第128話 まずは回復優先
痛む体、重い瞼、それでも起きたければならないと思考する。
倦怠感溢れる身体を鞭で強打し、何とか目を開ける事に成功させる。
「おはよう。二日ぶりね。学校などの方はライムに任せているわ。知っている人達のはローズから事情説明をさせたから安心して」
リンゴの皮を剥きながら俺に状況説明をしてくれる。
レイの剥くリンゴはでこぼこであり、包丁を使い慣れてないのは一目瞭然だった。
それでも俺のために切ってくれた事に嬉しく思いつつ、レイのくれる物だからちょっと怖いとも思う。
身体を起こす事も口を動かす事も難しい状態。会話はまだ厳しいか。
「リンゴ食べるかしら?」
八分の一にカットされたリンゴを包丁で突き刺して口元に運んで来る。
「無理そうね」
それは自分で食べて、まだ皮を向き終わってないリンゴを手に取り、俺の口上に運ぶ。
華奢な腕から想像もできない剛力で砕き、液体を口の中に流した。
中に入った果汁を乾いた喉は欲しているようで、自然と喉を鳴らす。同時に激痛が走る。
「あれ、声が?」
「このリンゴ⋯⋯と言うかここで用意されている食べ物は全て都で栽培されているの。月のエネルギーをふんだんに含んでいるから回復スピードも劇的に上がるのよ」
起き上がるのは無理だが、喋る事は可能だった。
「それでも回復に二日、か」
「相当なダメージ、それに進化の影響もあるんでしょうね。アナタの進化の影響で仲間達の魂の色が濃くなった。まだ種族的変化は見れないけど、近いうちに進化するでしょうね」
「そうですか」
魂とか言われても分からん。
「そう言えば、頭の中に声が響いたんです。女性のような、とてもうるさくて迷惑な声が」
『迷惑とは何よ! コレでもしっかりとサポートしてあげたんだから感謝なさい』
「ほら今も⋯⋯叫ばられると頭が痛いんだけど。コレ、なんですかね?」
レイがリンゴを食べつつ、説明してくれる。
「その声は本来、君と一緒に産まれて来るはずだった双子の妹か姉よ」
は? 双子の話とか今までの生活で一度も出た事が無い。
そんな素振りも何も無かった⋯⋯両親が隠していた?
『妹はなんか癪だから姉ね! てか、アーシらの家族がそんな事する訳ないじゃない。早とちりの間違った考えは捨てて』
頭の声は確信している感じがする。静かにレイの言葉を待つ事にした。
「本来は双子として産まれるはずだった。しかし、まだ身体の形が正式に決まる以前の段階で合体しちゃったのよ」
双子で身体を共有する、そんな話は聞いた事あるし実際にあるのだろう。
だけど俺のこの状況は知らない。
だいたい、合わさって一つの身体になったならそれはただの一人っ子の子供だ。
「合体した事で一つの身体に二つの魂が宿ったのよ。片方は身体を手にして覚醒した状態、だけどもう片方は動けず永遠の眠りに入っていた」
「だけど、覚醒剤を飲んだ事で起きたと?」
「理解が早くて助かるわ」
だってそれしか考えられないし。
「その、また眠らせる事ってできませんか?」
『なんでそんな考えになるの! 最低!』
「無理ねぇ。起きた魂を眠らせる方法は無い。デリケートなのよ。簡単には弄れない。普通ならね」
「そうですか」
残念そうにした俺にガミガミと文句を垂れてくる声。コレが続くのは苦痛だぞ。
「でも、二つの魂、二つの思考が同時に働いている事をメリットだと考えなさい。戦いの中で感じたんじゃないの?」
確かに、俺は自分の戦いに集中できていた。
魔法なんてのは普段から使わないから意識できてないし、魔法を使おうとすると剣を使えない。
同時に扱えないが、この声が魔法を使う事でそれを可能にした。
「それで、もう片方の君の名前はあるのかしら。できれば教えて欲しいのだけれど」
『
「だ、そうです」
「アナタの頭の中に聞こえる声がワタクシに聞こえる訳ないじゃない。説明してちょうだい」
面倒なので無視で良いだろうか?
そしたらまたツキリがうるさいので、素直に話した。
そこからレイとの雑談を繰り返し、一日が経過した。
ようやく歩けるようになり、立ち上がった俺は布団を身体に巻いている。
昨日は気づけなかったが、俺は裸だったらしい。
『そりゃあライムは今君の代わりに学校に行ってるし、魂にある服は意識失ったと同時に消えたからね。元々都にキリヤくん用の服は無いし』
「いやいや。身長も伸びてよりレイに似た見た目になったんだぞ。レイの服を⋯⋯いや、それはダメだな」
サキュバスの服を着たら、俺も誠のサキュバスって事じゃないか。
『そうね。そしたら真にサキュバスである事を受け入れた事になるもの。それは君は許容できないわよね。何より彼女もずっとあの軍服風ドレスだし、別の服なんて無いでしょ』
レイが着ていた服をそのまま俺に着せる、なんて展開もある訳か。
困ったな。誰かのペアスライムを借りられないだろうか?
『服出せば良くない?』
「あれは戦闘時かつ頭に血が昇った状態で羞恥心が消えた時じゃないと使えないんだよ。そう言う縛りがある」
『ある訳ないだしょ。知識は共有しているのよ!』
俺の身体が光だし、あの恥ずかしい格好になる。
「な、なな、何してくれてんの!」
『いや、クヨクヨしているからさ。言い訳並べるの見苦しいぞ』
ふざけんなよ! てか、俺の許諾無しに可能なのかよクソがっ!
と、とりあえず外に出よう。
月の都は栄えているとは言えない。当たり前だ。
大きさの割に数はそこまでじゃないからな。
「姫様!」
アイリスが戦斧片手に近づいて来る。汚れ具合を見るに訓練後か。
俺も身体を動かしたいが、まだそこまで自由には動かせないか。
翼なんて今じゃ重い飾りだ。
「エンリ⋯⋯あの龍はどこにやった?」
「案内する。アイラ俺の汚れとか全部食ってくれ」
アイリスの戦斧に化けていたペアスライムがアイリスを綺麗にした。
「こっち」
アイリスの案内の下、エンリの亡骸へとやって来る。
状態は全く変化なく、倒した直後だと言われても違和感は無い。
「こうしてみるとほんとデカイな」
良く勝てたもんだな。
『アーシのおかげね!』
確かに、素直に認めるしかない。
ツキリだけじゃない。時間を稼いでくれて魔法の対処もしてくれた、ユリ達のおかげでもある。
俺一人では絶対にコイツに勝てない。
「あら、ようやくコレをどうにかしてくれるのかしら?」
「ああ。いつまでも立たせておく訳にはいかないしな⋯⋯レイ、頼みがある」
「墓くらいなら別に構わないわよ。ワタクシはコレが嫌い、自らの手で殺したいくらいに憎い。でも死んだ今、どうでも良いわ。むしろ、コレの名が刻まれた墓標を眺めた方が奴らの事を思い出せそうね」
ジューっと音を出しながらレイの背中から湯気が出る。
焼いているのではなく、再生させているのだろう。
「レイ、初代勇者とかエンリは言っていた。その話を聞いちゃダメかな」
「今は難しいわね。ワタクシに感情移入してしまったアナタじゃまだ呑み込めない話よ。精神的にも回復した時に話したげる」
「分かった。それじゃ、皆に頼んで寝かせるか」
それをコイツが望むかは知らないけどな。
巨大な剣はレイによって墓の隣に突き刺さった。コレは誰も使えん。
「しっかし、コイツを先行隊に出すとは⋯⋯結構焦っているのかしらね」
ボソッと呟いたレイの言葉を俺は拾わなかった。
骨を埋めて、鱗などはどうにかして活用しようと言う話になった。
全てを埋めてやりたかったが、下手に全てを埋めて月のエネルギーで復活、なんてのはシャレにならん。
レイがブチ切れて暴れる未来⋯⋯と言うか運命の魔眼が教えてくれた。
ジャクズレの力ではアンデッド化させるのは不可能だった。力の差だな。
「魔石もデカイな」
手の平サイズ(両手分)の魔石を持ちながら考える。コイツをどうするかと。
「主様」
「ユリか⋯⋯随分と訓練に勤しんでいるんだな」
頬の怪我を襟を伸ばして隠しながら、俺に近寄って来る。
「その魔石、譲ってはいただけないでしょうか」
「違う種族の魔石を取り込む事は良くないと思うぞ」
「分かっています。私の身体にも既に魔石はありません。それにその大きさは入りま⋯⋯違いますよ? 一度も他の魔石を入れようとか考えた事ありませんからね」
うん。否定の仕方が怪しい。平静を装っているがユリはユリだな。
真顔の中にも焦りが見える。ナナミを思い出すな。
「何をするか知らないが、身を危険に晒さないと約束できるなら、渡すよ。好きに使いなさい」
「ありがたき幸せ。まずはどう使うか考えてみます。きっと、コレに強くなる秘密があると思うんです」
ユリの直感が考えるよりも先に身体を動かしたか。
その直感が間違いではなかったと、そう思える日が来る事を期待しているよ。
熱い視線でまっすぐと魔石を握りしめるユリを見ながら、俺は都を歩き回る事にした。
暇だからと、レイも一緒である。
途中で地球の魔王が現れて、エンリ討伐を感謝された事には度肝を抜かれた。
あの怖い見た目で礼儀正しかったり、頭下げてお礼をしたりと、人(吸血鬼)は見た目に寄らないなほんと。
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
次回は魅了回でございます。新たなサキュ兄の敵、視聴者の味方をお楽しみください
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