切りは同じ判定か。相手の敵対心をそのままに魅了して配下にできないもんかね」


 「無理だと思いますよ」


 ローズの正論を受け止めて、ため息を漏らした。


 目の前ではユリが暴れている。


 「先生の故郷、えっと鴉だっけ? そこの幹部達が動きそうなんだよね。警戒しておいて」


 「もちろんでございます」


 長との僅かな繋がりが切れたんだよね。魅了が打ち消された可能性がある。


 全てが直感だけど、従う他無いだろう。


 「また魔眼がデレて、予知夢を見せてくれたら良いんだけどね」


 できればリアリティは低めで。




◆あとがき◆

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