第129話 清楚系メイド服の魅了
『ほら起きな』
「全く目覚めの悪い朝だ」
脳内の声に叩き起された俺はいつものルーティンを行う。
月の都で俺の部屋に用意されたベッドと今使っているベッドの性能がとても違う。恋しい気持ちに刈られながらも元の生活に戻らないといけないと喝を入れる。
マナが早々に俺の気配に気づいて起きて来て、会話を交わす。
「おはよう兄さん。ニュースになってたよ。突如として空が割れて、黒い球体ができるんだもん」
「超常現象だよなぁ。おっかない人達が介入して来なくて助かったかな」
もしも外部から空間の破壊活動をされていたらたまったもんじゃない。
あの怪物を外に出さないために空間を広げたからな。
「それじゃ、学校行って来る」
「身体はもう平気?」
「おう。なんとかな」
勉強に追いつかないといけないけど。それは仕方ない事か。
『ここにちょー頭の良いお姉ちゃんがいるよ?』
「頭のスペックは同じだろ」
「兄さん誰と喋ってるの?」
「⋯⋯独り言」
「そっか」
ツキリをどう説明するべきか悩んだ結果、無い事にした。
当然経過報告はアリスにもする必要がある。知っている人間の一人だからな。
しかし、彼女が開口一番に話した内容は予想外だった。
「ナナミンがキリヤの存在に疑ってて、誤魔化すのが大変だった」
「それは⋯⋯ありがとうな」
「良いよ。きっと凄い戦いがあったんでしょ。何日も休んでさ」
アリスはある程度察しているらしい。そこに感謝しながら日常を過ごす。
「ムム、今日のキリヤは普段よりも気配が薄い⋯⋯」
「そうかね?」
種族の進化した影響かな?
⋯⋯そう言えば、人間状態でもツキリの声って聞こえるんだ。
『当たり前じゃない。同じ身体を共有しているんだから』
ダンジョンへとやって来る。
長らく来てなかったような感じがする。久しぶりのダンジョンの匂い。
スーハー。
『うわーキッショ』
今の俺にはツキリのうるさい脳内ボイスにさえも苛立ちを覚えない。
さて、今日は何をしようかな。
⋯⋯当然ながら魅了なようで、ユリがスマホの操作を始めた。
訓練に精を出しすぎているユリに俺はなにかのアドバイスができないだろうかと考えている。
訓練施設時代、その前さえもユリと同じように俺も訓練に明け暮れた。
一日でも憧れに並ぶために⋯⋯それを思うとどうしても止められない。アドバイスが浮かんでこない。
ユリの抱えている劣等感に俺はどう向き合えば良いのか、分からないでいた。
八層へとやって来て、リザードマンをすぐさま発見する。
魅了会議が始まる中、珍しく会議には参加せず俺に訓練の申し出をして来るユリ。
“なぬ?!”
“会議リーダーのユリちゃんがサキュ兄の訓練に?”
“何があったんだろうか。見てる感じ暗いし”
“あのブラックボールに関係してたりする?”
“確かにサキュ兄のギルドから近い場所だよな?”
“ま、プライベートまで踏み込むのはお門違いだろ。俺らは魅了と恥じらいを見に来ているのだから”
“そうそう。だからサキュ兄の身長が伸びたとかπが大きくなったとか翼が増えてるとか、エロが観たいとか触れてない訳だし”
“サキュ兄のチャンネル民度は上がりつつある気がす”
“てか進化しているだろう状況に触れないのは聞かないからでは?”
“サキュ兄は最近コメントを観ません”
“そんなに怖いか俺らが”
“とりあえずどうするか”
“ストーリー性のある感じにする?”
“久しぶりに良いかもな。前のメイドとは違ってロングスカートにする?”
“オークは豚、リザードマンは騎士、魅了後の印象はそんな感じだしな”
“なるへそ、だったら⋯⋯”
ユリと訓練しながら時間は過ぎ去り、会議が終わり結果報告を受ける。
『なにそれ退屈過ぎでしょ! アーシならもっと際どく行くよ! 甘い、甘いよ視聴者』
「大声出すな頭痛いんだぞ!」
『うっさいわね! チャンネル登録者を増やさないと使える魔法が基本増えない、力が足りないの分かる? あの龍以上の化け物が来たら負けるよ! 何よりエロく可愛く美しく、そしてカッコよくがアーシのモットーなのよ!』
「うんなもん知るか! 良いじゃねぇか! 普段のよりも羞恥心レベルは低い!」
俺とツキリが言い争いをしているのを眺めている仲間達。
「主様⋯⋯」「主⋯⋯」
ユリやダイヤ、仲間達の生暖かい視線を感じて我に返る。
まずい、そう思ったが時すでに遅し。
“ダレトシャベッテイルノ?”
“サキュ兄、ついに霊が視えるようになった”
“うん、怖”
“頭大丈夫?(悪口じゃない)”
“言い争う感じが⋯⋯もっとラフな格好だったら胸は揺れただろうか”
“何事?”
“進化の影響でなんかあったのかな?”
“ちな種族になって確認したけど精霊ではない”
まずい。
ツキリの存在が視聴者に露呈しそうだ。
コイツの性格上絶対に良くない方向へと舵を切る。
だから俺が取る選択肢は誤魔化す一択!
「実は主様、進化の影響で二重人格になりまして、その方と喋っております」
「ユリいいいいいいいいい!!」
「申し訳ありません主様、ツッキー様に負けました」
何したし!
『ちょっとした交渉よ。⋯⋯知らなくて良いわ』
気になるけど、知りたくない。
『んじゃチェンジね!』
「え」
ツキリに身体の主導権を奪われた。咄嗟の事で抵抗できなかった。
俺は意識だけの時間をあまり過ごしてないので、奪い方が分からない。
こうなると詰みだ。泣いて何事も起こらない事を祈る。
「どもー、とりまこっちではサキュ
“まじかよ”
“くっそ明るいやん”
膝を折り、うなだれる俺をリザードマンの前に運ぶユリ。
ライムがバラとメイド服へと姿を変え、仲間のペアスライム達が協力して庭を作り出す。
ダンジョンの一部に庭ができあがった。無駄にクオリティは高い。
リザードマンは警戒しながら俺に近寄って来る。
覚悟を決める時間はなかったが、今回はあんまり恥ずかしくない。
ロングスカート、清楚系のメイド服に身を包んでいるからだ。
露出は少ない、コスプレのような格好なのは今更だ。
「コレ、良かったらどうぞ。お疲れ様です」
今回はストーリー性を意識しているらしく、設定はこうである。
城の見回り中の騎士に城の使用人であるメイドが癒しの言葉と花を送る。
そこから始まる恋物語云々と熱弁された。コメントをする人は一人な訳じゃないので、色んな人に色んな角度から熱弁された事になる。
『いや〜ようやるわ痛々しいのぉ。コレをマナちゃん、アリスちゃん、ナナミちゃんに意識されながら観られる訳かぁ。レイにゃもそうかにゃ〜?』
言うな。
『ぷッ。メイド服を着て、リザードマンに花を送る、倒すべきモンスターに対して滑稽ですなぁ』
なんなのコイツ!
『何より恥ずかしがらないのは慣れた証拠、この程度の魅了は朝飯前って事ですなぁ』
「違うわ! 確かにいつもよりも恥ずかしくないかもしれない! それは純粋に露出度が少ないからだ」
『だがメイド服なんて女しか基本着ないでしょ! 許されるのは男の娘(可愛い系)くらいよ! それを自覚しない!』
た、確かに。偏見な気がしなくもないが。
大の男がメイド服に身を包む姿が全く想像できない。そんは服を俺は着ているんだ。
途端に溢れる『どうしてこんな事を』と言う逃避したい現実感が襲って来る。
「うわああああ!」
寝る猫のようにくるまり、項垂れる。
シクシクと肩を揺らしても慰めの言葉すら送られない。
“どうしたサキュ兄”
“自分の姿でも想像したんかな”
魅了されたリザードマンがライムバラを手に取ろうとしたら、形が崩れて離れて行く。
“リザードマンは凹んでいる”
“可愛い”
ライムが大きな鏡になる。
俺に姿を自覚させたいのか、お前も中々な性格だな。
一応確認した。せっかくライムが鏡になったんだしね。
きっと恥ずかしくないんだよ、と伝えたいのだろう。直接【念話】で話してこない理由は分からん。
『意外に似合っているのがウケるわね』
「まじで止めてくれ」
とりあえず今日はコレで魅了を終わらせ⋯⋯実体が無いはずのツキリが背後でニヤリと笑った気がした。
振り返ると同時に声が響く。
『チェンジ!』
俺の意識が後方へと下がり、ツキリに身体の主導権を奪われる。
『またかよ!』
「せっかくのサキュ姉誕生回なんだから神回にしたいじゃない? と、言い訳でアーシ独自の魅了を始めるわよ!」
“まさかの!”
“かなり楽しみなんだが?”
“ぼ、僕はサキュ兄の魅了が観たいだけなんだからね! 恥じらいが観たいだけだからね! だから、サキュ姉のえちえち魅了なんて興味無いもんね!”
“スクショ準備は完璧”
“ファイト”
“君なら大丈夫だよ⋯⋯サキュ兄では無いか”
“どうなるのやら”
“二重人格をすんなり受け入れている俺ら凄くね?”
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
次回、ツキリだからできる魅了です
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