第127話 激闘の末

 レイを蔑み貶すような発言をしたのは、自分の受けた屈辱を少しでも晴らすため。


 俺はそう判断した。


 奴から返って来る答えがどうであれ、左目が見えない事実に変わりない。


 空間把握能力が高いから、俺がどこにいても分かるって事もない。


 それだったらさっき、翼よりも腕の方が戦いにおいて効果的だ。


 自分を守るためだけに翼を使ったんだ。


 「それでも、お前は我の前に敗れるのだ」


 「嫌だね。俺は負けず嫌いなんだ」


 ここからは執拗に左側を攻撃する事にシフトする。


 高速飛行なんてのは既に当たり前。最低限のスピードは新幹線だ。


 左側からドラゴンの背中に回り込み、回転しながら斬り落とす。


 特攻能力を警戒している奴はすぐに振り返り防御して見せる。


 俺とアイツの違いは口から放てる魔法だろう。


 防御しながらも俺に鋭い眼光を向け、ブレスを放つ準備をする。


 俺も負けじと強い双眸で睨み返し、奴の顔面に魔法が直撃する。


 鱗に亀裂が入り、血が少し流れようとも止まらずにブレスを放つ。


 受けたら俺もタダではすまないため避ける。


 今度は相手からの攻め、片手で振るわれる剣を回避する。


 「ぬっ」


 まるで俺のような動き。回避されながらも勢いを殺さず、むしろ加速させて次の攻撃へと移る。


 叩き落とされる巨剣を素早く防御する。


 「ぐっ」


 振り落とされた一撃は例えダイヤだろうと容易く斬る。


 耐え切れる訳もなく地面に向かって吹き飛ぶ。


 翼を広げて停止しすぐさま特攻する。


 俺の横を魔法が通り抜けながら迫る。


 「ふんっ!」


 一振で魔法は掻き消され、火球が俺の周囲に展開される。


 『間に合わ⋯⋯』


 魔法が間に合わないらしいが、俺の二本の刃は間に合う。


 一振で同時に二つの火球を破壊する。連撃を持ってして全ての火球を破壊した。


 「魔法だ!」


 俺の剣に光が宿り、奴の剣技を回避して真正面からクロス斬りを決める。


 剣が通らなかった時とは大いに違い、血を流させる。


 即座に背後へと回り込み、奴の背中に足を着ける。


 「うらああああああ!」


 全存在を賭けた連撃を叩き込む。翼を根元から斬る勢いで、このまま命脈を断つ勢いで!


 だが、当然翼すら斬らせてはくれない。


 『危険100%』


 ドラゴンの全身が熱く燃え上がり、爆発する。


 「あぶねぇ」


 何だあの雑かつ簡素でありながら役に立つテロップは。


 奴が迫って来るのを逃げながら距離を離し、魔法を飛ばして貰う。


 魔法で相殺されながらも、左側を狙った魔法は数発明中した。


 怪我を負いながらも減速どころか、加速してみせるドラゴン。


 奴の信念、魂の籠った斬撃が爆炎を纏い振り下ろされる。


 その圧は本来のサイズよりも大きく見せて来る。


 「負けるかああああ!」


 二本で受けつつ受け流す!


 二本の刃と巨大な刃の先端が触れ合う。相手の勢いを殺しつつ受け流すのが普段ならしている。


 しかし、想定していた威力よりも数段高い一撃は受け流せなかった。


 真下に吹き飛ばされる。


 「がっ」


 翼で身体を支える事も不可能で、地面に背中を激突させた。


 「くたばれ!」


 ブレスが再び迫る。もう何度見た事か。


 「くだらねぇな!」


 剣を振るってブレスを霧散させて、地を蹴り奴に迫る。


 俺の繰り出す攻撃の数々を冷静に受け止め、反撃の一振を繰り出す。


 奴の一撃は範囲も威力も桁違いだ。


 「なぜ、お前はそこまで戦う」


 俺に問いかけるドラゴン。


 その間にも魔法は顕現されては放たれ相殺されている。


 周りを囲む爆発を無視しながら聞こえて来た問いかけに、俺は答える。


 「大切な人を守るため」


 「我は世界を救うため。我の世界は今、崩壊に近づいている。崩壊していない、新たな世界が必要なのだ。我々の生きる世界が⋯⋯」


 「そうか。でもそれなら、共存の道もあるんじゃないか。なぜそうしない」


 ドラゴン⋯⋯名前は確かエンリと言ったか。


 ソイツは薄らと笑って見せた。


 「その段階はもう終わっているのだよ。奪うしか無いのだ」


 「俺はそれを許さない」


 「百も承知。命を失う覚悟を持って、全身全霊で来ているのだ。我の命で大きく前進すると言うならゴミ箱にでも捨ててやる」


 そこまでの覚悟を持って来たのか。


 「我の世界にも我の愛する全てがある。人間も魔族も全てだ。愛しき世界の民達を守り救済するのが龍の責務。例え別世界の民達の命を総て枯れさせても、達成するのだ」


 俺は自分の身の周りに居る大切な命を守れれば良いと思っていた。


 でもアイツは世界全てを背負って来ているんだ。


 信念、覚悟の重みが違うと感じ⋯⋯違う。


 なんで、俺が、俺自身が、俺の信念を、俺の覚悟を、下に見ている!


 例えスケールが小さくても、どんな内容だろうと関係無い。


 俺の持つ信念で敵に負けちゃならねぇ。


 信念で負けたら全てにおいて負けを意味する。


 「お前の大切を壊してでも、俺には護りたい人達がいるんだ!」


 「そんなモノは戦う前から分かっている!」


 エンリの身体が燃え上がる。


 「我が魂を力に、我の正真正銘の全力だ」


 「【紅き月ムーンフォース】」


 紅い月が闇の空間を照らす。


 ◆


 互いの想いを吐き出した後の戦いは壮絶だった。


 もしも普通の探索者がこの場に居たとして、きっと見守る事しかできなかった。


 鬼の形相、いや鬼そのものとなったキリヤと弱点を背負ってもなお無類とも思えてしまう強さを持ったエンリ。


 一人と一体の戦いは次元が違う。


 燃えたぎる赤い閃光の周囲を眩い黄金の閃光が動き回る。


 二つの光が重なり合うと、何十と重なる金属音や火花が広がる。


 エンリの右目を深く切り裂く事に成功する。


 両目が見えなくなった今でも、一片の狂いもなくキリヤを殴った。


 防御したが破壊力は絶大、吐血しながら吹き飛ぶキリヤ。


 互いに血を吐き出し、流しながらも飛び上がる。


 ここでの負けはどちらも許される訳が無い。


 「あちぃなぁ」


 自分の身体に移った炎を払いながら、再び接近する。


 動き回る閃光に変化が生じる、細長い閃光がまとわりついたからだ。


 それが剣筋なのは言うまでもない。


 数多くの剣筋が重なり合う。


 影の世界から治療を受けつつ、意識を回復させて見ているユリ。


 心中で願うはもちろん主の勝利。それと同時に今後に何が必要かを考える。


 強さの階段ではもう表せない。強さの次元が違う主。


 目視どころか感じる事すらできない強さの領域に行ってしまった。


 「ご主人様、私は、アナタの、剣には成れない、でしょうか」


 掠れる声、誰にも聞かれなかった、小さな小さな声だった。


 キリヤ達の戦いは未だに続いている。


 互いに満身創痍。


 エンリは片翼を失い、キリヤは左腕と右足の骨が折れ血により両目が開けない。


 それでも二人は気力だけで最高の力を出して戦っている。


 己の全存在を賭けた戦いをしているのだ。


 魂を燃やして戦う龍に対して敬意を持たざるを得ないキリヤ。


 戦士としての覚悟を受け取って、感動すらしてしまうかもしれない。


 しかし、両親を、マナを、アリスを、ナナミを、ヤマモトやサトウだって、家族や友人を危険に晒す相手に矛を収められない。


 次の一撃が互いに最後の攻撃だと直感で感じていた。


 眼が使えないから魔眼の結果は視れない。むしろ良かったかもしれない。


 数え切れない程の斬撃と魔法の激闘。


 その勝者が今、決まる。


 「がはっ。コレで終わらせる」


 「なんの成果も得られず、死ぬなどありえぬ。強き淫魔よ、お前だけでも輪廻へと向かわせる」


 互いに剣を構える。


 「八咫烏、八爪やそう


 抉り斬り殺す技。


 「乾坤一擲けんこんいってき


 剣に全ての魔力、炎を集約。


 重なる剣、パワーはエンリの方が上である。


 ──否。


 それは空を飛んでいる状態での条件である。


 地に足を着けた状態かつ片翼を失っている。通常のバランスや普段の戦闘スタイルからは逸脱しているだろう。


 身体もボロボロだろう。そんな状態で通常のパワーが出せない。


 骨が折れているキリヤ、しかし足など関係ない。


 キリヤの足は翼なのだから。


 片腕と片足を失ってもなお、そのバランスは崩されてない。翼だけで最高のバランスを保てているのだ。


 出せる力は互角だと考えて良いだろう。


 「うあああああああ!」


 「ゴガアアアアアア!」


 キリヤは認めた。今まで戦った中でエンリは最強だと。


 エンリは漆黒の視界でしかと見た。片目の機能を永久的に奪った女と歴代最強かつ初代勇者の幻影を。


 すれ違った両者、静粛に包まれる。


 激しい戦闘を繰り広げていた後とは思えない程の静けさだ。


 数多くの切り傷もあるキリヤは力尽きた様に、ゆっくりと倒れた。


 「共存の未来があるのならば、お主のような強者とまた戦えたかもしれぬな。楽しかったぞ。強き者よ」


 首を半分以上失ったエンリは剣を空間に突き刺し、身体を支えて意識を永遠に閉ざした。


 その顔は晴れ晴れとした笑顔である。


 全力を出し切ったのだ。そして潰えた。


 「首を半分以上斬り抉ったんだぞ。そんで、立って終わるとか、カッコイイじゃんかよ。俺も、楽しかったぞ」


 それは戦いを終えた相手への弔いの言葉であった。


 「動ける者は、俺達の回収を頼む。もうすぐ、気絶する、⋯⋯エンリも、あの状態で、都へ運んで、くれ」


 キリヤはゆっくりと目を閉じた。



◆あとがき◆

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